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サーバー室のとなりから発信です
リサイクルで洋服を、車内広告⑨
今でこそリサイクルというとエコにつながるので新しささえ感じるが、前回東京五輪の10年前、昭和29年にはこんな車内広告があった。大手のデパートが堂々とこうしてアメリカの服をリサイクル販売していたのである。
中古服、改造服という言い方は時代を感じさせる。まだまだ国産の衣類はいいものが手に入らなかったのだろう。
今ではデジカメで動画だが、車内広告⑧
今ではデジカメで簡単に動画が撮れるが、前回の東京オリンピックの頃は一般の人が動画を撮ろうとしたら8ミリフィルムをカメラにセットし、撮影後フィルムを現像し、8ミリ映写機で映すという方法しかなかった。カメラも映写機もフィルムもそろえると相当な金額になった。
そこでメーカーは普及を図るためにこのようなコンテストを企画したのであろう。昭和32年、一等は3万円が賞金だと書いてある。
炭屋、油屋、今は死語、車内広告⑦
灯油の車内広告である。灯油を炭屋、油屋でお求め下さいとある。油屋は今ではガソリンスタンドだろう。炭屋はもうないだろう。米屋が炭や練炭を扱っていた記憶があるから、炭屋は米屋に引き継がれたのかもしれない。学校の冬の暖房は石炭ストーブが主流だった頃である。
この車内広告の掲出期限が昭和31年3月6日迄であることが中央のスタンプ印でわかる。
乗降人員調査のお願い、車内広告⑥
車内広告には鉄道会社のこんなものもあった。どの駅で何人乗って、どこで何人降りるかという調査をすべく、乗車時に駅員から調査票を受け取り、下車駅で駅員に手渡した。今では自動改札になっているから乗降人員も自動的に集計され、日々の状況がつかめるようになっているのだろう。
前回の東京五輪の4年前、昭和35年当時の東武野田線は2両編成、木の床には油がしかれ、蛍光灯でない電球の照明もあったと記憶している。
炊飯器、いや電気釜、車内広告⑤
前回の東京オリンピックの開会式が49年前の今日、10月10日だった。今は体育の日が第二週の月曜日になったが、それ以前は五輪開会式の10日が体育の日だった。
この開会式4年前、昭和35年の車内広告、東芝の電気釜である。 40万台突破記念セールで一等は50万円。薪を燃やして釜で炊いていたご飯、燃料が薪から電気に変わったのだから電気釜、ガスを使うとガス釜であった。
電気の気の字が、メでなくて米になっている。また、隣のタイムスイッチの宣伝も時代を感じさせる。電子炊飯器だけでなく今ではあらゆる家電製品がマイコン制御になっている。当時は想像すらできなかった。
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