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校長雑感ブログ
2月26日(木)キャアリア教育と職業教育
〇我が家は先日まで、屋根と外装の塗装工事をしていました。知り合いの業者に依頼し、その業者と提携している塗装専門店から職人さんたちが派遣され、半月程度で終わりました。聞くとこの2月は比較的天気が安定し、乾燥しているので、作業はやりやすいそうです。
〇何度か会話しているうちに、一人のリーダー的存在の職人さんは、住まいが我が家に近く、息子や娘たちが通った小中学校の卒業生だということがわかりました。成人後はしばらく別の仕事をしていましたが、ひょんなことから塗装工業の世界に入り、ここまで十数年続けているそうです。
〇いわゆる職人の世界では、伝統的に「徒弟(とてい)制度」が残っていて、弟子は師匠(親方)の技術を背中で見て学び、生活を共にしながら厳しく鍛えられるのが常だったそうです。もっと言えば、職人と師匠の関係は、会社などの単なる雇用関係や教育・研修の枠を超え、技術継承と人間形成の場となる密接な師弟関係のようです。
〇また職人の世界において、弟子が師匠に認められるには、単に「技術を習得した」という段階を超え、その道のプロフェッショナルとして精神的に自立したり、師匠の領域に少しでも近づけたと思えたりした時だそうです。その話を聞き、「厳しい面もあるけど、身に付けた技術は一生ものだから真剣に親方から学ぶんだな」と感じました。
〇我が国において「キャリア教育」という言葉が登場し、その必要性が提唱されたのは、平成11年に、中央教育審議会が「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という答申を出した時です。
〇この審議会は「キャリア教育を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」とし、さらに「キャリア教育の実施に当たっては家庭・地域と連携し、体験的な学習を重視するとともに、各学校ごとに目的を設定し、教育課程に位置付けて計画的に行う必要がある」と提言しています。
〇この答申を受け、キャリア教育に関する調査研究が進められ、平成14年には、国立教育政策研究所生徒指導研究センターが「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報告書)」を報告しました。この研究報告書は、子どもたちの進路・発達をめぐる環境の変化について、数々のデータを基に分析し、「職業観・勤労観の育成が不可欠な『時代』を迎えた」とし、さらに学校段階における職業的(進路)発達課題について解説し、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」を示しました。
〇そのように今の中学生が生まれる15年以上前から、「キャリア教育の重要性」が叫ばれるようになった背景には、地球規模の情報技術革新による社会経済・産業的環境の国際化(グローバリゼーション)があります。そしてその影響は日本の産業・職業界に構造的変革をもたらしたことにとどまらず、私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼしています。
〇キャリア教育導入の背景を考える上では、このような社会環境の変化が、子どもたちの成育環境を変化させたと同時に、子どもたちの将来にも多大な影響を与えたことを認識することが重要です。情報技術革新はただ「生活に便利で楽になった」だけでなく、子どもたちの成長・発達及び教育の目標や教育環境にも大きな影響を与え始めています。
〇文部科学省が示す「キャリア教育」の目的は2つです。
1 人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、「キャリア」であるとされています。
2 一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育が「キャリア教育」です。
〇注意すべき点は、キャリア教育は「生き方」を育む広い概念で、その一部として職業教育があるということです。後者は「専門技術」を学んでスキルをアップするなどより実践的な能力育成に特化しているものです。職人を育てるのは職業教育ですが、キャリア教育は社会的・職業的自立に向けた「汎用的な力」を養うのがその主目的です。
〇また思いついたのでAIに、「昔ながらの徒弟制度と現代のキャリアアップとの共通点はないか?」と質問してみました。答えは簡潔で、「【実践的な現場での経験を通じてスキルを習得する】という点と【熟練者(メンター)からの指導】という点です」でした。また「なるほど!そこか!」と納得させられました。つまり「実際の現場で、人が人に教えて働きながら学ぶということだ」と理解しました。
〇働くと聞くと思い出すのが、次の2つの歌です。
「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ」
「働けど働けど なおわが生活楽にならざり ぢつと手を見る」
この2つはいずれも石川啄木(1886~1912)がつくったことは有名です。啄木の歌は国語の教科書にもよく掲載されています。
〇啄木は、繊細な感受性で「悲愁の歌人」とも評されました。しかしその一方で、私生活では多額の借金や家庭内外での人間関係トラブルなどが多く、とても人間臭かった(今で言えばトラブルメーカー)印象があります。父は僧侶でしたが、家庭状況が複雑で、紆余曲折した最後は26歳で結核で亡くなりました。
〇昨日の太宰治よりも20歳以上年齢が上ですが、東北地方(青森県と岩手県)の出身やダメ人間(人間失格?)とも見える矛盾した性格の持ち主という点では共通です。またどちらも独りよがりで寂しがり屋、しかし高い芸術的才能を持ち合わせていて、私も昔から「文学者(文豪・歌人)には変人が多い?」とのイメージが強いです。
〇1つ目の歌を表面的に読むと、自分の仕事があまり快く思っていないようですが、実は仕事をやり終えた満足感があるのでは・・と私は感じています。自分の仕事に対する自信があり、前向きな気持ちで仕事に取り組み、「し遂げた仕事に満足感が得られたら、死んでも悔いはない」というほどの気概が感じられます。
〇2つ目の歌はどうやら、当時の日露戦争後の慢性的な不況、高物価、低賃金という過酷な社会・経済状況などが背景にあるようです。二十歳代の若者が、自分を含めた労働者の苦悩を代弁していると考えると、同情も感じます。最後のおそらくマメだらけだった自分の手を見て、人生の空しさや自己嫌悪を感じていたのでしょうか。ただ実際は肉体労働よりも記者等の文章を書く仕事を点々としたようです。
〇冒頭の職人さんの親方を一度だけ見かけました。年齢は私くらい(60歳過ぎ)だったでしょうか。本当は直接話を聞いてみたかったのですが、一人前であるはずの弟子の仕事をチェックし、アドバイスをしていたようで、その機会を逃しました。私に弟子はいませんが、なぜか?「負けてはいられないな!」と思いました。
須藤昌英
2月25日(水)素面(すめん)と仮面(かめん)
〇久しぶりの本格的な雨です。乾燥しきっていますので、花粉が舞い上がりやすく、花粉症の人も大変なようですので、この雨で少し落ち着くとよいのですが・・。来週から3月ですので、年度末のまとめと年度始の準備を並行して行っています。
〇昔から教員の中では、「中二病(ちゅうにびょう)」という言い伝え?があります。思春期が本格的に始まる中学2年生頃に見られる典型的な成長過程の一部で、大人の我々も通過してきたはずですが、その頃の葛藤を今では忘れていることが多いものです
〇具体的には、身の丈に合わない背伸びしがちな言動が増え、「自分とは何か?」などの哲学的な問いと向かい合ったり、独特の空想・嗜好を持ったりする時期で、もちろん医学的な病気ではなく、大人への憧れや特異な自分を演じたい心理によると考えられます。
〇そして私もそうでしたがこの時期は、素面(すめん:心の奥の素直さ)と仮面(かめん:心の奥を隠す心理)の使い分けがまだ上手にできないことから、相手に本当の自分の気持ちが言えなかったり、逆にそういう自分を徹底的に自己否定したりします。
〇つまり中学校二年生前後は、その使いこなしを始める過渡期にあり、葛藤しながら身につけている最中といえます。大人から見ると未熟に思えるかもしれませんが、中学生は彼らなりに必死に「2つの自分」を使い分けています。その一つが今で言う「キャラ」という名の仮面です。場所による使い分けを意識し、「学校でのキャラ」「塾でのキャラ」「親に見せる顔」などを明確に分ける生徒は多いです。
〇また無意識に自分を守る防衛本能として、周囲に自分の存在が浮かないようあえて明るく振る舞ったり、逆にクールを装ったりします。これはいわば社会で生き抜くための「仮面の初期訓練」のようなものでしょう。
〇また特に昔の中学生と現代の中学生との違いは、リアルの自分とは別に、SNSごとにアカウントを分ける(裏アカ、趣アカなど)ことで、複数の仮面を器用に使い分けようとします。ただし「素面」は本当に信頼できる数人、または匿名の場所でしか見せないので、落ち込んでいてもSNSでは「充実している自分」を演出することもあります。ある意味、大人以上にデジタル上での仮面操作には長けています。
〇しかしその反面、その2つを「自由自在に操る」ことは大人でも難しいので、中学生にはまだ重荷である場合が多く、ストレスを抱え込んでしまいます。さらにいろいろな仮面をかぶりすぎて、どれが本当の自分(素面)か分からなくなり、アイデンティティ(自己同一性)の危機に陥ることもあるでしょう。一番こわいのは、大人なら仕事とプライベートをわけるなどと割り切れる仮面も、中学生にとっては「偽りの自分を演じている」という罪悪感や疲労感に直結しやすくなることです。
〇発達の面から心理学的には、この時期に「相手や状況によって自分を変える(社会的自己の形成)」を学ぶことは、成長の証でもあります。私も中学生を日々観察していると、中1くらいまではまだ素直さが残っていますが、徐々に周囲の目を気にし始め、中2から中3になると、複雑な人間関係の中で、意識的に仮面を使い分けようとする傾向が読み取れます。
〇思い返せば私が中学生の頃、最初に太宰治(1909~1948)の作品を読んだきっかけは、当時の国語の先生の影響です。授業中にその先生が、「太宰は【人間失格】を書き上げた後に自死した」と言った言葉が頭に残り、すぐに図書室で借りて読み始めました。ところが大人の気持ちがさっぱりと理解できず、落胆したのが第一印象でした。
〇ただその反面で、自己の内面と向き合うことから、初めて葛藤を感じたり投げやりな生き方にも少し興味を覚えたりしました。おそらくそれまでに抱いていた大人のイメージがまったく変わる衝撃を受けたのでしょう。私は読み終えると、「昔も今も人間の心は同じ部分があるんだな」と感じました。
〇「人間失格(1948年)」は、全体的な暗いイメージとともに、読者に「そう感じるのは、自分だけじゃなかった!」という強い共鳴を感じさせます。中学生という思春期特有の周囲に馴染めない感覚や、「道化(ピエロ)」を演じてしまう自分に対して、太宰の描く主人公の「自意識の過剰さ」が深く印象に残るのかもしれません。ただ全体を通して、「孤独・恐怖・破滅」をテーマにした自滅的・内省的な主人公を描いた陰鬱な作風は賛否両論あります。
〇現代の中学生でも読めば、主人公が感じる人間関係への恐怖や偽善への嫌悪感が共感を与えることでしょう。そして自分の中にもあるドロドロした感情を、著名な文豪が文章化してくれていることに、一種の安心感を覚えるかもしれません。
〇太宰といえば、国語の教科書に必ず取り上げられている「走れメロス(1940年)」も有名です。こちらは「友情・信頼・希望」をテーマに、苦難を乗り越える前向きな主人公を描いた作品です。どんなに立派で強い意志を持つように見える人でも、一時期は投げやりになったり弱音を吐いたりするというストーリーに、中学生は「弱さへの共感」を抱きます。
〇普通の感覚では、「走れメロス」と「人間失格」をとても同じ作者が書いたとは思えませんが、前者は「人間の強さと可能性」、後者は「人間の弱さと脆さ」を徹底的に追求しており、光と影のような対比を感じます。この対比は、「素面」と「仮面」にも通じると感じます。
〇「人間失格」の主人公が、学校でおどけてばかりいて、自分の本心を決して友だちに見せようとはしなかったことが、「道化を演じる」つまり「仮面をかぶる」ことです。また中学生は、「素面」と「仮面」で試行錯誤していますが、その裏には「本当の自分を受け入れてほしい」という本心が隠れていることも大人として理解しつつ、見守ってあげたいです。
〇ただ今の中学生がもし太宰の作品を読もうと思っても、なかなか本のような紙媒体では読破するのは難しいと感じ、尻込みしてしまうかもしれません。そこで最近は、聴く読書「オーディオブック」がそのハードルを少し下げてくれる可能性をもっています。これはプロが本の朗読をしてくれるサービスで、徐々に広まっています。
〇私も若いころは、ラジオを聴く方が、テレビを観るよりも楽しかったことがあったことを思い出しました。映像はなくても音声によって自分なりのイメージが広がり、聴きながら他のことができるのも大きな利点です。
〇先日、Youtubeでも「人間失格」の朗読動画を見つけました。全部で4時間半です。少し聴いてみましたが、自分で読むよりはリラックスして聴けますので、楽ですが少しあらすじが頭に残りづらい気もしました。ただ文学作品への導入の手段としては、「これもありかな?」と思いました。
〇またこれは「学びなおし」や「学び続ける」などの生涯学習にもつながると思います。すでに中学生も小学校ではボランティアさんによる「本の読み聞かせ」の経験があるので、共感しやすいでしょう。
〇大人になっても、「自分は【人間失格か】それとも【人間適格か】」と日々葛藤しています。確実に言えるのは、中学生の頃よりも「仮面」をかぶることが少なくなっていることでしょうか。
須藤昌英
2月24日(火)「頓珍漢」と「珍紛漢紛」
〇気象庁は昨日、関東地方に春の訪れを告げる「春一番」が吹いたと発表しました。午前9時までの最大瞬間風速は、千葉で20.8メートルを観測しました。今朝学校でも、プランターなどが吹き飛ばされていました。思い出せませんが、去年は関東で「春一番」が観測されなかったため、2年ぶりの観測となったようです。
〇今ではあまり使われていませんが、「頓珍漢(とんちんかん)」は昔よく聞いたり言っていたりした言葉です。友人同士でも「相変わらずお前はとんちんかんだな」などと悪口まではいかなくとも、相手を揶揄するような意味合いが含まれていました。調べてみました。
〇「頓珍漢」は、言動や行動のつじつまが合わず、ちぐはぐで的外れな様子、またはその人を指す言葉です。刀などをつくる鍛冶屋で、親方と弟子が交互に鉄を打つ際、タイミングが合わず音がちぐはく(とん・ちん・かん)に響く音が由来の当て字のようです。
〇私はこの「頓珍漢」を多様性(ダイバーシティ)のキーワードだと思っています。いろいろな考えを持つ人々には必ず「ズレ」があり、それを認めあうのが多様性です。この本質は、自分とは異なる視点や思考プロセスを受け入れることで、例えばみんながAだと思っている時に、突拍子もないBを投げ出す人の「頓珍漢」さは、時に硬直した状態や偏った雰囲気を打破する起爆剤になり得ます。物事の捉え方が根本的に異なる人がいることを認めるという意味では、立派な多様性のグラデーション(濃淡)です。
〇また現代の多様性という概念には、「相互理解」と「尊重」がセットになっています。多様性は「対話」が欠かせませんので、もし「頓珍漢さ」が「相手の話を聞かない」「文脈を無視し続ける」という面である場合、それは多様性の共存ではなく、単なる「コミュニケーションの拒絶」となってしまいます。
〇先日の朝のニュース番組中で、クイズのコーナーがあり、ヒントを出されても答えが思いつかない若いアナウンサーが「まったくわかりません、チンプンカンプンです」と発言していました。その時「へぇ~若い人も使うのか~」とちょっと不思議な気がしました。
〇こちらは、江戸時代に外国語(特に中国語)や難解な漢文が理解できなかった様子に由来する説が有力です。中国語の「聞き取れない」を意味する言葉が日本で転じた説と、当時の中国人の名前に由来する説があります。
〇「チンプンカンプン」を漢字で書くと、「珍粉漢粉」ですが、これはおそらく当て字でしょう。読みがおまじないのようでリズムが良く覚えやすいので、子どもでも言いやすいのが利点かもしれません。子どもが転んで痛がった時などに使われる「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、飛んでいけ」と近い感じがします。
〇ただ意味としては、単なる「無知」や「混乱」だけではなく、私は新しい世界への入り口「知的好奇心の種」であると前向きに解釈しています。人間の心理として、「わからないから知りたくなる」ものですので、決してマイナスだけではないと思います。
〇人は自分が何を知らないかを知った時(無知の知)、初めてその先へ進む必要性を感じるものです。「ちんぷんかんぷん」と感じることは、自分が今持っている知識や技術の外側に、巨大な未知の領域が広がっていることを発見した証拠です。
〇最初はしり込みしてしまうかもしれませんが、人の脳は理解できないものに出会うと、パターンを見出そうとしてフル稼働します。この「違和感」や「分からなさ」がストレスとなり、それを解消しようとするエネルギーが新たな「問い」を生み、それを契機に「知りたい!やってみたい!」と前向きになれることでしょう
〇「ちんぷんかんぷん」な対象を解き明かそうとする過程で、私たちは断片的な情報を繋ぎ合わせ、自分なりの新しい論理を構築します。この時こそ、単なる暗記ではない「深い理解」が生まれます。「分からない」を面白がれるかどうか。どうやらそれが、単なる思考停止で終わるか、深い探究へと踏み出すかの分かれ道と言えそうです。
須藤昌英
2月23日(月)国民の祝日と福祉フェスティバル(ふるさと協議会)
〇今日までの3連休は晴天が多く、春本番のようなあたたかさです。学校近くのあちこちにある梅林からは、上品な香りが漂っています。自転車で走ると、川の土手や手賀沼周辺の畑には、一面にモフモフした菜の花の黄色いジュータンが敷き詰められ、とてもきれいな風景が楽しめます。
〇今年の東京の桜(ソメイヨシノ)は、3月21日頃に開花し、3月末から4月上旬にかけて満開を迎える予想が出ています。平年よりやや早く、全国に先駆けて開花がスタートする見込みです。
〇明日で、ロシアがウクライナへ軍事侵攻して丸4年が経過します。その他でも世界では戦争や紛争が終結せず、未だ多くの人々の心は癒えません。平和な日本にいて春を楽しむばかりでなく、「この瞬間にも亡くなっている人がいるのか・・」と心の何処かでそのことも忘れずにいたいものです。
〇今月は先々週の建国記念の日と本日の天皇誕生日と、祝日が2日あるので、授業日が週4日ずつとなります。2月はもともと短いので、その分余計に授業時数が少なくなります。定期テストは終了していますが、学校としては来月までに各学年の履修内容をきちんと終えるようにしていきます。
〇現在の国民の祝日は、79年前の憲法施行に伴い、国民の中からその生活に光明をもたらし、潤いを与えるような真の意味での国民的祝日を望む声が高まり、2年後の昭和23年、国会で制定されました。したがって憲法の精神に則り、平和日本、文化日本の建設の意義にあうものであることが重要です。
〇現在は以下の16日と定められています。
【1月】元日(1日) 成人の日(第2日曜)
【2月】建国記念の日(11日) 天皇誕生日(23日)
【3月】春分の日(21日前後)【4月】昭和の日(29日)
【5月】憲法記念日(3日)みどりの日(4日)こどもの日(5日)
【7月】海の日(第3月曜)【8月】山の日(11日)
【9月】敬老の日(第3月曜) 秋分の日(21日前後)
【10月】スポーツの日(第2月曜)
【11月】文化の日(3日) 勤労感謝の日(23日9
〇個人的には海と山の日があるならば、「空の日」や「川の日」などもほしいところです。この日本は世界的にみると災害は多いですが、その分自然に恵まれています。すでに人口減少が始まっているのであれば、これまで以上に山、川、海、空などをもっと保全して、これからこの国で生きていく子孫に残してやりたいと思っています。
〇祝日には、祝日にちなんだ各地の行事・イベント等に足を運ぶ方々や、旅行などを計画する方々も多いことでしょう。また自治体によっては「ラーケーション」という「ラーニング(学習)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた制度を導入している場合があります。
〇保護者等の休日や有給休暇に合わせて子どもが平日でも学校を休み、校外で体験・探究的な学習活動を行う制度で、家族との時間や地域での特別な学びを推奨する新しい教育の形として注目されています。しかし現時点で柏市ではその実施の予定はありません。
〇本日は増尾近隣センターで、「増尾地域ぎゅっと!福祉フェスティバル」が行われます。テーマは「増尾地域の共生社会~地域住民の支え合いの団結に向けて~」です。地域にある各福祉事業所がブースを出し、活動内容等を発表します。
〇中学生にもボランティア参加の依頼を受けていましたが、残念ながら定期テスト前後のインフルエンザ感染が急増し、大事をとって自宅休養をしなければいけない生徒も多く、一部の生徒のみの参加となります。
須藤昌英
2月20日(金)AIが事実をゆがめて消す➡ファクトチェック
〇昨日は、「後生畏るべし」の例として、若いクリエイターなどによるAI生成コンテンツの利用について書きましたが、SNS上にある動画の多くが、人間が実際に撮影や編集したものよりもAI(人工知能)がいろいろな動画の切り抜きを使って、加工作成しているという現実があります。
〇たとえば、有名な名画のレオナルドダヴィンチのモナ・リザが動き出したり、ライオンなどの猛獣と人が不自然に戯れていたり、もっと過激になると爆撃場や戦争現場の悲惨な状況で人が殺されたりする動画などが平然とアップされていたりします。どれも「本物か!?」と見間違えるほどのリアルさがあり、観た人はそれを信じきってしまうこともあります。
〇これは見方によっては、「AIによって事実がゆがめられたり消されたりすることが可能である」ことを示しています。これまでもたびたび報道によって、事実が都合よく切り取られて配信されることも問題視されてきました。メディアによる「印象操作」といって、言葉、服装、態度、表情などを通じて、他者に与えるその印象を意図的にコントロールし、望ましい方向へ管理しようとしていることが指摘されています。
〇これは人間にとって、画像による説得力は大きく、画像の切り取りなどは、多くの人に影響を与えやすいことが背景にあります。心理学者のアルバート・メラビアンが提唱した「メラビアンの法則」により、人の第一印象は、視覚(55%)、聴覚(38%)、言語(7%)の3要素で決定されると言われています。特に視覚と聴覚の非言語情報が9割以上を占めるため、表情、態度、声のトーンが重要です。
〇このように虚偽情報が視覚に訴える形で拡散されることがAIの抱える問題です。そこでAIで加工された画像や動画の真偽を見極める力を身につけることが必須となります。「こんなことがありえる?」「もしかしてこれはフェイク?」などと疑って、いろいろな角度からみたり調べたりしようとするクリティカルシンキング(批判思考)が重要です。
〇AIにあえて「AIが事実をゆがめて消すとしたらその対処法を教えて」と質問してみたところ、次の答えが返ってきました。
1.AI生成画像・動画を見破る視覚的ポイント
AI生成コンテンツには、細かい部分に不自然な点(アーティファクト)が残りやすいです。
手・指の異常➡ 指の数が多かったり、不自然に曲がっていたり、融合していたりする(AIが特に苦手とする部分)。
目の不自然さ➡両目の光の反射が一致していない、視点が合っていない、瞳が不自然に輝いている。
文字や背景の崩れ➡看板やTシャツなどの文字が解読不能な文字になっている、背景の建物や階段が途中で途切れる・歪む。
不自然なテクスチャ➡肌が「エアブラシ」をかけたように滑らかすぎる、髪や毛皮の質感が均一すぎる。
影と光の矛盾➡光源の方向と影の向きが合っていない。
2. ディープフェイク動画を見破るポイント
人物の顔を入れ替えた動画(ディープフェイク)では、動作の不自然さに注目します。
瞬きの回数➡瞬きが極端に少なかったり、不自然に多かったりする。
唇の動きと音声のずれ➡口の動きが言葉と合っていない(リップシンクの不整合)。
顔の輪郭のブレ➡顔と髪、顔と首の境界線が不自然にぼやけたり、ちらついたり(フリッカー)する。
表情の不自然さ➡感情と表情が一致していない、顔の表情の変化が滑らかではない。
3. 真偽を見極めるための具体的なアクション
技術的なチェックに加え、情報を精査するプロセスが重要です。
「逆画像検索」の活用➡Google画像検索やTinEyeなどを用いて、その画像が過去に別の場所で使われていないか、元の画像が存在しないかを確認する。
情報源の確認・ダブルチェック➡信頼できるニュース機関が報じているか、他の情報源はあるかを確認する。
情報の文脈を確認➡あまりに衝撃的すぎる、または極端に感情を揺さぶる内容は偽情報の可能性を疑う。
検出ツールの活用➡「Deepware Scanner」や「Microsoft Video Authenticator」などのAI検出ツールを活用する。
〇瞬時にこのような詳細な回答を示すことは、「さすが」と思わざるをえません。今後は大人も子どもも何かを知りたい時には、まず「AIに尋ねてみよう」がスタンダードになるでしょう。このようにAI技術は急速に進化している反面、それがまた逆に真偽の見極めを困難にさせています。
〇論語に「道聴塗説(どうちょうとせつ)」という言葉があります。意味は「道端で聞いた話を、その内容を深く理解しないまま、すぐに他の人に話すこと、根拠のない知識やいい加減な受け売りの話など」です。人の話やSNSを鵜吞みにせず、批判的思考(クリティカルシンキング)で、事の真偽を確かめる姿勢が重要です。
〇たとえば事実が書かれているとされる原書や出典、データなどを調べたり、必ずあるはずの反対の立場の意見と比較してみたりして、最後は自分の言葉でまとめたり語ったりすることが、学ぶ人の基本であるでしょう。
〇市の教育委員会からも昨年、「児童生徒による生成AI(Gemini)の 利用開始について」という通知が出され、小学3年生からを目安に「はじめての生成AI」という授業パッケージを参考に、児童生徒生成がAIを使う時の注意点や禁止事項について指導した上で活用していく旨が示されています。
〇生徒に指導する前に、今後は私自身が目にする画像や動画に対し、常に「これは本当に本物か?」と疑う意識を持とうと思います。そして今以上に自分で見たり聞いたりしたことを大切にし、客観的な自分の意見や考えを優先させていきます。
須藤昌英
R3 校長室より
校長室より(36)令和3年度 皆さんに感謝!
3月24日(木)3学期の表彰式・修了式・辞校式を体育館で行いました。まん延防止等重点措置が解除となり,1・2年生が一堂に集まり,式を行えることはとても素晴らしいことです。私から生徒の皆さんにお願いしたことは2つです。
1 コロナ対策(マスク着用・手洗い・三密回避・換気 そして健康観察)を怠らず,【元気】に登校してほしいこと
2 【希望】を胸に始業式を迎えてほしいこと
また,最後の学級活動では,担任の先生方からどのようなお話をいただいたでしょうか。そして,辞校式では,8名の先生方とのお別れがありました。本校では、235名全生徒を全職員35名で指導して,今年度の教育活動を進めてきました。どの先生一人でも土中にいないと、今日の日を迎えられなかったと改めて感謝しました。人事異動とは,先生方にとってキャリアップ=成長の機会です。新しい職場でのご活躍を心から願い,紹介しました。
1年の国語の授業での熱心な指導,バレーボール部員との練習など【献身的に】学校を支えて頂いた先生。3学年主任として,一人一人を大切に接する【気配り】あふれる先生。授業も野球も学級経営も生徒への思い溢れる【熱い指導】を行ってくださった先生。朝の登校時の生徒の皆さん一人一人にかける一言の【優しさ】溢れる先生。新任の先生を【温かく見守り】,励まし,ご指導いただいた先生。毎日の美味しい給食、調理員さんとの連携、安心安全な給食を提供するための【プロ意識】あふれる先生。学校図書館において,読書や人生の【楽しさ】を教えてくださった先生。面談が終わっても,生徒の様子を気に掛ける【優しさ】と専門家としての【的確なアドバイス】をいただいた先生。
どれだけ感謝の気持ちを伝えても足りないです。お一人一人のお話を涙しながら,しっかり聞く土中の生徒の姿に感動しました。先生方,本当にお世話になりました。そして,ありがとうございました。
給食は,3月23日に終わりました。ごちそうさまでした。皆さん,オムライスの日を覚えていますか。生徒の皆さんが配膳しやすいように,ビニールから卵をはがしてから折り畳み,一枚一枚ずらして配缶してくださっていましたね。その丁寧な仕事にプロ意識を感じます。このように,皆さんには見えない場所で生徒の皆さんを支える方は,学校にたくさんいらっしゃいます。改めて感謝して,令和4年度を迎えたいものです。
この【校長室より】をお読みいただき,ありがとうございました。土中の生徒の頑張りを少しでも紹介出来たら嬉しいです。これまでの保護者の皆さんの協力・指導に感謝します。次年度,76年目の土中もよろしくお願いします!
出席停止の感染症にかかったら、こちらをご確認ください。
【通知】治癒証明書等の取扱いの変更について.pdf
柏市立土中学校
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千葉県柏市増尾1-23-1
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