校長雑感ブログ

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1月15日(木)生命活動の不可思議と人間の能力のピーク

〇1月15日を中心とする正月行事を小正月(こしょうがつ)と言います。1月1日(大正月)に対する言い方ですが、1年の始まりを祝う行事の締めくくりとされています。よく言う「お正月」はこの大小の「正月」を合わせたことを指すのでしょう。

〇昨年のお正月に観た映画「はたらく細胞」が今でも印象に残っています。最初は気乗りしませんでしたが、館内には親子連れも多く、随所に戦闘シーンもあるので、子どもはどういう感想をもつのか?と想像しながら観ました。観終わって色々と考えさせられました。

〇その映画の公式ホームページから紹介文を引用させてもらいます。

「人間の体内の細胞たちを擬人化した斬新な設定で話題を集め、テレビアニメ化もされた同名漫画『はたらく細胞』を実写映画化。ある人間親子の体内世界ではたらく細胞たちの活躍と、その親子を中心とする人間世界のドラマを並行して描く。人間の体内には37兆個もの細胞が存在し、酸素を運ぶ赤血球や細菌と戦う白血球など無数の細胞たちが、人間の健康を守るため日夜はたらいている。高校生の主人公は、父と2人暮らし。健康的な生活習慣を送る主人公の体内の細胞たちはいつも楽しくはたらいているが、不規則・不摂生な父の体内では、ブラックな労働環境に疲れ果てた細胞たちが不満を訴えている。そんな中、彼らの体内への侵入を狙う病原体が動き始め、細胞たちの戦いが幕を開ける。」

〇人間の主人公の体内にある細胞の方の主人公は、赤血球(肺から取り込んだ酸素を全身の組織に運ぶ役割)と白血球(細菌、ウイルス、カビといった外敵やがんから身体を守る働き)です。それぞれが自分の役目を果たそうとする中で、無意識でお互いに連携してはたらいていますが、そのことを人間はまったく知らないで生きています。

〇先日、初日の出を見て、太陽と我々生物の関係を思ったことを書きましたが、あれはマクロ(大きい・巨大)的な関係ですが、細胞はミクロ(小さい・細かい)的な世界で対照的です。ただ「目に見えない・意識できない」という点で共通点も感じました。

〇私は学生の頃から、「遺伝子や細胞」に興味があり、一時期は科学者としてその研究もしてみたいと思っていました。ただ自然とそれを断念し、数学の教員となりましたが、生物分野でも数学が活用されているので、教員になった後も生物系の本を見るのが好きです。

〇例えば、細胞は1つの細胞から順々と細胞分裂していきますが、1回目の分裂で1個が2つに分裂して2個、2回目の分裂で2個がそれぞれ2つに分裂して4個、3回目の分裂で4個がそれぞれ2つに分裂して8個・・となり、30回目の分裂でおよそ10億個になります。つまり2のカイ乗(n乗)計算は、予想をはるかに超えるスケールで増えていきます。

〇また3年生が理科で学んでいますが、生命の誕生に関しては、メンデルの法則(遺伝子に関する古典的研究)があります。ここではその詳細は避けますが、エンドウ豆の丸形としわ型を交配させ、交配によって一つが他よりも優れて現れるのを「優性遺伝」と呼びます。その結果分析にはマトリクス(縦軸・横軸の二次元で構成された表)を使い、統計的な数学の処理をしています。

〇また身体的な成長面では、人生で頭脳が一番純真・鋭敏に働くのは、十歳前後から十三、十四歳くらいまで。想像力、創造力、連想力、記憶力は、十一、十二歳が最も旺盛ですので、中学生は身体的には立派な成人です。

〇私が特に注目するのは視力や聴力です。これも同じく人生で一番能力が高いのは、九歳から十歳頃で、よく子どもが「穴のあくほど何かをよく見ている」と表現するのはそのためとも言えます。夏に孫娘が公園で、足元のアリの行列をじっと眺めたまましばらく動かないことがたびたびあり、こちらからすると「一体何が楽しいのか?」と一瞬思ってしまいます。

〇しかしよく考えてみると、私も幼い頃によく空の雲や池の鳥などを飽きずに見ていたことを思い出しました。大人から見れば不思議なことに夢中になる子どもたちですが、“子育て心理学”を発信している公認心理師・佐藤めぐみ氏は次のように指摘しています。

「子どもが読む絵本の中には、様々な生き物が出てきますが、案外、実際にそれらに会える機会は少ないものです。キツネやタヌキ、そしてウサギやクマ、どれも絵本には頻出する人気キャラクターですが、子どもが外にお散歩に行って、会えるようなものではありません。その点、【アリさん】は家の庭や公園でも会える身近な存在です。メディアで「会いに行けるアイドル」が人気のように、絵本の中の存在に実際に会えるというのは、やはり子どもたちにとって大きな魅力なのだと思います。」

〇面白い説明だと思います。真摯に生きる姿を、分かりやすく見せてくれるのが、アリの行列なのかもしれません。単純にアリが働いている様子自体を楽しんで見ている子どもは、大きく成長するにつれて、社会に出ていく際に、目の前に起こる出来事に対し、自分なりのストーリーを見出すようになっていくのでしょう。好きなことを探求する時間を大切にしてあげたいものです。

〇もう一つの聴力ですが、若者にしか聞こえない「モスキート音」もよく話題になります。人間の聴力は年齢とともに高い音から聞こえにくくなるため、17,000Hz〜20,000Hz近い高周波音は、子どもや若者には聞こえるものの、30代以上になると聞こえにくくなるのが一般的のようです。これは加齢による「加齢性難聴」の初期段階とも言え、モスキート音は耳年齢の簡易チェックにも使われています。

〇この能力も視力と同様に、子ども時代にピークを迎えるには何か意味があるような気がします。大人になると子どもの頃に聞こえていた音(たとえば森の中で聞こえる風や虫のささやかな音など)が聞こえにくくなり、今起こっている現象が正確に把握できなくなります。しかし大人はその分、それまで経験してきたことから、これから起こることを予測し、自分なりの判断や解釈を重要視します。

〇でも本当は子どもの頃のように、「どうしてだろう?」「これからどうなるのだろう?」と疑問符で生きていく方が、物事を正しく見極めることができるのではないでしょうか?少なくとも子どもに大人の勝手な判断を押し付けてしまうことは避けたいと感じます。

〇数年後には生徒たちは、社会に出てそれぞれの職業を通して収入を得ると同時に、その仕事や役割を通して社会に貢献していきます。その貢献という目には見えないはたらきを自覚することが、その仕事を継続していく要因となります。「自分も何かの役に立っている」が自己有用感となりますので、冒頭の細胞たちのはたらきと共通している面があります。

〇昨年、就任直後の首相が、「働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と「働く」を連呼して話題になりましたが、本来「働く」は、「自分の行為によって傍(はた)を楽(らく)にする」ことです。

須藤昌英

1月14日(水)日本人らしさのルーツ

〇昨日、外国人の日本語習得を難しくしている要因が、日本語の豊富な語彙と多様な表現となっていると書きましたが、来日している外国人が日本や日本人をどう見ているのか?も興味深い問題です。よくあるのが「勤勉」「真面目」「誠実」「シャイ(Shy)」等でしょう。

〇ただ一部には、「日本人は冷たいという印象をずっと持っていた。しかし日本に来て、優しい人が多いなと思った」や「世界ではハグして挨拶するのが普通なのにこの国では失礼になることがあることや、会釈があるけど外国人からするとかしこまりすぎて距離がある感じがする」などの印象もあるようです。

〇また一番気をつけたいのは、最近急速に日本人が「外国人嫌い」になっている?ことをあちこちで見聞きすることです。特にネットやSNSで、特定の国や人種に対して、酷い悪口を投稿している人が少なくないようです。一昨年くらいに、アメリカ前大統領のバイデン氏が「日本人は外国人を毛嫌いし、移民を受け入れない」と発言したことは、今でもはっきりと記憶しています。

〇10日のHNK「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?」という番組で、「日本人らしさはどこから生まれたか?」をテーマにしていました。80分の番組でしたが、興味深く視聴しました。

〇結論を挙げますと、地形学的視点では過去に日本周辺で巨大噴火が何度か発生していることが最近の調査で明らかになってきており、それが遠回りの原因になっているというのです。特に注目していたのが、今から約1万3000年前から約2300年前までの約1万年間続いた縄文時代に、鹿児島の南にある薩摩硫黄島付近であった海底火山の噴火です。

〇その海底の噴火跡を調べると、直径20㎞もあり山手線がスッポリ入ってしまう広さで、その中央には高さ450mの世界最大級の溶岩ドームがあります。江戸時代の富士山噴火では、関東地方に火山灰が降り積もり、空も真っ暗になったと記録に残っていますが、その250倍の規模の噴火だったことがわかっています。想像を超える大噴火です。おそらく日本列島全体が大きな被害に見舞われ、当時生きていた縄文人も生き残れたのは少数であったようです。

〇災害考古学の専門家は、度重なる災害によって日本人には、遺伝子DNAレベルで、「自然災害は個人では立ち向かえないのでチームプレイをする」情報が組み込まれていると指摘します。その遺伝子は日本人独特で、「D‐M55」と呼ばれ、その遺伝子を持つ人は、「攻撃性が少ない、友達が多い、コミュティーが強い」などの特性を強く備えています。統計的には日本人男性の三割ですが、この人たちが他の7割の日本人にも大きな影響を及ぼしているといいます。

〇そもそも日本は地震(火山)大国で、世界で起こるマグニチュード7以上の地震は、日本だけでその2割が発生しており、そこから日常で不安を感じやすい日本人は全体の8割にもなり、これは欧米人の2倍、アフリカ人の3倍だそうです。いつも何となく不安なのは、私も経験がありますが、これは先祖から受け継いだ遺伝的な面もあるのだとあらためて感じました。

〇ただ逆から考えると、不安があれば用心深くなり、いろいろな環境の変化にも対応ができるので、生存には有利とも言えます。要するに日本人は何ともいえない不安の解消のため、仲間づくりをしてその仲間をおもんばかって生きていくことを、その閉ざされた集団の中で幼いころから身に付けてきたのだと思います。

〇先週の金曜日に行った第3回の避難訓練では、生徒たちに冬に食べるお鍋にはよく豆腐が入っていることから、「豆腐は水(湯)に浮くか?」の話から始めました。理科で学習していますが、水の密度を1とすると、それよりも密度が高い物質は水に沈み、密度が低ければ浮きます。また水の密度に近いほど、その物質の浮き沈みはゆっくりとなります。

〇生徒たちはキョトンとしていましたが、「そこで鍋の水がだんだんと沸騰すると豆腐が浮くのは、豆腐の内部に含まれる空気が熱で膨張して浮力が増すことと、豆腐の水分が抜けて密度が水に近づくこと、そしてニガリに含まれる成分(塩分)が水に溶け出して豆腐の密度が調整されるためです」と続けました。

〇さらに「水の密度をあげるには、水に塩、砂糖、みりんなどを加える方法があり、これは溶かした物質(溶質)の質量が水の質量に加わるため、同じ体積に対する全体の質量が増加するからです。人間も真水よりも塩水の方が浮きやすいのは、海水浴で経験しているでしょう」と前振りしました。

〇そこで一番言いたいこととして、「我々が住んでいるこの地表(地殻)は、マグマ(マントル)に浮いている豆腐と同じようなものです。地下のマントルが対流しているので、当然この地表もその影響を受けています。それが地震の主な原因となります」と説明しました。

〇実際にマントルは地球の表面の硬い層の下から深さ約2,900kmまで広がる高温・高圧の岩石の層で、地球の体積の約8割を占め、地殻プレートがその上でゆっくりと移動(マントル対流)する原動力となり、地震や火山の活動、大陸移動に深く関わっています。

〇最後に生徒たちに恐怖を与える意図はありませんでしたが、あえて厳しいことを言いました。「日本で地震が起こるのは当たり前であり、基本的に地震は今の科学では避けて通れません。やっと予知を可能にするシステムができ始めたばかりで、まだまだその精度は高くありません。地球物理学者の中には、【地球は生きていて、地震は人間でいえばくしゃみをするくらい自然なこと】と言う人もいます。いくら私たちが願っても、人間の営みに無関係に起こります。前も言ったようにまずは最初の揺れで、自分の身は自分で守るようにしてください」と結びました。

〇先ほどのNHKの番組の終わりに、社会学の専門家が、「日本人の無常観はここからきている」と話していたのが印象に残りました。AIで「日本人の無常観」と検索すると、次のように回答がありました。

・日本人の無常観とは、「諸行無常(すべてのものは常に変化し同じ状態に留まることはない)」という仏教思想を基盤とし、四季の移ろいや自然災害の多い日本の風土の中で育まれた、「移ろいゆくものに美しさを見出、はかなさを受け入れ、今を大切にする」という独特の人生観・美意識です

〇昨日は人間と世間について書きましたが、日本人と日本列島も密接な関係があるのだなと思いました。

須藤昌英

 

1月13日(火)人間(じんかん)と世間(せけん)

〇昨日は「成人の日」で、各地でお祝いの会が開かれました。私もかつて教育委員会事務局に勤務していた際、成人式は教育委員会が主催なので、成人者を迎える仕事をしていました。一時期は成人式で大暴れする若者がいましたが、参列者の中には5年前の卒業生もいたりして、再会を喜びその生徒の中学校からの成長に驚いたものでした。

〇隣の東京都では、成人者の6人に1人が外国の若者だとニュースが伝えていました。日本で学んだり働いたりしている人がいかに多いかがわかります。私も3連休中に車の定期点検をディラーで行いましたが、整備場で働く数人はすべて外国人でした。一生懸命に働いていました。丁寧に「ありがとう」と伝えました。

〇外国人の方がよく「日本語の難しさは世界でも類のないほどだ」と言います。その理由は日本語の曖昧な表現方法、敬語の使用方法など、覚えることが多いためです。また特に外国人からすると、ひらがな、カタカナ、漢字などが自由自在に使われており、それは日本語を母国語とする人であって(私も含めて)も、特に漢字を正しく理解していない人がいます。

〇また同じ漢字でも時代によって読み方が変化します。たとえば「人間」と書いた際、今は一般的に「にんげん」と読んでいますが、明治時代には「じんかん」と読んでいることを、昔、夏目漱石の作品をいくつか読んでいて知りました。この背景には、いくつかの原因や経緯があります。

〇元々、漢語としての「人間(じんかん)」は、「人の世」「世間」といった意味で使われており、特定の個人を指す言葉ではありませんでした。しかし明治時代以降、西洋の "human being"や "man"といった概念を翻訳する際、新しい意味を持たせるために「にんげん」という読みが一般化し、現代の意味での「人」を指す言葉として定着したようです。

〇私は「人間」という言葉を明治時代には「じんかん」と読まれていたというのは、とても興味深く感じます。それは漱石の高い漢語の素養を示すものですが、たとえば『草枕』では、「じんかん」と読むことで、俗世間から離れた境地や、漢詩的な世界観を表現しようと意図的に「じんかん」という読み方を用いていたと考えられます。

〇私は昔、人間には「人と人の間でしか生きられない」という意味があると教わりました。他の動物は、犬、猫、馬、熊、鹿、・・・など、漢字一文字で表すことが多いです。もちろん「人」は一文字ですが、「人」と書くと「人間」よりも冷たいイメージがあります。

〇「人間味がある」「人間らしい」と言う場合には、先ほどの人間(じんかん)の意味である「世の中」「世間」が強く意識されていると思います。つまり「人は人が寄り集まった【世間】の中で、お互いに切磋琢磨したり協力しあったりして生きる宿命がある」にもつながります。

〇また似た言葉で「世の中: 広範囲に世界全体や社会全体を指す」と「世間: 限定的に自分の身近な人間関係や地域を指す」があります。具体的な使用例は「生きづらい世の中だ」と「世間の目を気にする」では、自分と周囲の人たちとの距離感が違います。

〇さらにその2つと「社会」という言葉の使い分けをいつも悩んでいます。「社会」は、共通の文化や制度、ルールなどを共有する人々の集団を指し、国や世界といった広範囲を指すことが多いです。別視点では、「世の中」や「世間」は、自分に関係のある人たちで構成されるのに対し、「社会」は自分に関係のない人たちも含むという違いがあります。

〇学校も小さいですが一つの「世間(社会)」です。よく学校は社会とかけ離れており、昔から「学校の常識は世間の非常識」とも揶揄されてきました。しかし本来、学校と社会は、「社会の一員として生きる力を育む」と「将来の役割へ導く」という相互補完的な関係にあり、密接に連携していく必要があります。

〇要するに学校は知識伝達だけでなく、社会の縮図として協調性や課題解決能力を育む場であり、近年では「社会に開かれた学校」として「地域の中にある学校」という認識を深め、社会全体で子どもを育てる体制が重要視されています。まさに人間は「人と人の間でしか生きられない」ということです。

〇話を漢字に戻しますと、私も中学生の頃は漢字には苦しめられた思い出があります。それは比較的に部首などが明確なので、「漢字を書く」面よりも「漢字を読む」面に困惑していました。

〇漢字は大きく2つに分けると、音読み(おんよみ:中国から伝わった発音を元にした読み方で、意味が分かりにくいことが多い)と、訓読み(くんよみ:漢字の意味に合わせて日本で作られた固有の和語で、単独で意味がわかるのが特徴)があります。

〇2つの伝わってきた時代に相違があります。呉音が5〜6世紀頃の中国南方(六朝時代)の音(仏教用語に多い)であるのに対し、漢音は7〜8世紀(奈良・平安時代)に遣唐使がもたらした唐の長安音(一般的・学術的な漢字音)を指します。 

〇漢字の音読みと訓読みは、それぞれ異なる起源と特徴を持ち、日本語に豊かさをもたらす一方で、複雑さの原因ともなっています。それぞれの長所(メリット)と短所(デメリット)は以下があります。 

・音読みの長所

造語力の高さ: 複数の漢字を組み合わせた熟語(例: 帰国、帰社、帰宅)を容易に作ることができ、新しい概念や専門用語の表現に優れています。

簡潔性・普遍性: 発音が1〜2音節と短く、多くの熟語で共通の読み方として機能するため、文章の可読性を高めます。

表記の明確さ: 文書や公式な場面で広く使用され、意味を限定する役割を果たします。

・訓読みの長所

意味の直感的な理解: 発音を聞いただけで意味が理解できます。

表現の豊かさ: 日本語の感情やニュアンスを繊細に表現するのに適しており、話し言葉や文学的な表現に深みを与えます。

単独での使用: 漢字一文字で完結した言葉として使われることが多く、送り仮名とセットになる場合が多いです。

・音読みの短所

単独での意味の不明瞭さ: 一文字の発音だけでは意味が分かりにくいことが多いです。

複数の読み方の存在: 中国から伝わった時期や経路によって「呉音」「漢音」「唐音」などの複数の音読みが存在し、学習者にとって混乱の原因となることがあります。 

・訓読みの短所

熟語構成の難しさ: 音読みの熟語ほど自由な組み合わせが難しく、新しい熟語を作るのにはあまり使われません。

学習の複雑さ: 同じ漢字でも文脈によって読み方が異なる場合があり、習得に時間と労力がかかります。 

〇今では音読みと訓読みの両方があることで、日本語は豊富な語彙と多様な表現を可能にしていると感じますが、それが同時に冒頭の外国人の学習の難易度を高める要因ともなっています。 

須藤昌英

1月9日(金)馬(午)年は上手(うま)くいく!?その2

〇昨日は「馬」について書きましたが、今日も「馬」にまつわる話をさせてもらいます。昨日も書きましたが、馬と人間の関係は昔から非常に強く、お互いに信頼しあって生きてきた気がします。馬を飼う人は特別な環境が必要ですのであまりいませんが、今は馬の代わりに犬や猫と心を通わせている人が多いのではないでしょうか?

〇まず普段からよく使う言葉で「馬」が入ったものがいくつかあります。「意気投合する」「性格や気が合う」の意味の「馬が合う」はよい事例です。この語源は、乗馬で乗り手と馬の呼吸や息がぴったりと一致し、一体となってスムーズに走れる様子から来ています。それが転じて人間同士も波長が合うことを表すようになりました。馬は生き物なので相性が悪ければ思うように動いてくれませんが、良い相性だと本来の力を発揮できるため、その様子が人間にも当てはめられたのでしょう。

〇次にあまり良い意味ではありませんが、「馬の耳に念仏」があります。いくらありがたい忠告や意見をしても、相手が理解しようとせず、全く効果がないことのたとえです。僧侶が仏の功徳を理解できない馬に念仏を聞かせても無駄であることから、聞き流されてしまう様子を表します。中国の詩人・李白の詩に登場する言葉が由来になったとされています。似た言葉で「馬耳東風(ばじとうふう)」という故事成語があります。こちらは「馬の耳に念仏」とは異なり相手を批判する意味合いを持ちません。相手が貸す耳を持たない点は似ているものの、単に聞き流されるといったニュアンスのほうが強めです。

〇また「馬子にも衣装(まごにもいしょう)」も少し皮肉として使われます。身分の低い者(馬子)でも、立派な衣装を着れば立派に見えるという意味で、「どんな人でも身なりを整えれば見違えるほど立派に見える」というたとえです。本来は褒め言葉だったかもしれませんが、今は本質は変わらないのに見た目でごまかされていることを指す言葉として使われます。

〇江戸時代の千葉県域には徳川幕府の直轄地として、軍馬の育成・確保を目的とした大規模な馬の放牧場(牧)が置かれていました。主に「小金牧」「佐倉牧」「嶺岡牧」の三つがあります。そのうち下総小金牧(しもうさこがねまき)は、現在の松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、柏市、白井市などにまたがる広大な地域にあったようです。

〇千葉県教育委員会のホームページには、

「房総には古くから牧場が多く、平安時代から江戸時代にかけて軍馬の有力な供給地であった。平将門や歴代の千葉氏、源頼朝などが強大な軍事力をもち得たのはこうした背景が一因であったといわれている。徳川家康は慶長9年(1604)に、戦力強化のために従来の牧場を整理して、下総国に小金三牧、印西牧、佐倉七牧を置いた。さらに、八代将軍吉宗が享保7年(1722)に、これらの牧をさらに整備し、小金三牧は従来の上野牧、中野牧、下野牧に、高田台牧と印西牧を加えて五牧とした。このうち中野牧と下野牧は特に重視され、幕府の直轄の牧として野馬奉行の下に管理され、村の名主が牧士(もくし)となって馬の世話をした。牧の範囲は、現在の野田市から千葉市の北部に及び、幕末には約15,000平方メートルの規模があったといわれている。牧にいる馬は、牧場で飼育された馬を放牧したものではなく、野生の馬そのものであった。これらの馬は年に1回、1か所に集められて、軍用馬として使えそうな馬を捕獲するが、馬を集めて捕獲する場所が捕込(とっこめ)跡である。捕込跡は各牧に1か所ずつあり、中野牧の捕込跡と牧を取り巻く野馬土手、野馬堀は現在もよく保存されている。特に捕込跡は元文年間(1736から1741)の構築と伝えられ、高さ約3メートルから5メートルの土手で囲まれた馬を追い込む区画が残っており、江戸幕府の馬の生産を支えた重要な施設を知る上で貴重なものである。」とあります。

〇牧の境界には馬の脱走を防ぐための土塁「野馬土手(のまどて)」が築かれていました。この野馬土手の一部は現在も史跡として残されています。これらの牧は、明治維新後の1868年(明治元年)に新政府によって廃止が宣言され、その後、開墾事業によって現在の市街地や農地へと姿を変えていきました。

〇私も小学生の頃、当時住んでいた自宅近く(柏市旭町)には、まだ野間土手の跡が点在していましたので、友だちとよくかくれんぼをして遊んだり、自宅から物を運んで廃材などで秘密基地をつくったりしていました。当時もそれは誰かの所有地だったはずですが、今のように子どもが大勢入って遊んでいても注意されることはありませんでした。ゲームなどはなかった時代ですので、外で暗くなるまで遊んだことは今でも良い思い出です。

〇私の通勤路にも野馬土手の碑があり、100メートルほど土手が連なっています。場所は三協フロンテア柏スタジアム(日立柏サッカー場)近くの柏市あかね町の緑ヶ丘交番前交差点です。またJR柏駅からレイソル通りにいたるまでの、斜めに走っている道はかつての野馬土手だったことを後から知りました。今でも柏市民以外にも、柏レイソルの試合がある際には、各地から応援に駆け付けた多くの方々が、この野馬土手の跡を通っているということになります。

【緑ヶ丘交番前交差点の野間土手】

〇このように身近な地域の歴史を学ぶことは、歴史学を実践する貴重な機会であるとともに、生徒や大人にとって自分たちの生活の場である地域を改めて見つめ直す契機にもなるでしょう。地域の歴史を知ることで、自分自身や子どもたちへの教育の一環として、文化や伝統を大切にする意識が芽生えると思います。

〇また江戸時代には馬と生活が密接だったことから、その供養塔(石碑)が多く残されています。特に馬頭観音(ばとうかんのん)は、頭上に馬の頭を戴いた忿怒(ふんぬ)の姿が特徴の観音菩薩です。畜生道の衆生を救い、家畜(特に馬)の健康や安全、旅の安全を守り、厄除けや大願成就のご利益があるとされ、あがめられてきました。

〇調べると、馬頭観音は、馬が草を食むように煩悩を食べ尽くし、牛馬の守り神として、また馬の供養や無病息災、交通安全などを願う仏様として信仰され、特に馬が物流や農業で重要な役割を果たした近世以降、馬の供養塔として街道沿いや競馬場近くに多く祀られるようになりました。

〇2日連続で「馬」について雑感を書きました。全体を通して馬と人間の関係は、人間は馬の力強さ、美しさ、そして優しい心に魅了され、馬は人に「優しさ・信頼」を求めつつ、「労働・輸送」の仕事を担ってきており、強い結びつきがあること感じました。

〇明日から3連休になります。あらためて「馬(午)年は上手(うま)くいく」ためには、何をしていこうか?とじっくり考えたいと思います。

須藤昌英

【柏市布施の馬頭観音】

1月8日(木)馬(午)年は上手(うま)くいく!?

〇今朝の我が家近くの手賀沼の気温は-3℃で、水面から蒸気のようなものがあがっていまし。これは水温より冷たい空気が水面の上を流れ、水面から蒸発した水蒸気が急激に冷やされて水滴となって現れる「蒸気霧(じょうきぎり)」(または「気嵐(けあらし)」)と呼ばれる現象です。

〇半年前の夏は朝から蒸し暑く、太陽が昇った瞬間からじりじりとした陽ざしを感じていましたので、この両極端な気候はどちらも不快と感じるだけでなく、自然の力の偉大さを思わずにはいられません。私個人としてはどちらかと問われれば、まだ寒い方が好きですが、感染症対策は欠かせない季節です。

〇2026年 丙午(ひのえうま)が始まって一週間が経ちました。来月からは、イタリアのミラノ・コルティナで第25回オリンピック冬季競技大会が開かれます。日本からも多くの種目に選手が挑み、メダル獲得を期待される選手も多いようです。活躍が楽しみです。

〇うま年といえば、昨年民放テレビで、早見和真氏原作の『ザ・ロイヤルファミリー(新潮文庫:全10話)』をドラマ化していました。私は普段からあまりドラマ等は視聴しません(理由は本と違って自分のペースではなく、番組側のペースで物語が展開されるから)。ただそのドラマだけは前評判が高かったので、日曜日の夜に家族と観ていました。

〇内容は人材派遣会社の創業社長とその秘書が、競走馬(サラブレット)の世界で20年間苦悩するものです。ただ私は原作を読んでいませんでしたので、毎回の展開や最終結末はわからずにドラマを観ていました。観ていて一番気になったのは、脇役の競走馬(サラブレット)が育成される場面とそれを取り巻く人間の欲望や純粋さでした。

〇競走馬を育てるシステムはとても複雑で、生産牧場(サラブレッドを生産、育成し、せり市場で売却することを目的にしている牧場)と育成牧場(競走馬としての基礎体力や躾を身に着けさせることを専門にする牧場)があり、現在はどちらも完全な企業システムの一部だということを初めて知りました。

〇生産牧場は北海道が有名ですが、育成牧場は茨城県美浦村に中央競馬が運営しているトレーニング・センターがあり、私も近くを自転車で通ったことがありますが、膨大な敷地でとても厳重な警戒をしている施設でした。そこに約2,000頭の競走馬がいるそうです。

〇千葉県にもサラブレットにゆかりのある場所があります。競走馬に乗る騎手は、近隣の白井市に中央競馬会競馬学校(騎手課程)があり、騎手として高度な専門的技能及び知識を習得させ、併せて愛馬精神のかん養と社会適合力の向上を扶助することを目的に教育がされています。

〇またドラマの舞台になっていた中山競馬場は、船橋市にあります。私は馬券を購入したことはありませんが、一度だけ友だち数人と中山競馬場で観戦だけしたことがあります。大きな施設で、馬が芝生の上真剣に走る姿が美しく見えて感激しました。

〇もともと馬は自然界の動物として生きていたのを、人間が「田畑を耕す」「人や物を運ぶ」という特徴をいかすために、約5000年くらい前から家畜として育ててきた歴史があります。そして「はやく走る」という面を利用して、競争させる馬も出てきました。

〇一方で人間も馬と同じく動物ですが、極端に発達した脳のお陰で、言語を用いた高度なコミュニケーション能力、複雑な言語を用いて情報を伝えながら協力や共同作業ができる社会性を身に付けています。特には長い寿命と学習能力を活かして、知識や技術を後世に伝えていくことができます。

〇「馬と人間を同じにするな!」と叱られそうですが、馬も人間も幼いころからその特性を伸ばすように教育し、最終的には自立させるように支援することは同じだと思います。

〇ただ競走馬はレースで勝つことを目的にしていますが、人間は競争するために学んでいるのではありません。確かに受験や就職など、人生の一部には他人と競争する場面もありますが、それは学校や会社などの特性や規模などの条件によって、仕方がないことです。

〇人間が「学ぶ」という目的は、単に他者より優位に立つことではなく、自分の可能性を信じ成長していくためです。つまり競走馬が「勝つ」ために訓練されるのと違い、人間は「より良く生きる」ために学んでいると言えるでしょう。

〇今年は語呂合わせの洒落として、「馬(午)年は上手(うま)くいく」を自分のテーマにしようかと思っています。ただし「上手くいく」とは、要領よく失敗せずに成功を目指すことではありません。自分で考えたことを自分で実行し、その経験から学ぶことが必ずあとの自分に大きな力となって残ることをイメージしています。

〇この洒落は、新しい年や新しい挑戦の際に、前向きな気持ちで臨むための合言葉のようなものですので、今度生徒たちにも伝えたいと思います。ただ生徒たちからは、「ただのオヤジギャクだ!」と一蹴される気もしますが・・・。

【JRA日本中央競馬会のホームページより】

過去のお知らせ

R3 校長室より

校長室より(36)令和3年度 皆さんに感謝!

 3月24日(木)3学期の表彰式・修了式・辞校式を体育館で行いました。まん延防止等重点措置が解除となり,1・2年生が一堂に集まり,式を行えることはとても素晴らしいことです。私から生徒の皆さんにお願いしたことは2つです。

 

1 コロナ対策(マスク着用・手洗い・三密回避・換気 そして健康観察)を怠らず,【元気】に登校してほしいこと

2 【希望】を胸に始業式を迎えてほしいこと

 

 また,最後の学級活動では,担任の先生方からどのようなお話をいただいたでしょうか。そして,辞校式では,8名の先生方とのお別れがありました。本校では、235名全生徒を全職員35名で指導して,今年度の教育活動を進めてきました。どの先生一人でも土中にいないと、今日の日を迎えられなかったと改めて感謝しました。人事異動とは,先生方にとってキャリアップ=成長の機会です。新しい職場でのご活躍を心から願い,紹介しました。

 1年の国語の授業での熱心な指導,バレーボール部員との練習など【献身的に】学校を支えて頂いた先生。3学年主任として,一人一人を大切に接する【気配り】あふれる先生。授業も野球も学級経営も生徒への思い溢れる【熱い指導】を行ってくださった先生。朝の登校時の生徒の皆さん一人一人にかける一言の【優しさ】溢れる先生。新任の先生を【温かく見守り】,励まし,ご指導いただいた先生。毎日の美味しい給食、調理員さんとの連携、安心安全な給食を提供するための【プロ意識】あふれる先生。学校図書館において,読書や人生の【楽しさ】を教えてくださった先生。面談が終わっても,生徒の様子を気に掛ける【優しさ】と専門家としての【的確なアドバイス】をいただいた先生。

 どれだけ感謝の気持ちを伝えても足りないです。お一人一人のお話を涙しながら,しっかり聞く土中の生徒の姿に感動しました。先生方,本当にお世話になりました。そして,ありがとうございました。

 

 給食は,3月23日に終わりました。ごちそうさまでした。皆さん,オムライスの日を覚えていますか。生徒の皆さんが配膳しやすいように,ビニールから卵をはがしてから折り畳み,一枚一枚ずらして配缶してくださっていましたね。その丁寧な仕事にプロ意識を感じます。このように,皆さんには見えない場所で生徒の皆さんを支える方は,学校にたくさんいらっしゃいます。改めて感謝して,令和4年度を迎えたいものです。

 

 この【校長室より】をお読みいただき,ありがとうございました。土中の生徒の頑張りを少しでも紹介出来たら嬉しいです。これまでの保護者の皆さんの協力・指導に感謝します。次年度,76年目の土中もよろしくお願いします!