文字
背景
行間
校長雑感ブログ
3月10日(火)ヒトはなぜ、歩くのか?(その2)
〇昨日、「昔の【野球】と今の【Baseball】は、ルールは同じでも、「全く異なるスポーツだ」と思います」と書きましたが、そもそも今の日本の中心選手であるメジャーリーガーの大谷選手などは、長男と同じ年齢ですので、違って当たり前です。
〇しかしこれを質問形式にし、AIにあえて尋ねてみました。回答は、
「その感覚、非常に鋭いものだと思います。一見同じスポーツに見えても、その内実や哲学において、かつての【野球】と現代の【baseball】は確かに別物と言えるほどの変化を遂げています。」と褒められてしまいました。ただ褒められると人間はうれしいものです。
〇昔の「野球」が「男の子がスポーツをやるとすれば野球くらいしかなかった」ことや「大人と子どもの共通の楽しみだった」などであったのに対し、現代の「baseball」は「グローバルなエンターテインメント・ビジネス」へと変わったと言えるかもしれません。これ以上書くと、止まらなくなるので止めますが、今の子どもは自分の好きなスポーツを昔よりも広い選択肢から選べるので、幸せだと思います。
〇今日は卒業式の予行練習を行います。
卒業式の予行練習には、本番を円滑かつ厳かに行うための実務的な確認と、生徒の心の準備という目的があります。
〇まず式典を中断させることなく進行させるためのシミュレーションです。入場から卒業証書授与、退場までの一連の流れを当日と同じ時間配分で確認します。また卒業証書の受け取り方、礼のタイミング、歩く経路などを実際に行います。音響等の係が伴奏やマイクの音量、照明の調整など、裏方の動きも含めた最終点検を行います。
〇また厳粛な雰囲気を作り出し、卒業生としての自覚を高めます。本番と同じ環境で練習することで、当日の過度な緊張を防ぎます。さらに式の流れを体験することで、これまでの学校生活を振り返り、保護者や教職員への感謝を伝える心の準備を整えます。卒業式は「最後の授業」とも捉えられ、教育課程を修了するという節目を実感させ、卒業の自覚を促します。
〇特に参加する生徒が、自分の体調管理の確認を行えるようにします。長時間立ち続けたり座り続けたりすることが可能か確認し、当日の体調不良への配慮や対策を練ります。
〇昨日紹介した雑誌「Tarzan」にもう一人、元陸上競技日本代表で現在は会社代表をしている為末大氏の「歩いていると、どんどん思考が深くなります」という記事も注目に値します。
〇為末氏は、男子400mハードルの日本記録保持者で、2001年世界選手権で日本人初の銅メダル、2005年ヘルシンキ世界選手権で銅メダルを獲得。 初めて日本人が世界大会トラック種目で2度メダルを獲得するという快挙を達成しています。このようなトップアスリートの考えは説得力があります。また一部を引用させてもらいます。
「25年間のアスリート人生にピリオドを打ったのは、12年前。カラダを鈍らせないため、引退後はジムに通ったりランニングしたり。でも筋トレは性に合わず、ランでは現役時代に酷使した膝に痛みが生じがちでした。それで7.8年前くらいから歩き始めました。歩いているだけで思ったより太らないし楽しい。だったら歩きでいいかなと。ランとウォークでは体感的にエネルギー消費量gは数倍違うような感じがしますが、実際には30分走るのと1時間歩くのとではそんなに違わないんです。(略)現在のところ、一日の目標歩数は1万2千歩程度。都内なら目的地の2.3駅前で降り、散歩感覚で歩く。(略)僕は油断すると『そもそも○○とは何か?』と考えてしまうんです。その考えを巡らせている間はほとんど歩いています。歩いていると思考がどんどん深くなっていきますね。電車の中での移動中に本を読んで、そのまま電車を降りて歩きながら自分の頭で考えて、たどり着いたカフェで何かを書き始めるときれいなコンポ(組合せ)になります。思うに、脳内の接続みたいなものは脳の活動だけではつくりだすのは難しいんじゃないかと。基本的に人間は狩猟採集活動をすることで脳の接続を進化させてきました。だから身体活動で血流がよくなって異なる接続パターンが生まれたときに、ひらめきが得られると思うんです。
〇この記事を読む前から為末氏については、現役選手にもかかわらず知的なイメージがあり、引退後も身体に関する様々な本も書いたりYou-tubeでも多くの動画を投稿したりしていましたので、関心をもっていました。特に上記の内容では、「思考と身体の関連性」について、特別な人だけの限られた感覚ではなく、誰でも身近に経験していることを書いているところに一番感心しました。これは昨日の青山学院大学の福岡教授と共通です。
〇先日のブログに、人間の脳は、「ボーッ」としている方が、何かを考えているときよりも多くのエネルギーを使っていて、そのデフォルト・モード・ネットワークが働いているときは、あらかじめ蓄えられた情報がそれぞれ結びつきやすくなり、新しいアイデアや発想が生まれやすくなる、つまり「創造性」に富む可能性があると書きました。これとも通じるものがあります。
〇私がこのブログで研究者や専門家(見識者)などの話を引用する場合に、「人間の身体や宇宙の神秘みたいなことが多いのでは・・・?」と読んでお感じになっていられる方もいると思います。それはその通りで、私の一番の関心は常にそこにあります。
〇脳も含む人の身体はまだまだ不明瞭な部分が多く、これから解明されるだろうと思われるものもあります。例えば、「なんで手や足の指は5本なのか?」「どうして心臓の位置が少しだけ左寄りなのか?」など、まだまだあります。またそれは未知な宇宙を研究している方々のテーマと同じではないか?と思っています。
〇身体や宇宙の話からいつも連想するのは、生徒たちの可能性の無限さです。自分が中学生くらいの頃、「将来自分はどんなことができるようになるのか・・?」とか「でも今のままで大人になっても大したことはできないのではないか・・?」などといつも期待と不安が入り混じっていました。
〇でも60年以上生きてきて今は生徒たちに、「大丈夫、あなたたちには自分でやろうと思ったことを実現するための力が、もうすでにその身体に潜んでいるからね」と自信をもってアドバイスできます。ただ最近は、そういうことを校長という立場ではなく、ただの大人として伝えてあげなければいけない・・と感じます。
〇歩くこともその一つです。「歩くことなんてただの移動にすぎない・・」と私も若いころには割り切っていました。また思春期には時々部屋に閉じこもってあれこれと考えることも大切ですが、それに飽きたら思い切って外へ出て、自分の五感で感じたことを大切にしてもらいたいです。
須藤昌英
3月9日(月)ヒトはなぜ、歩くのか?(その1)
〇先週末から野球の世界大会「WBC(World Baseball Classic)」が始まり、日本が順調に勝ち進んでいます。私はそんなにスポーツ観戦に熱心ではありませんが、幼少期から高校時代まで熱中して取り組んだ野球だけは、どうしても他のスポーツとは違いシビアに観てしまいます。しかしこのことを書くと、止まらなくなるので詳細は触れませんが、一言で言えば、私がやってきた昔の「野球」と今の「Baseball」は、ルールは同じでも、「全く異なるスポーツだ」と思います。
〇今回の大会で気になるのは、地上波によるテレビでは放映されず、サブスクリプション(商品やサービスを、月額や年額などの一定の料金を支払うことで、期間内は自由に「利用(定期購読)」できるサービス)でしか観られないことです。我が家は二男が個人で契約していたので、自宅で一緒に観ることができましたが、これも今までになかったことで、やはりこちらも「時代が変わったのだ」と感じます。
〇先日の3年生を送る会で卒業生たちには私から、「卒業式の主役は皆さんはもちろんですが、もう一人は皆さんの保護者の方々です」と話をしました。「その理由は中学校を卒業することは同時に、義務教育9年間を修了することであり、その義務とは皆さんにあるわけではありません」と続けました。
〇義務教育の「義務」は、子どもを持つ保護者(親)に課せられたもので、憲法第26条第2項に基づき、「保護者は満6歳から9年間、子女に普通教育を受けさせる義務を負う」とあります。それに対し、子どもは「教育を受ける権利」を有しており、義務を負うのは親側であることが明確にされています。
〇権利とは法律上で認められた「利益を享受・請求できる自由な資格」であり、義務は「法律上果たさなければならない拘束や責任」です。この2つはセット(表裏一体)の関係にあり、例えば社会人が「企業から給与等をもらう権利」に対して、その報酬に見合う「労働を企業に提供する義務」があるなどがあります。
〇本校では、卒業式会場の配置が、卒業生の後ろに保護者席、後ろに在校生です。校長として私は3校目ですが、これは初めてです。卒業式の内容はすべて各学校に委ねられており、各校ともバラバラです。冒頭の理由から、本校の席の並びはとても良いと感じています。
〇中学3年社会科「公民」の主な狙いは、生徒が現代社会の仕組みや課題を理解し、平和で民主的な社会の形成者として主体的に生きるための資質・能力の基礎を養うことにあります。生徒は授業の中で人間としての在り方・生き方の自覚することの必要性や多様な価値観が存在する社会の中で、自己を深く理解し、広い視野に立って生きていく力をつけてきました。
〇今日から今週の卒業式まで、あと3日となりました。明日は予行練習、明後日は前日準備となります。3学年は特別日課で式練習や学級活動を行っています。生徒たちには3学年がそろって生活する残りの日々を大切にしてもらいたいです。「約束しなくても会える日」はあと3日です。
○二年前の雑誌「Tarzan」に、生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一氏が、表題のテーマで随筆を投稿しています。一部を引用させてもらいます。
○副題に「誰に教えてもらわなくても、ヒトはあるとき歩き始める。実はそれは、生き物としてのとても希有で難しいアクト。大人になると我々は歩くことを億劫に感じてしまう。実はそれは、生き物としての在り方から遠ざかる行い。そもそも『歩く』という行為にどんな意味があるのか?」とあります。その後3章で論じています。
➡CHAPTER1(直立二足歩行の恩恵)
○人間は生物の中でも非常に特殊な存在です。特殊性の一つは直立二足歩行をするということ。アライグマは立てますが一瞬ですし、鳥やかつて存在していた恐竜は二足歩行ですが体幹が前傾していて直立ではありません。重心が足の真上にあってすっくと立って歩けるのは人間だけなんです。
○それ以前に比べて高い所から遠くを見渡せるようになり、獲物や敵をより早く見つけるようになりました。また手が使えるようになって、道具が扱えるようになり、同時に手をコミュニケーションの道具として使えるようになりました。肉親や友達などの手助けをし、これが他者と共存し共生する、利他的な行為になったと考えられます。
➡CHAPTER2(歩きこそ、動的平衡)
まず2本の脚で立つということが難しいんです。カラダの中を血液が循環していたり呼吸をすることで重心が常にゆらいでいるので、常にバランスを取り直さなければならないからです。この動きながらバランスを取ることが生きていることの本質、動的平衡です。
歩いて前に進むには一歩踏み出さなければならない。その結果、一本脚で立つ瞬間が生まれます。これは立つ以上に不安定な状況。でもあえて不安定な状態をつくり出すことによって、前に進む推進力を生み出す。そして不安定さを回収するために次の一歩を踏み出す。
➡CHAPTER3(生物の老いと、歩き)
「エントロピー増大」という宇宙の大原則があります。これは形あるものはいずれ必ず形がなくなる方向にしか動かない。(略)歩くという行為も同じで、元気な時は脚を高く上げて大きな不安定さをつくり出せますが、歳を取ると筋力が衰えて、推進力も鈍くなります。
「動物は常に新しい環境を求めて動き回ります。(略)ところが今は、インターネットやAIが何でも教えてくれる。自分自身が移動して新しい者を探索するのではなく、寝転んでネット世界に触れられるので動いているという錯覚に陥ります。でもこれでは、エネルギー代謝も鈍るので、動的平衡の行為を放棄することになってしまいます。
最後に・・。脳は五感からさまざまな外部情報を取り込んで、それを交通整理する器官。予測不能な自然の中で感覚器官を全方位的に開いているときこそ、新しい思考が浮かんできます。歩こう。水辺を、公園を、森の中を。」
〇いかかでしょうか?歩くという当たり前のことも、人類史上では多くの経緯があってのことだとわかります。私も意識して月に数度は、徒歩・電車、自転車で出退勤をしています。自宅から学校へは7㎞ですが、朝や夕方に歩いたり自転車に乗ったりしていると、見慣れた風景でも新しい発見があって楽しくなります。自動的に様々な思いや新しい考えが整理されているような感覚を覚えます。
〇3年生との校長面接では、「何かを覚えたりするときに歩いたり口に出したりすると記憶に残りますよ」と数人にアドバイスしました。まさに福岡教授が指摘しているとおり、手足などの感覚を研ぎ澄ますことは、良い面が多くあります。人口知能AIは、自分の興味や関心などに関係なく多くの知識を蓄えていますが、ヒトは好きなことや知りたいことを徹底的に探究すれば良いので、その為には歩くのも有効です。
須藤昌英
3月6日(金)卒業の歌と「空気を読む」
〇卒業式で3年生が歌う『群青』は、作詞が福島県南相馬市立小高中学校平成24年度卒業生、作曲が小田美樹氏となっています。中学校教諭の小田美樹先生が、東日本大震災後、ふるさとが原発事故によって、いつ故郷に帰れるとも分からない中学生の心情に寄り添って作曲した合唱曲です。最近では卒業式の定番ソングとなっていて、いろいろな学校で歌われています。
〇小田先生は制作秘話として、「教育音楽ONLINE」というネットサイトのインタビューで、次のように語っています。一部を紹介します。
➡「詩をつくるときに心がけたのは、直接的な言葉を使わないこと。地震・津波・死……それから【会えない】などの否定的な表現です。【明日も会えるのかな】という歌詞も、実際には放課後に話し込んでいた子たちに私が『早く帰りなさい』と促したときの、彼女たちの『明日もう会えないかもしれないんだよ!』という言葉でした。」
➡「授業では、各地に避難していった仲間たちの写真を日本地図に貼って大きな作品をつくることに(今思えば酷なことだったかもしれません)なりました。友達の写真を貼りながら『こんな遠くにいるんだ』と泣き出した子もいました。すると、そこで鉄道好きの男の子が『この電車に乗れば、この道を通れば行ける』と説明してくれ、『それに、空はつながっているからね』と言ったのです。
➡「彼の言葉は私の心にずしんと響きました。【空はつながっている】と歌う曲を、私は何度となく聴いてきましたが、その子の言葉はそれらの歌詞とはまったく違う印象で、さらに言えば、それまでにその言葉を使って詩をつくってこられた方々の思いが、初めて本当に分かった気がしたんです。そんなふうに、私も被災者として精いっぱいの日々を送る中で、子どもたちから気づかされることや、慰められることがたくさんあって、それを記録しておきたいという気持ちは、自分のためでもあったのかもしれません。この彼の言葉は【君も同じ空 きっと見上げてるはず】という歌詞になりました。」
〇あの大震災から来週の11日で15年という月日が経過します。まさにその年度内に生まれた3年生が、ここまで成長した姿で練習に臨んでいるのを見ると、目頭が熱くなります。
〇「どんな思いでこの曲を歌えばいいのですか」という質問に、小田先生は次のようにアドバイスしています。「この曲を通して震災について知り、私たちの背景を汲んで歌ってくださるのはありがたいです。でも、卒業式の合唱として選曲してくださる方は、【またここで会おう】というメッセージや一緒に見た光景・一緒に感じた感情というところに共感してくださっているのでしょう。どの地域の中学生も思い悩みながら3年間を過ごしているだろうし、その気持ちをのせて歌っていただければうれしいです。」
〇次の卒業式実行委員を中心に、自主的な練習が素晴らしいです。
1組 池田皇羽さん 山田結心さん 米山 涼さん
2組 池田 遥さん 軍司漱磨さん 鈴木大遥さん 中條美琴さん
〇3年生は昨日、学年でレクリエーションをグラウンドで行いました。北風が吹いていましたが、青空の下で楽しそうでした。
〇昨日は内づら(内面)と外づら(外面)について書きましたが、特に外づらがいい場合に、気になるのが「その場の空気を読む」です。本来「その場の空気を読む」とは、周囲の状況や雰囲気を瞬時に察し、今自分が何をすべきか(あるいはすべきでないか)を判断して適切に振る舞うことを指します。
〇しかし「空気を読む」の誤った解釈は、自身の本音を押し殺して周囲に過剰同調(同調しすぎる)し、自己を見失うことです。また、憶測で相手の気持ちを決めつけること、沈黙して発言を放棄すること、全方位に配慮しすぎて意見を萎縮させることも「間違った空気を読む」事例です。
〇時々聞こえてくる「あいつは空気が読めない」という言い方の裏には、「読みたくても読めない」という脳の特性や、「あえて読まない」という個人の価値観、さらには「周囲が理解力の欠如と決めつけている」という観察者側の心理など、複数の要因が絡み合っています。
〇そもそも日本の「空気」は、独特な集団的な規範により支配されています。そこから外れる人を「理解力や配慮に欠ける人物」と機械的にみなし、攻撃や排除の対象とする集団心理が働きやすい傾向があります。
〇「忖度(そんたく)」とは、相手の意図や気持ちを推し量って、指示される前に先回りして行動する行為です。日本では元来「思いやり」というポジティブな意味合いもありましたが、数年前の国有地の売却問題以降、政治や仕事の場で権力や上司へ過剰に配慮する、否定的な「空気を読む」文化として注目されるようになりました。
〇また「同調圧力(どうちょうあつりょく)」とは集団の調和(「和」)を重視する文化背景から、周囲の意見や行動に合わせるよう暗黙の強制が働く現象です。空気を読むことや旧来の村社会的な名残から、日常(コロナ期のマスク等)で自分の意見を主張しづらく、集団から排除される恐怖心から発生しやすいとされています。
〇日頃から「空気を読む」は推測に過ぎず、相手の意図を正しく察知できず、独りよがりな解釈で行動してしまうことを意識していなければなりません。また自分の意見を言うと場が乱れると考え、常に「沈黙」を選んで組織の硬直化を招くこと、相手に「空気を読むこと」を要求し、言葉によるコミュニケーションを避けた、一方的な思いやりになってしまうことなどが、「間違った空気を読む」の影響です。
〇一番気がかりなのは、 空気を読むことへの過度な頑張りが、ストレスやメンタルヘルスの悪化(適応障害など)に繋がる可能性があることです。人間関係を築くことは社会で生きていくために必要なことですが、自分を押し殺したり傷つけたりして無理に行うことは、それ自体が「健康な人間関係」とは言えません。
〇「空気を読む」ということの本来の意味は、その場の雰囲気から状況を推察し、今自分は何をすべきだろうか、と考えてより良い行動ができることです。明治大学の齋藤孝教授は、その著書「友だちってなんだろう?」の中で、「協調性」について次のように書いています。
➡「協調性とは、まわりの人と同じように、同じことをすることではありません。自分が動くことで、全体がうまくいくかどうかを判断できる。考えるだけでなく、スッと行動できる。これが協調性の本質です。いまいる場所で自分が何をしたらいいのかがわかる。そして、個人的な感情、好き嫌いとか、苦手意識といったことを考えないで動ける。こういう人は社会性があるのです。」
〇3年生も4月からの進学先で「空気を読む」ことが出てくることでしょう。ただ自分らしさを失わず、出会った人たちと適度な距離感を保ちながら、自分も相手も楽しい生活を送ってほしいと思います。
須藤昌英
【3年生を見守る正面玄関前の桜】
3月5日(木)内づら(内面)と外づら(外面)
〇先日の米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始し、最高指導者を殺害したニュースは、衝撃が大きく多方面に影響が及んでいます。攻撃の理由は我々が理解できないことなどいろいろあるのかもしれませんが、武力で問題を解決あるいは事態を自分の思いとおりにしようとする考え方に、世界全体が自国優先主義に傾き始めていることの前兆ともとれ、恐ろしさを感じます。
〇報道によると、イラン国内では意見が大きく分かれ、極端に国民を分断させているそうです。現体制支持派は米国とイスラエルを激しく批判し報復を叫ぶ一方、反体制派や生活苦に喘ぐ人々は政権崩壊の好機としてこの攻撃を歓迎する姿勢を見せていて、国内は不穏な情勢にあります。結局のところ最後に苦しみむのは庶民であり、政治は庶民を幸せにすることを優先させるべきでは・・と感じています。
〇世界に起こる紛争の話を聞くと、連想する詩があります。坂村真民(1909~2006)氏の「バスの中で」という詩です。坂村氏については先月、「節分」という短い詩を紹介しましたが、教員を終えた後に詩人になられた方で、詩情豊かな詩が多くあります。
「バスのなかで」
この地球は一万年後
どうなるかわからない
いや明日
どうなるかわからない
そのような思いで
こみあうバスに乗っていると
一人の少女が
きれいな花を
自分よりも大事そうに
高々とさしあげて
乗り込んできた
その時
わたしは思った
ああこれでよいのだ
たとえ明日
地球がどうなろうと
このような愛こそ
人の世の美しさなのだ
たとえ核戦争で
この地球が破壊されようと
そのぎりぎりの時まで
こうした愛を
失わずにゆこうと
涙ぐましいまで
清められるものを感じた
いい匂いを放つ
まっ白い花であった
(『坂村真民全詩集第二巻』大東出版社より)
〇混み合うバスの中の描写ですので、多くの方がバスに乗っていて、そこへ少女が大事そうに花を持って乗ってきた場面です。それに気がつかなかった乗客も多くいたと思いますが、坂村氏はそれに目を釘付けにされます。バスの中の喧噪と少女の清楚さの対比が見事に目に浮かびます。
〇坂村氏は、バスに乗ってきた少女が誰か大切な人に渡すであろう花束を、自分はもみくちゃにされても、「高々とさしあげて」守っている様子から、大切にすべきものを教えてもらったのでししょう。
〇日本でも15年前に東日本大震災で、津波で多くの人のいのちが奪われ、さらに原発事故が重なり、これから一体どうなるのか、不安の中で過ごしていました。柏市でも放射能の影響がどのくらい出るのかも分からず、右往左往していました。
〇「明日どうなるかわかならない」中でも、この少女のように一輪の花を大切にする心を失ってはならないと坂村氏は思ったのでしょう。そこで「たとえ明日 地球がどうなろうと このような愛こそ 人の世の美しさなのだ」と詠ったと推測します。
〇先月は、「素面(すめん)と仮面(かめん)」に関して、思春期特有の葛藤について書きました。一方でそれよりも使用頻度が高い言葉で、「内づら(うちづら・内面)と外づら(そとづら・外面)」があります。「あの子は外づらはいいんだけど、家の中では内づらがわるい」などと、よく聞きます。
〇我が家の二男などはまさにそれで、知り合いや近所の方々から「息子さんは明るくあいさつしてくれますよ」と聞いても、家庭内ではほとんどしゃべらず「ああ」とか「わかった」くらいしか意思表示をしません。最近は外で気を使っているので、「それでよいか・・」と納得?しています。
〇調べると、「外づら」は他人や身内以外の人に対して見せる、態度や顔つきのことで、一般的に「外面が良い」は愛想がよく、世渡りが上手なことを指します。また「内づら」は家族や身内など、親しい人にだけ見せる本来の顔つきや態度で、時には「内づらが悪い(家では態度が悪い)」のように表現されます。
〇このように「内づらと外づら」は、人間が他人に接する際の二面性や態度における内側(身内への態度)と外側(社交的)の対比を表す言葉ですが、本来は建物・製品の「内側・外側」という単純に物理的な側面だったようです。
〇私は「内づらと外づらが悪い」ではなく、「内づらと外づらが良い」面に注目していくことが良い気がします。内面がいい(性格がいい)人は、感謝や反省の言葉を素直に伝え、周囲への思いやりや品格を持ち、何事にも一生懸命取り組む特徴があります。常にポジティブな言葉を使い、聞き上手で他人の幸せを喜べる心優しさがあり、信頼関係を築く力に優れています。
〇また外面がいいとは、家族や身内などの内輪には愛想が悪い一方、職場や友人など外の人に対しては、笑顔で愛想よく振る舞う様子を表しています。ただ逆に表向き“だけ”感じがいい、見せかけの良さといった否定的な意味合いで使われることが多いのが残念です。
〇本校に最近、昔の教え子の一人が訪ねてきて懐かしく話をしていました。私は初任校が隣のH中でしたが、私がまだ20歳代後半の頃に教えた生徒で、「先生は昔、怖かった記憶があるよ。僕も怒られたけど、何故あの時起こったの?」と急に言われましたが、こちらはあまり覚えていません。その生徒は間もなく50歳になりますが、中学生当時から「内づらと外づら」の区別のない子でした。この話を書いていて、「あの子は2つの区別をしない勇気をもっていたんだな」と、35年近く経ってから彼の素晴らしさを実感しました。
〇論語に「文質彬彬(ぶんしつひんぴん)」という言葉があります。
文(ぶん)は外見の美しさ、知識、教養、文明的な華やかさのこと、
質(しつ)は 内面的な実質、人柄、素朴さ、本質のこと、彬彬(ひんぴん)は美しく調和している様子で、意味は、「内面(素朴さ・本質)と外面(教養・洗練さ)が調和して美しいこと」を指します。外見的な美しさ(文)と内面的な実質・素朴さ(質)がほどよく調和し、見事に釣り合っている様子を表す四字熟語です。類語には、「文武両道」や「内外双修」などがあります。
〇国にも人間と同様に、「内づらと外づら」があります。日本は冒頭の世界紛争に今後どのように対応していくのか?日本政府の対外的な姿勢(外づら)と国内向けの方針(内づら)は、国際社会における地位維持と国内の安定・支持率という2つの異なる目的を達成することが求められています。世界に向けた「対外発信(護憲平和国家・被爆国の立場等)」を強調しつつ、国民に向けた「対内政策(少子高齢化・物価高対策)等」をすすめているのかを注視していきます。
須藤昌英
3月4日(水)お赤飯と努力努力(ゆめゆめ)
〇昨日は、千葉県公立高等学校入学者選抜の結果発表がありました。入試には各高等学校ごとの募集定員がありますので、うれしい結果と残念な結果の生徒が出るのは致し方ありません。ただ言えることは、それぞれ「精一杯取り組み、努力した」という経験は今後、必ず本人にとってプラスにはたらきます。
〇文部科学省は現在、少子化や高校授業料の無償化に伴う「公立離れ」などの社会状況の変化を受け、公立高校入試への「併願制」導入や選抜方法の多角化について本格的な検討を進めています。特に千葉県を含む多くの自治体が、採用している「1校しか受験できない単願制」を見直し、複数の公立高校への出願を可能にする検討が始まっています。
〇これらの改革は、2027年度末に予定されている次期学習指導要領の改訂に向けた動きとも連動していて、今後数年で各地の入試制度が大きく変わる可能性があるそうです。ただ私としては、「改革のスピードが遅い。日本の総人口の減少が本格的に始まったのは、2009年からであり、その前からも少子化になることは言われていたのだから、もうそれから20年近くも経過しているのに・・」という本音があります。
〇とりあえずはこの時点で、来年と再来年の入試の大きな変更点は通知されていませんので、2年生や1年生は今の3年生が取り組んできた入試を参考にしてください。もちろん今後新しい情報が入りましたら、すぐにお知らせします。
〇3年生は今日が最後の給食です。高等学校などには給食が無いのが一般的ですので、多くの生徒は人生最後の給食になる可能性もあります。数人の3年生には、「給食を食べたかったら、将来は小中学校の教員になってください」と話しかけました。
メニューは、「赤飯、鶏肉のから揚げ、磯香和え、かぶのすり流し汁、アセロラゼリー、牛乳」です。
〇お赤飯がお祝いの席に出る理由は諸説ありますが、古来より赤色には「邪気を祓う(魔除け)」や「災いを避ける」という呪力があると信じられていたためです。神様への供物として赤米を炊く風習から、江戸時代以降は小豆で色づけた赤飯が定着し、縁起を担ぐ料理(厄除け・幸福・お祝い)として親しまれるようになりました。
〇特に赤い色には悪いことを避ける力があるとされ、お祝いの席での災いを防ぐ意味が込められています。またもともと高級品であった米を赤く染めて神様に捧げる風習があり、その「おさがり」を食べることで神聖な力を得ると考えられていました。
〇そしてお祝い事の節目に縁起を担ぎ(福を呼ぶ)、悪いことを避けて幸運を呼び込むための健康・長寿を願う料理とされています。現代でも入学、結婚、お食い初めなどの人生の節目に、災いを避けて幸福を願う日本の大切な食文化です。
〇この時期になると思い出す言葉があります。「努力努力(努努)」と書いて「ゆめゆめ」と読みます。何となくきれいな読み仮名です。数年前にこのことを初めて知った時から、強く印象に残っている漢字です。「夢夢」ではなく、「努力努力」つまり「努(つと)めよ」が強調されています。
〇私も古い言い回しとして、「ゆめゆめ おこたるること なかれ(決して怠ってはいけない)」などは知っていました。後ろに禁止の言葉をつなげて、「決して~するな」の意味で使われていることもあります。しかし「努力努力」という字をあてるとは思っていませんでした。
〇「努力」とは「目の前のことを心を込めて行う」ことですが、この言葉から私の受ける印象は、どちらかというと親や先生から「努力しなさい」と言われてきたこともあり、とても窮屈で強制されるイメージです。教育論でよくテーマとなる「厳しくするか甘やかすか」の中では、大人が子どもを外的にコントロールするイメージに近いです。
〇同様の意味で私などは「精進」という言葉の方が「自ら(内的コントロール)」のイメージがもてるので前から好んで使ってきました。「精」の字は、「こころ。たましい。気力」の意味がありますので、「1つの事柄に精神を集中する」という「努力」と似た意味と捉えています。
〇こちらは仏教に由来している語ですが、日本語には仏教から影響を受けた言葉が多く、例えば「挨拶」「玄関」「経営」など普段から生活の中でよく使用されているものは、すべて仏典からきています。
〇まさに学校は生徒たちが「努力(精進)するための場」であり、失敗をしてもその原因を明らかにしながら、次の成長へつなげていくところですので、生徒にはチャレンジする気持ちをもってもらいたいと常々思っています。
〇「努力」の言葉から、アメリカの発明家(蓄音機や白熱電球など)の「トーマス・エジソン」を連想します。幼い頃に伝記を読みましたが、彼は大変な努力家で、新聞を売りながら自分でコツコツと貯金し、自分の実験室を作ったそうです。そのエジソンが「努力」について、「天才は1パーセントのひらめきと99パーセントの努力である」という言葉を残しています。
〇また相対性理論でノーベル賞を受賞した理論物理学者の「アルベルト・アインシュタイン」にも多くの格言がありますが、その中に「天才とは努力する凡才のことである」というものがあります。天才のように思われがちなアインシュタインですが、実際は努力によって多くのアイデアや真理を見出した人でした。
〇平安時代初期の僧だった空海(真言宗の開祖:別名弘法大師)は、当時の日本におけるケタはずれの天才であり、書の達人、土木技術のエキスパートなどの複数の実績があります。
〇空海についての本を読むと、彼が若い頃に遣唐使として中国に渡り密教について学び、帰国する際に中国人の師匠から、「早く日本に帰って密教を伝えなさい・・・努力努力(ゆめ ゆめ)つとめよ」と言われたそうです。その後日本中で活躍されたことは有名であり、市内にある布施弁天東海寺にもその伝説があります。
〇今の生徒には前のように「努力しなさい」というよりも「自分の好きなことを究めなさい」と言った方がよいと最近は感じるようになりました。また「決してするな!」のように禁止の文脈で使われるよりも、好きなことに努める方が前向きです。好きなことはやっていれば楽しいし、楽しいから夢中になれるし、好きだからそれに熱中できて「努力」が継続できると思うからです。それが本来の「ゆめゆめ」の真意だと感じています。
〇「立つ鳥 跡を 濁さず」ということわざがあります。3年生は来週の卒業式に向けての練習や奉仕活動に取り組んでいます。ここまで努力を重ねてきて、4月からの新天地での飛躍に向け、今は飛び立つ羽を羽づくろい(プリ―ニング)している最中です。
須藤昌英
3月3日(火)雛祭りと自己承認欲求(「いいね!」の功罪)
〇本日の9時に、千葉県公立高等学校入学者選抜の結果が発表されます。ここまで目標に向かって精一杯準備してきた彼らの姿を身近に感じてきたので、「どうか全員に・・・良い結果を」と今朝は職員一同で祈っています。
〇昨日の1・2校時に、助産師の小路和子さんをお招きして、3年生を対象にした「いのちの授業(性教育)」を行いました。人間のライフサイクルの中の成長期・思春期、性のあり方の4要素、人権と他人との距離感、望まない妊娠や性感染症の予防、子宮頸がんワクチン、正しい情報の取り方等、すでに「新しい命を産みだすことができるようになっている中学生」に学んでもらいたいことばかりでした。
〇今日の給食はひな祭りをお祝いして、「五目ちらし寿司、高野豆腐の田舎煮、うずら卵入りすまし汁、黄桃缶、大豆小魚、牛乳」です。ひな祭りの起源は、平安時代の貴族の子女の遊びだった「ひいな遊び」と、その後災いを人形に移して川に流す「流し雛」という禊(みそぎ)の風習が合わさったものと言われています。本来は男女の区別なく、子どもの健やかな成長と幸せを願って伝わってきたものです。我が家でも24年前に購入した娘のひな人形を飾っています。
〇日本に中国から伝来した風習はたくさんあり、日本の文化や生活と混ざり合うなかで定着してきました。特に江戸幕府が重要な以下の節句を公式の祝日に制定したことが、現代に伝わる「五節句」のルーツといわれています。1月7日 人日の節句(七草の節句)
3月3日上巳の節句(桃の節句) 5月5日 端午の節句(菖蒲の節句) 7月7日七夕の節句(星まつり) 9月9日 重陽の節句(菊の節句)
〇七草の節句以外はすべてに「奇数が重なる日」になっています。これは陰陽五行説において「奇数=陽(発展)・偶数=陰(不安定)」ととらえるなかで、奇数同士を足して偶数になる日は、「陽から転じて陰になりやすい」とされていたことから邪気をはらうための行事を行ったことが主な理由のようです。とても数学的な背景があります。
〇人間が社会の中で生きていく際には、様々なことに葛藤したり悩んだりしながら、理想を求めて日々過ごしています。その背景の一つとして、アメリカの心理学者マズローが提案した「欲求5段階説」があります。これは、人間の欲求を5段階のピラミッドに分けて考える古典的心理学理論です。
〇その中でも上から2番目の欲求である「承認欲求」は、誰もが持つ本能的な欲求であるとされています。「自分を良く見せたい、周りからよく見られたい」という劣等感に近い感情(自己肯定感の低さ)は、自己承認欲求と位置付けらます。
〇前任校のHPにあった「校長ブログ」には、下欄に「いいね!」の機能がありました。私としては「なくてもいいかな?」と思い、本校ではその設定を解除しています。ただ実際に「いいね!」があった時は、全く気にしないわけにはいかないのが人情です。上述のように私たちは誰しも「誰かに認められたい、受け入れられたい」と思う気持ちを持っていますので、その心理が無意識に働くのだと思います。
〇その「いいね!」という機能について、功罪(長所と短所、メリットとデメリット)があるとも感じます。生徒たちも様々なSNSを使って情報発信をすることが当たり前になっている中で、一喜一憂しているという例も多く聞いています。
〇「功」の面からは、まず「人との共感性の見える化」があります。自分の意見や価値観に共感してくれた人数がわかれば、確かに悪い気はしません。しかもその相手が目の前にいなくてもいつでも「いいね!」がもらえ、満足感を得られるのが「いいね!」だとも言えます。
〇また前述の「承認欲求の充足」では、特に中学生など思春期の若者は、自分の意見や価値観に自信がなかったり他人との比較を重要視することが多かったりします。そこで「いいね!」は自分の考えを肯定してくれ、社会から認められているという感覚を与えてくれます。
〇さらに「所属感の獲得」が挙げられます。「いいね!」は不特定多数の他人からの賞賛の声や同意の証として機能します。この「いいね!」をもらえる機会が増えると、それだけ社会集団の一員として帰属意識が芽生えます。要するに、自分にとっての居場所が確保できたと受け止めやすい状況が作れるのです 。
〇一方で、今度はSNSの「いいね!」が現代の人間心理に与えた「罪」については、段々と「もっと認めてほしい」などの依存性が出てくることがあります。これは心理学では「強化」と呼ばれています。依存性からさらに中毒性になると、治療が必要にもなるそうです。
〇厄介なのは、もっと「いいね!」がもらえるように発信の回数が極度に増えたり、内容も「受け」を狙うようになり真実や自分の本当の気持ちからも乖離したことを発信するようになったりします。つまり、心の中が「いいね!」に支配されてしまい、「いいね!」がないと不安になったり焦ったりします。
〇さらにSNSを確認する回数や時間が増えると、画面を注視して視力の低下や頭を少し前し続ける姿勢が続くなど身体への影響が免れません。時には心身の不調を覚え、日常生活を送ることにも支障が出る場合もあります。
〇また「喪失感や空虚感を抱きやすい」面が出てきても、自分では実感が湧きにくく気が付かないという特徴があります。最初は「いいね!」がもらえて単純に喜んでいたのに、次第にその嬉しさが減り、虚しさや悲しさを感じやすくなります。これは「いいね!」を追い求めた反動としてのネガティブな感情の生起で、注意が必要です。
〇これを書きながら「大人も同じような所は少なからずあるなあ・・・」と感じました。先日の「デフォルト・モード・ネットワーク(ぼんやりとした脳の状態)」とも関連しますが、自分の欲求を把握してある程度コントロールできるようになればいいな・・と感じます。
須藤昌英
3月2日(月)面倒くさいほど面白い
〇3月に入りました。1ヶ月後には3年生は進学先での新生活をスタートし、1・2年生はそれぞれ進級しています。3月は「お別れの月」で、学校の卒業や年度末の転勤・転職、お引越しなど、慣れ親しんだ人や環境との別れが重なる季節です。寂しさとともに成長や新たな門出への期待を感じる時期であり、この経験が人生を豊かにする節目とされています。
〇来週の卒業式の校長式辞の最終校正に入っています。ここまで約2ヶ間構想を立ててきましたが、私はこういう場合に、この1年間をじっくりと振り返りながらまず伝えたいキーワードを絞ります。そしてそれをつなげていくという手法をとります。
〇今回のキーワードは、「学び成長し続ける、自分で考える、失敗と成功、自立と自律、脳と身体・・」等々ですが、一番のパワーワードは、「面倒くさいほど面白い」です。「パワーワード」とは最近よく聞くようになった言葉で、一度聞いたら忘れられないほど、強烈なインパクトや影響力を持つ言葉のことのようです。SNSで広まったネットスラングですが、簡単な英語なので私もよく使います。
〇以前に「面白い」について書きました。逆説的になりますが、私は自分の経験からも、「面倒くさいほど面白い」という概念は、単なる苦労話ではなく、「手間暇をかけるプロセスそのものが楽しみや達成感に変わる」という心理的・実体験的なメカニズムが潜んでいるように思います。
〇「面倒」と「面白い」は同じ「面(おもて)」の字が入っています。どちらも「面(おもて/顔)」の様子が由来になっている面白い言葉の並びです。これに注目し調べると、
面倒(めんどう)➡顔(面)が倒れる、すなわち顔が下を向くほど手間がかかる、大変だという意味。
面白(おもしろ)い➡目の前が明るく(白く)なるような状態。視界が開けて楽しい、心地よい様子。
〇私で言えば、自宅で時々ですが、夕食後の食器洗いをします。やり始めは気が重く、特に「やらされ感」を持っていると、上手くはかどりません。何かの本で、「人間はやらされていると思うと紙一枚でも重く感じるが、あの人の為と思うと鉄の塊でも軽く持ち上げる」と書いてあるのを読んだことがありますが、その通りだと思います。
〇しかし何も考えずにやり始めると「この順番で洗った方が効率がいいかも・・」とか「次回は~してやってみようかな・・」のように工夫をし始めます。すると不思議にやらされ感覚はまったく消え去り、自らやってみようの心境に変化しています。このように心理・脳科学的な背景も理解しておくと「やる気」のスイッチになります。
〇前にも「火事場の馬鹿力」について書きましたが、「面倒」は脳の防御反応ともいえます。脳はエネルギー消費を避けるため、新しいことや負荷がかかることを「面倒くさい」と判断します。しかし、その「面倒」な障害を乗り越えた時、脳はドーパミンを放出し、大きな面白さという達成感)を得られるのです。これが習慣化すれば面倒くさいことをやればやるほど幸せになれると思います。
〇「面倒くさいほど面白い」の例としては、先ほどの皿洗いや手間がかかる料理(スパイスからカレーを作る)、プラモデル、手間のかかるDIY、アナログな手書きの年賀状など、非効率的だがこだわりに喜びを見出すことなどがあります。
〇テレビコマーシャルで、タレントのタモリが昔ながらのレコード盤の埃を丁寧に取り去っているところへ、宮沢りえが「面倒くさくないですか?」と言葉をかけます。するとタモリが「この面倒くさいのがいいんだよ」と言い返す場面があります。これは自分の趣味へのこだわりを感じさせるやり取りですが、他人から見れば人の趣味なんて「面倒くさい」ことなのでしょう。
〇生徒たちでいえば、ゲーム・パズルなどは難易度が高いほど、それをクリアするまでに時間がかかりますが、このような「やりこみ要素」の多いゲームほど面白いのです。趣味の作業の仕組み化や面倒くさい仕事(タスク)を効率化するための「仕組み」自体を構築することも面白さの一つです。
〇「面倒」を「面白い」に変えるコツとしては、「とりあえず5分だけやる」ことにし、最初のハードルを極限まで下げます。また完璧を目指さず、60%の出来でも良いと割り切り、完了した後の「爽快感」や「メリット」に意識を集中させるなど結果のメリットを再確認するとよいでしょう。「面倒くさい」と感じた時、それは「面白いこと」に化けるチャンス、と捉えるのがこの考え方の本質です。
〇また同じく「面」がつく言葉に「真面目(まじめ)」があります。一般的にこれは良い意味で使われますが、一つ注意があると思います。真面目な性格の人は、責任感や誠実さが強みですが、抱え込みや完璧主義で心身を壊しやすいリスクがあります。特に周囲を頼りにする(相談する)や適度に手を抜く(断る)、完璧を求めず柔軟性を持つという点にを心がけると良いと思います。
〇私の経験でからも言葉は汚いすが、「くそ真面目」は自分を非常に窮屈にし、時には辛くなることもあり、「面白く」ありません。適当に肩の力を抜いて、やるべきことをやったら、「あとはお任せ」くらいの心境でちょうどよいバランスだと思います。
〇生徒にとって「面倒くさい」の筆頭は、学習かもしれません。先日、「ちば!教職たまごプロジェクト」で今年度週1回のインターンシップを行ってきた大学3年生が最終日とあって、1年生に数学のトピック授業をしてもらいました。
〇内容は数学の平面図形の探究になる「一刀切り」で、紙に書かれた三角形をまずは折って、その後ハサミで三角形を一回だけまっすぐ切って切り抜くというものです。ポイントは切り取るのではなく、ハサミで一太刀(ひとたち)するところです。
〇生徒たちは黙々と手を動かし始めましたが、なかなか上手くいきません。紙がグチャグチャになって途方にくれる生徒もいます。静かに紙を折る音だけが響いています。困った時には宙に透かしてみたり、ブツブツとつぶやいてみたりする生徒もいます。机の上にはいびつな形をした失敗作も見られるようになりました。
〇すると「出来た!」「もう少しだ!」と、成功に近づいた生徒が声を出しました。するとそれを聞いたクラスはまた「~こうかな?」「そうだ~してみよう!」と熱気が増してきました。
〇実は生徒には事前に、「任意の多角形は角の二等分線とその交点から辺に下ろす垂線で折ることで一刀切りが可能」となることは教えていません。なぜならその正解が重要ではなく、それに至るまでの移行錯誤が尊いのです。まさに「面倒くさいほど面白い」です。
〇今後もこの授業のように、課題と向き合い探究し、失敗と成功から粘り強く法則を見つけ出す力を身につけてほしいと思います。
須藤昌英
2月27日(金)約束しなくても会える最後の日&3年生を送る会
〇東側斜面の満開の河津花は、観る人に「生命の輝き」を教えてくれています。その河津桜にメジロやヒヨドリたちが群がっています。抹茶色の体をしたメジロがピンク色の花に頭を突っ込んで蜜を吸う姿は「桜メジロ」と呼ばれ、春の風物詩として人気があります。こちらは単体ですが、もう一方のヒヨドリは団体様でやってきて、その食欲旺盛さには優雅さよりもたくましさを感じます。
〇天候がすっきりしませんが、もし雨が降るとまたしっとりしてきます。初春から春にかけて降るシトシトとした長雨は「春霖(しゅんりん)」、または「春の長雨」と呼ばれます。朝夕と日中の気温の差による体調変化が引き続き心配です。
〇私は担任をしていた頃に生徒たちに、「卒業式は、約束しなくても会える最後の日だよ」と伝えてきました。これは中学校生活における日常の終わりを象徴的に表す切ない表現で、好きな言葉です。確か初めて3年生の担任をさせてもらった今から38年前、ふと感じたことを言葉にしたのだと思います。今ではその最初の卒業生たちも50歳を過ぎ、元気で活躍していることでしょう。
〇普段は登校すれば必ず会えた仲間や先生たちと、次に会うためには「約束」をして時間と場所を合わせなければならなくなる、その転換点となるのが卒業式という日です。毎日顔を合わせていたクラスメイトと教室や校庭で、自然と「おはよう」や「さようなら」が言えるのは、この日が最後です。次に会う時からは、意図的に約束したりスケジュール調整をしたりする必要があり、これまでとは異なる「特別な再会」となります。
〇来月12日の卒業式の正式名称は「第79回卒業証書授与式」です。生徒にとっては、9年間の義務教育の教育課程を修了したことの証である卒業証書を受け取る日です。この特別な日をかけがえのない時間として過ごすことを大切にしているという想いが込められたのが、「約束しなくても会える最後の日」です。
〇1・2年生は昨日までに、本日の午後に行う「3年生を送る会(3送会)」に向けて、それぞれの発表の練習を体育館や武道場で懸命に行ってきました。また会場や廊下の装飾として、1年生は招待状・体育館装飾物作り、2年生は廊下装飾物作りをしてくれたので、きっと心のこもったあたたかい会になると今朝から期待しています。
〇来週の卒業式は学校主催行事であり、すべて校長の責任のもとに執り行います。それに対し3送会は生徒会主催行事で、企画から準備、本番まで生徒会が主体となって実施します。前者が例年ほぼ同様なプログラムなのに対して、後者は年によって内容がバラエティーに富んでいます。その「フォーマル」と「カジュアル」の対称性を生徒たちも感じ取っていて、臨む姿勢や態度を考えられるようになっています。さすが中学生です。
〇昔は「3年生を送る会」のことを「予餞会(よせんかい)」と言っていました。「予餞」とは「予(あらかじ)め、餞(はなむけ)をする会」という意味で、何に対してあらかじめかというと、来月の「卒業証書授与式」です。また「餞(はなむけ)」とはきれいな日本語で、去りゆく人の未来の幸せ、健康、活躍を願い、感謝を伝える大切なメッセージのことです。
〇卒業生にとっては、今日の3年生を送る会で後輩の1・2年生とお別れをし、来月の卒業式では保護者の方々にここまで育ててくれたことに感謝の心をもって参加する意義があります。先日も書きましたが、本校にはこの79年間で、1万5百人の卒業生がいます。
〇今回の3送会のテーマは、「飛翔~紡ぐ未来図」です。お世話になった先輩に楽しんでもらおうと張り切っています。ここで、3送会で各学年が行う発表内容を紹介したいところですが、「ネタバレ」になるので詳しく紹介するのはやめておきます。
〇「劇やパフォーマンス、合唱」などの心のこもった発表で、卒業生が喜んでくれること請け合いですとだけお伝えしておきます。
1年生 発表内容:3年間の思い出を振り返るような発表
(合唱「ひらり」)
2年生 発表内容:旅立つ3年生へエールを送るような発表
(合唱「あなたへ」)
3年生 発表内容:メッセージなど(合唱「証(あかし)」)
〇本日は3.4校時に下級生が3年生を送る会の最終リハーサルと準備を行ないます。午後1時15分の「3年生入場」から会はスタートします。満開の河津桜も今日の送る会を祝福しています。
〇今年の3送会の3年生への招待状は、始まる前に3年生一人ひとりの席上に置かれています。「〇〇先輩へ、卒業おめでとうございます。今日は楽しんでください。」と手書きのメッセージが書かれています。
【3学年の発表】
〇午後からは日差しも出て、暖かい中で本番を迎えました。入場した3年生も笑顔が多く、後輩の発表に笑ったり泣いたりと楽しんでいました。
〇最後の校長の話では、「1・2年生の気持ち「憧れ」「感謝」「はなむけ」ですが、これらは3年生に十分に伝わったと思います。また先輩たちに新たな道で頑張ってほしいという激励は、来年、再来年の自分への決意にもなります。そしてこれからの土中をしっかりと引き継いでいくという決意が感じられました。3年生はその気持ちを受け止め、今日の1・2年生の発表の中にもありましたが、今まで学校生活や行事や部活動の中で、素晴らしい姿を見せてきてくれました。来年度の創立80周年に向けての土中の新たな伝統がここからうまれていくと思っています。最後になりましたが、今日の3年生を送る会のため生徒会役員や実行委員の皆さんご苦労様でした」と伝えました。
須藤昌英
2月26日(木)キャアリア教育と職業教育
〇我が家は先日まで、屋根と外装の塗装工事をしていました。知り合いの業者に依頼し、その業者と提携している塗装専門店から職人さんたちが派遣され、半月程度で終わりました。聞くとこの2月は比較的天気が安定し、乾燥しているので、作業はやりやすいそうです。
〇何度か会話しているうちに、一人のリーダー的存在の職人さんは、住まいが我が家に近く、息子や娘たちが通った小中学校の卒業生だということがわかりました。成人後はしばらく別の仕事をしていましたが、ひょんなことから塗装工業の世界に入り、ここまで十数年続けているそうです。
〇いわゆる職人の世界では、伝統的に「徒弟(とてい)制度」が残っていて、弟子は師匠(親方)の技術を背中で見て学び、生活を共にしながら厳しく鍛えられるのが常だったそうです。もっと言えば、職人と師匠の関係は、会社などの単なる雇用関係や教育・研修の枠を超え、技術継承と人間形成の場となる密接な師弟関係のようです。
〇また職人の世界において、弟子が師匠に認められるには、単に「技術を習得した」という段階を超え、その道のプロフェッショナルとして精神的に自立したり、師匠の領域に少しでも近づけたと思えたりした時だそうです。その話を聞き、「厳しい面もあるけど、身に付けた技術は一生ものだから真剣に親方から学ぶんだな」と感じました。
〇我が国において「キャリア教育」という言葉が登場し、その必要性が提唱されたのは、平成11年に、中央教育審議会が「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という答申を出した時です。
〇この審議会は「キャリア教育を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」とし、さらに「キャリア教育の実施に当たっては家庭・地域と連携し、体験的な学習を重視するとともに、各学校ごとに目的を設定し、教育課程に位置付けて計画的に行う必要がある」と提言しています。
〇この答申を受け、キャリア教育に関する調査研究が進められ、平成14年には、国立教育政策研究所生徒指導研究センターが「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報告書)」を報告しました。この研究報告書は、子どもたちの進路・発達をめぐる環境の変化について、数々のデータを基に分析し、「職業観・勤労観の育成が不可欠な『時代』を迎えた」とし、さらに学校段階における職業的(進路)発達課題について解説し、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」を示しました。
〇そのように今の中学生が生まれる15年以上前から、「キャリア教育の重要性」が叫ばれるようになった背景には、地球規模の情報技術革新による社会経済・産業的環境の国際化(グローバリゼーション)があります。そしてその影響は日本の産業・職業界に構造的変革をもたらしたことにとどまらず、私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼしています。
〇キャリア教育導入の背景を考える上では、このような社会環境の変化が、子どもたちの成育環境を変化させたと同時に、子どもたちの将来にも多大な影響を与えたことを認識することが重要です。情報技術革新はただ「生活に便利で楽になった」だけでなく、子どもたちの成長・発達及び教育の目標や教育環境にも大きな影響を与え始めています。
〇文部科学省が示す「キャリア教育」の目的は2つです。
1 人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、「キャリア」であるとされています。
2 一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育が「キャリア教育」です。
〇注意すべき点は、キャリア教育は「生き方」を育む広い概念で、その一部として職業教育があるということです。後者は「専門技術」を学んでスキルをアップするなどより実践的な能力育成に特化しているものです。職人を育てるのは職業教育ですが、キャリア教育は社会的・職業的自立に向けた「汎用的な力」を養うのがその主目的です。
〇また思いついたのでAIに、「昔ながらの徒弟制度と現代のキャリアアップとの共通点はないか?」と質問してみました。答えは簡潔で、「【実践的な現場での経験を通じてスキルを習得する】という点と【熟練者(メンター)からの指導】という点です」でした。また「なるほど!そこか!」と納得させられました。つまり「実際の現場で、人が人に教えて働きながら学ぶということだ」と理解しました。
〇働くと聞くと思い出すのが、次の2つの歌です。
「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ」
「働けど働けど なおわが生活楽にならざり ぢつと手を見る」
この2つはいずれも石川啄木(1886~1912)がつくったことは有名です。啄木の歌は国語の教科書にもよく掲載されています。
〇啄木は、繊細な感受性で「悲愁の歌人」とも評されました。しかしその一方で、私生活では多額の借金や家庭内外での人間関係トラブルなどが多く、とても人間臭かった(今で言えばトラブルメーカー)印象があります。父は僧侶でしたが、家庭状況が複雑で、紆余曲折した最後は26歳で結核で亡くなりました。
〇昨日の太宰治よりも20歳以上年齢が上ですが、東北地方(青森県と岩手県)の出身やダメ人間(人間失格?)とも見える矛盾した性格の持ち主という点では共通です。またどちらも独りよがりで寂しがり屋、しかし高い芸術的才能を持ち合わせていて、私も昔から「文学者(文豪・歌人)には変人が多い?」とのイメージが強いです。
〇1つ目の歌を表面的に読むと、自分の仕事があまり快く思っていないようですが、実は仕事をやり終えた満足感があるのでは・・と私は感じています。自分の仕事に対する自信があり、前向きな気持ちで仕事に取り組み、「し遂げた仕事に満足感が得られたら、死んでも悔いはない」というほどの気概が感じられます。
〇2つ目の歌はどうやら、当時の日露戦争後の慢性的な不況、高物価、低賃金という過酷な社会・経済状況などが背景にあるようです。二十歳代の若者が、自分を含めた労働者の苦悩を代弁していると考えると、同情も感じます。最後のおそらくマメだらけだった自分の手を見て、人生の空しさや自己嫌悪を感じていたのでしょうか。ただ実際は肉体労働よりも記者等の文章を書く仕事を点々としたようです。
〇冒頭の職人さんの親方を一度だけ見かけました。年齢は私くらい(60歳過ぎ)だったでしょうか。本当は直接話を聞いてみたかったのですが、一人前であるはずの弟子の仕事をチェックし、アドバイスをしていたようで、その機会を逃しました。私に弟子はいませんが、なぜか?「負けてはいられないな!」と思いました。
須藤昌英
2月25日(水)素面(すめん)と仮面(かめん)
〇久しぶりの本格的な雨です。乾燥しきっていますので、花粉が舞い上がりやすく、花粉症の人も大変なようですので、この雨で少し落ち着くとよいのですが・・。来週から3月ですので、年度末のまとめと年度始の準備を並行して行っています。
〇昔から教員の中では、「中二病(ちゅうにびょう)」という言い伝え?があります。思春期が本格的に始まる中学2年生頃に見られる典型的な成長過程の一部で、大人の我々も通過してきたはずですが、その頃の葛藤を今では忘れていることが多いものです
〇具体的には、身の丈に合わない背伸びしがちな言動が増え、「自分とは何か?」などの哲学的な問いと向かい合ったり、独特の空想・嗜好を持ったりする時期で、もちろん医学的な病気ではなく、大人への憧れや特異な自分を演じたい心理によると考えられます。
〇そして私もそうでしたがこの時期は、素面(すめん:心の奥の素直さ)と仮面(かめん:心の奥を隠す心理)の使い分けがまだ上手にできないことから、相手に本当の自分の気持ちが言えなかったり、逆にそういう自分を徹底的に自己否定したりします。
〇つまり中学校二年生前後は、その使いこなしを始める過渡期にあり、葛藤しながら身につけている最中といえます。大人から見ると未熟に思えるかもしれませんが、中学生は彼らなりに必死に「2つの自分」を使い分けています。その一つが今で言う「キャラ」という名の仮面です。場所による使い分けを意識し、「学校でのキャラ」「塾でのキャラ」「親に見せる顔」などを明確に分ける生徒は多いです。
〇また無意識に自分を守る防衛本能として、周囲に自分の存在が浮かないようあえて明るく振る舞ったり、逆にクールを装ったりします。これはいわば社会で生き抜くための「仮面の初期訓練」のようなものでしょう。
〇また特に昔の中学生と現代の中学生との違いは、リアルの自分とは別に、SNSごとにアカウントを分ける(裏アカ、趣アカなど)ことで、複数の仮面を器用に使い分けようとします。ただし「素面」は本当に信頼できる数人、または匿名の場所でしか見せないので、落ち込んでいてもSNSでは「充実している自分」を演出することもあります。ある意味、大人以上にデジタル上での仮面操作には長けています。
〇しかしその反面、その2つを「自由自在に操る」ことは大人でも難しいので、中学生にはまだ重荷である場合が多く、ストレスを抱え込んでしまいます。さらにいろいろな仮面をかぶりすぎて、どれが本当の自分(素面)か分からなくなり、アイデンティティ(自己同一性)の危機に陥ることもあるでしょう。一番こわいのは、大人なら仕事とプライベートをわけるなどと割り切れる仮面も、中学生にとっては「偽りの自分を演じている」という罪悪感や疲労感に直結しやすくなることです。
〇発達の面から心理学的には、この時期に「相手や状況によって自分を変える(社会的自己の形成)」を学ぶことは、成長の証でもあります。私も中学生を日々観察していると、中1くらいまではまだ素直さが残っていますが、徐々に周囲の目を気にし始め、中2から中3になると、複雑な人間関係の中で、意識的に仮面を使い分けようとする傾向が読み取れます。
〇思い返せば私が中学生の頃、最初に太宰治(1909~1948)の作品を読んだきっかけは、当時の国語の先生の影響です。授業中にその先生が、「太宰は【人間失格】を書き上げた後に自死した」と言った言葉が頭に残り、すぐに図書室で借りて読み始めました。ところが大人の気持ちがさっぱりと理解できず、落胆したのが第一印象でした。
〇ただその反面で、自己の内面と向き合うことから、初めて葛藤を感じたり投げやりな生き方にも少し興味を覚えたりしました。おそらくそれまでに抱いていた大人のイメージがまったく変わる衝撃を受けたのでしょう。私は読み終えると、「昔も今も人間の心は同じ部分があるんだな」と感じました。
〇「人間失格(1948年)」は、全体的な暗いイメージとともに、読者に「そう感じるのは、自分だけじゃなかった!」という強い共鳴を感じさせます。中学生という思春期特有の周囲に馴染めない感覚や、「道化(ピエロ)」を演じてしまう自分に対して、太宰の描く主人公の「自意識の過剰さ」が深く印象に残るのかもしれません。ただ全体を通して、「孤独・恐怖・破滅」をテーマにした自滅的・内省的な主人公を描いた陰鬱な作風は賛否両論あります。
〇現代の中学生でも読めば、主人公が感じる人間関係への恐怖や偽善への嫌悪感が共感を与えることでしょう。そして自分の中にもあるドロドロした感情を、著名な文豪が文章化してくれていることに、一種の安心感を覚えるかもしれません。
〇太宰といえば、国語の教科書に必ず取り上げられている「走れメロス(1940年)」も有名です。こちらは「友情・信頼・希望」をテーマに、苦難を乗り越える前向きな主人公を描いた作品です。どんなに立派で強い意志を持つように見える人でも、一時期は投げやりになったり弱音を吐いたりするというストーリーに、中学生は「弱さへの共感」を抱きます。
〇普通の感覚では、「走れメロス」と「人間失格」をとても同じ作者が書いたとは思えませんが、前者は「人間の強さと可能性」、後者は「人間の弱さと脆さ」を徹底的に追求しており、光と影のような対比を感じます。この対比は、「素面」と「仮面」にも通じると感じます。
〇「人間失格」の主人公が、学校でおどけてばかりいて、自分の本心を決して友だちに見せようとはしなかったことが、「道化を演じる」つまり「仮面をかぶる」ことです。また中学生は、「素面」と「仮面」で試行錯誤していますが、その裏には「本当の自分を受け入れてほしい」という本心が隠れていることも大人として理解しつつ、見守ってあげたいです。
〇ただ今の中学生がもし太宰の作品を読もうと思っても、なかなか本のような紙媒体では読破するのは難しいと感じ、尻込みしてしまうかもしれません。そこで最近は、聴く読書「オーディオブック」がそのハードルを少し下げてくれる可能性をもっています。これはプロが本の朗読をしてくれるサービスで、徐々に広まっています。
〇私も若いころは、ラジオを聴く方が、テレビを観るよりも楽しかったことがあったことを思い出しました。映像はなくても音声によって自分なりのイメージが広がり、聴きながら他のことができるのも大きな利点です。
〇先日、Youtubeでも「人間失格」の朗読動画を見つけました。全部で4時間半です。少し聴いてみましたが、自分で読むよりはリラックスして聴けますので、楽ですが少しあらすじが頭に残りづらい気もしました。ただ文学作品への導入の手段としては、「これもありかな?」と思いました。
〇またこれは「学びなおし」や「学び続ける」などの生涯学習にもつながると思います。すでに中学生も小学校ではボランティアさんによる「本の読み聞かせ」の経験があるので、共感しやすいでしょう。
〇大人になっても、「自分は【人間失格か】それとも【人間適格か】」と日々葛藤しています。確実に言えるのは、中学生の頃よりも「仮面」をかぶることが少なくなっていることでしょうか。
須藤昌英
2月24日(火)「頓珍漢」と「珍紛漢紛」
〇気象庁は昨日、関東地方に春の訪れを告げる「春一番」が吹いたと発表しました。午前9時までの最大瞬間風速は、千葉で20.8メートルを観測しました。今朝学校でも、プランターなどが吹き飛ばされていました。思い出せませんが、去年は関東で「春一番」が観測されなかったため、2年ぶりの観測となったようです。
〇今ではあまり使われていませんが、「頓珍漢(とんちんかん)」は昔よく聞いたり言っていたりした言葉です。友人同士でも「相変わらずお前はとんちんかんだな」などと悪口まではいかなくとも、相手を揶揄するような意味合いが含まれていました。調べてみました。
〇「頓珍漢」は、言動や行動のつじつまが合わず、ちぐはぐで的外れな様子、またはその人を指す言葉です。刀などをつくる鍛冶屋で、親方と弟子が交互に鉄を打つ際、タイミングが合わず音がちぐはく(とん・ちん・かん)に響く音が由来の当て字のようです。
〇私はこの「頓珍漢」を多様性(ダイバーシティ)のキーワードだと思っています。いろいろな考えを持つ人々には必ず「ズレ」があり、それを認めあうのが多様性です。この本質は、自分とは異なる視点や思考プロセスを受け入れることで、例えばみんながAだと思っている時に、突拍子もないBを投げ出す人の「頓珍漢」さは、時に硬直した状態や偏った雰囲気を打破する起爆剤になり得ます。物事の捉え方が根本的に異なる人がいることを認めるという意味では、立派な多様性のグラデーション(濃淡)です。
〇また現代の多様性という概念には、「相互理解」と「尊重」がセットになっています。多様性は「対話」が欠かせませんので、もし「頓珍漢さ」が「相手の話を聞かない」「文脈を無視し続ける」という面である場合、それは多様性の共存ではなく、単なる「コミュニケーションの拒絶」となってしまいます。
〇先日の朝のニュース番組中で、クイズのコーナーがあり、ヒントを出されても答えが思いつかない若いアナウンサーが「まったくわかりません、チンプンカンプンです」と発言していました。その時「へぇ~若い人も使うのか~」とちょっと不思議な気がしました。
〇こちらは、江戸時代に外国語(特に中国語)や難解な漢文が理解できなかった様子に由来する説が有力です。中国語の「聞き取れない」を意味する言葉が日本で転じた説と、当時の中国人の名前に由来する説があります。
〇「チンプンカンプン」を漢字で書くと、「珍粉漢粉」ですが、これはおそらく当て字でしょう。読みがおまじないのようでリズムが良く覚えやすいので、子どもでも言いやすいのが利点かもしれません。子どもが転んで痛がった時などに使われる「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、飛んでいけ」と近い感じがします。
〇ただ意味としては、単なる「無知」や「混乱」だけではなく、私は新しい世界への入り口「知的好奇心の種」であると前向きに解釈しています。人間の心理として、「わからないから知りたくなる」ものですので、決してマイナスだけではないと思います。
〇人は自分が何を知らないかを知った時(無知の知)、初めてその先へ進む必要性を感じるものです。「ちんぷんかんぷん」と感じることは、自分が今持っている知識や技術の外側に、巨大な未知の領域が広がっていることを発見した証拠です。
〇最初はしり込みしてしまうかもしれませんが、人の脳は理解できないものに出会うと、パターンを見出そうとしてフル稼働します。この「違和感」や「分からなさ」がストレスとなり、それを解消しようとするエネルギーが新たな「問い」を生み、それを契機に「知りたい!やってみたい!」と前向きになれることでしょう
〇「ちんぷんかんぷん」な対象を解き明かそうとする過程で、私たちは断片的な情報を繋ぎ合わせ、自分なりの新しい論理を構築します。この時こそ、単なる暗記ではない「深い理解」が生まれます。「分からない」を面白がれるかどうか。どうやらそれが、単なる思考停止で終わるか、深い探究へと踏み出すかの分かれ道と言えそうです。
須藤昌英
2月23日(月)国民の祝日と福祉フェスティバル(ふるさと協議会)
〇今日までの3連休は晴天が多く、春本番のようなあたたかさです。学校近くのあちこちにある梅林からは、上品な香りが漂っています。自転車で走ると、川の土手や手賀沼周辺の畑には、一面にモフモフした菜の花の黄色いジュータンが敷き詰められ、とてもきれいな風景が楽しめます。
〇今年の東京の桜(ソメイヨシノ)は、3月21日頃に開花し、3月末から4月上旬にかけて満開を迎える予想が出ています。平年よりやや早く、全国に先駆けて開花がスタートする見込みです。
〇明日で、ロシアがウクライナへ軍事侵攻して丸4年が経過します。その他でも世界では戦争や紛争が終結せず、未だ多くの人々の心は癒えません。平和な日本にいて春を楽しむばかりでなく、「この瞬間にも亡くなっている人がいるのか・・」と心の何処かでそのことも忘れずにいたいものです。
〇今月は先々週の建国記念の日と本日の天皇誕生日と、祝日が2日あるので、授業日が週4日ずつとなります。2月はもともと短いので、その分余計に授業時数が少なくなります。定期テストは終了していますが、学校としては来月までに各学年の履修内容をきちんと終えるようにしていきます。
〇現在の国民の祝日は、79年前の憲法施行に伴い、国民の中からその生活に光明をもたらし、潤いを与えるような真の意味での国民的祝日を望む声が高まり、2年後の昭和23年、国会で制定されました。したがって憲法の精神に則り、平和日本、文化日本の建設の意義にあうものであることが重要です。
〇現在は以下の16日と定められています。
【1月】元日(1日) 成人の日(第2日曜)
【2月】建国記念の日(11日) 天皇誕生日(23日)
【3月】春分の日(21日前後)【4月】昭和の日(29日)
【5月】憲法記念日(3日)みどりの日(4日)こどもの日(5日)
【7月】海の日(第3月曜)【8月】山の日(11日)
【9月】敬老の日(第3月曜) 秋分の日(21日前後)
【10月】スポーツの日(第2月曜)
【11月】文化の日(3日) 勤労感謝の日(23日9
〇個人的には海と山の日があるならば、「空の日」や「川の日」などもほしいところです。この日本は世界的にみると災害は多いですが、その分自然に恵まれています。すでに人口減少が始まっているのであれば、これまで以上に山、川、海、空などをもっと保全して、これからこの国で生きていく子孫に残してやりたいと思っています。
〇祝日には、祝日にちなんだ各地の行事・イベント等に足を運ぶ方々や、旅行などを計画する方々も多いことでしょう。また自治体によっては「ラーケーション」という「ラーニング(学習)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた制度を導入している場合があります。
〇保護者等の休日や有給休暇に合わせて子どもが平日でも学校を休み、校外で体験・探究的な学習活動を行う制度で、家族との時間や地域での特別な学びを推奨する新しい教育の形として注目されています。しかし現時点で柏市ではその実施の予定はありません。
〇本日は増尾近隣センターで、「増尾地域ぎゅっと!福祉フェスティバル」が行われます。テーマは「増尾地域の共生社会~地域住民の支え合いの団結に向けて~」です。地域にある各福祉事業所がブースを出し、活動内容等を発表します。
〇中学生にもボランティア参加の依頼を受けていましたが、残念ながら定期テスト前後のインフルエンザ感染が急増し、大事をとって自宅休養をしなければいけない生徒も多く、一部の生徒のみの参加となります。
須藤昌英
2月20日(金)AIが事実をゆがめて消す➡ファクトチェック
〇昨日は、「後生畏るべし」の例として、若いクリエイターなどによるAI生成コンテンツの利用について書きましたが、SNS上にある動画の多くが、人間が実際に撮影や編集したものよりもAI(人工知能)がいろいろな動画の切り抜きを使って、加工作成しているという現実があります。
〇たとえば、有名な名画のレオナルドダヴィンチのモナ・リザが動き出したり、ライオンなどの猛獣と人が不自然に戯れていたり、もっと過激になると爆撃場や戦争現場の悲惨な状況で人が殺されたりする動画などが平然とアップされていたりします。どれも「本物か!?」と見間違えるほどのリアルさがあり、観た人はそれを信じきってしまうこともあります。
〇これは見方によっては、「AIによって事実がゆがめられたり消されたりすることが可能である」ことを示しています。これまでもたびたび報道によって、事実が都合よく切り取られて配信されることも問題視されてきました。メディアによる「印象操作」といって、言葉、服装、態度、表情などを通じて、他者に与えるその印象を意図的にコントロールし、望ましい方向へ管理しようとしていることが指摘されています。
〇これは人間にとって、画像による説得力は大きく、画像の切り取りなどは、多くの人に影響を与えやすいことが背景にあります。心理学者のアルバート・メラビアンが提唱した「メラビアンの法則」により、人の第一印象は、視覚(55%)、聴覚(38%)、言語(7%)の3要素で決定されると言われています。特に視覚と聴覚の非言語情報が9割以上を占めるため、表情、態度、声のトーンが重要です。
〇このように虚偽情報が視覚に訴える形で拡散されることがAIの抱える問題です。そこでAIで加工された画像や動画の真偽を見極める力を身につけることが必須となります。「こんなことがありえる?」「もしかしてこれはフェイク?」などと疑って、いろいろな角度からみたり調べたりしようとするクリティカルシンキング(批判思考)が重要です。
〇AIにあえて「AIが事実をゆがめて消すとしたらその対処法を教えて」と質問してみたところ、次の答えが返ってきました。
1.AI生成画像・動画を見破る視覚的ポイント
AI生成コンテンツには、細かい部分に不自然な点(アーティファクト)が残りやすいです。
手・指の異常➡ 指の数が多かったり、不自然に曲がっていたり、融合していたりする(AIが特に苦手とする部分)。
目の不自然さ➡両目の光の反射が一致していない、視点が合っていない、瞳が不自然に輝いている。
文字や背景の崩れ➡看板やTシャツなどの文字が解読不能な文字になっている、背景の建物や階段が途中で途切れる・歪む。
不自然なテクスチャ➡肌が「エアブラシ」をかけたように滑らかすぎる、髪や毛皮の質感が均一すぎる。
影と光の矛盾➡光源の方向と影の向きが合っていない。
2. ディープフェイク動画を見破るポイント
人物の顔を入れ替えた動画(ディープフェイク)では、動作の不自然さに注目します。
瞬きの回数➡瞬きが極端に少なかったり、不自然に多かったりする。
唇の動きと音声のずれ➡口の動きが言葉と合っていない(リップシンクの不整合)。
顔の輪郭のブレ➡顔と髪、顔と首の境界線が不自然にぼやけたり、ちらついたり(フリッカー)する。
表情の不自然さ➡感情と表情が一致していない、顔の表情の変化が滑らかではない。
3. 真偽を見極めるための具体的なアクション
技術的なチェックに加え、情報を精査するプロセスが重要です。
「逆画像検索」の活用➡Google画像検索やTinEyeなどを用いて、その画像が過去に別の場所で使われていないか、元の画像が存在しないかを確認する。
情報源の確認・ダブルチェック➡信頼できるニュース機関が報じているか、他の情報源はあるかを確認する。
情報の文脈を確認➡あまりに衝撃的すぎる、または極端に感情を揺さぶる内容は偽情報の可能性を疑う。
検出ツールの活用➡「Deepware Scanner」や「Microsoft Video Authenticator」などのAI検出ツールを活用する。
〇瞬時にこのような詳細な回答を示すことは、「さすが」と思わざるをえません。今後は大人も子どもも何かを知りたい時には、まず「AIに尋ねてみよう」がスタンダードになるでしょう。このようにAI技術は急速に進化している反面、それがまた逆に真偽の見極めを困難にさせています。
〇論語に「道聴塗説(どうちょうとせつ)」という言葉があります。意味は「道端で聞いた話を、その内容を深く理解しないまま、すぐに他の人に話すこと、根拠のない知識やいい加減な受け売りの話など」です。人の話やSNSを鵜吞みにせず、批判的思考(クリティカルシンキング)で、事の真偽を確かめる姿勢が重要です。
〇たとえば事実が書かれているとされる原書や出典、データなどを調べたり、必ずあるはずの反対の立場の意見と比較してみたりして、最後は自分の言葉でまとめたり語ったりすることが、学ぶ人の基本であるでしょう。
〇市の教育委員会からも昨年、「児童生徒による生成AI(Gemini)の 利用開始について」という通知が出され、小学3年生からを目安に「はじめての生成AI」という授業パッケージを参考に、児童生徒生成がAIを使う時の注意点や禁止事項について指導した上で活用していく旨が示されています。
〇生徒に指導する前に、今後は私自身が目にする画像や動画に対し、常に「これは本当に本物か?」と疑う意識を持とうと思います。そして今以上に自分で見たり聞いたりしたことを大切にし、客観的な自分の意見や考えを優先させていきます。
須藤昌英
2月19日(木)後生畏るべし(こうせいおそるべし)
〇校外の公立入試と校内の期末テストが終わりました。それぞれの結果はこれから出ますが、とりあえず生徒たちにはゆっくりとしてもらいたいです。インフルエンザの再流行で、全国で2週連続警報レベル超えがあり、特にB型の感染者目立ちます。
〇40年前、まだ教員として歩みだしたばかりの頃、教員としての経験はなくてもその分やりたいことや希望はたくさんありました。そこで先輩の教員をつかまえては、「〇〇をやってみたいのですが、どうでしょうか?」「今の生徒たちには●●をしてあげた方がいいと思うのですが・・」のような相談をよくしていました。
〇しかし先輩の多くは「やる気はわかるけど、まずは□□をできるようになってからやってみた方がいい」とのアドバイスでした。当時は納得がいかなかったものですが、確かにその他にやるべきことが多かったので、いつの間にか後回しになっていました。
〇その経験から私は、「若いから未熟だからと出来ないと決めつけるのはおかしい」と思い、後輩にはむしろ「それをやってみたら」と助言するように心がけてきました。そしてその後輩が挑戦する姿をみながら、こちらもその刺激を受けて自分の糧にしていました。
〇「後生畏るべし(こうせいおそるべし)」ということわざの由来は、『論語』にある孔子の言葉で、「若い世代(後輩)は無限の可能性を秘めており、努力次第で将来どれほどの人物になるか計り知れないため、年長者が侮るべきではなく、畏敬の念を持つべきだ」という教訓です。
〇原文は、「子曰く、後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや。」でその現代語訳は、「孔子が言った、後から生まれてくる若者は恐るべき(将来が楽しみな)存在だ。これからの人が、今の自分たちに及ばないなどと、どうして分かるだろうか(いや、そうとは限らない)。年が若く精力がある後進は、努力しだいでどれほどの力量を身につけるか計り知れない。畏敬の念を持つべきだ。」です。
〇この教訓は現代にこそ当てはまっている気がします。情報化社会がますます進み、特にAI技術の急速な進化に伴っての若い人の起業家やクリエイターなどが、既存の常識を覆すようなことをやっていることこそ孔子の言葉そのものです。
〇10代・20代の若手クリエイターがAI生成コンテンツを自在に使いこなし、プロ顔負けの映像や作品を瞬時に作成することで、伝統的な制作手法を凌駕する事例も当たり前に見聞きします。また社会課題に対して、新しい発想で解決しようするビジネスを若い起業家が起ち上げ、生活の質の向上が実感できることも多いです。
〇さらに将棋などの勝負の世界で、最年少でタイトルを総なめにする若い棋士や、今行われている冬季オリンピックで世界と肩を並べる実力を備えたアスリートが台頭してくるなど、若者の将来を期待・称賛する文脈で、「後生畏るべし」は使われています。
〇本校の卒業生でも、秋の創立80周年記念集会に来校してもらう東京大学大学院教授で哲学者の國分巧一郎さん、車いすテニスの世界ランキング1位で元プロ選手の国枝慎吾さんなど、目覚ましい活躍をしている方もいます。また保護者の方々にも本校のOBやOGがいて、学校をバックアップしてくださっています。
〇これまで一万五百人以上の本校卒業生がいます。その中にも、注目されるようなスポットライトがあたらずとも、各界において社会に大きく貢献している方々も大勢います。卒業生の活躍はその学校の在校生のモチベーションをあげ、学校のブランドイメージの向上にも繋がります。
〇来月12日の卒業証書授与式では、「後生畏るべし」3年生60名が巣立ちます。堂々と胸を張り、希望をもって卒業していってもらいたいです。学校としては、式準備を着々と進めています。
須藤昌英
2月18日(水)後期期末テスト(1・2学年)と「ガチ」と「マジ」
〇昨日の3年生の千葉県公立高等学校入学者選抜では、大きなトラブルの報告はありませんでした。今朝の廣幡八幡宮も厳かで、引き続き今日の無事も祈ってきました。その日程に合わせて、昨日から1・2年生は今年度最後の定期テストに臨んでいます。少し体調不良者も多いので、テスト終了後の放課後の諸活動は中止する予定です。
〇朝の登校時間にも参考書などを手に抱えている生徒も多く、「やるしかない」との意気込みが感じられます。中学生期は一生の中で一番、知識や技能を脳に蓄えたり身につけたりすることが出来きますので、物忘れが徐々に多くなった今の自分を考えるとうらやましい気がします。
〇自分自身を振り返っても、「人間は物事に対してなかなか本気になれないもの」と痛感しています。「本気になれない」のかそれとも「本気にならない」のかの違いはありますが、人間は状況によっては切羽詰まり、そのことが今まで想像もつかなった自分の本気を引き出さしてくれることがあります。
〇以前に「火事場の馬鹿力」について書きました。人間の身体は普段は持てる100%の力を出さないよう制御されており、ただその逆で緊急時にはいわゆる「火事場の馬鹿力」という普段の力の何倍もの力が出して、身の危機を回避しています。
〇テストが迫っていることは身の危険ではありませんが、生徒の心にプレッシャーを与えていることは間違いないです。本来の学ぶことの本質とは少しズレていますが、「テストがあるから本気で勉強する」という面も人間には確かにあります。今の言葉で言えば「ガチ」や「マジ」に近い感覚です。
〇「ガチ」とは、本気、真剣、本物、または「本当に(マジで)」を意味する若者言葉(スラング)です。もともとは相撲用語の「ガチンコ(真剣勝負)」が短縮された言葉で、手加減なしの真剣な状況や、嘘偽りない本物の状態を強調する際に使われます。
〇一方で「マジ」は、「真面目(まじめ)」の略で、「本当」「本気」「真剣」「嘘ではない」という意味を持つ俗語です。嘘偽りのない様子や、真剣に取り組む様子を指す際に、形容詞的に「マジな話」などと使われています。私もこれはよく言ってしまいます。
〇生徒と話していると、「今回のテストはガチです」「マジ勉強しています」など、主語もなければできるだけ簡潔に話そうとしているいのに気が付きます。「マジ」でも「ガチ」でも、生徒たちが真剣に取り組んでいる心境を短く表しているのであり、悪いことではありません。
〇若者が略語や感嘆表現のみという短い言葉を好んで使う背景には、彼らのコミュニケーションのスピード感、極端な感情の強調、そして仲間内での一体感を重視するといった要素が強く関係していると思います。
〇若者が本気になる場面は、テストなどで「自分の力」が試される時や今まで出来なかったことが一人で出来るようになった時、目標を達成した際に自分の成長を実感できた時、信頼できる仲間や大人に出会いそのことで認められたと感じられた時などがあると思います。
〇よく現代の若者は「失敗したくない」という心理から、打算的に確実な成功が見込める時や、自分の価値観に一致する時にしか自分の力を最大化しない傾向があると言われます。でもよく考えれば、私も含めた大人も過去には同じ経験をしているのではないでしょうか?決して若者だけの特徴とは言えないと思います。
〇もう一つの特徴として、「マジでヤバい!」が口癖の生徒も多いです。ただこの「マジでヤバい!」という心境は、聞いているとその文脈によって、二つの両極な使い方があります。本来の「危険・不都合」という意味での否定的な状態と、現代的な「驚き・感動」という意味での肯定的な状態です。これはその人がどちらの意味で使っているのかは、よく吟味しないとすぐにはわかりません。
〇否定的な「マジでヤバい!」は、心理的・状況的に追い詰められ、余裕がない状態で、時には強烈な焦り・パニックから、「終わった」「どうしよう」という逃げ場のない危機感を含んでいます。また強いストレスや不安から限界を感じたり、自分の想定を超えた悪い結果(あるいはミス)をしことで、困惑・絶望を抱いたりする心理を表します。
〇一方でその反対の肯定的な「マジでヤバい!」は、良い意味での衝撃を受け、心が感動し大きく揺さぶられている状態のことです。「凄すぎる」「言葉もない」という感情で、時には推し活に対するファンとしての興奮や熱狂の限界を突破した心境も入ります。中学生はどちらかというとこちらの意味で使っている場合が多いと感じます。
〇私も初耳でしたが、実は「マジ」は江戸時代の芝居小屋の楽屋でも芸人たちに使われていたそうで、こうした短縮や強調の言葉は時代を超えて形を変えながら使われ続けているようです。
〇現代の若者は、これらの短い言葉を駆使して、あいまいで複雑な感情を、むしろ「直感的に」伝えていると言えます。彼らの素直な感覚も大切にしてあげたいです。
〇今回の期末テストを受けた後の生徒たちの中では、さきほどのどちらの「マジでヤバい!」が多いのかもリサーチしてみたいです。
須藤昌英
2月17日(火)千葉県公立高等学校入学者選抜&ゴミ拾いボランティア活動
〇昨日の朝は、1・2学年の複数の学級で、複数の生徒が感染症(インフルエンザA型及びB型)と診断されたり、その他も発熱により欠席するとの連絡があったりしました。そこで感染症等の蔓延防止として、給食後の早帰りにしました。
〇ただ1・2学年は予定通りに、後期期末テストを実施しますので、体調不良の場合には、早めに休養や受診をしてください。
〇いよいよ本日と明日、千葉県立及び柏市立高等学校の学力検査が行われます。昨日の給食の時間は、いつもよりもどことなく大人しく緊張感をもっていることを感じました。無事に自分の力を出し切れるように祈っています。
〇今朝6時過ぎ、通勤路を少し遠回りし、廣幡八幡宮に参拝しました。「今日、千葉県公立高等学校入学者選抜に臨む3年生全員が、本来の実力を出し切れますように!」と祈願してきました。雨上がりのしっとりした空気で、いつも以上に厳かな雰囲気に包まれました
〇3学年は昨日までの事前指導として、確認事項(時間、持ち物や身だしなみなど)に加え、「トラブル対応」なども指導してきました。
【受検票を忘れた】
・慌てずに受付に『学校名、氏名、受検番号等』を申し出て相談する
・受検票は合格発表の際も必要なので、受検後も大切に保管する
【電車やバスを乗り間違えた】
・できるだけ公共交通機関を利用する(ただし感染症対策で車の場合は保護者判断)
・もし待ち合わせの相手がいてもその場所に時間とおりに来なければ、自分一人で予定通りに高校へ向かう
・もし間に合いそうになかったら、直接志望校に公衆電話等や近くのコンビニにお願いして連絡する
【体調不良(感染の疑い)】
・前日までに判明した場合には、土中に連絡する
・当日の場合には、直接志望校に連絡し、その後土中にも連絡する
・もし追検査(26日)を受けることになった場合、はやい回復を目指してしっかりと休養する
〇千葉県の入学者選抜の歴史をさかのぼると、今から40年前くらいまでは、一部の専門学科を除きすべての普通科では、1回のみ(2日間で行う学力検査等)でした。その後当時の文部省の通知で「受験機会については、同じ高等学校においても定員の一部を留保して、入学者選抜を2回にわたって実施するなど、受験生に複数の機会を与える工夫をすることが望ましい」とあったのを受けて、昭和61年度から平成14年度までは、「推薦」と「一般」に分かれ、徐々に募集定員に対する推薦枠を拡大(普通科で最大40%)していきました。
〇さらに平成15年度から22年度は、「推薦」に変わり「特色ある入学選抜」が導入され、生徒の多様な能力・適性等を多元的に評価するようになりました。そしてその理念を継承しつつ、4年前までは、「前期選抜(2月中旬)」と「後期選抜(2月下旬)」の2回行っていました。確かに受験生にとっては2回受けられるという精神的な安堵感や受験パターンを戦略的に構築できるなどのメリットはありました。
〇上記のような入学者選抜の推移をみると、単純に言えば今の制度は40年前に戻っているということですが、中学校の校長としては、「この感染症が蔓延しやすい時期にいつまでこのような選抜を行うのか・・、志願者はすべて入学させるような制度はいつになったら構築されるのか・・、少なくともそうなるための選抜方法の議論を不断に継続してほしい・・」などの疑問や要望があります。
〇学力検査(国語・社会・数学・理科・英語:マークシート解答)以外の検査については、各高等学校が決めて実施しています、いくつかを紹介します。
・面接(複数の面接官と受検生の個人面接や集団討論など)
・適性検査(作文・小論文を書く、運動・音楽の技能の検査など)
・自己表現(当日にパフォーマンスや実技等を行うなど)
・思考力を問う問題(論理的思考力や表現力などを問う内容)
〇過去には2月は雪の影響などで、受検会場に行くことを心配したことがありましたが、今日と明日はその心配はないので、防寒対策をしっかりして、全力を出してほしいです。ガンバレ!39名!!
〇公立高等学校を受検しない3年生は、5月に実施しようとして大雨で出来なかった「ゴミ拾いボランティア」を行いました。学校から増尾駅、商店街方面までの2㎞を1時間かけて行いました。私立高等学校へ入学内定をもらっている生徒がほとんどですが、かれらも仲間の健闘を心から願いながら、真剣にゴミを拾いました。
須藤昌英
2月16日(月)日本人は和製語が好き?得意?
〇暖かい週末でした。特に昨日は4月を思わせる陽気で、外を歩いている人の中には半袖の人も多く見かけました。ただこのまま春に向かって一直線とはいかないでしょうから、今後も気温が急降下し、寒さがぶり返す可能性もあります。
〇この時期は「三寒四温」の言葉通り、暖かい日と寒い日が交互に訪れます。一時的に記録的な暖かさになっても、冬の冷たい空気が戻ってくることが多いため、油断できない時期が続きます。寒暖差による体調不良も気をつけなければなりません。
〇以前にも外国人が日本語を習得するのは、非常に大変だということにふれました。その主な理由として「漢字・ひらがな・カタカナ」の使い分けや、複雑な敬語、主語が省略される曖昧な表現、そして英語などと異なる語順などがあると書きました。
〇逆に、外国語の要素を日本人が短縮・活用し、日常的に使いやすい形に変化させた外来語(カタカナ動詞)も多くあります。こちらは私なども若い人が日常的に使っていることを後から知ることが多く、意外な由来を持つ言葉も増えています。いくつか調べました。
〇「サボる」は、フランス語のsabotage(サボタージュ)という言葉を略し、さらに日本語の動詞化の接尾辞「〜る」をつけたものです。フランス語の「sabotage」は、sabot(サボ=木靴)に由来し、歴史的には産業革命初期、労働者が自分たちの権利を守るために、履いていた「木靴(サボ)」を機械に投げ込んで壊したり、機械を蹴って動かなくしたりして仕事を止め、怠業(生産性を落とす抗議)を行ったことが背景とされています。日本では大正時代に若者を中心に広まり、その後単に「仕事を休む」「怠ける」という意味で使われるようになりました。
〇もっと近年では「ディスる」があり、英語のdisrespect(ディスリスペクト:不尊敬、無礼)という言葉が語源で、接頭辞の「dis-(否定、反対)」を抜き出した言葉です。アメリカのヒップホップ文化の中で、相手(ラッパー)を「侮辱する」「批判する」「見下す」といった意味のスラング(卑語、俗語)として、「dis(ディス)」が使われるようになりました。日本では、さらにカジュアルに「〜する」をくっつけて「ディスる」という動詞として使われるようになりました。
〇私などは、前者の「サボる」を若い頃から日本語かも?と認識していましたので違和感がありませんが、後者の「ディスる」は、意味は理解していても日常で使うほどではありません。ただどちらもマイナスイメージの言葉なので、今後もあまり増えてほしくありません。
〇その他の「~る」として、外来語に「〜る」をつけた言葉は他にもあります。
①ダブる➡英語の「double(ダブル=二重)」からきていて、予定が重なる、量が2倍になる、大学などでは留年する(単位が二重になる)という意味でよく使われます。
②ググる➡「Google(グーグル)」で検索することで、インターネット時代になり、調べることをほぼ代用しており、最近はイメージ先行が強くあちこちで聞かれます。
③バズる➡「Buzz(バズ=噂、騒音)」からきており、SNSなどで話題になることをさすことが多いが、これもどちらかというとマイナスなイメージが強いです。
〇このように日本人が「和製語(和製英語や和製漢語)」を作り出す技術は世界的に見ても非常に特徴的で、よく言えばクリエイティブだと思います。単に外来語をいじるのではなく、独自の解釈や背景を加えて、日本人の感覚に合うよう作り替えるのが得意と言えます。
1.和製英語:直感的な短縮と組み合わせ
英語圏では通じない「和製英語」は、海外の文化を日本流に消化・加工したものです。これもいくつか典型があり、「リモートコントローラー」→「リモコン」、「パーソナルコンピュータ」→「パソコン」と短縮・合体させ、長い英単語を短くし、生活に浸透させました。また「ドライブイン」を「サービスエリア」の意味で使ったり、「ナイーブ」を「繊細」ではなく「単純」といった文脈で使用したりするなど、日本人のイメージに合わせて意味を変化させます。さらに「ランニングマシーン」のように、英語(treadmill)よりも動作や機能が直感的にイメージできる言葉を優先する傾向があります。
2.和製漢語:漢字の意をいかした概念の定着
明治時代以降、西欧の新しい概念を日本語に翻訳する際に、漢字を組み合わせて多くの「和製漢語」が作られました。ただこれもあまりにも浸透しているので、もっと昔から使われていた気がします。具体例として、「社会」「文化」「哲学」「科学」「経済」「民主」「主観」「客観」など、現代の日本語では欠かせない語彙が、実は抽象的な概念を漢字の持つ意味を組み合わせて造語として生まれ、日本人の感覚に上手く落とし込まれたのでしょう。
〇では「なぜ和製語が頻繁に生みだされるのか?」の問いに対しては、「日本人の頭の柔らかさが起因している」と答えてもいいかもしれません。AIで調べると、
①分かりやすさ・親しみやすさ➡英語の直訳ではなく、日本人が直感的に「何のことか」わかる言葉を優先します。
②ファッション性・モダンさ:➡外来語(カタカナ語)を使うことで、新しさや都会的なイメージを出したいというマスメディアや広告の傾向があります。
③生活に密着した表現➡日常生活で使いやすいように、日本独自の文脈で作られており、日本人は異なる文化や言語を「使いやすい」「分かりやすい」言葉に変化させ、独自の文化を形成する力に長けていると言えます。
〇最近の言葉としては、「推し活」は和製漢語、「隙間バイト」は和製英語になるのかもしれません。季語や自然の彩り、豊かな感情を表す古くからの日本語の美しさは大切にして、日々の日常会話で意識的に使いつつ、その一方で新しい感覚から生まれる和製語を楽しむのもいいかもしれません。
須藤昌英
2月13日(金)令和8年度学校教育活動年間計画の作成
〇起床してテレビを観ると、どのチャンネルでも、前夜のオリンピックの結果が放送され、メダリストのインタビューも流れています。日本人選手だけでなく、外国人のスーパーなパフォーマンスにも驚きます。もちろん10歳・20歳代の活躍も気になりますが、30歳・40歳代のベテランの活躍にも注目しています。
〇昨日は、2026冬季オリンピックの最高年齢52歳の女性のハツラツとして、笑顔いっぱいで競技に取り組む姿が一番印象に残りました。私よりも10歳も若いとはいえ、その年齢まで自分を鍛え、限界に挑戦しようとする陰には、若い人とはまた違った苦労があるのだろう・・と想像します。久しぶりにスキーをやってみたくなりました。
〇最近のオリンピックでは、選手同士がし烈に競技の技を競うだけではなく、ライバル同士が抱き合い、お互いの健闘をたたえ合う場面が見られます。微笑ましく爽やかな印象を受けます。一昔前では想像できなかった光景です。
〇この変化は、競技の勝敗(メダルの色)だけではない「スポーツマンシップ」の新しい形として、多くの人々に感動を与えています。かつては「国の威信をかけた戦い」という面が強かったものの、現在は「自分を高めてくれたライバル」への感謝と、トップアスリート同士の「共感」が、スポーツの場をさらに豊かにしています。
〇特に印象に残っているのは、夏のオリンピックのスケートボードや今回の冬のスノーボートの競技です。どうやらこれらの競技では、対戦相手は「敵」ではなく「共にシーンを盛り上げる仲間(クルー)」として見なされており、競技が終了した瞬間に、そのパフォーマンスを称える抱擁や笑顔が自然と生まれているのだそうです。
〇これは中学校の部活動(週末のクラブ活動)の在り方の変化とも似ていると感じます。部活動の目的は、学校の教員による専門的・熱心な指導の下で競技力向上や根性を養うというかつての「勝利至上主義」的な側面から、スポーツや音楽等を通じて幸福で豊かな生活を営むことを目指し、各自の関心・適性等に応じて、日常的にスポーツ音楽等に親しみ、又はスポーツや音楽等を支える活動に参画することに大きく変化しています。
【作成中のR8年度年間計画】
〇あと6週間あまりで、4月を迎えます。現時点で令和8年度当初の予定として、始業式は4月6日、入学式は4月9日(ただし中学校は午後)と決まっています。これは柏市内の小中学校で統一です。同様に各学期の始業式・終業式、夏・冬・学年末の休業期間はあらかじめ市教育委員会から通知されています。
○その他の学校行事は、校長の責任の下に各学校で決定します。本校でも昨年末から検討を続けており、来週の職員会議で最終的な案を決めていく予定です。このことは昨日の学校運営協議会でも提案し、委員の皆さんからもご意見や質問をいただいています。
〇そもそも学校教育は、人間性豊かな生徒の育成をめざして、組織的・計画的に行われるものです。そのために、各学校では、適切な教育計画を作成し実施することが求められています。
〇教育計画の中でも、生徒の指導に直接かかわる「教育課程」は、教育活動の根幹をなすものです。その教育課程とは、「学校教育の目的や目標を達成するために必要な教育内容を、生徒の心身の発達に応じ、授業時数との関連において総合的に組織した学校の教育計画」
です。
〇具体的には、各教科(9教科)、道徳科、外国語活動、総合的な学習(探究)の時間及び特別活動について、学年に応じて、その目標、内容、指導に充てる時間等を組織的に配列したものです。
〇教育課程の編成の基準である学習指導要領の総則(文部科学省発行)に、教育課程の編成の原則として、「各学校においては、学校の教育目標の具現化を図るために、さらなる創意工夫を加え、適切な教育課程を編成しなければならない」と記述があります。
〇視点を広げれば、よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を学校と社会とが共有し、それぞれの学校において、必要な教育内容をどのように学び、どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを明確にしながら、社会との連携・協働によりその実現を図っていくことが重要です。
〇学習指導要領では、教育課程全体を通して育成を目指す資質・能力を、ア「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」、イ「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」、ウ「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」の三つの柱に整理するとともに、各教科等の目標や内容についても、この三つの柱で整理されています。
〇さらに、資質・能力の育成が実現されるよう、単元や題材など内容や時間のまとまりを見通しながら、生徒の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善を行うこと、その際、各教科等の「見方・考え方」を働かせ、各教科等の学習の過程を重視して充実を図ることが示されています。
○先ほどの行事の実施日も大きな視点で、式行事(入学式、卒業式など)、学校行事(体育祭、合唱フェスティバル、定期試験、避難訓練、授業参観など)、旅行的行事(修学旅行、林間学校、校外学習)、生徒会行事(新入生歓迎会、3年生を送る会、生徒総会、生徒会選挙など)をバランスよく配置していきます。
○ただし一度は決めたものでも、諸事情の変化から新年度がスタートしてからの予定の変更も過去にはありました。これはもちろんできるだけ少ない方がよいことは承知していますが、その場合にはできるだけ早めにお知らせをしていきますので、ご了承ください。
○特に来年度の大きな変更点としては、創立80周年に関する行事を予定しています。特に生徒会役員とも検討を重ねていて、彼らがこのアニバーサルな来年度に、自分たちが企画したことをいかに実現させてあげるかに、日々頭を使っています。楽しみです。
〇年間計画等が正式に決まりましたらお知らせします。
須藤昌英
2月12日(木)青ペンで「書きなぐる」効果とは?
〇昨日の建国記念の日は、「建国をしのび、国を愛する心を養う国民の祝日」として、1966(昭和41)年に定められました。この日は、明治時代の祝祭日「紀元節(きげんせつ)」が元になっています。
〇「建国記念日」ではなく「建国記念の日」となっているのは、「建国された」という事実、つまり「初代とされる神武天皇の即位より連綿と続く126代の皇統と日本国の建国をお祝いする日である」という考えに基づいているからだそうです。
〇いずれにせよこの日は、古くからの歴史や先人の努力に思いを馳せ、日本の繁栄と平和を願う国民の祝日です。古代の歴史書である『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年)において、神武天皇が橿原宮(奈良県)にて即位し、日本国の基礎を築いたと記されている神話を国民としては知っておいた方が良いでしょう。
〇外国人の方と会話していると、彼らの方が日本の歴史などをよく調べており、日本人のこちらの方がタジタジになることもあります。神話レベルのことでもそれを「ただの言い伝え」としてとらえるのではなく、神話がある国は世界でも少ないことを認識するべきだと思います。
〇古事記の「国生み・神生み」を題材にした絵本なども出版されており、若者もそこから歴史に興味をもつこともあるでしょう。イザナキとイザナミという二柱の神が試行錯誤して島々を生む様子から、死と生、男女の対話や亀裂といった深い内容が、美しい文章と絵で描かれていますので、一度読んでみるのもよいかもしれません。
〇私は小学生の頃から、赤と青の2色鉛筆をよく使っていました。半分が赤で半分が青なので、どちらかを多く使って削るとバランスが悪くなるので、気を付けて使っていました。マイルールとして、普通の鉛筆は主に授業の黒板の内容をノートに書き写す際に使用し、加えて赤鉛筆はその授業の重要ポイント、青鉛筆は自分の疑問や考えと仕分けしていました。
〇また小学校の算数ではよく、学習問題を青枠で、学習のまとめを赤枠で囲っていることがよくあります。色の使い分けによって、1つの授業内の問題解決の課程がよくわかるからだと思います。光の三元色は、「赤RED、緑GREEN、青BLUE」ですが、さすがに緑は少し見づらいので、ノートには適さないのかもしれません。
〇少し前に、青色ペンに意外な効果(ストレスを軽減し、集中力を高める)があることを知りました。2014年に長岡技術科学大学の野村収作准教授は、被験者に赤・青・透明の色つきメガネをかけた状態で計算問題を解かせる実験を行ない、その結果、青い色眼鏡をかけていると、課題への「集中」の値が高くなることが判明したそうです。
〇さらにストレスによって増加するホルモン「コルチゾール」の値も低下することがわかったようです。つまり青色には、精神をリラックスさせ、集中力を高めてくれる効果があるということで、それ以来私も「青ペンで何となくストレスレスになれるか?」と感じています。
〇また「青ペン書きなぐり勉強法」というのもあります。早稲田塾創業者の相川秀希氏が考案した、効率的な暗記やモチベーションアップに有効とされる学習法です。青ペンでノートに書きなぐるだけで、とてもシンプルですが、興味深いので引用します。
〇相川氏は次のように指摘しています。「意識しないと、私たちは自分の【主観】で勝手に情報の取捨選択をしてしまいます。でも、何が重要で、何が重要でないかなんて、通常、瞬時に判断できるはずがありません。だから効率よく復習したいと思ったら、まずは【全部書く!】と決める。そこから、再現性の高いノートが生まれるのです。」
〇私もまだ「本当に効果があるのか?」と疑問を持っています。でもやらないで批判するのは非科学的なので、少し継続していたことがあります。青ペン(私はボールペンとインクペンの2種類)とノートを用意して、ひたすら書きなぐる、これだけです。きれいに整理する必要はなく、ノート全面を使って、知った知識や考えたことなど、とにかく全てを隙間なく書き込みます。出来上がったノートは、見開きいっぱいに青文字がびっしりで、インパクトが強いです。
〇ただ私のようにもう脳の能力が衰退している年齢では、果たしてこの方法がストレスを軽減したり、集中の度合いが増してその分記憶の定着を促していたりしたかの実感までは得られませんでした。ただ、使ったノートのページ数やインク減りを見ると、「ここまでインプットした」という達成感を得やすいのは確かです。
〇生徒たちは今、定期テスト前で家庭学習(「土の音」を含む)に取り組んでいます。もし余裕があったらこの「青ペン書きなぐり勉強法」を一度試してもらい、その手応え(あった、なかったの両方)などを私に教えてほしいです。
須藤昌英
2月10日(火)丘の上の学校
〇始まったばかりのミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックで、スノーボード、スキージャンプ、フィギュアスケート、スピードスケートの種目で、日本人選手の活躍が目覚ましいです。7個のメダルはもちろんメダルを獲得できなかった選手も含め、見えないところでの努力に敬意を表します。
〇昔からオリンピックは「平和の祭典」と称され、スポーツを通じて世界平和と国際相互理解の推進を目指す国際的なイベントとされてきました。しかし今は、2020東京オリンピックの時もそうでしたが、開催による経済的効果の面がクローズアップされています。
〇メリットとして、都市整備の基盤であるインフラ整備や観光需要により一時的な経済波及効果(国内消費・雇用増加)をもたらす一方、競技場や選手村の施設建設費や警備費による巨額の公費投入及び財政負担や大会終了後の施設等の廃棄物化(負の遺産)が最大のデメリットとなっています。
〇ただ多様性の理解という面では、東京2020オリンピック・パラリンピックの基本コンセプトが「多様性と調和」だったりして、人種、性別、性的指向、障害の有無など、あらゆる違いを認め合い、尊重することで共生社会を実現し、次世代へ引き継ぐレガシーとして掲げられました。
〇いずれにせよ人間の能力の限界に挑戦し、超人的なパフォーマンスを見せてくれる機会はとても貴重で、観る人はみんなワクワクします。たとえスポーツではなくとも、一つのことに挑み続けることを、中学生にも自分事にしてもらいたいです。
〇先月の18日、2026冬季オリンピックのTEAM JAPAN結団式・壮行会が、船橋市のららアリーナTOKYO-BAYで開催されました。先に日本選手団の結団式が行われ、秋篠宮さまご夫妻も臨席されました。その後に開かれた壮行会には日本選手団と役員のほか、日本オリンピック委員会会長・橋本聖子さん、応援リーダーとしてタレント・松岡修造さん、サブリーダーとして元卓球選手・石川佳純さんに加え、応援パフォーマンスには歌手・中島健人さんも登場しました。
〇そこへ本校の教員も参加し、カーリング女子の選手たちが手書きでサインを書いたボールを投げた際、ラッキーにもそれを拾い、それを私に見せてくれました。女子カーリングのチーム名は北海道を拠点とした「フォルティウス(FORTIUS)」で、ラテン語で「より強く前進し続ける」という願いが込められています。期待しましょう。
〇昔ある先輩からかけてもらった言葉が今も記憶に残っています。「生徒たちやその保護者に【希望の登校と満足の下校】を叶えてあげるのは理想の学校だよ」と。当時はあまりピンときませんでしたが、今は私もその通りだと思います。そして少しでもそれに近づきたいと常に心掛けています。
〇ところでそもそも自宅から学校へ行くことを「登校」、その逆を「下校」というのは、何故だろう?と思っていた頃がありました。英語では登校を「Go to school」または「Attend school」といい、後者は少し形式ばった言い方です。
〇一方で下校は英語で「leave school」が最もシンプルでよく使われる表現で、「学校を離れる(出る)」という意味合いになります。どちらも「登る(上る)」や「下がる」とは違った言い方です。何かしら意味があるのだろうと疑問に思うと調べたくなります。
〇日本での「登校」「下校」という言葉は、かつて学びの場が寺や山の上にあり、そこへ通うことを「登山」と呼んでいたことに由来するようです。江戸時代の寺子屋教育では、寺へ入門することを「登山」や「入室」と言い、 学ぶという行為を「山を登り高みを目指すこと」になぞらえた経緯が本当なのでしょう。
〇また、知識や学問という「高い場所」へ向かうという意味や、教育の場所が崇高で特別な場所であるという敬意が、この表現の背景にあります。私は低いところから高いところへ登る際には必ず、顔が上がり顔に光があたることから、面(おもて)が白い➡面白いと言われるので、「学校は面白い場所」となることが理想だと考えています。
〇柏市立土中学校(千葉県柏市増尾1丁目23番地)の標高は、約20mです。周辺は下総台地に位置する安定した地盤のエリアであり、手賀沼につながる川などによる浸食で起伏が大きいです。20メートルは、一般的なマンションやビルにおいておおよそ6階から7階建てに相当しますので、東から南側方面の眺望はよく、増尾駅からも校舎がよく見えます。
〇生徒たちは、南側の正門や東側の通用門から登校するには、最後に必ず坂を登ります。何人かの生徒からは、「校長先生、この最後の坂がきついんですよ」と言われたことがありますが、そんな時は私から「でも帰りは下りだからスイスイでしょう」と返します。すると生徒は大抵苦笑いしています。
〇学校は、教員が児童・生徒・学生に対し、カリキュラムに基づいて継続的な教育を行う「学術的(アカデミック)」かつ教育的な場所です。知識の習得に加え、社会性や規律を養い、自主性を持って人格の完成を目指す場として機能しています。
〇アカデミックな場所と言えば、博物館や美術館を連想します。博物館・美術館は、研究成果に基づいた高い学術性と専門性を持つ、極めてアカデミックな場所です。歴史資料、考古遺物、美術作品が豊富で、教員や学生の研究拠点でもあり、一般の人も気軽に知的好奇心や探究心を刺激できます。学校もそこまでの施設はありませんが、本校にも2つの図書室に約1万冊の蔵書があります。
〇「希望の登校、満足の下校、また来たくなる学校をめざして」は、学校運営をする上で、最大のテーマです。
須藤昌英
2月9日(月)「CO2 CO2(コツコツ)と省エネ」と民主主義
〇週末の雪で少し乾燥が和らぎ、寒いですがしっとりとした朝を迎えました。朝6時半の校庭には、ほぼ雪は残っていませんでしたが、南の上空の晴天にきれいな半月があり、これから太陽と空の主役を入れかわろうとしていました。
〇昨日、衆議院選挙の結果が公表されました。私の立場では選挙に関する発言は出来ません。しかし逆に校長としては、政治、経済、外交、福祉もすべて、その最終目的は、「未来を生きる子どもたちのためのもの」と言い切りたいです。
〇私もよく考えてから期日前に、有権者として大切な一票を投じましたので、今後の政府の動向(特に教育・子育て支援政策)を注意深く観察していきます。それが大人としての責任だと思います。
〇一つだけ気になったのは、街頭インタビューを受けた若者が、「投票する政党に迷ったので、AIに相談してAIが【あなたの考えは●●政党が近いと思います】と教えてくれたので、それに決めました」と答えていたことです。残念よりも不安になりました。
〇それ以外でも最近の選挙は、SNSの影響が大きいと指摘され、立候補者の生の演説を聴いたりその党の政策を調べたりせずに、ネット上の評判を一番頼りにしている大人が多いそうです。SNSを批判するつもりはありませんが、「その情報は本当に正しいのか?」と常に批判的な考えも頭の片隅になければいけないと思います。
〇中学生が有権者となる数年後は、技術の進化や国際情勢の激変に伴い、これまで以上に多様な情報が氾濫し、選挙を取り巻く環境は複雑性を増していくと考えられています。
〇学校の授業等でも今後ますます、正しい情報を調べるには、情報の発信源を確認し、複数のソースを比較する(情報リテラシーの育成)などの場面を増やしていく必要があると感じています。
〇柏市では「柏市公共施設環境配慮指針」に基づき、公共施設への太陽光パネル設置を推進しており、2030年度までに照明のLED化とあわせて脱炭素化を図っています。この計画の一環として、先月までに本校校舎の屋上に太陽光パネル設置工事が完了しました。
〇太陽光発電とは、太陽光がもたらす光エネルギーを電力へと変換する仕組みで、発電時に石油や石炭、天然ガスなど有限の化石燃料を原料とせず、CO2(二酸化炭素)が発生しないことから、環境にやさしい再生可能エネルギーとして注目されています。
〇太陽光発電の導入の主なメリットは、
①気候変動に配慮したエネルギーを利用できる
②電力市場価格の影響を受けにくい
③災害時の電源を確保できる
④余った電気を売却できる などです。
〇課題としては、太陽電池技術が今後どこまで発達するかがあります。まずは「耐久性と寿命」で、現在主流のシリコン系は20〜25年程度ですが、途中に定期的なメンテナンスが必要です。また次世代型も開発中ですが、軽くて柔軟な反面、湿気や酸素に弱く長期間の性能安定が課題です。
〇先日、柏の葉公園内で、題にある標語を見かけました。「CO2 CO2(コツコツ)と省エネ」と二酸化炭素の化学式を「コツコツ」と読ませるのが上手だと思います。化石燃料を用いた火力発電は、燃焼時に多量の二酸化炭素を排出します。これが温室効果ガスの主要因であり、気候変動を加速させるため、最新技術による回収・貯留や、再生可能エネルギーへの転換が急務です。
〇また15年前の東日本大震災の津波で、福島県の原子力発電所が壊滅的な被害を受けてから、初めて東京電力内の新潟県柏崎刈羽原発が再稼働するというニュースがありました。そもそも千葉を含む関東地方で消費する電力が、福島県や新潟県でつくられていることに、私はこの15年間、引き目を感じてきました。
〇「もしこの柏市に原子力発電所をつくる計画が出てきたら・・、私たちはどういう行動をとるのだろうか?」などとたまには考えてみるのも必要な気がします。ただますますAI(人口知能)が発達すると、それにますます多くの電力が必要となります。
〇原子力発電所が立地する自治体(地元)やその周辺地域には、国から「原発マネー」と呼ばれる交付金や補助金がおりる仕組みがあります。もちろんそれにより柏市の財政は潤い、市民サービスも向上しますが、それだけでは不安は解消されないでしょう。多くの反対も予想されます。
〇本校の卒業生で東京大学大学院教授の國分功一郎氏は、哲学の観点から原発問題を論じ、「原子力時代における哲学(2019)」などでの著書で、明確な脱原発を主張する哲学者です。原発は「核の平和利用」という幻想や「技術的リスクの象徴化」を招くとし、哲学的視点でその構造的な依存性や責任回避を批判しています。
〇先ほどの情報リテラシーと同様に、このエネルギー問題についても、生徒たちが真剣に考える場もつくってあげたいと思います。いずれにせよ真の「民主主義」は、原則として多数決によって最終的な意思決定を行いますが、同時に「少数意見の尊重」や「基本的人権の保障」を不可欠な要素としており、弱者やマイノリティの意見に耳を傾ける仕組みを持つとされています。
須藤昌英
2月6日(金)合格祈願と梅の開花
〇イタリアで行われるミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの開会式が、日本時間の明日の早朝に予定されています。前回の北京で日本は、過去最高の18個のメダルを獲得していますので、今回も期待が大きいようです。日本人選手の活躍が楽しみです。
〇インフルエンザ感染の第2波がきています。昨年は年末年始にかけて集中していたインフルエンザの流行ですが、今シーズンは早めに流行した分、第2の波が来ている状態だといいます。A型に加えてB型も急増中で、一般的にA型は激症型(1日、2日の間に高熱)なのに対し、B型はステルス型で、いつの間にか始まり、吐き気、嘔吐、下痢、もしくは食欲不振などの症状を伴うケースも比率としては多いようです。用心してください。
〇昨夕、千葉県公立高等学校入学者選抜における各高等学校別の志願倍率が発表されました。倍率はあくまでも参考として知っておくのはかまいませんが、あまり一喜一憂しすぎない方が良いと思います。またこれにより1回に限り、志願の変更(志望校を変える、同じ高校内の志願学科を変える)の手続きをすることができます。手続き日は、2月12日、13日(ただし午後4時まで)です。
〇今日から本人と家族の意向を受け、担任と3学年職員は志願変更の手続きの準備に入ります。前にも書きましたが、私の経験からもこれは無暗に行わず、慎重に考える必要があります、理由として志願変更は「チャンスとリスクの両面」があり、場合によっては本人に心の動揺が残ることも過去にはありました。
〇手続きは本人とご家庭にしてもらいますが、少し複雑なので注意が必要です。まずすでに出願している高等学校へ行き、書類を引き取ります。次にインターネットによって新たに出願する高等学校へアクセスし手続きします。最後に中学校が作成した書類を新たに出願する高等学校へ出向き、提出して完了です。
〇正面玄関前の紅梅は、咲き始めてからしばらく経ちますが、いまだに満開を保っています。数週間前に咲き始めた時は、喜びが感じられましたし、その後も冷たい風の中でも、日差しをたっぷりと浴びてどこか誇らしく堂々と咲いています。
〇梅は桜とよく比べられますが、梅の方が開花時期がはやく、「寒さを耐え忍んで咲く」というイメージがあります。厳しい状況でも美しく咲くので、つつましくても昔から人々の思いが寄せられてきたのだと思います。事実、平安時代には梅に関する多くの和歌が詠まれました。
〇特に有名なのが、学問の神様と言われる菅原道真(845年~903年:平安時代の公卿・漢学者・文人)が詠んだ
「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)」です。この和歌は、菅原道真がいいがかりともいえる罪をきせられ、九州の太宰府へ左遷される際、大事にしていた梅の木を前にして心をよせるように詠んだ作品だと、中学校の国語の時間で習い、当時に暗唱して覚えたので、今でも強く印象に残っています。
〇おおよその意訳としては、「春風が吹いたら、お前の匂いを(京から太宰府まで)送っておくれよ、かわいい梅の花。私(主人の菅原道真)がいないからといって、春を忘れてはならないぞ」くらいでしょうか?「東風(こち)」がなぜ春風のことであるのかは、少し調べましたら中国の自然哲学「五行説」からきているそうです。春という季節は、東の方角と関係が深く、同様に「東南西北」が「春夏秋冬」にあたるそうです。
〇菅原道真は天才的な学問の大家で人柄もやさしく、多くの人々から尊敬されていましたが、当時の政権幹部からその名声を疎まれ、あらぬ罪で左遷(させん)されました。本人には政治的な意図はなかったとされますが、京の都で学問を究めるという本懐を果たせず、さぞ悔しい思いをしたことでしょう。
〇その大宰府での生活は大変きびしくみじめで、気候や風土が変わったためもあり、最後は体調をこわし、都に残した妻子にも会えず、一説によると西暦903年2月に59才で亡くなったそうです。今から1123年前の2月です。菅原道真は自らの弁明などを一切聞き入れられることのないまま、ほぼ囚人同様の扱いで左遷から2年で亡くなったそうです。。
〇その後、京都では雷が落ちて火災がしきりに起こったり、伝染病がはやったりと不吉なことが続いたので、人々は菅原道真の霊がこのようなたたりをしているのではないかといっておそれたという話はとても有名です。「怨霊(おんりょう)」を鎮めるための儀式を、政権を握っていた藤原氏は何度も行ったようです。
〇昨年の修学旅行でも、何班かは、京都の北野天満宮(菅原道真公を御祭神としておまつりする全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社)に受験祈願供養で参拝しています。個人の参拝ですとお守りが多いですが、団体での参拝ですと、学業成就の札をいただけます。職員室には過去に参拝した際に授けられた札が残っていたので、今は校長室に安置しています。
〇学問の神様の菅原道真公と比べることはおこがましいですが、私も校長として生徒の「学び続ける姿」をかげながら応援しています。特に再来週の公立高校受検には、3年生全員が自分の力を出し切れるようにと願っています。
〇合格することをよく「桜咲く」と言いますが、梅は可憐な花が咲いてその香りに特徴がありますので、合格を「梅香る」と表現した方がぴったりだと思っています。それでも河津桜もさらに咲き進んでおり、来週は満開でしょう。
須藤昌英
【北野天満宮の学業御守護札】
2月5日(木)無駄な時間はない!?「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)
〇昨日、校地東側斜面にある河津桜(濃いピンク色の早咲き桜)の数輪が、咲いているのを発見しました。先週あたりからつぼみが大きくなっていましたが、この暖かさが桜を目覚めさせたようです。調べると、河津桜は、伊豆半島・河津町で発見され、大島桜(オオシマザクラ)と寒緋桜(カンヒザクラ)の自然交雑種のようです。満開時は鮮やかですので、今からが楽しみです。
〇人は時として時間をもてあまし、何もしないで一日ボーッと過ごすということがあります。いわゆるコスパ・タイパ・スぺパなどの効率を優先する傾向の現代では、これを「時間の無駄」と切り捨てる風潮が強い気がします。
〇しかしその一方で、人が生涯にわたって学び続ける上には、この「無駄」と思われることが、脳科学の分野での研究がすすんだことにより、案外意味があるということがわかってきています。
〇それが「デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network)」(*以下DMNと示します)という脳の状態で、端的にいうと、ぼんやりした状態の脳が行なっている神経活動のことです。
〇ある一つのことに集中したり注意が払われたりするのではなく、ただぼんやりとしてあれやこれやと雑念している時や睡眠中の脳が示す神経活動のパターンのようです。
〇これは車で例えられるとわかりやすいです。DMNは、車のエンジンのスイッチはONになっていても実際には走行していない時の「アイドリング状態」です。車を運転しない方でも信号待ちの車のエンジンをイメージするとわかると思います。
〇日常生活の中で、人が何も考えずにボーッと散歩しているとき、一息つくために好きな飲み物を飲んでいるとき、身体がリラックスした状態で入浴をしているときなどに、DMNは活発化しています。
〇脳神経外科医の奥村歩氏によると、脳は以下のプロセスで情報を処理しているのだそうです。
1 入力(インプット):五感を通して情報を収集する
2 整理:(DMN)入力した情報を取捨選択する
3 出力(アウトプット):言葉や行動として表す
〇DMNが重要になるのは、2番目の「整理」段階で、この状態で自分の過去の経験や記憶を整理・統合したり、これから起きる出来事にどう対応したりするかを想定しています。逆にデフォルト・モード・ネットワークの働きが弱いと、脳内で情報が整理されず、物が散乱した机上のような「脳過労」状態になり、インプットした情報が脳に定着しづらくなったり、脳の活動自体が低下してスムーズなアウトプットにつながらなかったりするといった恐れがあるそうです。
〇散らかった部屋を掃除すると自然と気分が爽快になります。同じく脳内にやたらにたまった情報をスッキリと片づけ、脳疲労を防ぐためにも、DMNをオンにすることは重要です。
〇一番注目したいのは、DMNの働きは「創造性」と関係しているらしいことです。これが活発になるとあらかじめ蓄えられた情報がそれぞれ結びつきやすくなり、新しいアイデアや発想が生まれやすくなります。私も散歩や自転車に乗るなどのリラックスして過ごす時間に、フッと「そうだ!あれをやってみよう!!」などの思い付きがあります。ただすぐにメモなどをしておかないと、後で容易に思い出せないこともあります。
〇早速このアイデアを実行に移してみるとどこか楽しく、たとえ予想通りの結果が得られなくても、「次はこうやってみようか」などのチャレンジする意欲につながっていることが多いです。
〇ただ留意点として、DMNが活発化していると、脳内では通常時よりも数倍以上のエネルギーを必要としているそうです。つまり「ボーッ」としている方が、何かを考えているときよりもエネルギーを使っていることになり、意外な感じがします。
〇この話を書きながら、漢字の「閑(かん・しずか・ひま)」を連想します。「閑」は、「ぽかんとしている」というニュアンスを含んでいますが、単に漫然とぼんやりしている状態だけでなく、「真空のようなに静かで、新しいものが生まれる」という状況や情緒を指す言葉ではないでしょうか?
〇「忙中閑あり(ぼうちゅうかんあり)」ということわざは、忙しい日々の中でも目を凝らせば、必ずふっと一息つける時間、空き時間があることを意味しています。そんな時間こそが本当の「閑(=平穏無事、心静かに過ごす時間)」なのかもしれません。
〇今は少し時間があると、大人も子どもスマホとにらめっこして、ボーッとする時間が少ないようです。残念ながら暇をしていてもスマホを操作している時には、脳内が整理されるのではなく、逆に情報が入ってきて散らかしていることになってしまいます。
〇もしご家庭でお子様が何もせずボーッとしていても、もしかしたら脳はその子に新しいアイデアを用意してくれているかもしれません。今度はぜひ「どう何か思いついた?」のような声掛けをしてみてください。
須藤昌英
2月4日(水)千葉県公立高等学校入学者選抜にかかる出願
〇今日から金曜日まで、日中は三月並みの気温で春のような陽気になるようです。ただ空気は乾燥しきっているので、肌がガサガサになったり一足早い花粉症に悩まされたりする人も多いことでしょう。「立春」は節分の翌日ですので、暖かい日差しを楽しみながら、良い一日にしたいものです。
〇昨日から3日間(ただし5日は午前中のみ)、千葉県立及び柏市立柏高等学校の出願に係る手続き期間となります。昨年から生徒本人が事前にWEB上の出願登録サイトでの受付を完了させ、それを中学校が確認した後、志望先の高等学校へ調査書等の必要書類を郵送するかたちに変わりました。
〇基本的に公立高等学校へ出願できる条件は、「県の内外を問わず、他の公立高等学校を出願していないこと」です。以前は入学願書にそのことを校長が証明する欄がありましたが、改定後は調査書の下欄に、「本書の記載に誤りのないこと及び貴校に応募する資格のあることを証明する」とあり、それに私がすべて校長印を捺印しています。
〇出願する高等学校は、柏市、我孫子市、鎌ヶ谷市、流山市、野田市、松戸市と広域になります。以前ですと本人が朝、学校で出願書類を受け取り、志願先の高等学校へ徒歩や公共交通機関等を使って行き、直接出願していました。それは学力検査の当日の下見を兼ねていましたが、今は郵送ですので、本番までに再度経路を確認しましょう。
〇出願期間が終わる5日の夕方または6日金曜日に、ネットや新聞等で志願倍率が発表されます。その倍率を参考にし、1回に限り、志願の変更の手続きをすることができます(2月11日、12日)。ただしこれは無暗に行うとかえって本人に心の動揺(変更することにはチャンスとリスクの両面がある)が残ることも過去にはありましたので、慎重に行わなければなりません。
〇この2つの手続きが終わったら、あとは17日と18日の学力検査等の当日になります。生徒のみなさんには、「最後は自分のやってきたことを信じて」と言ってあげたい気持ちです。不安を感じない人など一人もいませんので、自分だけが不安だと思わないでほしいと昨年の校長面接でも何人かには伝えました。
〇私も昔に受検した経験から思い出すことは、他の学校から出願した見知らぬ人は皆、「自分よりも出来そうだ」とか「自信がありそうだ」などと思えます。しかしその人たちもすべて同じような気持ちでいます。できればたまたま同じ学校を受検した人は、「ライバル」というよりは「同志」だと思って、「お互い頑張ろう」くらいの気持ちでいる方が、気が楽になると今は思います。
〇本番直前にあえてこれまでの生活スタイルを変えるのはあまり好ましいことではありません。直前まで踏ん張って準備したい気持ちはわかりますが、最後の追い込みとして深夜まで勉強をしようとするのはやめた方が無難です。これも自分の経験ですが、そのことが果たして自分にあっているのか否かと思いあぐんだり、寝不足になったりと精神的・身体的負担がかかります。新しいことをする気持ちをあえて抑え今までの生活リズムを貫いていった方が良いと思います。
〇中学校の教員には、『十五(歳)の春は泣かせない』いう言葉が先輩の先生方から伝わってきています。義務教育9年間を終え、新たな進路先を自分で選ぼうとしている3年生。合否の結果は我々にはどうすることもできませんが、本人が努力してきた力を精一杯出し切れるように祈るしかありません。学校(すべての在校生・教職員)をあげて3年生の健闘を祈っています。
須藤昌英
2月3日(火)節分&立春と鬼退治
〇今日は「節分」で、明日は「立春」です。北風が吹くと寒く感じますが、それでもこの冬は例年よりも少し暖かい気がします。今週も寒さは落ち着くものの週末は寒の戻りが予報されています。ただ「立春」と聞くとますます春が近づいている気がします。
〇節分の日は、全国各地の大きな神社仏閣で、著名人などが参加して盛大な豆まきを行っているところがテレビなどで映し出されます。節分はもともと、平安時代の宮中で行われた「追儺(ついな)」という厄除け儀礼が、季節の変わり目である立春の前日に行われるようになったものです。それが時代を経て民間にも広がったものです。
〇豆をまいて鬼を追うというのは、鎌倉時代以降、疫病や災厄を払うことからきているようです。それだけでなく、人の心にある穢れや乱れを祓い、新しい春を迎えようとする祈りが込められていると言えます。
〇もともと鬼には姿はありませんでした。少し調べると、古来死者の霊を一般には「鬼(き)」といい、人の認識を超えて、人に働きかけてくる超人間的作用のうちの忌避すべき観念に連なるものを「鬼(おに)」と呼ぶようになりました。それが江戸時代で、今の「赤鬼・青鬼」の姿が完成され、それぞれ角があり虎の皮の腰巻をつけて、金棒を持っている姿を、現代の我々はイメージするようになりました。
〇今日の給食メニューは、節分にちなんで、「豚丼、鰯(いわし)のつみれ汁、鬼まんじゅう、入り大豆、牛乳」です。昔は家庭でも鰯の頭を焼いて柊の枝で刺した「柊鰯(ひいらぎいわし)」を家の玄関などに飾る風習があった記憶があります。
〇鬼が家に入ろうとした時に、鰯を焼いた強烈な臭いで驚かせ、柊の棘で鬼を刺し追い払うための魔除けの儀式だと親から教わりました。今は恵方巻と呼ばれる巻物などがスーパーで大量に陳列され、良い方角を向いて食べることが浸透しているようです。
〇また年齢の数だけ豆を食べることも風習としてあります。大豆は良質なたんぱく質ですから身体に良いとわかっていても、さすがに私も数え歳の64個は食べられません。
〇「節分」はその名の通り季節を分ける意味で、立春の他にも立夏、立秋、立冬の前の日はすべて「節分」の日です。つまり「節分」は年4回あります。その中でも特に春は新年の始まりでもあることや希望をもつという意味合いから、特に春の節分が重視されるようになり、一般的に「節分」というと立春の前日を指すようになったそうです。
〇節分の日は太陽暦のカレンダーにおける大晦日にあたるそうです。この時期には中国などで、「春節」としてお祝いを盛大にするのをニュースでよく見かけます。私の自宅の近くにも中国の方がお住まいで、この時期は中国に帰っていることも多く、会うと楽しそうにその様子を話してくれます。
〇節分の日は新年を迎えるにあたり、鬼を退治するために豆が使用されます。昔はどの家庭でも豆まきを行っていました。一説によると、「魔(ま)を滅(めっ)する」という語呂合わせから「まめ」をまくようになったようです。
〇また日常でも「まめによく動く」などで使われるように、「まめ」という言葉には「体が丈夫で気が利く」という意味もあり、節分に使われる豆は「福豆」と呼ばれ縁起が良いものとされています。千葉県などは特産の殻付きの落花生を使うところもあると聞いたことがあります。
〇ではその鬼とは何を象徴しているのでしょうか?よく言われるのが、自分の心の汚い部分や弱い部分です。自分だけが得や楽をしようとしたり、相手を貶めたり意地悪をしたりする人は、少し反省することも必要でしょう。
〇誰しも「心の弱さ」はありますので、それから目をそらさずに、気づいたことはためらわずに、自分に取り入れていくことが「学び続ける」ことだと思います。自分の行動面で、普段からだらだら過ごしたり、なまけ心に勝てなかったりすることなども一つの鬼と捉えられるかもしれません。いずれにせよ自分を制御(コントロール)できるか否か、誰にとっても一生涯の課題とも言えます。
〇豆まきの時には一般的に「鬼は外、福は内」と言いながら豆を投げますが、これはご存じの通り、鬼(厄や邪気)は家の外へ、福(幸運や福の神)は家の中へどうぞ、という意味が込められています。鬼も「赤鬼は貪欲、欲望、渇望」の象徴で、「青鬼は瞋恚、悪意、憎しみ、怒り」を表しているそうです。自分自身の悪い心に豆をぶつけることで、福徳に恵まれることを信じて行われてきたのでしょう。
〇詩人の坂村真民(さかむら しんみん1909~2006)氏は、教員を終えた後に詩人になられた方です。多くの胸に刺さる詩を残していますが、その中に「節分」という短い詩があります。
追っ払われた 鬼の子たちが お母ちゃんと 呼んでいる
それがつらくて 節分は さびしい 何度も 目が覚める
〇人間が鬼を追い払うのは、正義のつもりなのでしょうが、追い払われた鬼の子たちはかわいそうだというのです。私はこの詩から、「多様性はあらゆる方向から見ないとその感覚を保つことは難しく、決して小さな世界で語ってはいけない」と感じます。「人間も鬼も多様性の中では平等な存在」だということを納得するのは容易ではありません。
〇なおさら坂村真民氏の優しく大らかで繊細な心が伝わってきます。坂村氏の代表作「念ずれば花ひらく」は有名で、昔高校野球の名物監督がチームのスローガンとして掲げていましたので、私も知っていました。一心に願い努力を続ければ、必ず良い結果が出るという信念を詠い、多くの人の心をとらえました。
〇今日から千葉県公立高等学校入学者選抜にかかる出願が始まります。中学校では豆まきはしませんが、受検生が無事に自分の力を出し切れるように、今晩自宅で豆まきをしようと思います。
須藤昌英
2月2日(月)第56回柏っ子造形展
〇二月に入りました。今日の二月二日や二月二十二日は「にん(2)にん(2)にん(2)」などの語呂合わせから、「忍者の日」となっているそうです。中心は日本忍者協議会で、立派なホームページもあります。
〇よく勘違いされていますが、忍者の本来の主たる役割は戦うことではありませんでした。敵対する相手の情報を収集(諜報)し、その情報を主君(殿様)に速やかに届ける「情報伝達」が第一の任務であり、戦国時代において不可欠な存在でした。
〇彼ら忍者は敵地へ変装やなりすましで潜入し、地形、兵力、食料、さらには敵の動向といった戦略的価値の高い情報を収集・分析したり、味方に有利になるような噂をわざと流すように行動したりしていました。
〇今ならばスマホの代わりを生身の人間がしている「人間スマホ」とでも言えるかもしれません。時代が変わっても「情報」は重要で、その内容の正しさや伝わる速さを人間は追い求めています。また人の噂話が好きなのも、時代を超えた人間の共通点だと思います。
〇柏市教育委員会の主催で、市内の小中学校の児童生徒の作品を展示する3つの展示会があります。9月に科学展、11月に技術・家庭科作品展、そして先週末は美術科の作品(柏っ子造形展)がさわやかちば県民プラザの回廊ギャラリーでありました。
〇学年ごとに出品した作品が異なっています。今回は特に優れている作品を学校代表として出品しているので、どの作品も個性が豊かで、創作した生徒の気持ちがよく表現されています。モノづくりの楽しさを感じているようでした。
【1学年】
下村 琉伊さん つながる模様「10色のトンボ」
高橋 希菜さん つながる模様「冬の花」
成嶋 幸さん つながる模様「紅葉」
池澤 莉央さん つながる模様「つながる色」
知念 優和さん 絵文字「自由の絵」
金定 明希さん 絵文字「カメラと撮った思い出」
原 ひなのさん 絵文字「夏の音」
【2学年】
門田 龍誠さん ゼンタングルのキーホルダー「経験」
若佐 瞬さん ゼンタングルのキーホルダー「クラゲ」
篠崎 琉華さん ゼンタングルのキーホルダー「アウル」
関根 涼さん ゼンタングルのキーホルダー「かめ」
藤﨑 珊瑚さん ゼンタングルのキーホルダー「ジンベイザメ」
渕上 佳栄さん ゼンタングルのキーホルダー「蝶」
丸山さくらさん ゼンタングルのキーホルダー「青りんご」
張 湘嚀さん だるま「ラッキーだるま」
村上 葵さん だるま「しあわせな猫」
【3学年】
今野 沙羅さん リサイクルフラワー「華」
砂川 心望さん リサイクルフラワー「丸い花」
木下香里奈さん リサイクルフラワー「Flin」
髙橋陽太郎さん リサイクルフラワー「葵」
笠原 娃花さん リサイクルフラワー「でっかい花」
森 愛英さん リサイクルフラワー「青い花」
〇冒頭の忍者の「忍」は、訓読みは「しのぶ」です。意味は「我慢する」や「過去や遠くの人を慕う」などがありますが、まさに3年生は今、忍(しのぶ)耐える生活を余儀なくされています。生活サイクルを「朝型」に切り替え、夜は早めに就寝し、体調を整えてほしいです。
〇在校生も今月は、3年生の公立高等学校の受検日にあわせて、後期期末テストがあります。定期テストは主に授業の内容から出題されます。その日の授業で疑問があれば、積極的に先生やクラスメイトの力を借りて、明らかにしておきましょう。
須藤昌英
1月30日(金)3学年後期期末テスト
〇昨日の「早春賦」は唱歌ですが、この増尾の地にゆかりのある画家の高島野十郎氏(1890~1975)の作品も、春の情景を見事に描いたものがいくつかあります。
〇高島野十郎氏は、過去に住宅開発が始まる前の増尾の原野が気に入り、現在の増尾西小あたりに、自ら家をつくり暮らしていました。その頃の風景画は、昔の増尾周辺の自然を見事に映し出していて、鑑賞していると懐かしい気持ちになります。
〇特に春の桜や秋の月を柔らかなタッチ(幻想的で穏やかな雰囲気を醸し出す表現技法)で描くスキルは、圧巻です。過去には柏市教育委員会が主催した個展も開かれており、私も名前だけは知っていましたが、増尾に由来があるのは初めて知りました。
〇晩年は田中農協病院に入院し、その後野田の特別養護老人ホームで亡くなっています。生徒たちにも見せたい作品があります。
〇昨日と今日、3年生は最後の定期テストに臨んでいます。公立高校の受検日程に合わせており、本番前のリハーサルになればよいと思います。
〇来月からの受検日程は次のとおりです。
【出願書類等の提出】2月3日(火)から5日(木)正午まで
【志望または希望の変更受付】2月10日(火)及び12日(木)午後4時まで
【本検査】2月17日(火)国語・数学・英語
18日(水)理科・社会・その他(面接、集団討論、自己表現、作文、小論文、適性検査、学校独自問題)
【追検査*感染症等の罹患や忌引き等の止むおえない場合】
2月20日(金)及び24日(火)出願 ➡ 2月26日(木)受検
【入学許可候補者の発表】3月3日(火)午前9時
〇受験生のための感染予防は、「日々の対策を積み重ね、早めの対処」が基本です。ワクチン接種、手洗い、うがいなどの感染症対策はもちろんですが、ここまできたら夜間の勉強時間を減らし、生活サイクルを朝方にした方が良いと思います。よく言われるのが、受検当日のスケジュールに合わせて起床・就寝時間や食事の時間を調整していくことです。
〇またバランスのとれた食事や夜食(おやつなど)の補食も大切です。私は自分が受験生の頃は、温かいミルクをよく飲んでリラックスを心がけていました。焦ったりイライラしたりする気持ちには、身体が少しでも落ち着くようにすることが一番です。
〇この時期のメンタルコンディションも、受験に大きく影響します。ここまで勉強に毎日長時間取り組む生徒たちは、大きなストレスを抱えています。生徒は基本的に学校や塾など自宅外で勉強していたので、家に帰ってきたらできるだけ気持ちがホッとするように配慮してあげてください。
〇私も息子や娘が受験生の頃は、「ちょっとのんびりしすぎているかな」と気になることもありましたが、そこはグッと我慢して、まったく受験と関係ない話をすることを自分に課していました。
〇とにかく「健体康心」が第一なので、お子さんが疲れているように見える時は、「とにかく寝て、明日に備えよう!」と声をかけ、ON・OFFのメリハリをつけることを重点にサポートをお願いします。
須藤昌英
1月29日(木)令和7年度学校評価の結果より(その3)
〇はやいもので1月もあと3日となりました。寒さもありますが、時々春の香りも漂っています。「早春」は、来月の立春から3月上旬頃までを指しますが、この時期はいつも「早春賦(吉丸一昌 作詞、中田章 作曲)」という歌を昔に教わったことを思い出します。
〇その1番は有名で、「春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず」ととても美しい日本語から春の情景が思い浮かびます。1913年(大正2年)に発表され、「日本の歌百選」に選ばれています。生徒にもYou-Tubeなどで聴いてもらいたいです。
〇一昨日に引き続き、次の3項目は、学校を支えてくれる家庭や地域との関連項目です。私としてはホームページ及びこのブログは、家庭や地域の方々に向けて発信してきましたが、生徒たちにももっと閲覧してもらう手立てを講じて、特に社会と学校のつながりなども知ってもらいたいと思いました。
【家庭や地域面】
〇子どもにとって家庭とは、「心の安全基地」であり、人生最初の学びの場です。安心・安全な場所で愛情と信頼感を育み、社会で生きていくための基本的な生活習慣や思いやり、自立(自律)心を身につける土台となります。親の生き方(後ろ姿)が模範となり、挑戦する意欲や人生を楽しむ姿勢を教え、社会へと羽ばたくための出発点であり、疲れた時に戻り癒される心のふるさとでもあります。
〇子どもにとって地域も、自宅と同じく安心できる「居場所」であり、地域の多様な大人たちや環境との出会いを通じて、「生きる力」や「つながり」を育む土台です。安全な見守りや支え合い、多様な学びの機会を提供し、自己肯定感や地域への愛着、人を思いやる心を育む一方で、孤立を防ぎ、困難を抱える子どもを支えるセーフティネットとしての役割も担います。
〇子どもが相談しやすい人とは、笑顔で親しみやすく、話を聞く姿勢があり、共感を示しつつも「こうあるべき」と決めつけず、一緒に解決策を考えてくれる人です。具体的には、保護者や兄弟姉妹などの家族、学校の教員、地域の人などが挙げられ、自分の意見を尊重され、安心感を得られる存在が信頼されます。
〇子どもの人権については、12月8日に「子どもの権利条約」について書きましたが、1989年に国連総会において採択されたこの概念は、子どもが守られる対象であるだけでなく、権利をもつ主体であることが明確に示されています。また子どもが大人と同じように、ひとりの人間としてもつ様々な権利を認めるとともに、成長の過程にあって保護や配慮が必要な子どもならではの権利も定めています。
〇具体的には「生きる権利」「成長する権利」「暴力から守られる権利」「教育を受ける権利」「遊ぶ権利」「参加する権利」など、世界のどこで生まれても子どもたちがもっている様々な権利が定められました。この権利を家庭や地域、学校が一丸となって保証していくことが、何よりも子どもの幸せにつながると思います。
〇また幾つかの項目で生徒と保護者の「ほぼ良好」と回答した割合のギャップが見られます。たとえば学習面で「あなたは(お子さんは)、授業中にわからないことを、自ら先生や友達に質問していますか?」では、生徒の83%が「そう思う」「ややそう思う」と答えたのに対し、保護者は49%です。もちろんこれは実際に授業に参加している生徒と学校公開日にしか授業を参観していない保護者との意識の差も大きいですが、できる限りこのギャップを埋めていくことも必要だと思います。もっと学校の様子を詳しく伝えていく手段を検討します。
〇今後も3月までこの学校評価の結果を受けて、学校教育の本来の目的等を振り返っていきます。昔は学校はある意味「何でも屋」的に、あれもこれも引き受けていましたが、それでは何をするにも、ただ漫然と行うことになってしまいます。優先順位が大切だと痛感しています。
須藤昌英
1月28日(水)令和8年度新入生保護者説明会
〇一昨日は、4月から入学予定の新入生の保護者の方々にお越しいただき、本校の学習・生活・保健・インクルーシブ教育について、説明させていただきました。またPTAサポーターの活動紹介も行い、ご協力を仰ぎました。
【校長の話のスライド】
須藤昌英
1月27日(火)令和7年度学校評価の結果より(その2)
〇本日は、衆議院選挙の公示日で、来月の8日が投票日です。私もかつての教え子が数人、柏市役所に勤務していますが、その一人が選挙関係の仕事に携わっていて、毎日夜半過ぎまで選挙準備に追われているそうです。雪国はもっと大変なことでしょう。
〇私は通常、期日前投票をしています。前は選挙当日の朝一番に、投票所に行っていましたが、急な予定が入ることも多かったので、それ以後は事前に行っています。最近は期日前投票をする人が増えていると聞いています。中学生も数年後は投票する有権者となるので、今から意識している方が良いと思います。
〇「学習・行事面」に続き、それらを下支えする「生活・安全面」も分析中です。学校において生徒が安全で安心な環境で学習活動等に励むことができるようにすることは、公教育の実施において不可欠なものであり、学校において、事件、事故あるいは災害に対して、生徒の安全の確保が的確になされるようにすることを目指しています。
〇特に自他の生命尊重・尊厳の理念を基盤として、生涯にわたって健康・安全で幸福な生活を送るための基礎を培うとともに、進んで安全で安心な社会づくりに参加し貢献できるような資質や能力を育てることは、学校教育の重要な目標の一つです。
【生活・安全面】
〇挨拶と思いやりの心は、良好な人間関係を築き、人生を豊かにするための基礎的な力(非認知能力)です。これらを身につけることで、信頼感の向上、コミュニケーションの円滑化、自己肯定感の向上といった多くのメリットが得られます。挨拶はまずは形からでも、実践することであとからその良さがわかってきます。
〇私は挨拶にも以下のような3つがあると思っています。ただこれは個人差よりも発達段階に応じて、徐々に変わってくると思います。私自身が小学校、中学校、高等学校とあがるにつれ、挨拶に関する認識が変わってきたこともあり、生徒にはこれを強制するというよりも、「この生徒は〇〇の段階かな?」と目安にしています。
〇また週1回の道徳科の授業では、読み物資料などを通して、登場人物等への単なる「シンパシー(同情・思いやり)」ではなく、それに「自分だったらどうするか?」の「エンパシ―(感情移入・共感)」を重要視しています。そのことから生徒の当事者意識を引き出し、今後の実際の生活にどのように結びつけていけばよいか?を想像させています。
〇次に「決まりを守る」「安全に気を付ける」ことを通じて身につけたい力は、単なるルール遵守にとどまらず、自立し、他者と協調し、リスクを予測して行動する総合的な人間力です。基本的には「このルールは何のためにあるのか?」と疑問をもつことから始まり、「こういうルールの方がよりその目的を達成できるのでは?」の視点では話し合うことが理想です。
〇歩行中の事故は、時間帯別では月~金曜日の16時~17時台が最も多く、事故類型別では道路の横断中や飛び出しが最も多く、全体の9割超が相当します。自転車乗用中の事故も、時間帯別では同じですが、学齢別では歩行中と比較すると小学生よりも中・高学年が圧倒的に多く、これも信号のない交差点などでの出会い頭が7割超です。
〇小学校では地域住民がボランティアとして、登下校時の児童の安全を見守るスクールガードさんが、通学路での立ち番、パトロール、不審者監視を通じて、子どもたちを犯罪や交通事故から守る活動をしてくれています。
〇中学校ではその活動は少ない分、自分で自分の命を守る意識(これも当事者意識)を身に付け、予測不能な危険を事前に察知し、正しい判断で回避する能力を身につけることです。
須藤昌英
1月26日(月)令和7年度学校評価の結果より(その1)
〇上野動物園の双子のジャイアントパンダのシャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)に会えるのは昨日で最後だったと、ニュースが伝えていました。1972年の日中国交正常化にあわせてパンダが来日して以来、54年ぶりに日本からパンダがいなくなります。
〇初めてパンダが日本に来た時は、私は小学校3年生でしたので、テレビで大々的に紹介しているのを見て、「早く観に行きたい」と思っていました。今後いつパンダが日本に来るかは未定らしく、昨年12月の校外学習で観ることのできた1年生はラッキーでした。
〇そもそもパンダは中国から期限付きで借りている動物です。調べると、中国と日本間での「パンダの貸借契約」は繁殖研究が第一目的であり、日中関係の改善やパンダの「外交カード」としての利用が、今後日本へパンダが来るかどうかの鍵となるようです。
〇上野動物園もパンダのために、立派な施設を維持してきましたので、今後はそれらをどう活用するのかも注目です。来年度の新1年生の校外学習場所も、「今から検討に入らなければ・・・」と思っています。
〇昨年末にご協力いただいた今年度の学校評価の結果を、現在分析中です。学校評価の目的は、「学校運営と教育活動の状況を評価し、その結果に基づいて継続的な改善を図る」ことで、教育水準の向上を実現することにあります。
〇具体的には、学校として「諸活動の成果と課題」についての説明責任を果たすこと、保護者や地域との連携を深め協力体制を築くこと、さらに学校の課題を保護者や地域と共有し、支援を得ることなどがあります。
〇生徒と保護者の皆様には、同項目でのアンケートに回答してもらい、すぐに改善すべき点と長期的な視点で改善を検討すべき点とに分け、「何をいつまでにどうして改善するか」を教職員と議論しています。
【学習・行事面】
〇「授業がわかりやすい」と回答している生徒を増やすのは教職員の一番の目標です。ただわかりやすい授業とは本来、学習者が「わかった!」「できた!」という達成感を得られるように、目標を明確にし、興味を引き出し、具体的な活動や多様な工夫(視覚化、反復、個別最適化など)を通じて、思考を深め、自力で解ける「生きた力」を育む授業のことです。
〇また「わかる」も色々あります。漢字で書くと、「分かる」、「判る」、「解る」ですが、2つ目と3つ目は少し特別な「わかる」です。授業で教師や友達の説明を聞いて内容が「分かる」のは、それまで無かった知識が新たに身についたり、今まで考え方と異なる考えで視野が広がったりすることです。
〇難しいのは、そのわかりやすさには個人差があることです。文部科学省が提唱する「個別最適な学び」とは、生徒一人ひとりの個性、学習進度、興味・関心に合わせて、学習内容や進め方を最適化する学び方を指します。これは「誰一人取り残さない」教育の実現を目指し、もう一つのポイントである「協働的な学び」の一体的な充実が重要とされています。
〇具体的にはオンラインドリルなどのICTを活用したり、つまずいている生徒には補習をしたり、理解が早い生徒には発展的な課題を提供するなど、個別に対応することで、全生徒の能力向上を図っていきます。
〇特に授業で疑問を持つことは、単なる暗記から脱却し、理解を深め、知識を応用する「使える力」を養う上で非常に重要です。疑問を持つことで学習へのモチベーションが向上し、問題解決能力やコミュニケーション能力も高まり、主体的な学びへとつながります。教師や教科書、資料に「なぜ?」と問いかけることで、受動的な学習から能動的な探求へと転換し、本質的な思考力が身につきます。
〇一方で学校行事の意義は、「集団への所属感を深め、人間関係を構築し、社会性や自主性、協働性、計画性といった生きる力を育む」点にあり、日常の学習では得にくい体験を通して学校生活を豊かにし、心身の成長を促す重要な教育活動です。入学式や体育的・文化的行事祭、修学旅行・林間学校・校外学習など、儀式的・体験的な活動を通じて、伝統の継承や社会とのつながりを意識させ、公共の精神を養う役割も果たします。
須藤昌英
1月23日(金)チャットGPTが入試で満点
〇昨日までで、千葉県及び近隣都道府県の私立高等学校の入学試験も一段落しました。3年生は全力を出し切ったので、結果が気になるところでしょうが、少しは脱力して再度体調を整えてもらいたいです。そして残るは来月の公立高等学校の学力検査になります。
〇先日のニュースで、17、18日実施の大学入学共通テストを、対話型生成人工知能(AI)「チャットGPT」の最新モデルに解かせると、9科目で満点を取ったことが、AIのベンチャー会社の分析で分かったと報道していました。
〇解答した15科目の得点率は97%で、満点科目が出たのは史上初のようです。「チャッピー」の愛称で知られるチャットGPTの秀才ぶりが際立つ結果となったと総括されていました。
〇そのニュースを見て、大きな違和感がありました。果たして世の中にはこの事実をどのように解釈する人が多いのだろうか?AIの能力を称賛するのか、それともこれから色々と大変になると危惧しているのか・・。私はそのどちらでもありませんでした。
〇ChatGPT(チャットGPT)とは、OpenAI社が開発した対話型AIサービスで、人間と会話するように自然な文章で質問に答えたり、文章作成、要約、翻訳、プログラミング補助など、多様な仕事を実行できたりする「生成AI」の代表格です。膨大なデータを学習した「GPT(Generative Pre-trained Transformer)」という大規模言語モデルを基盤としており、チャット形式で手軽に高度なAIの能力を利用できる点が特徴です。
〇私が思ったのは、AIは膨大なデータベースから学んでおり、そのことで瞬時に必要な情報を検索・処理できるため、既存の知識を問う入試問題(マークシート)には、非常に強いのは当たり前だということです。
〇かつて将棋の対局で、AIがプロ棋士に勝利したニュースが流れた時も「いよいよそういう時代になったか・・」と驚きましたが、それも過去の人間の棋士が指した手のデータをすべて収集したことが、将棋AIが人間を完全に凌駕したとされたのでした。
〇ただ先ほどの入試問題については、AIの弱点もあるそうです。たとえば国語の正答率は90%にとどまっていて、長文の文脈理解や情報の整理にはまだ課題があるそうです。また極めて複雑な記述問題や最新情報をリアルタイムで考慮する必要がある問題でも、間違える可能性が残されているようです。
〇繰り返しになりますが、AIの能力はあくまで「学習データ」に基づいており、人間のような「理解」や「創造的な思考」を行っているわけではありません。AIが大学入試の選択式問題で満点を取る時代は到来しましたが、それはAIの計算・記憶処理能力が人間を圧倒した結果であり、人間が真の思考力を養う必要性がなくなったわけではないと感じます。
〇これは受験生が頑張っている最中であり、悪く解釈されると困りますが、「ペーパーテストの無意味さを露呈してくれた」と私は受け取っています。学校の定期テストや高校入試では、確かにペーパーテストの結果が評価の中心となります。しかしこれは「公平性を担保する」という目的に一番合致しているからです。
〇具体的には、テストはその結果が受けた人全員に対し、公平であることが大前提です。一部の人に有利・不利があっては意味がありません。そこで知識や理解を問うペーパーテストが、採用されています。もし他にその公平性を約束できる方法があれば、それも認められるはずです。
〇しかし実際には、ペーパーテストの代わりに各授業での生徒のパフォーマンス(意見表明や課題作成)をノートや提出物の状況等だけで、公平な評価をすることは至難の業です。
〇入試でも学力検査の代わりに面接やその他(自己アピールなど)だけで、合否を出すとなると、後からその結果の開示を要求された場合に、淡々と説明をできることが難しいのだと思います。
〇AIの話でAIに意見をもらうのは少し気が引けますが、AIに「入試の公平性とは」と尋ねてみました。すると
「受験者が属性や背景に関わらず、実力や能力を公正に評価されるべきという考え方で、【平等(同じ条件)公正(適切な対応)】の両面を含みますが、経済格差や地域差、性別などによる不利な条件をどう扱うかが議論のポイントです。一般入試の試験会場での公平性は高い一方で、塾の有無や家庭環境といった「試験前の条件」の不公平性、また多角的な評価を取り入れる際の【評価基準の不公平性】も課題とされています」との回答でした。
〇生徒は自主的な家庭学習として「土の音(つちのーと)」に取り組んでいます。このねらいは、「目標設定」「習慣化」「興味を探求する」ことがあり、無理のない計画から始め、毎日決まった時間に机に向かう習慣を作り、好きな教科や興味のある分野から取り組むことで意欲を高めます。
〇私も小中学生の頃、自主学習に取り組んでいていました。そのノート達は廃棄して手元にありませんが、成人するくらいまでは自宅で保管していました。今思うと、1冊くらいは残しておけばよかった・・と思います。
〇知識を活用(応用)するためには、その基盤となる「基本知識」を学び、定着させることが不可欠です。基本知識は、強固な土台となり、新しい情報や複雑な課題に対応するための柔軟性と多様性を育みます。この自主的な家庭学習はその面からも重要です。
〇「テストの完璧な公平性などあるのか?」や「これからの時代に必要な本当の思考力とは何か?」などの疑問が私にもまだありますが、3年生には来週末に1・2年生よりもはやく最後の定期テストに頑張ってもらいたい気持ちはかわりません。
須藤昌英
1月22日(木)千葉県小・中・高等学校書初め展覧会
〇今朝の校庭は、雪というよりも霰(あられ)に近いものが一面を白くしていました。風はないものの底冷えです。その中でも、生徒たちは走ったり身体トレーニングに取り組んだりしています。自然と心身が鍛えられます。
〇第78回千葉県小・中・高校書き初め展覧会がありました。この実施要項にこの趣旨は、「近年の急速な国際化、情報化の進展により社会状況や人々の生活環境が大きく変化する中で、書を通じ明日を担う本県の児童生徒の書写、書道の能力を育成し、日本の文字文化に対する関心を高め、心豊かな情操を養うことを目指す」とあります。
〇募集作品は、中1は「輝く大地」、中2は「初春の喜び」で、各地区ごとに地区審査員によって、特別賞候補、 星会 、特選、金賞、銀賞、銅賞、を決定します。本校の受賞者です。
書星会賞 杉山凛音さん(2年) 池田優吾さん(2年)
特選 新垣奏真さん(2年) 平川涼雪さん(1年)
金賞 木立茉李さん(1年) 黒川桜生さん(1年) 土屋潤佳さん(1年) 齋藤小春さん(1年)
戸田心結さん(1年) 永瀬ほのさん(1年) 西條小百合さん(1年)
銀賞 丸山さくらさん(2年) 染谷宣喜さん(1年)
髙橋希菜さん(1年) 中村瑠菜さん(1年)
〇書初めの教育的意義は、「一年の目標や抱負を定め、精神を整える」ことと「書写の技能向上と伝統文化の継承」の二つで、集中力や美意識を養い、自己肯定感を高める効果もあります。目標を文字にすることで、具体的な行動への意識が高まり、姿勢や筆遣いの練習を通じて書写の知識と技術を応用・定着させる機会となるのです。
〇私も母が書道を教える資格をもっていたので、幼いころから字の書き方では指導をされました。ただその頃は反発心もあるので、教えられた通りにするのが何となく嫌で、わざと崩して書いたり、「自分の字体はこうだ!」と主張したりしていました。今振り返ると、「もったいないことをしたな」とい思います。その頃に謙虚に学んでいたらもっと今は字がきれいに書けたかもしれない・・と少し後悔しています。子どもの頃の大人への反骨心は否定しませんが、やはり「素直さが一番」だと思います。
〇昔と異なり今は、「一般社団法人書星会」のYouTubeチャンネルで、課題の字のお手本動画が見られます。我々からすると画期的なことです。まずはお手本をしっかりと見て書くことが重要であり、実際に書く前に頭の中で書き順などをイメージすると上手に書けます。動画では、集中して文字を書くことは心を落ち着かせる効果があることや、姿勢や筆の持ち方、漢字・仮名などの技能をわかりやすく解説しています。
〇書道の技法の基本として、永字八法(えいじはっぽう)があります。私も母に教わった記憶があります。書道には「とめ」「はね」「はらい」といった技法がありますが、その基本的な技法が『永』という一文字に含まれています。詳しくは、
1『側(そく)』 側(そく)とは、『点』です。
2『勒(ろく)』 勒(ろく)とは、『横画』です。
3『努(ど)』努(ど)とは、『縦画』です。
4『趯(てき)』 趯(てき)とは、『はね』です。
5『策(さく)』 策(さく)とは、『右上がりの横画』です。
6『掠(りゃく)』 掠(りゃく)とは、『左はらい』です。
7『啄(たく)』 啄(たく)とは『短い左はらい』です。
8『磔(たく)』 磔(たく)とは、『右はらい』です。
〇私も全てではありませんが、文字を書く時にはそのうちのいくつかをいつも意識しています。「永」という文字を練習で時々書いたりもします。
〇書道における「字は体を表す」という言葉が示す通り、よく書初めに書いた人の個性が現れるといわれます。私も生徒たちの作品を見て感じていることです。毛筆で書くという過程において、その時の精神状態や性格、筆の運びの癖が色濃く反映されるのでしょう。準備や片付けも含め、文字を「書く」という行為全体に関わることで、何よりも文字への興味を深めることができます。
須藤昌英
1月21日(水)関税や税金の本来の目的は?(トランプ氏アメリカ大統領就任1年と衆議院解散&選挙)
〇第二次トランプ政権がスタートして一年が経過しました。これまで独自の関税政策を打ち出し、世界中を巻き込んで「ディール(取引)」というこれまで政治の世界ではあまり行われなかった手法を掲げています。この1年間、世界はトランプ氏のディール外交に翻弄(ほんろう)され続けており、政治の素人である私でさえその急激な変化に驚いていますので、直接政治に携わっている方々は「さぞ大変だろう」と推測します。
〇最近ではトランプ氏が「アメリカがグリーンランドを所有する」ことを主張し、その理由がロシアや中国からグリーンランドを守るためとしていることも違和感があります。さらに彼は記者に対し、それを「簡単な方法」でやるか、さもなければ「難しい方法」でやるとも発言したといいます。同じく先日ホワイトハウスは、グリーンランドの購入を検討していると述べたようですが、武力による併合の選択肢も否定していないと報道があります。
〇私も昔、地理の学習で、グリーンランドは氷におおわれた大きな島と学んだ記憶があります。ただ「氷におおわれているのになぜグリーン?ホワイトでは?」と疑問に思っていました。後から知ったことは、「982年頃に赤毛のエイリークという探検家が発見した際、入植を促すために「緑の島 (Greenland)」と名付けたことに由来する」そうです。
〇しかし実際にグリーンランドは北大西洋条約機構(NATO)加盟国デンマークが保有する準自治領で、デンマークとグリーンランドは、グリーンランドは売り物ではないと反発しています。デンマークの首相は、「アメリカが軍事力でグリーンランドを奪うようなことがあれば、それはNATOの終わりを意味する」と述べています。
〇グリーンランドは人口密度が低いですが、北米と北極の間に位置するため、ミサイル攻撃の早期警戒システムや、船舶監視の拠点に適していることが、多くの国が興味を示している理由です。
〇調べると、アメリカはすでに第2次世界大戦以来、グリーンランド北西端の基地に兵100人以上を恒久的に駐留させています。トランプ氏は1期目の2019年にも、「グリーンランドを買う」と提案し、売却対象ではないと当時も反発を受けました。
〇グリーンランドの将来への懸念は、トランプ政権が先日、軍事力によって南米のヴェネズエラの大統領を拘束した事態を受けて、再燃しています。このような状況やトランプ氏を中学生にはどのように映っているのでしょか?そもそも「アメリカの大統領や世界の情勢なんか興味がない」という生徒もいるでしょうが、少なくとも卒業時くらいまでには、いろいろな社会情勢にも自分の意見をもってもらいたいです。
〇これらは日本を含む国レベルの影響も大きく、そこから人レベルへの影響もあります。日本人の相手への気遣い(別の見方では忖度)はこの国の文化や風土の根底をつくっていますが、その対極にある個人及び自国第一主義のリーダーの発言は、大人の私でも「そんなことまで真顔で言うのか」「どこまでが本音だか見当がつかない」と啞然にとられることも多いです。
〇日本はアメリカの同盟国ですが、このトランプ氏の動きを今後どのように受け止めるのか?日本政府の対応に注目していたところ、先日急に国会の解散の噂が流れ、これもびっくりしました。
〇高市首相が一昨日の記者会見で、衆議院を解散する決断を正式に発表しました。それをテレビで視聴していて特に気になったのは、「高市早苗が内閣総理大臣でよいのか国民の皆様に決めていただく」という言葉でした。ただ日本は議院内閣制を採用しているため、国民が総理大臣を直接選ぶことはできず、国会議員の中から国会の議決によって選ばれる仕組みです。
〇国民は衆議院選挙で代表者(議員)を選び、その議員が多数を占める政党が組閣し、国会で首相を指名することで間接的に総理大臣の選出に関与することしかできません。高市首相は今回の解散と選挙で、与党で過半数を目指すということでしょう。「解散は重い重い決断だ。首相としての進退を懸ける。連立政権の枠組みも変わった。だからこそ国民の意思に正面から問いかける道を選んだ。」と言っていました。
〇一部の有識者からは、「今の支持率の高さをバックにした人気投票のつもりか?」や「来年度予算の決定を後回しにしてまで行う大義があるのか?」などの批判もあります。また「トランプ大統領と高市首相が右寄り」と日米の見えない連携?を指摘する人も多いですが、私は右や左という政治的な意見は立場上言うつもりはありません。ただその二人の気になる視点として、「関税や消費税」の税があります。
〇高市首相が今回の説明で、「2年間限定で食料品の消費税率をゼロにする減税策の検討を加速する」と表明しました。おそらく消費税の減税や廃止をそろって主張する野党を意識し、衆院選での争点化を避ける狙いがあるとみられています。もしそうであれば、「消費税減税が与野党で一致ならば、少なくともその理由での解散は不要ではないか?」と感じます。
〇税金の役割は、公共サービス(道路、教育、医療、警察、消防など)の財源確保、所得や資産の再分配、経済の安定化等で、国民全員で費用を担い、より良い社会を支えるためのお金で、納税は憲法で定められた国民の義務です。そして消費税は、1989年から3、5、8、10%と徐々にその比率をあげ、全て社会保障に充てられています。
〇個人的には、この消費税減税を選挙の公約としているのが、アメリカ大統領が関税(外国から商品を輸入する際に、輸入国の税関が課す税金で、主に自国産業の保護と国の税収確保を目的とし、輸入品の価格を上げて国内製品との競争力を高めたり、財源を増やしたりする)を政策の手段としていることとつながっている気がします。関税は輸入者が納めますが、最終的には商品の価格に上乗せされるため、消費者が負担する間接税でもあります。
〇2年生と行っているキャリアパスポートに関する面接では、数人が社会の授業が好きな理由として、「友だちと地理や歴史について、お互いに考えていることを話し合ったり、そこから新しい見方・考え方を知ったりするのが楽しい」と答えています。授業ですから教科書を使っていますが、このアメリカや日本の政治的な出来事も、生きた教材となる気がします。
〇生徒たちには昨年の全校集会で、「言動の一致(言っていることとやっていることに矛盾がない)ができている人は、社会の中で信頼されます」と話しました。生徒には、今回のような日米の首脳による様々な発言が、「本気なのか?脅しなのか?」を見極めることは難しいかもしれませんが、一度ご家庭でもお子様と話題にしてみてください。
須藤昌英
1月20日(火)大寒に思うこと
〇今日はその二十四節気の一つである「大寒」で、一年でいちばん寒さが厳しくなるころとされます。実際に今週は今季最強の寒波が日本列島をおおうと予想されています。各クラスのインフルエンザ感染の報告が増えつつあり、今後の動向を見極めようと考えています。
〇日本の「二十四節気」は、立春、立夏、立秋、立冬など4つの季節を表す言葉の他、春分、夏至、秋分、冬至などが良く知られています。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたので、4×6の「節気(せっき)」があります。
〇私も一昨年に「還暦」を迎えるにあたり、日本にあるそのような数学的な規則性を色々と調べました。そもそも地球自体が自らの自転と太陽の周りを規則的に公転しているので、その性質を数字で表現すれば、算数・数学に関わることが多くなるは当然です。
〇私は普段は飲酒の習慣はありませんが、さすがにお正月はお客様などと一緒にお酒をいただくことが多かったです。特に日本酒に詳しい方から、日本酒は「寒仕込み」のものが美味しいということをよく聞きます。「寒造り」とも呼び、冬場の寒い時期に仕込むのが、日本酒伝統の製法らしいのです。
〇「なぜ、冬場に仕込むのか?」を少し調べてみると、まずは原料である新米が秋に収穫されることや寒い時期だと雑菌が繁殖しにくいことがあげられるそうです。また日本酒の仕込みは、温度管理がとても重要で、低温だと余計な雑菌の繁殖を抑え、お酒をつくる微生物が、よい働きをしてくれる(もろみをゆっくりと時間をかけて発酵させる)ことを初めて知りました。そういう知識があると、今度飲むときには、違った味わいになるかもしれません。
〇また「大寒」前後には、武道では「寒稽古」、神事では「寒中水泳」などをして自分の心身を鍛えることなど、昔からの風習があります。あえて厳しい条件で自分を磨くことは、自分の可能性を伸ばすことになるということでしょう。
〇AIに「なぜ寒い時の方が暑い時よりも、心身が鍛えられるのか?」と質問してみました。主な回答は次のようなものでした。
「暑い環境よりも寒い環境の方が心身を鍛えられるとされる理由は、主に【体温を維持しようとする身体の防衛機能(身体的な負荷)】と【寒さからくる不快感に耐える精神力(精神的な負荷)】の双方が強化されるためです。具体的には、以下のメカニズムが働いています。
1. 身体的な強化:エネルギー消費と代謝の向上
熱産生によるカロリー消費増: 人間は寒いと体温を維持しようとして、筋肉を震わせたり、基礎代謝を上げたりして熱を作る。その為、同じ運動量でも暑い時よりエネルギー消費量が多く、脂肪燃焼効率が高まる。
心肺機能・免疫力の強化: 寒さの中で心臓や血管が収縮・拡張を繰り返すことで、血管運動神経が鍛えられ、自律神経の調整機能や免疫力が向上する。
2. 精神的な強化:ストレス耐性と集中力
逆境への耐性(メンタルタフネス): 寒いという不快な環境にあえて身を置くことは、心理的なストレス管理能力(レジリエンス)を高める。寒冷刺激は、ノルアドレナリンやドーパミンを放出させ、集中力、警笛性、気分を向上させる効果があるとされている。
意思力(ウィルパワー)の強化: 暖かい室内から寒い屋外へ出るなど、寒さに向き合う行為は「快適性」を犠牲にして「規律」を優先させる行為であり、強い精神力を鍛える訓練になる。
3. トレーニングとしてのメリット
効率的な鍛錬: 暑い時期は心拍数が上がりやすく、脱水や熱中症のリスクが高い一方、冬は心臓への負担が比較的少なく、かつ酸素消費量が多くなる為、効率的な体力向上・脂肪燃焼が期待できる。
4 注意点として、寒い環境で運動する場合は、急激な寒冷刺激による血管の収縮(血圧上昇)や、怪我を防ぐため、十分なウォームアップをして体を温めてから取り組む必要がある。暑い時期は心身を「リラックス」や「体温低下」に振り向ける傾向があるが、寒い時期は「活動」と「熱産生」に振り向けるため、能動的に動くことで、心身のタフネスを向上させやすいと言える。
〇「さすが・・」と感心しました。今まで何となく考えていたことも、ここまで説明されると腑に落ちます。一見すると寒いのにあえて自分を鍛える・・など、とても不合理だとも言えます。「大寒」の反対は「大暑(一年中で一番熱い時:七月下旬)」です。毎年の夏の猛暑を思い出すと、暑い中では熱中症などから命にかかわる危険もあります。しかしいくら寒いからと言って凍死することはあまりないので、寒い方が自分を鍛えるには合理的かもしれません。
〇「鍛える」と言えば、有名な徳川家康の遺訓の一部があります。
「人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。心に望み起こらば困窮したる時を思ひ出すべし。(略)」です。読めばほぼ意味がわかりますが、おおよそ「人の一生というものは、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではいけない。不自由が当たり前と考えれば、不満は生じない。心に欲が起きたときには、苦しかった時を思い出すことだ。」と言っています。不自由なことや苦しかったことが逆境になると味方してくれるという教訓だと思います。
〇コロナ禍前までは、多くの中学校で放課後に、「冬季合同トレーニング」を実施していました。日没が早い冬季は、各部活動の放課後の活動時間が短く、練習量の確保が難しいのですが、部活動の枠を超えて、希望者が部活動終了時間からグラウンドに集まり、夕闇のなかを走ったり筋力トレーニングをしたりして、基礎体力を養っていました。体力もそうですが苦しいことに自ら向き合うことで個人が精神的にも成長します。
〇本校でも12月から希望者を募り、毎週火~金の朝の45分間で、ペース走、インターバルトレーニングなどを行っています。あくまでも個人の能力に合わせたメニューが中心です。ある意味走ったり筋トレしたりすることは単純作業なので、一人ではなかなか継続しにくいものです。そこで仲間同士で励ましあい、目標達成する連帯感が生まれ、それが各種目のパフォーマンスや体力の向上に役立ちます。何よりも先ほどのお酒をこの時期に仕込むと同様に、人間もこの時期に「自分磨き」をするとよい・・かなと感じています。
〇一番心配なのは受験生です。この時期、体調管理に細心の注意をはらいつつ、目前の入試に全力で取り組んでいます。自分の経験からも以前から「この寒い時期に受験があるのはかわいそうだ」と感じています。もっと気候的に条件がよく、感染症対策も容易な夏から秋にかけて実施した方が良いと思っています。しかしすぐには変わらないので、無事に実力を発揮することを願っています。
須藤昌英
【体育の時間のインターバル走に取り組む生徒たち】
1月19日(月)市内新人駅伝・ロードレース大会&防寒着あれこれ
〇一昨日は阪神淡路大震災から31年でした。夜明け前の地震でもあり多くの方がお亡くなりになりました。ただ段々とその記憶が風化されていることが課題です。私もその教訓を生かすことを常に考えていますが、まずは「今もしここで地震が発生したら・・」と当事者意識を継続することだと思います。
〇3人の子どもが生まれた日の朝刊を保管していますが、そのうち長男は震災の次の日に生まれましたので、朝刊一面には震災直後の写真が大きく掲載されていました。多くの方が命を落とされた後に生まれたので、当時は誕生を喜ぶ気持ちと混じり合い、複雑な気持ちでした。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
〇今年に入り、元日の社会人駅伝、2,3日の大学の箱根駅伝、週末ごとに女子や男子の都道府県対抗駅伝と、駅伝の放送が続きました。日本人が駅伝を好むのは、「和」や「団結力」を重んじる文化に根ざし、「チームのため」「仲間との絆」で走る姿への共感、「たすき」という象徴、そして「挫折と成長のドラマ」に心を打たれるためです。
〇金曜日、県立柏の葉公園と総合競技場において、令和7年度柏市中学校新人駅伝大会が行われました。公園内の巡回コースを、一人が約2000m、女子は5人、男子は6人でタスキをつなぎました。結果は女子Aチームが12位、男子Aチームが19位、男子Bチームは12位でした。普段の練習の成果を出しきりました。
【女子チーム】
1区酒井塔子さん(2年) 2区舟山 凛さん(2年)
3区仲山瑠色さん(2年) 4区丸山さくらさん(2年)
5区中村瑠菜さん(1年)
【男子A】
1区富山 航さん(2年) 2区染谷琉惺さん(2年)
3区岩佐 瞬さん(2年) 4区石井堂雅さん(2年)
5区東嶋笑輝さん(2年) 6区志村羚弥さん(2年)
【男子B】
1区宇佐美元就さん(1年) 2区染谷宣喜(1年)
3区和田來幸さん(1年) 4区志村彪弥さん(1年)
5区熱田 樹さん(1年) 6区吉村碧透さん(1年)
〇また駅伝ではなく、女子個人のロードレースには、土屋潤佳さん(1年)、西條小百合さん(1年)、村田莉娃さん(1年)が参加しました。男子個人ロードレースには、荻谷水都さん(2年)が参加しました。全員が駅伝と同じコースを走り、良い経験となりました。
〇長い距離を走ることのためには、強靭な体力(健康的な体)さえあればいいものではありません。走っている間は、他の人を競うというよりも、自分自身と向き合い続けるメンタルが必要です。「こんなにつらいのになんのために走っているのか」「もうやめてしまおうか」などの自分自身の中にある『甘い』誘惑に打ち勝つことは、学習面やその他の面で必ず役にたちます。
〇午(馬)年でいうと、馬は自分の身体で、乗る騎手は心や精神にあたります。馬(身体)を上手く乗りこなすには、馬(身体)の特徴をつかみ、馬(身体)と一体となって心をコントロールすることが必要です。「心と身体のバランスが大切」だと良く聴きますが、まさしく一つのことに集中して取り組むことが、その状態だと思います。
〇先日の駅伝応援は、日差しがあり暖かく感じましたが、さすがにこの時期ですので日陰に入ると底冷えし、選手以外の人はダウンコートにマフラーや手袋などをしていないと耐えられない感じでした。
〇朝、生徒玄関前に立っていると、いろいろな防寒着を着た生徒が登校してきます。マフラー、手袋、ネックウォーマーももちろんですが、この時期はマスクも一つの防寒着になっているようです。外着は部活用のウィンドブレーカー、市販のダウンウエアーなど様々です。ただ個人ロッカーが小さいので、そこで保管できるものに限られます。。
〇手に持つ携帯用の使い捨てカイロも有効です。手がかじかんでいると、身体全体まで寒い気がしますので、もっと使ってもいい・・と思います。ただ生徒には、使用が終わって不要になったら、自宅へ持ち帰って捨てるように指導していますので、もしかしたらそれが面倒?なのかもしれません。以前に勤めた学校では、その使い捨てカイロが教室のゴミ箱に大量に捨てられ、処分に困った経験もありますので、致し方ないこともご理解ください。
〇防寒対策には重ね着が必須であると言われており、調べてみると今は、重ね着をレイヤリングとも言い、「ベース、ミドル、アウター」と分かれ、それぞれ「〇〇レイヤー」と呼ぶそうです。そのうちベースとは、肌に密着する1番下に着る防寒インナー(アンダーウェア)のことで、最近は汗や水蒸気を熱に変えて発熱するものが主流になっています。
〇また寒さ対策には、暖かい空気をうまく体の近くでためることも重要で、その状態を羽毛を使った衣類(ダウンのコートやジャケット)が有効です。私も以前はジャケットや背広の下にベストを着用していましたが、近年は「インナーダウン」として、薄手のダウンを着始めましたら、暖かいので脱げなくなりました。そのようにアウターの中に着る防寒服のことをミドルと呼び、防寒効果を持続できます。
〇生徒は制服やジャージの下に、カーディガンやセーターを着用しています。ただし色は、白、黒、グレー、ネイビーなどを基調としたものとしています。休日に私用で外へ出かけるのであれば、特別に規制はなくてもいいと思いますが、生徒にとって学校は、一応「公用的な場所」ですので、使い分けをすることも学びだと思います。
〇最後のアウターレイヤーは、保温性もそうですが、防水や防風に優れたものが理想です。ぴったりフィットするサイズ感よりも、少し余裕があり、空気をたくさん含めるサイズを選ぶことで、より保温力がアップします。
〇またマナー面では、「防寒着等は玄関で脱いで手にもって建物に入る」のが社会人の常識ですので、現在はそれを生徒に強いてはいませんが、知識として覚えておいても損はないと思います。「大人になって初めて聞いた」ではなく、今から知っておいて、必要な場面(将来の会社訪問や就職面接など)になったら実行してほしいです。
〇よく「フォーマル」と「インフォーマル」と区別しますが、それぞれの場面で服装を適切に切り替えることが、自分の気持ちを切り替える一助にもなります。生徒たちには、「決まりごとやマナーだから守る」だけではなく、「どうして場面に応じて服装を使い分けるのか?」「今はどんな服装が適しているか?」などを、自分事として考えてもらいたいです。
〇先日実施した「学校教育に関するアンケート(学校評価)」にも、保護者から意見をいただきました。「娘は冷えによる体調不良をたびたび訴えている」「レッグウォーマー、アームウォーマー、ひざ掛けなどの暖をとる手立てを」等は、全体の「生活の決まり」を改定する前に、個別の申し出を許可する方向ですので、ご相談ください。
須藤昌英
1月16日(金)自律神経を整える(2つの神経のバランス)とハラスメント
〇まだ1月ですが、学校南東の坂道脇には白梅、学校玄関まえの花壇には赤梅がほころんでおり、春の兆しが実感できます。日当たりが良いのでしょうが、まもなく満開に咲くような勢いがあります。
〇私は普段から移動する際には、徒歩の他に自転車、バイク、自動車などを利用しています。最近、歩いていたり運転していたりする時に、よく見かけたり自分が出会ったりすることがあります。信号機のない横断歩道で待っている人に、「一時停止」をして、道を譲るドライバーが増えたと思います。
〇そもそも法律で、「横断歩道は歩行者優先であり、運転者には横断歩道手前での減速義務や停止義務がある」と規定されています。ただ一昔前までは多くの人はこのことを知ってはいても、わざわざ停車して、横断歩道を歩行者が渡るまで待っている車はほとんどありませんでした。これからもこのような人が増えるといいなと感じます。
〇このことで思い出したことがあります。人間の自律神経に関して多くの研究を発表している順天堂大学医学部の小林博幸教授が何かの雑誌に「運転中に相手の車に道を譲るだけで、自律神経が整う」と書いていました。最初読んだ時は「まさか・・それだけで・・」と思いましたが、よく考えてみると確かに道を譲る時は自分の心や気持ちに余裕があり、さらに道を譲った相手がこちらに頭を下げてお礼をされると、もっと気分が良くなります。こんな小さなことでも人間の身体は微妙に反応していることが面白く感じます。
〇自律神経系とは、身体の血圧や呼吸数など、体内の特定のプロセスを調節している神経系です。そして自律神経は身体の働きをコントロールするにあたり「交感神経」と「副交感神経」の二種類に分かれます。車に例えると、交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキにたとえるとわかりやすいです。
〇交感神経の働きが上がると気持ちは高揚し、仕事の能率はあがります。逆に副交感神経の働きが上がるとリラックスし、疲れがとれていきます。ただ大事なのはこの2つのバランスで、交感神経が優位に立つとイライラし、身体の免疫力が低下します。逆、副交感神経が優位に立つと注意力が散漫になり、作業などのミスが増えます。
〇子どもを含めた現代人は、自律神経が乱れがちで特に「交感神経と副交感神経のバランス」がとれていないとは以前から指摘されています。先ほどの小林教授の言葉を引用させてもらうと、「自律神経とは、自分の意思で動かせない臓器をコントロールしている神経です。例えば末梢神経でいうと、自律神経はその周りにある筋肉を動かし、血流をコントロールしています。健康でないと、いいパフォーマンスはできませんよね。」と言われています。
〇生徒たちは学校では主に交感神経を優位に働かせて、学習や活動をしています。なぜならば、ボーとしていると授業の内容が頭に入ってきませんし、体育や部活動などでも転んだりつまずいたりと危険なこともあります。朝自宅を出てから、登下校も含めて夕方帰宅するまでは、ほとんど交感神経を働かせていると言えます。
〇ですので自宅等では、副交感神経の出番になります。副交感神経は好きな音楽や動画を聴いたり観たり、家族とおしゃべりしたりするだけで活発になるそうです。また身近な自然を感じたりする、例えば登下校で朝陽や夕陽を「キレイだな~」と感動してながめたり、道端の草花や昆虫を見つけたりすることも有効だそうです。
〇気分転嫁としてスマホやテレビゲームも否定するつもりはまったくありませんが、それを適度に利用し、少なくともそれを追いかけるまたは追いかけられる時間(これは副交感神経ではなく交感神経が優位になっている)を少なくするようにしたいものです。
〇近年、大人の社会でも「ハラスメント」に関するニュースが多くなりました。県の知事や大きな市の市長など、組織のトップにいる人の部下等への発言が話題になっています。「ハラスメント」とは、相手に不快感を与えたり、不利益を与えたりして、その人の尊厳を傷つける言動全般を指します。身体的なものだけでなく、暴言や無視などの精神的な攻撃も含まれ、意図的でなくても相手が不快に感じれば成立します。
〇具体的には、パワハラ(パワーハラスメント)、セクハラ(セクシュアルハラスメント)、マタハラ(マタニティハラスメント)などが代表的で、多くの種類があります。多くは職場など特定の環境で「優位性」を背景に行われる場合に「パワハラ」などと具体化され、法的対策が義務化されるなどより明確な定義と対策が求められます。似ていますが、子どもどうしのいじめはより広範で、長期的な継続性や加害者の意図が強い場合が多いです。
〇ハラスメントは「行為者が意図しなくても、相手が不快と感じれば成立する」点が特徴で、相手の受け止め方が重要になります。たとえ言った方が「それはそういう意味で言ったわけではない」と弁明しても、言われた側が「その言葉で傷ついている」となれば、ハラスメントと認定される可能性が高くなります。つまり相手の尊厳を傷つけ、不快感や不利益を与える行為は、人権侵害になるということです。
〇ハラスメントなどによる強いストレスは、自律神経のバランスを崩し(自律神経失調症)、それから動悸・めまい・不眠・頭痛・胃腸の不調などの身体症状が出たり、不安・抑うつ気分・イライラなどの精神症状を引き起こしたりします。これは、心理的ストレスが交感神経を優位にするためで、心身が発するSOSサインですので、早期の相談(医療機関、外部機関など)と適切な対処が重要です。
〇ハラスメント防止の心がけは、相手の人格と個性を尊重し、多様性を理解する姿勢が基本です。具体的には、相手の立場に立って言動を想像し、嫌がっているサインを見逃さないこと、明るくさらっとしたコミュニケーションを心がけること、そして「ハラスメントかも?」と感じたら記録して相談窓口を活用することが重要です。
〇冒頭の方法以外に自律神経を整えるには、「規則正しい生活リズム」(朝日光、決まった時間に起床・就寝)、「適度な運動とリラックス」(昼の運動で交感神経を刺激、夜のぬるめのお風呂で副交感神経を優位に)、「バランスの取れた食事とストレス管理」(香味野菜、発酵食品、深呼吸、寝る前のスマホ制限など)、「深呼吸」(ゆっくり吐く呼吸法など)が重要で、これらを組み合わせ、日中は活動的に、夜はリラックスするメリハリをつけることが大切です。
〇生徒も学校で学習や運動に取り組み時と、自宅で休養する時の「ON」と「OFF」の上手な切り替えができる子とそうでない子がいると思います。自宅ではゆっくりと過ごすことも大切ですが、冒頭の車の運転のように、家庭でのお手伝いで家族に自分の時間を使う場合なども、自律神経を整えることにつながります。少なくともその生徒はその日を穏やかな気持ちで過ごせることでしょう。
須藤昌英
1月15日(木)生命活動の不可思議と人間の能力のピーク
〇1月15日を中心とする正月行事を小正月(こしょうがつ)と言います。1月1日(大正月)に対する言い方ですが、1年の始まりを祝う行事の締めくくりとされています。よく言う「お正月」はこの大小の「正月」を合わせたことを指すのでしょう。
〇昨年のお正月に観た映画「はたらく細胞」が今でも印象に残っています。最初は気乗りしませんでしたが、館内には親子連れも多く、随所に戦闘シーンもあるので、子どもはどういう感想をもつのか?と想像しながら観ました。観終わって色々と考えさせられました。
〇その映画の公式ホームページから紹介文を引用させてもらいます。
「人間の体内の細胞たちを擬人化した斬新な設定で話題を集め、テレビアニメ化もされた同名漫画『はたらく細胞』を実写映画化。ある人間親子の体内世界ではたらく細胞たちの活躍と、その親子を中心とする人間世界のドラマを並行して描く。人間の体内には37兆個もの細胞が存在し、酸素を運ぶ赤血球や細菌と戦う白血球など無数の細胞たちが、人間の健康を守るため日夜はたらいている。高校生の主人公は、父と2人暮らし。健康的な生活習慣を送る主人公の体内の細胞たちはいつも楽しくはたらいているが、不規則・不摂生な父の体内では、ブラックな労働環境に疲れ果てた細胞たちが不満を訴えている。そんな中、彼らの体内への侵入を狙う病原体が動き始め、細胞たちの戦いが幕を開ける。」
〇人間の主人公の体内にある細胞の方の主人公は、赤血球(肺から取り込んだ酸素を全身の組織に運ぶ役割)と白血球(細菌、ウイルス、カビといった外敵やがんから身体を守る働き)です。それぞれが自分の役目を果たそうとする中で、無意識でお互いに連携してはたらいていますが、そのことを人間はまったく知らないで生きています。
〇先日、初日の出を見て、太陽と我々生物の関係を思ったことを書きましたが、あれはマクロ(大きい・巨大)的な関係ですが、細胞はミクロ(小さい・細かい)的な世界で対照的です。ただ「目に見えない・意識できない」という点で共通点も感じました。
〇私は学生の頃から、「遺伝子や細胞」に興味があり、一時期は科学者としてその研究もしてみたいと思っていました。ただ自然とそれを断念し、数学の教員となりましたが、生物分野でも数学が活用されているので、教員になった後も生物系の本を見るのが好きです。
〇例えば、細胞は1つの細胞から順々と細胞分裂していきますが、1回目の分裂で1個が2つに分裂して2個、2回目の分裂で2個がそれぞれ2つに分裂して4個、3回目の分裂で4個がそれぞれ2つに分裂して8個・・となり、30回目の分裂でおよそ10億個になります。つまり2のカイ乗(n乗)計算は、予想をはるかに超えるスケールで増えていきます。
〇また3年生が理科で学んでいますが、生命の誕生に関しては、メンデルの法則(遺伝子に関する古典的研究)があります。ここではその詳細は避けますが、エンドウ豆の丸形としわ型を交配させ、交配によって一つが他よりも優れて現れるのを「優性遺伝」と呼びます。その結果分析にはマトリクス(縦軸・横軸の二次元で構成された表)を使い、統計的な数学の処理をしています。
〇また身体的な成長面では、人生で頭脳が一番純真・鋭敏に働くのは、十歳前後から十三、十四歳くらいまで。想像力、創造力、連想力、記憶力は、十一、十二歳が最も旺盛ですので、中学生は身体的には立派な成人です。
〇私が特に注目するのは視力や聴力です。これも同じく人生で一番能力が高いのは、九歳から十歳頃で、よく子どもが「穴のあくほど何かをよく見ている」と表現するのはそのためとも言えます。夏に孫娘が公園で、足元のアリの行列をじっと眺めたまましばらく動かないことがたびたびあり、こちらからすると「一体何が楽しいのか?」と一瞬思ってしまいます。
〇しかしよく考えてみると、私も幼い頃によく空の雲や池の鳥などを飽きずに見ていたことを思い出しました。大人から見れば不思議なことに夢中になる子どもたちですが、“子育て心理学”を発信している公認心理師・佐藤めぐみ氏は次のように指摘しています。
「子どもが読む絵本の中には、様々な生き物が出てきますが、案外、実際にそれらに会える機会は少ないものです。キツネやタヌキ、そしてウサギやクマ、どれも絵本には頻出する人気キャラクターですが、子どもが外にお散歩に行って、会えるようなものではありません。その点、【アリさん】は家の庭や公園でも会える身近な存在です。メディアで「会いに行けるアイドル」が人気のように、絵本の中の存在に実際に会えるというのは、やはり子どもたちにとって大きな魅力なのだと思います。」
〇面白い説明だと思います。真摯に生きる姿を、分かりやすく見せてくれるのが、アリの行列なのかもしれません。単純にアリが働いている様子自体を楽しんで見ている子どもは、大きく成長するにつれて、社会に出ていく際に、目の前に起こる出来事に対し、自分なりのストーリーを見出すようになっていくのでしょう。好きなことを探求する時間を大切にしてあげたいものです。
〇もう一つの聴力ですが、若者にしか聞こえない「モスキート音」もよく話題になります。人間の聴力は年齢とともに高い音から聞こえにくくなるため、17,000Hz〜20,000Hz近い高周波音は、子どもや若者には聞こえるものの、30代以上になると聞こえにくくなるのが一般的のようです。これは加齢による「加齢性難聴」の初期段階とも言え、モスキート音は耳年齢の簡易チェックにも使われています。
〇この能力も視力と同様に、子ども時代にピークを迎えるには何か意味があるような気がします。大人になると子どもの頃に聞こえていた音(たとえば森の中で聞こえる風や虫のささやかな音など)が聞こえにくくなり、今起こっている現象が正確に把握できなくなります。しかし大人はその分、それまで経験してきたことから、これから起こることを予測し、自分なりの判断や解釈を重要視します。
〇でも本当は子どもの頃のように、「どうしてだろう?」「これからどうなるのだろう?」と疑問符で生きていく方が、物事を正しく見極めることができるのではないでしょうか?少なくとも子どもに大人の勝手な判断を押し付けてしまうことは避けたいと感じます。
〇数年後には生徒たちは、社会に出てそれぞれの職業を通して収入を得ると同時に、その仕事や役割を通して社会に貢献していきます。その貢献という目には見えないはたらきを自覚することが、その仕事を継続していく要因となります。「自分も何かの役に立っている」が自己有用感となりますので、冒頭の細胞たちのはたらきと共通している面があります。
〇昨年、就任直後の首相が、「働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と「働く」を連呼して話題になりましたが、本来「働く」は、「自分の行為によって傍(はた)を楽(らく)にする」ことです。
須藤昌英
1月14日(水)日本人らしさのルーツ
〇昨日、外国人の日本語習得を難しくしている要因が、日本語の豊富な語彙と多様な表現となっていると書きましたが、来日している外国人が日本や日本人をどう見ているのか?も興味深い問題です。よくあるのが「勤勉」「真面目」「誠実」「シャイ(Shy)」等でしょう。
〇ただ一部には、「日本人は冷たいという印象をずっと持っていた。しかし日本に来て、優しい人が多いなと思った」や「世界ではハグして挨拶するのが普通なのにこの国では失礼になることがあることや、会釈があるけど外国人からするとかしこまりすぎて距離がある感じがする」などの印象もあるようです。
〇また一番気をつけたいのは、最近急速に日本人が「外国人嫌い」になっている?ことをあちこちで見聞きすることです。特にネットやSNSで、特定の国や人種に対して、酷い悪口を投稿している人が少なくないようです。一昨年くらいに、アメリカ前大統領のバイデン氏が「日本人は外国人を毛嫌いし、移民を受け入れない」と発言したことは、今でもはっきりと記憶しています。
〇10日のHNK「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?」という番組で、「日本人らしさはどこから生まれたか?」をテーマにしていました。80分の番組でしたが、興味深く視聴しました。
〇結論を挙げますと、地形学的視点では過去に日本周辺で巨大噴火が何度か発生していることが最近の調査で明らかになってきており、それが遠回りの原因になっているというのです。特に注目していたのが、今から約1万3000年前から約2300年前までの約1万年間続いた縄文時代に、鹿児島の南にある薩摩硫黄島付近であった海底火山の噴火です。
〇その海底の噴火跡を調べると、直径20㎞もあり山手線がスッポリ入ってしまう広さで、その中央には高さ450mの世界最大級の溶岩ドームがあります。江戸時代の富士山噴火では、関東地方に火山灰が降り積もり、空も真っ暗になったと記録に残っていますが、その250倍の規模の噴火だったことがわかっています。想像を超える大噴火です。おそらく日本列島全体が大きな被害に見舞われ、当時生きていた縄文人も生き残れたのは少数であったようです。
〇災害考古学の専門家は、度重なる災害によって日本人には、遺伝子DNAレベルで、「自然災害は個人では立ち向かえないのでチームプレイをする」情報が組み込まれていると指摘します。その遺伝子は日本人独特で、「D‐M55」と呼ばれ、その遺伝子を持つ人は、「攻撃性が少ない、友達が多い、コミュティーが強い」などの特性を強く備えています。統計的には日本人男性の三割ですが、この人たちが他の7割の日本人にも大きな影響を及ぼしているといいます。
〇そもそも日本は地震(火山)大国で、世界で起こるマグニチュード7以上の地震は、日本だけでその2割が発生しており、そこから日常で不安を感じやすい日本人は全体の8割にもなり、これは欧米人の2倍、アフリカ人の3倍だそうです。いつも何となく不安なのは、私も経験がありますが、これは先祖から受け継いだ遺伝的な面もあるのだとあらためて感じました。
〇ただ逆から考えると、不安があれば用心深くなり、いろいろな環境の変化にも対応ができるので、生存には有利とも言えます。要するに日本人は何ともいえない不安の解消のため、仲間づくりをしてその仲間をおもんばかって生きていくことを、その閉ざされた集団の中で幼いころから身に付けてきたのだと思います。
〇先週の金曜日に行った第3回の避難訓練では、生徒たちに冬に食べるお鍋にはよく豆腐が入っていることから、「豆腐は水(湯)に浮くか?」の話から始めました。理科で学習していますが、水の密度を1とすると、それよりも密度が高い物質は水に沈み、密度が低ければ浮きます。また水の密度に近いほど、その物質の浮き沈みはゆっくりとなります。
〇生徒たちはキョトンとしていましたが、「そこで鍋の水がだんだんと沸騰すると豆腐が浮くのは、豆腐の内部に含まれる空気が熱で膨張して浮力が増すことと、豆腐の水分が抜けて密度が水に近づくこと、そしてニガリに含まれる成分(塩分)が水に溶け出して豆腐の密度が調整されるためです」と続けました。
〇さらに「水の密度をあげるには、水に塩、砂糖、みりんなどを加える方法があり、これは溶かした物質(溶質)の質量が水の質量に加わるため、同じ体積に対する全体の質量が増加するからです。人間も真水よりも塩水の方が浮きやすいのは、海水浴で経験しているでしょう」と前振りしました。
〇そこで一番言いたいこととして、「我々が住んでいるこの地表(地殻)は、マグマ(マントル)に浮いている豆腐と同じようなものです。地下のマントルが対流しているので、当然この地表もその影響を受けています。それが地震の主な原因となります」と説明しました。
〇実際にマントルは地球の表面の硬い層の下から深さ約2,900kmまで広がる高温・高圧の岩石の層で、地球の体積の約8割を占め、地殻プレートがその上でゆっくりと移動(マントル対流)する原動力となり、地震や火山の活動、大陸移動に深く関わっています。
〇最後に生徒たちに恐怖を与える意図はありませんでしたが、あえて厳しいことを言いました。「日本で地震が起こるのは当たり前であり、基本的に地震は今の科学では避けて通れません。やっと予知を可能にするシステムができ始めたばかりで、まだまだその精度は高くありません。地球物理学者の中には、【地球は生きていて、地震は人間でいえばくしゃみをするくらい自然なこと】と言う人もいます。いくら私たちが願っても、人間の営みに無関係に起こります。前も言ったようにまずは最初の揺れで、自分の身は自分で守るようにしてください」と結びました。
〇先ほどのNHKの番組の終わりに、社会学の専門家が、「日本人の無常観はここからきている」と話していたのが印象に残りました。AIで「日本人の無常観」と検索すると、次のように回答がありました。
・日本人の無常観とは、「諸行無常(すべてのものは常に変化し同じ状態に留まることはない)」という仏教思想を基盤とし、四季の移ろいや自然災害の多い日本の風土の中で育まれた、「移ろいゆくものに美しさを見出、はかなさを受け入れ、今を大切にする」という独特の人生観・美意識です
〇昨日は人間と世間について書きましたが、日本人と日本列島も密接な関係があるのだなと思いました。
須藤昌英
1月13日(火)人間(じんかん)と世間(せけん)
〇昨日は「成人の日」で、各地でお祝いの会が開かれました。私もかつて教育委員会事務局に勤務していた際、成人式は教育委員会が主催なので、成人者を迎える仕事をしていました。一時期は成人式で大暴れする若者がいましたが、参列者の中には5年前の卒業生もいたりして、再会を喜びその生徒の中学校からの成長に驚いたものでした。
〇隣の東京都では、成人者の6人に1人が外国の若者だとニュースが伝えていました。日本で学んだり働いたりしている人がいかに多いかがわかります。私も3連休中に車の定期点検をディラーで行いましたが、整備場で働く数人はすべて外国人でした。一生懸命に働いていました。丁寧に「ありがとう」と伝えました。
〇外国人の方がよく「日本語の難しさは世界でも類のないほどだ」と言います。その理由は日本語の曖昧な表現方法、敬語の使用方法など、覚えることが多いためです。また特に外国人からすると、ひらがな、カタカナ、漢字などが自由自在に使われており、それは日本語を母国語とする人であって(私も含めて)も、特に漢字を正しく理解していない人がいます。
〇また同じ漢字でも時代によって読み方が変化します。たとえば「人間」と書いた際、今は一般的に「にんげん」と読んでいますが、明治時代には「じんかん」と読んでいることを、昔、夏目漱石の作品をいくつか読んでいて知りました。この背景には、いくつかの原因や経緯があります。
〇元々、漢語としての「人間(じんかん)」は、「人の世」「世間」といった意味で使われており、特定の個人を指す言葉ではありませんでした。しかし明治時代以降、西洋の "human being"や "man"といった概念を翻訳する際、新しい意味を持たせるために「にんげん」という読みが一般化し、現代の意味での「人」を指す言葉として定着したようです。
〇私は「人間」という言葉を明治時代には「じんかん」と読まれていたというのは、とても興味深く感じます。それは漱石の高い漢語の素養を示すものですが、たとえば『草枕』では、「じんかん」と読むことで、俗世間から離れた境地や、漢詩的な世界観を表現しようと意図的に「じんかん」という読み方を用いていたと考えられます。
〇私は昔、人間には「人と人の間でしか生きられない」という意味があると教わりました。他の動物は、犬、猫、馬、熊、鹿、・・・など、漢字一文字で表すことが多いです。もちろん「人」は一文字ですが、「人」と書くと「人間」よりも冷たいイメージがあります。
〇「人間味がある」「人間らしい」と言う場合には、先ほどの人間(じんかん)の意味である「世の中」「世間」が強く意識されていると思います。つまり「人は人が寄り集まった【世間】の中で、お互いに切磋琢磨したり協力しあったりして生きる宿命がある」にもつながります。
〇また似た言葉で「世の中: 広範囲に世界全体や社会全体を指す」と「世間: 限定的に自分の身近な人間関係や地域を指す」があります。具体的な使用例は「生きづらい世の中だ」と「世間の目を気にする」では、自分と周囲の人たちとの距離感が違います。
〇さらにその2つと「社会」という言葉の使い分けをいつも悩んでいます。「社会」は、共通の文化や制度、ルールなどを共有する人々の集団を指し、国や世界といった広範囲を指すことが多いです。別視点では、「世の中」や「世間」は、自分に関係のある人たちで構成されるのに対し、「社会」は自分に関係のない人たちも含むという違いがあります。
〇学校も小さいですが一つの「世間(社会)」です。よく学校は社会とかけ離れており、昔から「学校の常識は世間の非常識」とも揶揄されてきました。しかし本来、学校と社会は、「社会の一員として生きる力を育む」と「将来の役割へ導く」という相互補完的な関係にあり、密接に連携していく必要があります。
〇要するに学校は知識伝達だけでなく、社会の縮図として協調性や課題解決能力を育む場であり、近年では「社会に開かれた学校」として「地域の中にある学校」という認識を深め、社会全体で子どもを育てる体制が重要視されています。まさに人間は「人と人の間でしか生きられない」ということです。
〇話を漢字に戻しますと、私も中学生の頃は漢字には苦しめられた思い出があります。それは比較的に部首などが明確なので、「漢字を書く」面よりも「漢字を読む」面に困惑していました。
〇漢字は大きく2つに分けると、音読み(おんよみ:中国から伝わった発音を元にした読み方で、意味が分かりにくいことが多い)と、訓読み(くんよみ:漢字の意味に合わせて日本で作られた固有の和語で、単独で意味がわかるのが特徴)があります。
〇2つの伝わってきた時代に相違があります。呉音が5〜6世紀頃の中国南方(六朝時代)の音(仏教用語に多い)であるのに対し、漢音は7〜8世紀(奈良・平安時代)に遣唐使がもたらした唐の長安音(一般的・学術的な漢字音)を指します。
〇漢字の音読みと訓読みは、それぞれ異なる起源と特徴を持ち、日本語に豊かさをもたらす一方で、複雑さの原因ともなっています。それぞれの長所(メリット)と短所(デメリット)は以下があります。
・音読みの長所
造語力の高さ: 複数の漢字を組み合わせた熟語(例: 帰国、帰社、帰宅)を容易に作ることができ、新しい概念や専門用語の表現に優れています。
簡潔性・普遍性: 発音が1〜2音節と短く、多くの熟語で共通の読み方として機能するため、文章の可読性を高めます。
表記の明確さ: 文書や公式な場面で広く使用され、意味を限定する役割を果たします。
・訓読みの長所
意味の直感的な理解: 発音を聞いただけで意味が理解できます。
表現の豊かさ: 日本語の感情やニュアンスを繊細に表現するのに適しており、話し言葉や文学的な表現に深みを与えます。
単独での使用: 漢字一文字で完結した言葉として使われることが多く、送り仮名とセットになる場合が多いです。
・音読みの短所
単独での意味の不明瞭さ: 一文字の発音だけでは意味が分かりにくいことが多いです。
複数の読み方の存在: 中国から伝わった時期や経路によって「呉音」「漢音」「唐音」などの複数の音読みが存在し、学習者にとって混乱の原因となることがあります。
・訓読みの短所
熟語構成の難しさ: 音読みの熟語ほど自由な組み合わせが難しく、新しい熟語を作るのにはあまり使われません。
学習の複雑さ: 同じ漢字でも文脈によって読み方が異なる場合があり、習得に時間と労力がかかります。
〇今では音読みと訓読みの両方があることで、日本語は豊富な語彙と多様な表現を可能にしていると感じますが、それが同時に冒頭の外国人の学習の難易度を高める要因ともなっています。
須藤昌英
1月9日(金)馬(午)年は上手(うま)くいく!?その2
〇昨日は「馬」について書きましたが、今日も「馬」にまつわる話をさせてもらいます。昨日も書きましたが、馬と人間の関係は昔から非常に強く、お互いに信頼しあって生きてきた気がします。馬を飼う人は特別な環境が必要ですのであまりいませんが、今は馬の代わりに犬や猫と心を通わせている人が多いのではないでしょうか?
〇まず普段からよく使う言葉で「馬」が入ったものがいくつかあります。「意気投合する」「性格や気が合う」の意味の「馬が合う」はよい事例です。この語源は、乗馬で乗り手と馬の呼吸や息がぴったりと一致し、一体となってスムーズに走れる様子から来ています。それが転じて人間同士も波長が合うことを表すようになりました。馬は生き物なので相性が悪ければ思うように動いてくれませんが、良い相性だと本来の力を発揮できるため、その様子が人間にも当てはめられたのでしょう。
〇次にあまり良い意味ではありませんが、「馬の耳に念仏」があります。いくらありがたい忠告や意見をしても、相手が理解しようとせず、全く効果がないことのたとえです。僧侶が仏の功徳を理解できない馬に念仏を聞かせても無駄であることから、聞き流されてしまう様子を表します。中国の詩人・李白の詩に登場する言葉が由来になったとされています。似た言葉で「馬耳東風(ばじとうふう)」という故事成語があります。こちらは「馬の耳に念仏」とは異なり相手を批判する意味合いを持ちません。相手が貸す耳を持たない点は似ているものの、単に聞き流されるといったニュアンスのほうが強めです。
〇また「馬子にも衣装(まごにもいしょう)」も少し皮肉として使われます。身分の低い者(馬子)でも、立派な衣装を着れば立派に見えるという意味で、「どんな人でも身なりを整えれば見違えるほど立派に見える」というたとえです。本来は褒め言葉だったかもしれませんが、今は本質は変わらないのに見た目でごまかされていることを指す言葉として使われます。
〇江戸時代の千葉県域には徳川幕府の直轄地として、軍馬の育成・確保を目的とした大規模な馬の放牧場(牧)が置かれていました。主に「小金牧」「佐倉牧」「嶺岡牧」の三つがあります。そのうち下総小金牧(しもうさこがねまき)は、現在の松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、柏市、白井市などにまたがる広大な地域にあったようです。
〇千葉県教育委員会のホームページには、
「房総には古くから牧場が多く、平安時代から江戸時代にかけて軍馬の有力な供給地であった。平将門や歴代の千葉氏、源頼朝などが強大な軍事力をもち得たのはこうした背景が一因であったといわれている。徳川家康は慶長9年(1604)に、戦力強化のために従来の牧場を整理して、下総国に小金三牧、印西牧、佐倉七牧を置いた。さらに、八代将軍吉宗が享保7年(1722)に、これらの牧をさらに整備し、小金三牧は従来の上野牧、中野牧、下野牧に、高田台牧と印西牧を加えて五牧とした。このうち中野牧と下野牧は特に重視され、幕府の直轄の牧として野馬奉行の下に管理され、村の名主が牧士(もくし)となって馬の世話をした。牧の範囲は、現在の野田市から千葉市の北部に及び、幕末には約15,000平方メートルの規模があったといわれている。牧にいる馬は、牧場で飼育された馬を放牧したものではなく、野生の馬そのものであった。これらの馬は年に1回、1か所に集められて、軍用馬として使えそうな馬を捕獲するが、馬を集めて捕獲する場所が捕込(とっこめ)跡である。捕込跡は各牧に1か所ずつあり、中野牧の捕込跡と牧を取り巻く野馬土手、野馬堀は現在もよく保存されている。特に捕込跡は元文年間(1736から1741)の構築と伝えられ、高さ約3メートルから5メートルの土手で囲まれた馬を追い込む区画が残っており、江戸幕府の馬の生産を支えた重要な施設を知る上で貴重なものである。」とあります。
〇牧の境界には馬の脱走を防ぐための土塁「野馬土手(のまどて)」が築かれていました。この野馬土手の一部は現在も史跡として残されています。これらの牧は、明治維新後の1868年(明治元年)に新政府によって廃止が宣言され、その後、開墾事業によって現在の市街地や農地へと姿を変えていきました。
〇私も小学生の頃、当時住んでいた自宅近く(柏市旭町)には、まだ野間土手の跡が点在していましたので、友だちとよくかくれんぼをして遊んだり、自宅から物を運んで廃材などで秘密基地をつくったりしていました。当時もそれは誰かの所有地だったはずですが、今のように子どもが大勢入って遊んでいても注意されることはありませんでした。ゲームなどはなかった時代ですので、外で暗くなるまで遊んだことは今でも良い思い出です。
〇私の通勤路にも野馬土手の碑があり、100メートルほど土手が連なっています。場所は三協フロンテア柏スタジアム(日立柏サッカー場)近くの柏市あかね町の緑ヶ丘交番前交差点です。またJR柏駅からレイソル通りにいたるまでの、斜めに走っている道はかつての野馬土手だったことを後から知りました。今でも柏市民以外にも、柏レイソルの試合がある際には、各地から応援に駆け付けた多くの方々が、この野馬土手の跡を通っているということになります。
【緑ヶ丘交番前交差点の野間土手】
〇このように身近な地域の歴史を学ぶことは、歴史学を実践する貴重な機会であるとともに、生徒や大人にとって自分たちの生活の場である地域を改めて見つめ直す契機にもなるでしょう。地域の歴史を知ることで、自分自身や子どもたちへの教育の一環として、文化や伝統を大切にする意識が芽生えると思います。
〇また江戸時代には馬と生活が密接だったことから、その供養塔(石碑)が多く残されています。特に馬頭観音(ばとうかんのん)は、頭上に馬の頭を戴いた忿怒(ふんぬ)の姿が特徴の観音菩薩です。畜生道の衆生を救い、家畜(特に馬)の健康や安全、旅の安全を守り、厄除けや大願成就のご利益があるとされ、あがめられてきました。
〇調べると、馬頭観音は、馬が草を食むように煩悩を食べ尽くし、牛馬の守り神として、また馬の供養や無病息災、交通安全などを願う仏様として信仰され、特に馬が物流や農業で重要な役割を果たした近世以降、馬の供養塔として街道沿いや競馬場近くに多く祀られるようになりました。
〇2日連続で「馬」について雑感を書きました。全体を通して馬と人間の関係は、人間は馬の力強さ、美しさ、そして優しい心に魅了され、馬は人に「優しさ・信頼」を求めつつ、「労働・輸送」の仕事を担ってきており、強い結びつきがあること感じました。
〇明日から3連休になります。あらためて「馬(午)年は上手(うま)くいく」ためには、何をしていこうか?とじっくり考えたいと思います。
須藤昌英
【柏市布施の馬頭観音】
1月8日(木)馬(午)年は上手(うま)くいく!?
〇今朝の我が家近くの手賀沼の気温は-3℃で、水面から蒸気のようなものがあがっていまし。これは水温より冷たい空気が水面の上を流れ、水面から蒸発した水蒸気が急激に冷やされて水滴となって現れる「蒸気霧(じょうきぎり)」(または「気嵐(けあらし)」)と呼ばれる現象です。
〇半年前の夏は朝から蒸し暑く、太陽が昇った瞬間からじりじりとした陽ざしを感じていましたので、この両極端な気候はどちらも不快と感じるだけでなく、自然の力の偉大さを思わずにはいられません。私個人としてはどちらかと問われれば、まだ寒い方が好きですが、感染症対策は欠かせない季節です。
〇2026年 丙午(ひのえうま)が始まって一週間が経ちました。来月からは、イタリアのミラノ・コルティナで第25回オリンピック冬季競技大会が開かれます。日本からも多くの種目に選手が挑み、メダル獲得を期待される選手も多いようです。活躍が楽しみです。
〇うま年といえば、昨年民放テレビで、早見和真氏原作の『ザ・ロイヤルファミリー(新潮文庫:全10話)』をドラマ化していました。私は普段からあまりドラマ等は視聴しません(理由は本と違って自分のペースではなく、番組側のペースで物語が展開されるから)。ただそのドラマだけは前評判が高かったので、日曜日の夜に家族と観ていました。
〇内容は人材派遣会社の創業社長とその秘書が、競走馬(サラブレット)の世界で20年間苦悩するものです。ただ私は原作を読んでいませんでしたので、毎回の展開や最終結末はわからずにドラマを観ていました。観ていて一番気になったのは、脇役の競走馬(サラブレット)が育成される場面とそれを取り巻く人間の欲望や純粋さでした。
〇競走馬を育てるシステムはとても複雑で、生産牧場(サラブレッドを生産、育成し、せり市場で売却することを目的にしている牧場)と育成牧場(競走馬としての基礎体力や躾を身に着けさせることを専門にする牧場)があり、現在はどちらも完全な企業システムの一部だということを初めて知りました。
〇生産牧場は北海道が有名ですが、育成牧場は茨城県美浦村に中央競馬が運営しているトレーニング・センターがあり、私も近くを自転車で通ったことがありますが、膨大な敷地でとても厳重な警戒をしている施設でした。そこに約2,000頭の競走馬がいるそうです。
〇千葉県にもサラブレットにゆかりのある場所があります。競走馬に乗る騎手は、近隣の白井市に中央競馬会競馬学校(騎手課程)があり、騎手として高度な専門的技能及び知識を習得させ、併せて愛馬精神のかん養と社会適合力の向上を扶助することを目的に教育がされています。
〇またドラマの舞台になっていた中山競馬場は、船橋市にあります。私は馬券を購入したことはありませんが、一度だけ友だち数人と中山競馬場で観戦だけしたことがあります。大きな施設で、馬が芝生の上真剣に走る姿が美しく見えて感激しました。
〇もともと馬は自然界の動物として生きていたのを、人間が「田畑を耕す」「人や物を運ぶ」という特徴をいかすために、約5000年くらい前から家畜として育ててきた歴史があります。そして「はやく走る」という面を利用して、競争させる馬も出てきました。
〇一方で人間も馬と同じく動物ですが、極端に発達した脳のお陰で、言語を用いた高度なコミュニケーション能力、複雑な言語を用いて情報を伝えながら協力や共同作業ができる社会性を身に付けています。特には長い寿命と学習能力を活かして、知識や技術を後世に伝えていくことができます。
〇「馬と人間を同じにするな!」と叱られそうですが、馬も人間も幼いころからその特性を伸ばすように教育し、最終的には自立させるように支援することは同じだと思います。
〇ただ競走馬はレースで勝つことを目的にしていますが、人間は競争するために学んでいるのではありません。確かに受験や就職など、人生の一部には他人と競争する場面もありますが、それは学校や会社などの特性や規模などの条件によって、仕方がないことです。
〇人間が「学ぶ」という目的は、単に他者より優位に立つことではなく、自分の可能性を信じ成長していくためです。つまり競走馬が「勝つ」ために訓練されるのと違い、人間は「より良く生きる」ために学んでいると言えるでしょう。
〇今年は語呂合わせの洒落として、「馬(午)年は上手(うま)くいく」を自分のテーマにしようかと思っています。ただし「上手くいく」とは、要領よく失敗せずに成功を目指すことではありません。自分で考えたことを自分で実行し、その経験から学ぶことが必ずあとの自分に大きな力となって残ることをイメージしています。
〇この洒落は、新しい年や新しい挑戦の際に、前向きな気持ちで臨むための合言葉のようなものですので、今度生徒たちにも伝えたいと思います。ただ生徒たちからは、「ただのオヤジギャクだ!」と一蹴される気もしますが・・・。
【JRA日本中央競馬会のホームページより】
1月7日(水)冬季休業明け全校集会
〇本日から3学期が始まります。生徒が登校するのは約半月ぶりですが、今朝は少し雪が舞ったものの登校には支障がないので安心しています。2日にも初雪でグラウンドが真っ白になりましたが、この冬季休業中は全体的に穏やかでありました。
〇今日の全校集会の校長の話では、生徒たちに読み聞かせ(絵本の「RED」)をしようと思います。私は以前、3年間だけ小学校に勤務したことがありますが、地域や保護者のボランティアの方々に児童へ向けて本を読んでもらうのとは別に、自らも児童の前で絵本などを読んでいました。最初は「ただ読むだけだから・・」とあまり練習もしませんでしたが、やり始めるとやはりうまく読めずに、途中でつっかえてしまいます。すると児童はせっかくその物語の世界に入りかけたのに、私のせいで台無しにしてしまうことが数回ありました。
〇「これではいけない」とそれ以後は、必ず練習をしました。その中で作者の意図を考え、読むスピードや強弱を調節して行うと、児童は以前にもまして真剣に聴いてくれました。本から子どもは我々大人が想像する以上のイメージを受け取り、それが人格の一部の土台になっていくことを実感していました。
〇久しぶりであり今日もうまくできるか不安ですが、約6分間の読み聞かせなので、何とか頑張りたいと思います。あらすじだけ紹介します。
〇主人公のレッドは本来は青いクレヨンです。しかし赤のラベルをまとっているために、いろいろな困難に出会います。レッドの他に、ブルー、パープル、イエロー、グレーやシルバー等24色のクレヨンの仲間、家族そして文房具たちが登場します。レッドは赤いイチゴを描こうとします。でも何個書いても上手にできません。友達や家族はどうしたらレッドが上手くできるのか、知恵を出し合ったり励ましたりします。そこへある日、新しい友達が 海を描いて欲しいと頼みます。レッドは「自分は赤だからできないよ」と言いますが。描き始めると「なんと、なんと」というお話です。
〇前任校の学校図書館指導員さんに、中学生でもふさわしい絵本を教えてほしいとお願いし、この絵本に出会いました。2学期に本校の学校図書館指導員さんに相談したら、本校の蔵書にはないということで、他校から取り寄せてもらいました。
〇4月から本校の生徒たちを見ていて、「今の土中の生徒達には、この本から何かを感じてほしい!」とまた読むことを決めたのですが、久しぶりに何度か練習しているうちに「絵本だから・・中学生はあきてしまうかな」とチラッと思いました。しかしその深い内容は、多様性やインクルーシブ等、現代社会にぴったりの内容であると思いなおしました。大人にも心に響く絵本と思います。機会があればぜひ手に取ってみてください。
〇冒頭に次のように話しました。「みなさん、新年おめでとうございます。昨日までの少し長い冬季休業はいかかでしたか?寒さは仕方ないとしても穏やかなお正月でしたが、3年生はそれどころではないと思います。でも一年の始まりにいろいろな決意や願い事をしただろうと思います。今日から3学期ですが、そのはじめに、あまり面白くもない私の話よりも、君たちに【読み聞かせ】をしようと思い、学校図書館指導員さんに2学期の終業式の日にお願いし、この絵本を取り寄せてくれました。冬休みに少し練習はしましたが、聴きとりにくいかもしれませんが、我慢して聴いてください。」
〇読み終わった後、著者のマイケル・ホール(アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス在住)のあとがきである「なぜ私がこの絵本をつくったか」を読みました。
・大抵私は、絵本を創り始めてかない時間がたたないと、その本が何を意味するのかを考えたりしません。面白い形や言葉を並べ、遊びながら、自然にそれらが何かを表現するのを発見しようとするのです。「レッド」は、クレヨンのラベルの色と実際の色が違っていたら思い持もつかないことがあれこれ起きるだろう、と思って書き始めました。でも「あまり赤くないね」「もっと努力しなきゃ」といったクレヨンたちのセリフを書いていくうちに、私の中から過去に投げかけられた声が聞こえ始め、「これは自分自身の物語でもある」と気づいたのです。というのは、私には読字障害があるからです。
・赤いラベルを貼られた「レッド」は、どれだけ上手く赤いものを描けるかということで、自分の能力を決めていました。周りの人たちは、助けようとしてできる限りのことをしました。でも誰もラベルの向こう側を見ることができません。そのせいで、みんなの言動は状況を悪くするだけでした。これは、私たちが互いに傷つけあってしまうのは、意地悪な気持ちからではなく、単に無知によるものだとということを表しています。
・この本が、人を外見で判断することや、誰でも長所と弱点があるということ、自分自身に正直であることがどれほど重要かなどについて、話し合うきっかけになってくれればと思います。読者には、子どもに間違ったラベルが貼られているかもしれないこと、子どもを失敗ではなく成功によってだけ判断しようとすることや、自分の居場所を見つけることの大いなる喜びについて、考えを巡らせていただければと願っています。
〇読み終わって少し話をしました。「レッドの仲間もそうだったように、みなさんのクラスもいろいろな考えの人がいますね。世間の常識を大切に考える人、自分の体験を重視する人、人の良いところを見る人、逆に人のあら捜しばかりする人。またそれを言える人もいれば言えないで黙っている人もいます。1つのクラスでさえそれだけ多様な人がいますので、社会に出たらそれこそもっと多様で複雑な人間関係があります。またそれは先生方や両親、兄弟、祖父母なども同じです。みんなそれぞれ自分の見方や考え方をもっています。」
〇「レッドは新しい友達から促されて、本当の自分を知ることができましたが、みなさんも進級や進学で新しい友達ができることもあると思います。その新しい人間関係が今までとまったく違う自分を発見するチャンスになることも多いですね。特に3年生は4月からバラバラに自分の選んだ学校へ進みます。そこでの新しい出会いを楽しみにしてもいいと思います。1・2年生も同じ学校にいても今まであまり話をしなかった人と友達になってみるのも自分の幅を広げることになります。」
〇「レッドが海をかいて『うん!かんたんだったよ』と言っていることから、『自分にもできるんだ!』という自信がうかがえます。最初は気乗りがしなかったこともやってみると意外に「面白かったりもっとやってみたいと思ったり」する経験があると思います。またここでレッドがスッと海をかけたのは、それまで赤いものをかこうとしてすべて青色になってしまっても、いろいろな人に助けられながらも素直にチャレンジしてきた経験(これは常識的には「失敗」ともいえなくもありませんが・・)が、あったからこそだと思います。人生には『無駄なことはない』という作者のメッセージとも受け取れるのではないでしょうか。」
〇「私が一番考えたのは、あとから友達の一人が、『レッドが青なんて、よく考えてみれば、わかったはずだよ。』と発言しているところです。
2学期終わりの全校道徳で、石田ゆうすけさんが「多様性理解 異なる人と付き合うための3ヶ条」を
1 自分をすてる
2 相手の立場 想像
3 リスペクト
として教えてくれた中でもありましたが、偏ったものの見方やその場の雰囲気に流されて自分でよく考えずに行動してしまうことが、人を傷つけてしまうこともあります。その友達のように、「よく考えてみれば・・」となっていないか?まずは「自分はどう思うのか」「自分ならどうしたいのか」を優先しているか?を新年にもう一度考えてもらいたいです。」
〇「最後に今の話のように、『思い違いや思い込み』についても、私の経験から考えても、他人から自分への『思い違いや思い込み』よりも、自分が自分へしている『思い違いや思い込み』の方が強くて厄介です。『自分には到底できない』『どうせやってみるだけ無駄』ではなく、『今の自分にできることは何か』を探してみてください。しかし3年生はもうすでに受験に向けて十分に努力していますので、これ以上『頑張れ』とは言いません。ただ自分の限界は自分しかわかりませんので、もしまだ少し余裕があるのならば、受験の当日まで頑張ってみてください。」としめくくりました。
須藤昌英
【レッドが青であることをみんなで認める最後の場面】
1月6日(火)挨拶と雑煮と第3学期の展望について
〇校長として新年のあいさつは大切な仕事の一つです。生徒や職員はもちろん保護者、地域の方々、出入りする業者の方々・・など、「新年おめでとうございます」「昨年はお世話になりました」「本年もよろしくお願いいたします」と感謝と関係継続の気持ちを表しています。
〇一番かしこまった言い方は、「謹んで新春のお慶びを申し上げます」
です。これは文面では使うこともありますが、口頭でのあいさつは、賀詞交歓会等の公式の場のみです。年賀状での賀詞の「謹賀新年」と同じ意味合いで、「謹む」という言葉が相手への敬意を表しています。
〇挨拶(あいさつ)は元来仏教の言葉です。『広辞苑』を調べると、
一番に仏教語として「禅家で、問答を交わして相手の悟りの深浅を試みること」と解説されています。次に「うけこたえ。応答。返事」や「人に会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作」があります。また「儀式・会合などで、祝意や謝意、親愛の気持、あるいは告示などを述べること」で「開会の挨拶」などいう場合です。
〇『禅学大辞典』では、一つ一つの文字の意味が書かれています。挨拶の「挨」は近づく・押す・迫るの意であり、「拶」は迫る・問い詰めるの意です。ここから「挨拶」は相手に迫り、応答を引き出すことを意味しており、我々が使っている挨拶とは全く趣が変わります。
〇昔から禅宗のお寺では、師と弟子の間で、悟りの深浅を試すための鋭い問いや応答を繰り返してきました。つまりもともと「挨拶」は、単なる礼儀ではなく、相手の真実に迫る行為でありました。学区にも柏市で唯一の臨済宗のお寺の少林寺があり、四百年以上の歴史があります。昨年の修学旅行で3年生が京都天竜寺で座禅体験をしましたが、少林寺でも定期的に座禅会を行っています。
〇いろいろな本を読むと、鎌倉時代以降の武家社会では、初対面での言葉遣いや立ち居振る舞いなどが「挨拶」の中に含まれていたと感じます。さらに江戸時代になると世の中が泰平になり、挨拶も儀礼化・日常化し、相手を試すという意味合いから、礼節としての表現になってきました。それが今でも重要とされる円滑な人間関係の潤滑油としての挨拶へ転換してきました。
〇こうみると挨拶の意味も時代によって変わっていますが、挨拶は一瞬でその場の空気を整える言葉として用いられ、こちらの挨拶で相手の様子が分かるということもあります。やはり「きちんとした挨拶できる人」というのは、その人の人となりが現れると思います。
【増尾山少林寺ホームページより】
〇冬季休業中の学習会に参加していた2年の女子生徒数人に、「お正月はお餅を食べましたか?」と尋ねたところ、「お餅は大好きです」と「お餅は苦手で食べません」の2つに分かれました。お正月の餅と言えば定番の「お雑煮」があります。
〇調べると、「雑煮は餅を主な具とし、醤油や味噌などでだしを味付けたつゆをはった日本料理。正月に多く食べられ、地域や家庭によって違いがある」とあります。また「雑煮の良さは、新年の豊作や家内安全を願う伝統的な意味、地域や家庭ごとに異なる多様な味と具材の魅力、そして餅と具材による栄養バランスの良さ(食物繊維、ビタミン・ミネラル)にあります。神様から力を授かる【神人共食】の文化が根付いた縁起の良い料理」とも解説されています。
〇お雑煮の歴史は古く、室町時代にはすでに武家や公家の間で正月の祝い料理として振る舞われていたそうです。京都では丸餅を使った味噌仕立て、江戸では角餅を使ったすまし汁仕立てなど、地域ごとの特色もこの頃から見られました。
〇私は昔から、「お雑煮という言葉になぜ【雑】の字が入っているのか?」と不思議に思っていました。すぐ連想するのは、里芋や大根、人参、そして神様に供えた餅などさまざまな具材を煮合わせることで、「煮雑(にまぜ)」が語源とされていることです。
〇「雑」という字は、「一つの木に沢山の種類の鳥が止まった状態」を表す象形文字からきています。学校も「多様性に富んだ生徒たちが各個性を持ちながら、自主的に学ぶ場でありたい」と考えていますので、お正月のお雑煮にかけて、「土中を今年はどんな味付けにしようか?」と校長室で思案しています。8日の給食にも雑煮がでます。
〇よく我々教員の中では、今週からの3学期の3カ月間をたとえて、「行(い)く一月、逃(に)げる二月、去(さ)る三月」と言います。つまり3学期は気持ち的に多忙で、「あっという間に」4月の新年度を迎えるという実感があります。
〇今週の9日から私立高等学校の入試が早速始まります。これは都道府県によって日程がほぼ決まっており、茨城県から始まり、千葉県、東京都、埼玉県と続きます。私立高等学校はその学校独自の入試を行いますので、大別すると「一般入試」「推薦入試(単願・併願)」ですが、その他日程も「A日程」「B日程」などと、入試の機会をAとBに分けることで受ける回数が増えしている学校もあります。また私立高等学校は公立高等学校と違い、発表している「募集定員」よりも多くの「合格者」を出します。理由は学校を経営するという面があり、もしその後に入試のある公立高等学校へ多くの生徒が流れてしまうと、募集定員を下回る可能性があり、それを避けるためです。
〇千葉県公立高等学校は、1月13日~2月2日の「志願者情報の登録及び入学検査料の納付」、2月3日~5日の「出願書類等の提出」、2月10日~12日の「志願(希望)変更」、2月17日・18日の「学力検査等」、3月3日の「選抜結果発表」と続きます。ただし私立高等学校と違うのは、先ほど書いたように「1回しか受けられない」「募集定員数通りしか合格者を出さない」ことです。その為1回に限り、まず出願確定した後にネットや翌朝の新聞に掲載される「志願倍率」を見て、最初に志望した高等学校への願書を引き下げ、新たな高等学校へ出願することができます。ただしこれは無暗に行うと返って生徒本人に心の動揺が残ることもありますので、慎重に行わなければなりません。
〇特に上記の3つ「変更」「学検」「発表」とも基本的には、生徒自身が志望校に行くことになりますので、担任からは必ず事前に行き方を調べたり、実際に足を運ぶように指導したりしています。ただ2月ですので、過去には入試日に雪が降り、交通手段がストップしたり開始時間が遅れたりしたこともありました。最悪の状態も想定し、どうやって入試会場までいくかは複数の案をもっていた方が良いと思います。現在3年生は体調管理と試験準備の両方に気を使っていますので、学校としては無事に終わるようにサポートしていきます。
〇2月末には生徒会主催の「3年生を送る会」、3月12日の「第79回卒業証書授与式」があり、実施方法の最終の詰めの段階です。
〇最後に、この3学期は4月からの令和8年度の教育計画を決定する時期でもあります。今年度の成果と反省をもとにして、創立80周年目がよい一年間となるように計画を練り上げていきます。
須藤昌英
1月5日(月)新年おめでとうございます
〇新年明けましておめでとうとございます。本年もよろしくお願いいたします。1日はあの能登半島地震からちょうど二年でした。元旦の震災でもあり、お亡くなりになった方も大勢いらっしゃいました。お身内を亡くされた方もいらっしゃいます。なかなか復興が計画通りには進まず、未だに不自由な暮らしの方も多いと聞きます。お見舞いを申し上げます。
〇前任校では2年前の2月、学区にあった県立柏高等学校の生徒会と中学校の生徒会が連携し、北柏駅と2つスーパーマーケットで「災害支援募金」を行い、数万円を被災地に送ることができました。当時の柏高校の生徒会長が前任校の卒業生ということもあり、計画も実施もすべて中高生がスムーズに行いました。若者の行動力には感心されられました。
〇令和八年は午年(うまどし)で、しかも今回は、60年に一度しか巡ってこない「丙午(ひのえうま)」 です。60年に一度巡ってくるのは、2つの数字に理由があります。まず十干(じっかん)とは、古代中国から伝わる「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類の文字で、陰陽五行説に基づき時間(年・月・日・時)や方角、物事の性質を表す記号(符号)です。
〇その一方で同じく中国由来の暦のシステムである十二支(じゅうにし)があり、「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類の動物を指し、こちらは日本でも親しまれています。だれでも例えば「自分は子(ねずみ)年だ」のように認識しています。
〇この十干(じっかん)の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」がそれぞれ10年と12年の周期が組み合わさり、10と12の最小公倍数が60であることから、60年サイクルとなっています。これは小学生でも「10の倍数が10、20、30、40、50、60・・・、12の倍数が12、24、36、48、60・・・であり、最初に共通な数が60です」と説明すれば算数レベルですので理解できます。
〇調べると、「丙午(ひのえうま)」の年は、火のエネルギーと馬の躍動感から、情熱的で行動力があり、新しい挑戦や変化が訪れやすい、活気あふれる年とされます。ただ過去(60年前の昭和41年)には、この年には「気性が激しく夫の寿命を縮める」という迷信?がひろがり、出生率が大幅に低下したこともありました。
〇昨日の朝、学区にある広幡八幡宮に参拝しました。創建は、平安前期の第59代宇多天皇の御代「下総国第一鎮守宇多天皇勅願所」として鎮座されたと伝えられています。後、鎌倉時代の建久年間四年(1193年)後鳥羽天皇の御代に、柏市近郊一帯の総鎮守(守護神)として再び社殿が創建されました。
〇さらに徳川時代に至ると、慶安三年(1649年)には、三代将軍家光公より領地十石を献上され、宝暦七年(1758年)には、伯州刺吏藤原正珍より、石鳥居一基を寄進されました。これは柏市内では、布施弁天、塚崎の神明宮、広幡八幡宮の一寺二社に寄進されました。
〇前任校の学区には、布施弁財天(紅龍山東海寺)があり、私の在任中の3年間、その跡継ぎのご子息も生徒であったことから、よく参拝していました。学校から鬼門(北東)の方向にあり、私は学校の守護神として守ってもらっていました。同じくグーグルマップで見ると、土中の鬼門(北東)の方向には、ちょうど広幡八幡宮があり、今年の参拝でも「今年も土中を守護してください」とお祈りしました。
〇元日は自宅近くの手賀沼からご来光を仰ぎました。ご来光を見るたびに、亡くなった父の言葉を思い出します。幼い頃は「太陽があるから人間は呼吸もできるし、心臓が動いて血が全身に流れているんだよ」と言われても実感がありませんでした。ただこの年齢になるとその意味がわかります。太陽と全ての命がつながりあって地球上の生物は存在し、目には見えませんがそれを想像することはできます。
〇よく使う「おかげさまで・・」の言葉の由来もここにあります。日光は見えますがその影響力は広大かつ深遠で、その一つとして植物の光合成によって大気が循環し、それにより動物は生きていられます。「目に見えない周囲の支えがあって人間は好きなことができる」ということを、元日という節目には謙虚になってそのことに感謝しつつ、今年一年の目標に思いを巡らせました。
〇好きなことができるのに関して、中国の論語(孔子と弟子たちとの問答を集録した書)を思い起こします。『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』で、読み方は「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」です。意味は、「先生は言われた。物事をよく知っているという人は、そのことを好きな人にはかなわない。またそれがいくら好きであっても、それを楽しんでいる人にはかなわない、と」。
〇学校は様々な教科や活動があり、私もそうでしたがその全てが好きだという生徒はいません。ある面では仕方なく勉強していますが、もしその中に一つでも自分の好きなものがあれば、その人は幸運だと言えます。好きですから無理して努めなくでも必要な知識や技術は身につきますし、やればやるほどそのことを自ら探究できます。
〇ただ好きなだけでなく、それを楽しむことができれば、さらにその学びの姿勢は自然と継続されます。日本でも「好きこそものの上手なれ」は有名なことわざです。子どもであれ大人であれ、どんなことでも上手な人は生き生きとしています。
〇3月の野球の世界大会に出場を表明しているメジャーリーガーの大谷翔平選手も、持って生まれた才能に加え、「野球が好きでたまらない」という気持ちから、生活のすべてを野球のためにつなげ、人の見えないところでとてつもない努力をしているのです。
〇高校受験という目の前の壁に全力で向き合っている3年生には、このお正月はお祝いどころではなかったかもしれません。私も47年前の高校受験の際は、「縁起担ぎ」であえて年越しの受験勉強をしたのを今でも覚えています。大みそかの夜10時ころから除夜の鐘を聴きながら元旦の午前2時ころまで、年をまたいで取り組みました。
〇鮮明なのは除夜の鐘を聴きながら、苦手だった国語の文学史の暗記を声に出したり書いたりしていたことです。おかげで今でも例えば「夏目漱石:三四郎、こころ、吾輩は猫である」とか「島崎藤村:若菜集、夜明け前、破壊」・・・などと、そらで口から出てきます。
〇確かに受験勉強は苦しく、「はやく終わってほしい!」という気持ちは痛いほどわかります。ただ知識だけでなく、「継続力」「自己管理能力」といった精神的な成長や「教養・読解力」などの将来役立つスキルも身につきます。そしてそのスキルは一生の財産となります。
〇新年にあたり土中のすべての生徒たちが、「この好きなことがあるから嫌なことも乗り越えられる」という秘かな自信をもって、今年一年を過ごしてほしいと願っています。
須藤昌英
【早朝の広幡八幡宮】
12月25日(木)石田ゆうすけ氏講演『自分らしく生きる』の感想:その2
2 これからの学校生活(生きていくことも含め)上で、参考になったことがありましたか?
『1年』
・きのこを売っていたおじさんの話。自分の考え、文化、生活など自分がやっていることが当たり前だと思わないほうがいい。人によって「当たり前」が違う。「当たり前」が違うことを認め、尊重し合えてこそ仲良くなれ、コミュニケーションがとれる。
・まず、発想が良いとおもいます。なぜなら難しくてもやろうとするのがかっこいいし、後悔しないか後先をしっかり考えるのも自分の参考になるからです。つぎに「小さな行動」がすごくいいと思いました。
・自分の夢を叶えるためには、小さいことから大事にしてその夢に対して一つずつ進んで行くこと
・人生の中で経験するもの何かを得るものは、人によって違うと思うし、まだ夢などが決まっていないけれど何か思いついたことを実現するということが大切だと学び一人ひとりの個性や自分に必要なものを考え最終的に自分に悔いのない人生を歩めるように頑張り実現できるようにします。
・多様性の理解は学校生活だけでなく、これから生きていくうえで大切なことだから今から実践して癖付けようと思った。また、苦境の乗り越え方の話を聞いて、自分のやりたいことができたときに大変なことがあったら客観視して前に進んでみようと思った。
・3年生になったら、入試とか受験とかがあって色々大変な時期があるけど、それでも石田ゆうすけさんみたいに色々な挑戦をして、乗り越えていきたいです。
・多様性の理解です。「相手の立場になって考えれば、少しだけ人に優しくなれる」と思いました。自分だけを考えることを常とするのではなく、相手のことも考えて接し、敬意を払うことで相手のことを知り、相手に優しくなりたいです。
・話を聞いてただ勉強したり作業したり部活したりじゃなくて目標や日にちを決めてそれを行ったり自分が何をしたいのか、自分が後悔しない選択をして勉強の仕方を工夫したり人との接し方を今までとはかえて相手の身にもっとなってみたりして生きていきたいと思いました
・世界一周はすごく大変だと思うし、難しそうだけど諦めずにやったというのがすご位と思いました。これから世界一周ほどじゃなくても難しかったり大変なことがあると思うけど諦めずに前進していきたいです。また、多様性の話などで、自分と違うかんがえの人でも相手の気持ちを考えて全部自分と同じと考えず、違う意見のいいところなどを探していろいろな人と関わっていく大切さを学ぶことができました。またインターネットなどの情報はすべてがただしいと思わないこと、実際に体験する大切さも学べました。
・自分は今年がとても短く感じていてそれと同じように人生もとても短いと思うから、自分らしく諦めずに挑戦していきたい。そしてもし海外に行ったときには、簡単な単語から覚えて英文にしなくてもいいから単語だけでも覚えていく。
・分岐点に立って迷ったときは後悔しない道を歩もうと思えました。
・選択によって人生が良くなったり悪くなったりするなど知った。またチャレンジしてみなければできなかったことや、わからなかったことがあるんだと思った。
・夢を諦めず、努力してたどり着くまで夢を追い続けるモチベーションが湧きました。
・ありました。社会に関わることが目的で、それまでに習得していくものは手段だとわかって、そこの手段の部分で終わらないようにしたいなと思いました。
・笑うことで余裕ができること
・相手の立場になることが大切だということ。自分の中にある固定概念を捨てるのが大切だということ。
・自分の意見ばっかりを尊重、押し付けるのではなく他の人のこと(意見など)も客観的に考えたり、自分の目標を達成にするためにはヤケクソになることや1つや2つは何かを失う覚悟でいることが大切だとわかった。
・多様性の尊重が大切だと思いました。日々生活している人のなかでは、普通に暮らせる人もいるけど、生活している環境の問題だったり、体が不自由な人がいたり、持病を抱えている人がいたりするから、みんながみんな同じような生活ができるわけじゃないことを考えられました。
・これから二年生、三年生と学年も上がってきて生活も厳しくなるかもだけど、石田さんの勇気ある体験話によく影響されました。これで自分への自身も良くつけて受験も頑張っていきたいです。
・今後は「今やっとけば良かったな」と思わない生活をおくりたいです。そのために、やりたいと思ったことを必ずではないけどほとんどやったり、挑戦したりしようと思います。
・これからは自分でどう生きていきたいかを探して、夢に向かって進んでどんどん向かっていく気持ちで頑張りたいと思う。
・今、夢を持たなくても、今後夢が持てるかもしれないし、今夢を持っていたらその夢に向かって、最後まで諦めないで全力で夢を叶えたいと思いました。
・自分が生まれた意味を知るためや探すことで人生がより良くなるということがわかりました。どんなことも、挑戦してみる事が大切なんだとわかりました。
・どんなに辛いことがあっても諦めずに乗り越えていけばきっと達成する事ができるのだと思いました。
・自分がやりたいと思ったことは、夢で終わらせないで、実現しようとすることが大事なんだと思った。
・毎日安全だと思っていてもたまに強盗などがいたりするから生活を改めて戸締まりなどをしっかりしたい。
・知らない言語の覚え方
・人は見た目によらず優しい人も世界にはたくさんいる
・石田さんも言ってた通り年々歳を取ると時間が立つのは速く感じるし、その時間の中で嫌なことをずっとやっているくらいだったら楽しいことをたくさんやったほうがいいなと思って今後は自分が「こんな事やってみたい」や「これ楽しいからやりたい」など思ったときは必ず自信を持ってやって楽しいということを感じたい。
・今自分がやりたいことを見つからないなら、勉強をしたほうがいいと言っていたので、自分の将来の道を広げるためにもっと勉強をして選択肢を増やしたほうがいいと思いました。
・多様性を理解することは自分のためを大切にしたいです。
・「やりたいことを声に出す」は、自分の好きな芸能人も言っていた言葉で、夢を叶えた石田さんも言っていたので、改めて大切なんだなと気付けました。なので、今後の人生は「やりたいことを声に出す」を意識して生きていきます。
・困ったときはヤケクソになるし決めたことはやる。
・夢をどんなに難しくてもいつ人生が終わるかわからないからできるときにすぐに行動に移すのが大事だと思いました。お金や環境にとらわれず自分のやりたいことをやるのが大事だと思いました。
・辛いことがあっても諦めない
・自転車で世界一周はしない方が良いことがわかった。でもしたら自分が生きていることを実感できるのはいいなと思った。
・自分の価値観を捨て相手の立場になって考えてみることは旅以外にも役立つし、現地の人達と関わり、よりその国が楽しくなったり好きになったりするから、先入観を捨てることも必要だと感じた。
・いろんな価値観を持つこと、言語の覚え方、多様性を理解すること。
・世界は広いのは知ってたけど、思ってた以上にひろくてびっくりしました。自分で漕いで見た景色がどれほどきれいなのか初めて見て感動しました。世界はではいけないけど、自転車でいつもと違う景色を見てみたいなと思いました。
・例えば、部活でなにか困難になったときでも、そのことをどうすれば解決できるのかを計画立てること。
・これからは多様性理解をして外国語を覚えていろいろな人と話したいと思った。
・自分がしたいことを目標にやっていきたいです。
・やりたいこと、夢がなかったら勉強を頑張って、可能性を広げること。
・私は、「いつか」ではなく、正確に日にちなどを決めて正確に決めていきたいと思います。また、将来のために勉強などをたくさんします。また、英語の勉強の仕方を参考にして書きたいと思います。
・自分のしたいことをする
・私にはまだちゃんとした将来の夢がないけれど、少しでも興味が出たものには失敗を恐れずに積極的に挑戦したいと思いました。いつでも後悔のない道を選択したいです!
・この演説全体が参考になりましたが、一番は上のことで、これからはどのような人に出会っても、決めつけで逃げ出したりするのではなく、石田さんのように相手に敬意を払おうと思えました。
・多様性理解
・計画的に目標を達成すること
・人生で時にはヤケクソで決めてもいいことがあるのががわかった。
・ありません
・少しずつ小さいことを積み上げて大きいことにも挑戦したいです。
・その人の立場になって考えてみること
・自分らしく生きる!
・生きる楽しみ
・多様性を理解することです。多様性を理解しないと結局は自分が認めてもらえなくなったりして、悪いことも多いから、いろんな特徴を持つ人がいることを理解して、受け入れて過ごしていきたいと思いました。
・夢を実現するために日程を決めることを大事にしようと思った。
・学校生活では周りの人に迷惑かけたからかけないようにしたりする。朝挨拶したり募金活動をしていたらお金を入れてあげる。
・だめだと思ったことも、声に出したり笑ったりして立ち直ることを覚えときたいと思いました。また、自分のやりたいことを見つけてそれを進んでできるようになりたいです。
・知らない人とあったりしたら、先に自分ではなくて相手が何を伝えたいのかを考えること。
・英語を学ぶにあたっての覚える順番や、多様性を理解すること。
・自分が理不尽な状況でも直ぐに人に助けを求めず、とりあえず自分で頑張ってみようと思いました。
・自分で選択肢を決めることや自分以外の人ともうまく接することができるようになろうと思った。
・自分の夢に向かって今の自分は何をシないといけないか、かんがえること
・世界一周は大変だけど、そのかわり美しい景色がたくさん見れることがわかった。
・話の中の石田さん以外にいた日本人の行動で、現地の子供に思いやっていてすごく優しい人なんだなと思い、この思いやりが参考になった。
・私流コミュニケーション術が参考になった。
・自分のやりたいことをするということ
・常に目標を持つ事が大事だと思う。
・諦めないでやること。
・これからの人生で敬礼、愛国、忠誠、滅共を胸に刻んで生きていきたい
『2年』
・色んな壁を乗り越える方法
・人生はすぐ終わってしまうので、後悔なく自分がやりたいことをどんどんやっていこうと思います。
・自分で決断をするということの重要さがすごく参考になりました。また外国でのコミュニケーション能力などの方法も参考になりました。
・三輪車のおじいさんの話から多様性の精神みたいに、何かをやれば何かを得れる何事もチャレンジ精神
・ありません
・石田さんが現地の言葉(英語)は勉強したほうがいいと言っていて、ほんとにそうだと思いました。
・多様性を尊重するために、じぶんをすてたり、相手の視点から考えたりすることが大事だと思いました。
・自分は今まで安定を求めていたけど、自分のやりたいことや好きなことをもっとやってみたいと思った。
・これからの道を自分がやりたいことをやって悔いのないように生きていきたいと思いました。
・時間はどんどん短く感じてくので、やりたいことはやっていきたい。
・とても綺麗な砂漠に行ってみたいと思いました。
・どんなに辛くても負けない、諦めないようにしようと思った。
・いつかじゃやらないから日程を決めたりしようと思いました
・人生でやりたいことをすぐ見つけられなかったら受験に力を入れるという考え方が参考になった。
・したいと思ったことは積極的にするべきだ。自分を後悔させないためには。私は、世界一周なんてことをするつもりはない。今のところはだが。私は私なりの感動を味わうべきなのだろう。そのためにも、人とわかりあうこと、新しい世界を見ることは重要だ。
・前に前進するにはやけくそになることが大事だと知り、やけくそになっていきたいなと思いました。
・何かを決断するときは、自分が後悔しない道を選び、誰かにそのことを伝えることが大切ということ。多様性に関わり方についてをこれからの生活の参考にしていきたい。
・自分の道は自分で決めないといけないので、人に頼りすぎずに自分で選んだ道を進みたいと思いました。やりたいことはやって後悔をなくしたいと思いました。
・終業式の3年生の反省で、朝の2分前着席ができるようにするには、朝型になれるようにすることが参考になった。今後の受験にも関係することだから、大事だと思った。
・積極的にいろいろな経験をし考えを広げていきたいです。
・自分はもともと敷かれたレールを行くのではなく自分から一歩を踏み出し違うレールを行くことが参考になりました。
・きのこの話から人のために行動を起こすことで自分の人生も相手の人生も豊かになることがわかったので参考にしていきたい。
・何事にも口に出す日程を決める、自分をすてる
・自分がしたいことを見つけ周りの人の噂をすべて信じて興味をなくすことわせずに自分の足でいき、目で感じてこれからの生活に活かすことをするのが大切だとしれました。
・自分がやりたいと思うことを我慢せず後悔をしない生きかたを選んだ石田ゆうすけさんみたいにやりたいことに熱心に取り組んでいこうと思いました。
・新しいことに挑戦するときは自分を捨てその環境に適応することを心がけたいです。
・諦めないこと、自分を捨てる、予定を決める、ヤケクソが参考になりました
・これからの学校生活は時間があっという間に過ぎていくともうので、思い出に残るようなそんな学校生活がいいと思いました。
・先のことを考えずに今やりたいことに果敢に挑戦することが大切だと知った。特に事実は一つじゃないという言葉が心に残って、他の国とかニュースとかで決めつけてしまうことがあり、自分にも刺さる部分がありました。
・インターネットだけの情報を鵜呑みにせず自分で見たり聞いたりして確かめることが大切なんだなと思い、これからはちゃんと自分で調べて確かめることを大切にしたいです。
・一度切りの人生なんだから、後悔のないように生きたいです。
・一つは勉強も大切だけど自由な時間も大切ということがわかりました。自分の将来の夢はたくさんの大変なことを乗り越えていくことが大切だとしれたので、勉強をたくさん頑張っていきたいです。
・敬意を払うことでいろいろな人の見方ができ、相手を尊重して生きていくことができると思います。自分もこれから色んな経験をしていくと思うのですが、その中で感じた感情を大切にして、沢山の人と出会っていきたいと思いました。
・夢を諦めないことの大切さを学べたので、自分の夢に向かって頑張っていこうと思えました。
・自分は、夢を持っていてそれを周りに言うのをためらっていました。そこで、今日の講義を受け自分よりもスケールの大きい夢をみんなに言った人がいると思い、自分の夢に誇りを持っていきたいです。
・自分らしく生きることの大切さを学びました。
・ネットなどの情報を見ても、それが本当かどうか疑う必要があり、一度自分の目で確かめてみることが大切だとわかった。また、言葉を完璧に覚えなくても、日常会話で使う最低限の単語さえ覚えれば、コミニュケーションは取れることを知った
・後悔しないことを選ぶといいことが参考になりました。
・自分の人生は自分が後悔しないことを意識して、自分の進路を3年生になったら決めていきたい。多様性も意識して今後の学校生活や社会に出てからも送っていきたい。
・石田ゆうすけさんの体験談で人生の二択を迫られているときに一方は安泰な生活ができるけど、もう一方は自分の道を進んで夢を叶えることで、自分の夢を追いかけるのがすごいと思ったから。自分も石田さんみたいな選択をしたい。
・諦めないことの大切さ
・インターネットなどをすぐ信じてしまいその国は治安が悪いなど決めつけてはいけないことがわかったから海外旅行をするならそういうのを活かしていきたいと思いました。
・これからの人生で、石田さんの決断力や行動力を見習い、公開しない人生を送りたいと思いました。また、他人との交流をする際のコツを知り、今後に活かしていきたいと考えました。
・この国怖いなって思っていたが、実際現地の人と関わってみたらすごく親切だったって聞いて決めつけはよくないなってことが参考になりました。
・石田さんが旅をしていく中で困難にあったときに考えるといいことや行動を知ることができ、自分も困ったりしたことがあったら使ってみたいと思った。
・将来の夢を決めるのは自分。1つ目の人生は安定した生活、2つ目の人生は夢がある生活だと、夢のある方が安定した生活よりも飽きないの言葉が胸に刺さりました。
・自分の考え方を変えれば感情のコントロールがうまくいくと知れた。
・自分のやりたいことをするには勉強することがたいせつ。
・辛いことがあったときは諦めずに乗り越えていきたいと思った。
また、夢は口に出すことで実現につながるし小さなことでも行動に移すことで叶うらしいからやっていきたい。
そして、辛いことを乗り越えて見える景色は最高らしいから自分も目指して頑張っていきたいと思った。
・諦めないこと
・後悔しない方法を取ること、です。私はどんなことにも怖がりで、こわいという感情が出たら物事を諦めてしまうことが多いです。諦めたことでやっとけばよかったという後悔の感情がでるときもあるので、石田さんのように良いこと悪いことを想像して、自分とよく話し合って、後悔しない選択をすることが大事だとおもいました。
・自分のやりたいことを夢から現実にする道のりのつくり方的なことを学んだのでそれを使って自分で選択していきたいです。
・仲間とのコミュニュケーションを大切にして相手の気持ちを考えて行動すること。外国人とのコミュニュケーションの取り方。
・今回の話を聞いて参考になったことは、嫌なことがあっても怒らずに僕は笑ったりしたりしてストレスを緩和して生きていこうと思います。本日は大変ありがとうございました。
・何事もすぐに諦めたりするのではなくて、諦めずにやり続蹴ることが大切だと思ったので何事もやり続けてみようと思った。
・石田さんの話を聞いて、いろいろなことにたくさん挑戦してみようと思った。
・目的をきめて、行動する。目標ややらないといけないことなどは声をだして周りの人につたえ、逃げれないようにする。
・決められた大体のレールだけを進むのではなく自分は何をしたいのか、をよく考え後悔のない楽しい人生にしたいなと思いました。
最初は無理だと思っていても、実際やってみると意外とできるんだなと思いました。しかしそれにはすごい忍耐力と覚悟が必要なんだとわかりました。手段と目的の話を聞き、手段は自分の中で終わること、目的は世の中のためになること。と話を聞き、手段だけで終わらせず自分が世の中のために何ができるのかを考え目的にしていきたいなと思いました。決められた大体のレールだけを進むのではなく自分は何をしたいのか、をよく考え後悔のない楽しい人生にしたいなと思いました。
・いつも幸せに生きることを目標にして生きていたいと思った。
・大きな世界を見つけられるような人生にするという目標ができました。
・生きていくうえで様々な経験をしていくことが多く、初めてで不安でもまずは「前進」がとても重要だと感じました。
・外国人との接し方について参考になった
・苦しいことがあったら笑うことが大切ということ
・がむしゃら
・これからの学校生活・人生はいろいろな選択があると思うけれど、その選択を慎重に選びたいです。
・自分はまだ将来の夢などが決まっていなくて、今日の講演を聞いて、たった一回の人生だから自分な好きな仕事をやったほうがいいと思いました。
・苦境な事があったときにお話のように客観・笑うなどを意識することによって乗り越えられるというお話があったのでそれを活かしていきたいなと思います。
・今回の全校道徳の話を聞いて、なにかしたいことがあるときに口に出して言うことをやってみたいなと思いました。口に出したほうがいい理由を聞いてなるほどなと思ったし、簡単にできるのでやってみたいです。
・失敗を恐れて挑戦しないより、自分の興味を行動にする人生のほうが楽しいと思うし、後悔も生まれないと思うから、冒険して生活したい。
・教えられたことが参考になりました。
・英語の覚え方など、もしどっか行く機会があればとても参考にしたいとおもいました。
・諦めないで人生楽しもうと思いました。自分も自転車が好きなので大人になったら同じようなことをしたいです。
・怒らないようにする。心を豊かにする。色々な人との交流をしてみる。
・一人の人物としての生き方
・ニュースとかだけのことを信じるんじゃなくて、実際に体験することで違う真実を見つけられるから、これからは1つのことを信じるんじゃなくていろいろな可能性を見つけたい。挨拶、感謝などを覚えていれば会話はできるので英語も少しずつおぼえようとおもった。
『3年』
・自分に負荷をかけることが成功への近道だなと感じた
・目標に向かって頑張る
・外国人との接し方
・今後の人生は、いろんな自分の都合に悪いことがあっても、あきらめずに進み続ける。
・後に後悔のない選択をする人生を送れるように頑張りたいと思った。
・無理だとおもったことでも、計画を練ることで自然とできるように感じるとこ。
・人との関わり方
・外国人と関わる際は、日本の文化に固定されずに、異国の文化を認めて生活していきたい。
・私は受験生で高校で生活することになったらその高校生活の中で夢を見つけてしれに向けて今回習ったことを駆使して夢に向かって頑張っていきたい。また、難しいことがあっても向かって行動しようと思った。
・人それぞれの文化を大切にすること 諦めないで努力すること やる気とヤケクソで頑張ること 言葉にならないくらい感動と辛い先にみえる景色をありがとうございました。
・自分の夢を追いかけていき、やれるうちにやっておくのが大事
・自分の人生、与えられた命を自分から楽しいものに変えていこうと思った。
・世界は自分が思っているよりも広いんだと思って生活する。
・自分でやりたい選択をしよう思った。
・苦労を客観的に見ること
・頑張れば乗り越えられる事。外国の言語の覚え方。
・何でもすぐ諦めないこと、人との接し方などを意識したいです。
・ありがとうございました。
・行動を起こす前の取り組み(日程を決める、声に出すなど)を普段の生活でも意識してみようと思います。
・やりたいことは諦めないでやろうと思った
・何事も興味を持ってみることが大切
・不境のときや人々とのコミュニケーションでの三箇条などを自分でも考えて試してみようと思いました。そして自分の目標に対して少し手も近づくように日々行動を見直し、具体的に計画を立てて行動しようと思いました。
・海外に行ってみたいと思った。
・やっぱり口に出して決断するというのは受験においても大切だなと思いました。これらを参考にして、第一志望校を合格できるようにしたいです。
・今自分が思っている普通を捨てようと思った
・自分も生き方の箇条を作っていきたい。
・これから高校に上がったりしたりサッカーを続ける上でたくさん挫折をしたりうまくいかなくて心が折れかけたりするときがあるかもしれないけど腐らず前を向いてぜんしんしていこうとおもいました。
・みんながこうしてるから。で自分の人生を決めたくないなと思った。
・夢は自分が頑張れば実現するものだからそれを叶えるために自ら行動して自分のやりたいことを見つけてそれを叶えられるようになりたいと思った。
・自分を捨てて、相手の立場も考えて、人間関係に気をつけたり、人それぞれの考え方を否定するのではなく、わかってあげることがいいなとおもいました。
・これからの学校生活、今後の人生も含めてで、いろんな国に行くときとかは、英語などはgood, very, a littleなどを覚えておくと会話が広がると聞いてすごく参考になった。goodにveryをつけてvery goodにしたり、少しと答えるときは、a littleと答えるだけでも全然会話の広がりが違うと知ることができた。
・自分がやりたいことを貫いていこうと思った。
・人を見た目で判断せずその国だから怖いという考え方を改めて仲良くできるようにしようと思いました。
・自分はやりたいことをちゃんとやる方が良い
・自分がやりたいことをゴールから逆算して考えることはこれからの勉強とかスポーツにおいて大事なことだと思った。
・自分らしく生きるのが大切だと思った。
・人の価値観を考えて怒らないようにしたいです。
・僕もおとなになったら旅しようと思った。
・石田さんのようにどんな人生を取ったとしても必ずぶつかる壁があるしその分のリターンもあるからそこでどう乗り越えてくかを考えて行きたいです。
・これからは多様性理解をしていこうと思った
・目標をつくって逆算する
・石田さんの講演でもおっしゃっていた、「手段と目的の違い」であったり、旅の中で感じた「人との付き合い方」も自分の中で活かすことができるのではないかと思った
・旅の中で人を見た目で判断しない、人を憎まずに人と笑っていられるようにするということをこの先の学校生活や人生で参考にしようと思いました。
・人によって考えることが違うから、相手の立場に立って、物事をしっかり考えようと思った。自分のやりたいことをふっきって楽しむことも考えようと思った。一度きりの人生を楽しもうと思った。
・外国語で先に礼儀や数字を覚えるのはとても頭が良いとおもったのでどこか外国に行くときに真似したいと思った。
・辛いことがあっても落ち込む必要はないと石田さんはおっしゃっていたので辛いことや失敗いた事があっても切り替えて次に繋げられるような行動を取りたいです。
・とりま行動が大事だとわかった
・盗賊や病気、暑さ、寒さで旅を中断しようとしても、それでも旅を中断せずに続けた結果、美しい景色などを見ることができた話を聞いて自分も、なにか辛いことや苦しいことが合ってもそれを続けようと思った。ポーランド人のおじさんが優しさできのこをくれた話を聞いて、様々な価値観を持って多くの人に優しくすることが大切だと思った。
・私は将来海外に行きたいと思っていて留学はとても不安だと思っていたけど海外はいいことがいっぱいあることを知って自分の行きたい高校に行けるように頑張りたいと思いました。
・まずは行動に移すことが大切だということ。
・人生は自分自身のものだからこそ、真実は1つではない。そして、自分自身の人生だけれど、他人のことも気にして生きるべきと思った。
・シェアを広くしていろんなことを考えたい。
・自律心を強く持ち、自分の夢や、やりたいことを全力ですること。
須藤昌英
12月24日(水)石田ゆうすけ氏講演『自分らしく生きる』の感想:その1
1 あなたは、本日の石田ゆうすけさんの講演を聴き、何が印象に残りましたか?
『1年』
・目的と手段のこと。目的を達成するために手段を使うのであって、手段がゴールではない。
・まず、自転車で世界一周する発想がすごいと思い、そのメンタルがいいなと思いました。そして、強盗や病気などの散々な目にあってまでもしっかりとするのが本当にすごいなと思い、世界一周の前の小さな行動をするのがいいなと思いました。
・自分の価値観を捨て、その人を尊重すること
・世界1周をして、感動したものなど旅の中で多くのものを得てそれを人々に伝えることができるということが印象に残りました。
・多様性の理解、現地の人々との交流
・七年半で色々な国を旅しているのが印象に残りました。
・ポーランドのきのこをくれたおじいさんの話です。おじいさん自身が障害者なのに、観光客とはいえ部外者であるはずの石田さんに無償できのこをプレゼントしてくれるなんて、とても優しい方なのだなと思いました。
・言語が通じないところに行ったときにやったほうがいいことや自分たちが知ってるものは現地に行ってみたら全然違って見えるかもしれないということ。
・多様性の関わりかたについてが印象に残りました。私は英語が苦手であまり外国の人と話したり交流したりすることがないけど、自分と違う価値観の人は日本の人でもいるし、そういうときにどう対応するかを学ぶことができました。
・苦境を乗り越えるには、客観視することなどが大事だとわかった。そして自分たちがスマホで調べているものは大体は本当に嘘だとわかった。
・いつもそばには無数の道が広がっていて、何を選ぶかは自分次第、という言葉が印象に残っています。
・強盗に襲われてもなお、旅を続けたこと
・彼は旅の途中で多くの問題に遭遇し、多くの困難な問題にも直面しましたが、彼はそれらに立ち向かい、計画していた目的地に到着するまで止まらなかったことを印象に受けました。
・単語だけでも、現地の人とコミュニケーションを取ったり、そのコツがあって実践していたのが凄かった。また、国によって宗教も違うし、価値観も違うことが現地の人達の対応によってわかった。その場所に来たら、その場所の考え方で生活するのが現地の人達にとって失礼のない行動なんだなと思った。どの国も普段情報を得ているところ、例えば新聞やインターネット記事などで書かれていることが全てではないと知った。その国にいかないとわからないことがたくさんあるんだと思った。
・人を尊重すること
・キノコをプレゼントしてくれたおじいさん。ヤケクソが一番助かったこと。
・自分が思っている、知っているよりも実際に行って見てみるとまだ知らないこともたくさんあって世界は広いとわかるということ。
・石田さんが自転車で海外に行ったときに出会った、おじいさんの話が印象的でした。おじいさんは、他の体の不自由な方と違って、自分できのこを採ってそれを売っていることがすごいことだと思いました。
・自転車だけで日本だけでなく世界までも一周しているのに驚きました。特に印象に残るのは体が弱いのにそれでも前進して世界を回ってきたことです。なぜそこまで頑張るのかが良く伝わってきました。世界の風景の美しさや旅の楽しさ、世界の人々の対応の仕方などをより深く知る体験にもなってとても楽しかったです。
・自分がやりたいことがあるときは日程を決めて行動することが大事だと思いました。また、外国に行ったときは自分を捨てて相手側になることが重要だと今日知れて良かったです。
・自転車で世界一周した決断力といざやってみていろんな体験や景色を見て人はこんな感動するんだなあと思ったことが印象に残った。
・世界一周を自転車でしたが、途中で帰ろうとしたり、病気にかかっていたりしたのにそれでも最後まで世界一周を回りきったということが印象に残っています。
・自分たちの思っている世界の国々のイメージは新聞やニュースなどの少しの情報で考えられたもので、実際は、イメージとは違うとても良い国や人々だったということ。
・片足がないおじいさんの話です。お金を貰おうとしているのではなくプレゼントと、として タダで渡すというのが優しいと思いました。
・他の人と同じ道を歩くより、自分が進みたいと思った道を進んだほうが楽しい。
・自転車をこいでいる途中に強盗が来てロープで手足を縛られるなどな所が印象に残りました。
・三輪車のおじさんの話が印象に残りました。
・5つのわけの②が印象に残った。考えてみれば自分も「いつかこれをやろう」と決めていてもその「いつか」は何年何月何日にやるのかということを明確に決めてないからほったらかしにしてしまったんじゃないかと気がつけた。
・石田ゆうすけさんは、自分のやりたいことをやるべきだって言っていたけれども、やりたいことをやるために働いてお金をためてから実行することは計画性があるからこそできることど思いました。音楽を聞いて感動して小便を漏らしたことについては、生きていく中でそれほどの感動ができるなら世界を回るのもいいと思いました。
・岩を見て、4日もずっと感動していたところが、印象に残りました。
・やりたいことは、声に出す。目標のゴールを決めて、逆算して計画を立てていく。SNSなどで世界を知るよりも自分の目でみて、耳できいて、感じることを大切にする。などのことが印象に残りました。
・強盗にあってまた旅を続けるっていうのが僕だったら諦めて帰国してるのですごいと思った。
・キノコおじさんの話です。生まれつき体の一部がない人はそれで同情を買い、生活をしていく人がほとんどでしたが、キノコおじさんは自分に誇りを持ち、何一つ不自由が無い人達と同じように暮らし、旅行者に自分の食料を善意で見返りを求めず渡し、本来は支援を受けたほうが良いハンデのある人がしていて優しさとおじさんの強さを感じました。
・努力は報われるんだなと思った。
・石田さんが使っているカメラが気になった。ハッセルブラッドかな。
・世界には自分がまだ見たことのないような景色がたくさんあって自転車だけで世界一周するのに、ロマンを感じました。
・ポーランドのおじいさんとアンデス山脈の話
・ポーランドできのこを売っているおじさん
・自分でやってみたいことを現実にするために、日程を決めるなどと計画を立てて、実際に現実にしたこと。国や地域、宗教によって、人々の価値観が違っているということ。
・多様性理解で足がなくて不自由な人がきのこを石田さんにあげる話
・キノコを売っているおじいさんの話が印象になりました。ほかにも中国人ってなんか少しわるいイメージがあってあまりかかわりたくはないと思っていたがこの話をきいて中国人はほんとはやさしいとしった。
・7年半で世界一周したこと。
・日本一周だけだと思ったら世界一周をしていることにびっくりしましたが、音楽と一緒にで流れてきた写真が特に印象でした。
・実は私も石田ゆうすけさんと同じでサイクリングをするのが好きなのですが、世界一周どころか日本一周なんて考えは全く浮かびませんでした。世界一周は最初石田ゆうすけさんにとってただの夢にすぎなかったと思いますが、それを実現しようと考えて1歩ずつ行動に移すことができたのが本当にすごいと思いました。実際にアフリカの写真を見せてもらったり、それに加えて聞いていた音楽まで聞かせてもらったけれど、どれもすごく感動しました。冬休み中に手賀沼付近でサイクリングをしてみます!
・きのこを売っていたお爺さんの話が一番印象に残りました。私は仮にあのお爺さんに同じようなことを言われたら、怖くなり逃げてしまうのではないかと考えました。ですが、石田さんは逃げず、相手に敬意を払って対応していたということに感動、尊敬しました。
・強盗に襲われても痛くなかったという事
・夢を現実に近づけるということ
・ポーランドのキノコの話。おじいちゃんが素敵だなと思った。グランドキャニオン、ユタ州の画像が綺麗だった。
・強盗されてそんな重く考えないこと。
・自転車で世界一周するその前は日本一周と小さいことから少しずつ大きいことをやっていくのが大切だと思いました。
・世界の景色の写真
・世界一周してる最中にきのこをプレゼントしてくれたおじいちゃん
・世界の景色がきれいっていうことがわかった。
・きのこのおじいさんの話が特に印象に残りました。どの国の人もとても親切に自分に接してくれたということがわかりました。世界には自分のからだの障害で同情をかって物乞いをしている人も数えるほどではなく、とてもたくさんの人がいることがわかりました。
・おじさんの話。障害者でお金がなくて、同情してもらってお金を稼ぐけどそのおじさんはものをただであげていてそういうプライドみたいなのがめっちゃ感動した
・自分の好きなことをやったら色んな人や事にあえるとわかったしあの演劇を聞いて背中を押された。
・多様性の理解と、これからのやりたいことについてよく考え、高校や大学に進んで就職することです。
・7年で世界を一周したこと。何度も倒れたりしたけど、諦めなかったこと。
・風景の写真や村の人達の優しさが印象に残りました。
・おじさんの話で、おじさんが「俺はしっかりと自分でカネを稼いでるから大丈夫だ!」と言っていたのを他の物乞いをしている人たちと違いしっかりと理不尽な状況でも自分を貫いているのがlすごいと思った。
・アフリカ州で見た景色の写真がどれも神秘的でキレイだった。
・諦めないで進み続けていてすごかったし、世界一周シていてすごいと思った。
・太陽によって色が変わる岩
・岩を見るために4泊以上もしていて自分のやりたいことを存分にやっていていいなと思い、印象に残った。
・キノコをくれた片足がないおじいさんの話がとても印象に残った。
・ポーランドのおじいさんの話
・グランドキャニオンが色を変わっているのが印象に残った。
・何でも自分が思ったことできるのがすごいと思った。
・中東らへんのときに自分も情報だけを吸収して知った気になってるから中立から立って自分の思想や学んだことを客観視することが大事だと思った。
『2年』
・日本とは全く違う景色が世界には見られること
・世界にはたくさんの魅力があり、世界を回るのに7年半かかることを知りました。
・僕は、石田ゆうすけさんの演説を聞いて、自分で夢を口にして自分を追い込みやけくそになって自転車で世界一周を決意したことが印象に残りました。また、自分が強盗にあってメンタルや体がぼろぼろになりながらも、アンデス山脈に登って自分に勝ったというようなエピソードがすごく印象に残りました。
・強盗の話でよく立て直せたなと思いました(偉そうですみません)強盗に襲われてすごく怖いと思いますがそこから立て直して世界一周を成功できたのはすごく尊敬します。
・写真がきれいだった。
・まず最初に思ったのは自転車で世界を一周するなんて、すごいと思いました。しかも7年半もかけて日本に戻ってくるなんて体力的に疲れてしまうんじゃないと心配になりました。石田さんが撮った写真はどれも綺麗で世界ではこんな景色が見れるんだと思いました。
・世界一周はきれいな景色や出会いなど多くの感動があるけど、それには強盗にあったり、テロに巻き込まれたりなど怖いこともある。
・自分の道は自分が決めれるから頑張りたいと思った。自転車で世界一周とかすごいと思いました。
・片足のない男性がきのこを売っていて、日本ではないことかもしれないけど、キリスト教を信仰している人にとっては恵んであげるのは当たり前ということに驚きました。
・中国の人たちに止められたのにとても暑い道を通ったのがすごく印象に残りました。
・強盗に襲われたのに立ち直ることができたことが、印象的でした。
・途中で強盗にあったのにその時冷静でいられるのすごいと思いました、自転車残してくれたのは奇跡だなと思いました。
・自転車で世界を旅することで、たくさんの価値観が生まれて、事実は百まであるという考え方。
・話を聞いて、この人の人生は楽しいものなのだろうな、と思った。さまざまな体験があって、そこから感動と学びを得た。
・砂漠の景色が綺麗すぎて同じところに4泊もしたこと
・三輪車のおじさんの話が印象に残りました。
・足がない人がきのこを売っている場面にあった話です。理由は、おじさんが石田さんに伝えたかったことを今自分なりに考えると、そのおじさんは、どこかしらに不自由を抱えていても、生きていけることを説明していると思ったし、多様性の関わり方について考えることができました。
・日本と海外では意識や当たり前としていることが違うことを知って、きのこのおじさんとか、優しいなと思いました。
・世界の写真をみて、世界には凄く綺麗な場所があるのだと知った。
写真でも分かるぐらい、綺麗に写っていて凄く印象に残った。
・いろいろな経験をすることでいろいろな考え方などが身につくことを知りました。
・三輪車のきのこを売っているおじさんの話が1番印象的でした。自分は他の人と同じようにはならず自分の生き方で生きていくことが大切だと思いました。
・足のない人が無償できのこをプレゼントしてくれた話から人のために動くことで助かる人が増えるということが印象に残った。
・何事にもやってみる勇気や人間関係についてのこと 大阪万博を説明してるみたいで良かった。
・世界一周するまでは自分がやりたいと思う気持ちを強く持ちそれを実現するために具体的な行動をして自分の言葉で周りの人に宣言することで夢が現実になることがわかった。世界の人達はニュースや新聞で言っている悪い印象しかなかったけど実際に行ってみたら優しい人がいっぱいいたことを知った。
・印象に残ったのはきのこを売っているおじいさんの話です。
無料できのこを渡してくれたこともびっくりしましたがそれ以上に驚いたことは日本と海外の反応の違いで海外では渡すのが当たり前ということにびっくりしました。
・国によっての当たり前がぜんぜん違うことが印象に残りました。
・自分を捨てると相手側の立場になる
・石田ゆうすけさんの講演を聴き、7年半もかけて世界一周をしていたことがわかり、他のひととのコミニュケーションが大事なことがわかった。途中のお話で強盗がきて縛られしたりして外国って怖いなぁと実感しました、ゆうすけさんの講演で外国の人との話し方(コミニュケーション)の仕方などを学べてとても良かったです。
・受験(入試)に向けて頑張ること
・人生を思いっきり楽しむっていうことはすごく大切なんだなと思いました。また、自分を捨てて、現地の生活になれて、言語を覚えることを楽しむところがすごいなと思いました。
・人生は本当に「山あり谷あり」なんだなと思いました。苦難を超えた先にはなにか素晴らしいものが待っているんだなと思いました。世界は自分が思っているより広く、ニュースなどでやっている情報だけを信じるんじゃなく実際にその場所に行ってみると、ニュースではわからないようなことを知ることができることを知り、インターネット上の情報だけを簡単に鵜呑みにして印象をつけないようにしたいと思いました。
・いろいろな写真を見た中で、溶岩みたいな岩がとてもきれいで印象的でした。そして、自分の夢は苦境を乗り越えたら初めて達成できるものなのかなと思いました。疑似体験をしていろいろな国の当時の状況などをしれ、とても面白かったです。
・障がいを持つおじいさんの話が一番印象に残りました。無料できのこをあげていて、自分にマイナスになるようなことなのに、それをするこの人のあたたかさはすごいなと思いました。またこの話で出てきた、客観的に物事を見ることが大切だと知りました。敬意を払うことでいろいろな人の見方ができ、相手を尊重して生きていくことができると思います。自分もこれから色んな経験をしていくと思うのですが、その中で感じた感情を大切にして、沢山の人と出会っていきたいと思いました。
・世界には自分の知らないことがたくさんあることを改めて痛感しました。
・自分はこれといった単体の印象より、全体の話を聞いて自分がしたいと思ったことを自身を持ってみんなに伝え実行するところに印象に残りました。世界を自転車で回るは最初はみんなに伝えたらなんて言われるかわからないかもだけど無理かもしれない夢を言うのは尊敬しました。
・石田ゆうすけさんの講演を聴き、疑似体験をして世界は私が思っている以上に広く、現地の人々は優しいと学びました。
・キノコをプレゼントされた話
・自分が言い争いになったときまず初めに自分の持っている価値観を捨てることが一番印象に残りました。
・自転車で世界1周したこと
・石田ゆうすけさんの話で一番印象に残ったのは、同じ石を4日間も見ていたという話です。普通に考えたら馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、僕は凄く共感できると思いました。それに、そこまで美しい景色を肉眼で見ることができたというのが、とても羨ましかったです。
・きのこを売る男性で自分が不自由なのにわざわざ旅人に無料できのこを全部あげたことの親切さに驚いた。
・一回襲われてから立て直してまた立ち上がる様子が印象に残った。
・世界は広くて色んな人がいるからいろんな価値観とかを持っている人がいるから他の人とぶつかりあうのではなく自分を一回なくして考えたりその人のことを生きたりすることが大事だと思ったまた何もしていないのに決めつけるのは良くないと思いました。実際経験したら違うことだってあることがわかりました。
・自転車での旅の、景色の写真が印象に残りました。特に、朝日や夕日により様々な色に照らされる岩が、一日に一度しかない貴重な景色を作り出していてとても綺麗でした。
・世界各地のきれいな景色やきのこのおじさんの話
・メキシコの食堂での話し方(good,very,a little)について。
・自分が一番印象に残ったのは、グランドキャニオンです。
石田ゆうすけさんが4日間泊まったと聞いて驚いたけれど、その写真を見てみるとこれは自分目線で考えると4日間泊まるなと思いました。
・改めて世界は自分が想像しているよりも広いと知ることができた。
自分の行動範囲を少しでも広めると新しい世界を見ることができる。
・自転車で旅する
・夢は必ず実現できることどんな苦境があっても諦めず乗り越えることで強くなれるということ。
・自転車で世界を回ったこと
・石田さん自身がすごく臆病で怖がりだと知ったときが印象てきです。それまで、怖い物知らずで旅を決心したと思い、話を聞いていたので、びっくりしました。強盗にあった時も、冷静に判断し、ヒッチハイクをして警察に行く、などの行動も冷静にできていてだからこそ世界一周ができたのかなと思いました。強盗にあってから、塞ぎ込んでしまったときも自分なりに解決策を考え試す姿がすばらしいと思いました。辛いときは自分を客観視すること、苦しんでいる自分を笑ってみること、など石田さんがおっしゃっていたことがなにより大事だとおもいました。
・自転車で世界一周
・多様性の理解と自分で選択するということの重要性が印象に残りました。
・日本一周したら世界一周したくなったから7年半かけて世界一周したという思ったことをすぐに実行する所。
・僕はきょうの石田ゆうすけさんの講演を聞いて、僕は石田ゆうすけさんのことをすごいなと思いました。なぜかというと、自分の好きなことに向かって突き進んで世界を一周するなんて僕はとても印象に残りました。他にも人とのコミュニケーションにも工夫していてすごいなと思いました。
・厳しいと思っても何事も諦めずにやり遂げたら希望が見えてくると思った。
・会社で働いていれば、安定した収入が得られるのに、会社をやめて、世界一周する勇気がとてもすごいと思った。
・きのこをくれたおじいさんの話です。最初話を聞いたときは私も、お金が足りなくて怒っているのかなと思いました。しかしちゃんとした理由を聞いたときに偏見だけで考えてはいけないなと思いました。また、完全にその国の言葉を理解していなくてもジェスチャーや、声の強さなどで言いたいことを伝えられるんだなと知りました。
そして日本一周することもとてもすばらしくてすごいことなのに世界一周しようと思うのがとてもすごいなと思いました。辛いことや大変なこともあり楽しいことばかりでなくても諦めず7年半一度も日本に戻らなかった忍耐力がとてもすごいなと思いました。
・実際に自分で体験することによって物の見え方が変わったり、人の温かさにふれて、つながりを感じることができると知りました。ニュースや新聞に書いてあることだけが事実ではなく、自分の目で確かめてみるからこそ見える真実もあるという話が印象に残りました。
・世界は大きい大地と親切で溢れかえっている。けれど生活に苦しんで強盗をしたり物乞いをしてほかのゆうふくなひとたちにめぐんでもらったり毎日に困っている人たちがいることを知りました。
・空の写真。私はいつも趣味で綺麗だなと思った空があった日は写真を取るんですが、いつも見返すときには「綺麗」しか残らないことが多く、見たときの感動を失ってしまいます。でも石田さんが写真を見て話す時、20年ほど前のことだろうけれど、感動を覚えているんだろうな、と感じました。私も写真を見て感動を何年も覚えていられるような大きな世界を見つけられるような人生にしたいと思いました。
・生きていく中で、やりたいことをやったほうがいいこと。
・自分の人生をもっと大切にしたいと思った。いろいろな選択肢があることを知れた。
・片足がない人の話
・一番印象に残ったのは、きのこを売っている片足のないおじいさんにきのこを買うためにお金を出したら、怒っていて結局ただでくれたという話です。印象に残った理由は他の、障害のある人はそれを理由にして物乞いをしているのに対し、お金を払ってきのこを買おうとしたら怒っていたからです。
・石田ゆうすけさんの講演を聞き、石田さんは一度世界一周をすると決めたら、どんな辛いことがあっても諦めずに世界一周をしてすごい勇気だなと感じました。
・何事もやってみてることが大事ということ。・たった一回の人生を無駄にしないで自分の好きなことを貫くこと。
・狭いところで自分の夢を諦めて後悔するよりも、ほんの少しだけでも勇気を出して挑戦してみることによって自分の世界が広がって人生が面白くなることがわかりました。そして印象に残ったのはおじいさんのきのこのお話で多様性の理解は自分が楽しく生きるためだというお話です。
・三輪車に乗っているおじいさんの話や、物乞いの人がいる話です。
・自分はあまり冒険できる性格ではないから、世界一周を、しかも自転車ですると決めて実行したのが本当にすごいなとおもいました。また、自分がやりたいと思ったことをつらぬいて最後までやりきったことは最終的に自分の中の思い出になるし、やってよかったと思えることだと思うので自分もやりたいと思った興味を最後まで貫きたいと思います。世界一周をする上で言語は壁になると思うし、行く国全部の言葉を喋れるようになるまでやることは難しいけど、気持ちが通じ合えば伝わることもあると思うので、まずは話してみることを大切にしたいです。
・海外の音楽を聞くところです。
・自転車の旅が印象になりました。
・自転車で世界を7年かけて走るのがすごいと思いました。
・自転車だけで世界一周しただけでもすごいのに各国の人たちとの出会いや交流もできたのがすごいし、その各国の人達は言語が違うのにそれに適応していたのがすごく感じた。ヤケクソで世界一周したのがとてもすごかった。
・和歌山一周の話
・人生は後悔しないように生きたほうがいいこと。1つの自転車で全国まわるのがすごいと思った。いろいろな国の人とコミュニケーションを取れていたこと。強盗にあったときあとから恐怖が来ること。
・国の人は優しいこと。(決めつけてはいけない)真実は1つじゃない。
『3年』
・自分のやりたいという気持ちは一番の原動力になるしどこまでも頑張れるものなんだなと思った。また石田さん流の覚え方などがあり自分でいろんな方法を生み出していけるのは、すごいなと思った。
・チャリで7年半もこいでたこと。
・外国に行くのは、大変だと思いました。自転車で行くんことがすごいと思いました。
・時間によって岩の色が変わる場所。何泊もそこでしていて心が癒やされていそうでした。自分も生きているうちに一度は行ってみたいです。
・わざわざ大変な道を選ぶのはすごいなと思った。きれいな景色を見て心を奪われるという経験が私にはないからどんな感情なのかなと思った。
・飛行機で見に行くマチュピチュと自転車で山脈を通り過酷な道を通りみるマチュピチュとでは全然違うということ。
・目標をどう達成するか
・きのこのおじいさんの話で、異国では、多様な文化を認めていくことが印象に残った。
・私が印象に残ったのは、各国の写真で理由としては、一枚一枚の写真がとてもきれいで私は地理が好きなので、気候や地形などがはっきりと分かる写真ばかりでとても印象に残りました。
・きのこ売りの人の話です 国の文化の違いで考え方も違うこと 言語の差で話しやすさが変わること など国それぞれの多様性がありそれを認め合う 理解し合うことが印象に残りました。
・日本一周から、世界一周に目標が変わったときの気持ち
・自転車で旅をしようとしたことがすごいと思ったし、景色がきれいなとこが多く自分も行ってみたいと思った。自分を捨てて、相手の立場に立ち考えることが大切。真実は1つではなくその一つは見えていることだけであって本当はたくさんある。国によって文化が全然違ったり、人もいろんな人がいるから接し方を考える。
・強盗に襲われたところ
・アフリカの曲
・障害者の話
・画面の景色 途中で苦しくなった話
・世界のきれいな写真とかを見てすごい綺麗だなを思った。そしてゆうすけさんの生き方や考え方を参考にしていきたいです。
・強盗に襲われたときの話が印象に残りました。
海外だから普通にそういうことも起こるのか、という驚きとともにそこから立ち直れるのがすごいと思いました。
・話の中で現地の方々も多く登場するのを見て、旅の中で色々な人と出会ったり助けてもらうなど一人だけで旅を続けているのではないのだと思いました。
・片足のないきのこをくれたおじさん
・旅がすごく好きなのが伝わった
・自転車で世界を一周しようと思ったことにまずびっくりしました。不境への考え方や旅を通しての感じたことや、そこで自分の考えが変わったことがよく印象に残りました。
・世界は自分たちが思っているよりももっと広いということ。
・世界一周をするとき、とても大変な決断を何回もしてきたのだなと思います。また、その決断を得て、今話している姿を見てとても面白かったです。
・日本が思っていることや普通は他の国から見たら全然違うということ
・ゆうすけさんの人との接し方や自分との向き合い方はすごいなと思った。言語の壁とかあるはずなのに、それらを全然感じさせない話ですごかった。とくにいわの話はすごかった。岩だけで四泊できるのはすごい。
・心が折れかけても腐らず前を向いて前進したという話が印象に残りました。
・自転車で世界一周をしようと思う行動力。美しい景色を見て写真を撮って終わりではなく、しっかりと心で受け止め美しさを身体全体で感じることができる心のきれいさ。自身の体験を私達に伝える際の言葉選びのきれいさ。
・外国の人とコミュニケーションを取るのは難しいと思ったけどその国の言葉を少し覚えられれば度の国の人とも話せるとわかった。
・自分の人生の選択は悔いのない選択を選ぶ。世界中は広く、まだ自分が知らないことがいっぱいあるんだなと思いました。辛いことが起こっても諦めずに方法を見つけ、自分の夢に向かうのがすごいなと思いました。
・いろいろな国の景色や写真がきれいですごく印象に残った。いろんな旅をするといろんな出会いがあるんだと知ってすごく印象に残った。石田ゆうすけさんの困難の乗り越え方なども印象に残った。
・人生は短いから満足のできる人生を歩むべきといっていたこと。
・日本の常識にとらわれずもっと広い考え方を持つべきだと思いました。そして文化の違いについても考えていく必要があると思いました。
・自分でやろうと思ったことをちゃんとできたことです
・世界一周を本当にやったのがすごいと思いました。
世界の様々な人や景色に出会うことで得た経験は忘れられないものになると思った。
・自転車で世界一周した旅のヨーロッパの辺り
・僕はおしっこ漏らすほど感動したという話が印象に残りました。生きていると実感することがどれだけすごいかをとても理解できました。自分も旅をしたりするのが好きなので石田さんの話はとても魅力的で励みになりました。自分もあんな旅をしてみたいです。
・いろいろなところに行くといい人悪い人に出会うことがわかった。
・優しい自転車のおじさんが印象に残りました。障害を持ちながらもそれのとらわれず自分の力で稼いで人にやさしくするという人間性に感心しました。
・感動をしておしっこを漏らしたこと。そんなに感動することがあるのだと感心しました。
・多様性を受け入れることは大事だと分かった。
・今回の公演を聞き、石田さんの経験談とともに、「一こぎ一こぎ世界が広がる」という言葉が印象に残り、また思い切りが大事であったり、全てのことに敬意を払うという考え方にも強く心を打たれた。
・山脈を登る話で、まず持病がある中世界を旅しようとする精神がすごいと思い、何度も低酸素によって視界が途切れたりして苦しい思いをしているのに、それでも登り切ろうとする姿がとても印象に残りました。
・自転車で世界一周をして、色んな人とのコミュニケーションとか、相手に対しての考え方とかが変わったということがわかった。色んな国の景色が見ることができてとても綺麗だった。
・きのこを無料でくれたおじさんがめちゃくちゃ印象に残った。世界には自分に特がなくとも人に親切にする道徳心があるのだと知った。
・どんな状態でも、どんなにくじけて辛くても、前に進み続けるのは大事ということが一番印象に残りました。
・アラスカの景色
・ペルーで強盗に襲われた時に帰って冷静になった事や、アンデス山脈を登ってマチュピチュにたどり着いたときの感動の話、アフリカで病気になっても自転車を漕ぎ続けた話。
・無料できのこをくれた人の話
・海外の人はみんな優しくていい人だということ。不安なことがあっても一歩前進することでいいこともあるということがわかりました。
・まずは行動に移すことが大切だということ。自分の体験から本当にそうだと思ったから。
・北アメリカと、ペルーの温度差。
・自転車で世界一周するのがすごいと思った。世界の景色を見ることでできて楽しそうだと思った。
・イスラム教の人たちが怖いと思ったけど、実際は良い人ばかりだったということ。
須藤昌英
12月23日(火)全校集会(道徳)と「ハクナ・マタタ(何とかなるさ)」
〇今日で2学期77日が終わります。今日は旅行作家&エッセイストの石田ゆうすけ氏に、生徒たちへ講演をしてもらいます。
〇石田氏の「行かずに死ねるか!」の冒頭に、自転車で世界一周をした自転車の写真があります。その下に「期間:7年5ヶ月、走行距離:9万4494㎞、訪問国数:87か月、パンク回数:184階、スポーク折れ:34回、チェーン切れ:8回、使用タイヤ37本」と書いてあります。想像を絶する旅です。生徒たちの感想が楽しみです。
〇息子たちが幼い頃、よく自宅で一緒に子供向けのビデオを鑑賞していました。今のように有線番組のアニメ専門チャンネルやYouTubeなどはありませんでしたので、VHSの再生機におもちゃ屋さんで購入したカセットを入れて何度も鑑賞していました。思い出すと懐かしいです。
〇その中の一つにディズニーの「ライオン・キング」がありました。シンバというライオンの王の息子が、叔父に王国を追われたのち、旅の途中で出会う愉快な仲間たちに励まされ、やがて成長し自分の使命に目覚めていく物語です。
〇私が幼少の頃には、日本の手塚治虫氏による『ジャングル大帝(1965)』がブームでしたので、私はむしろそちらの方を思い出しながら観ていました。『ジャングル大帝』は、白いライオンパンジャとその子レオを中心にして大自然の中で繰り広げられる弱肉強食の生存競争や、人間と動物とのかかわりなどを描いたドラマです。
〇今は飼っていませんが、息子たちが幼い頃は、自宅で雑種の犬を1匹飼っていたので、息子たちがコロという犬に「シンバ、シンバ」とよびかけたり追い回していたりすると、犬のコロが困った顔をしていたのも思い出しました。
〇その「ライオン・キング」の中で一つ、今でも印象に残っている言葉が、「ハクナ・マタタ」です。これはスワヒリ語で、「ハクナ(Hakuna)」は「ない」、「マタタ(Matata)」は「問題」を意味し、合わせて「問題ない」「心配ない」となります。「心配ないさ!」「どうにかなるさ!」というメッセージになります。
〇最初は気弱で生真面目なライオンのシンバに、ティモン(ミーアキャット)とプンバァ(イボイノシシ)が教えた言葉で、「責任もない気ままな生き方」を象徴し、くよくよせず、気楽に生きようという前向きで楽観的な考え方(哲学)を表しています。
〇当時私はそれを観ながら「人生は何とかなるさだけでは済まないことばかりだ。いい加減なことを子どもに教えるなよ」などと思っていました。しかし今はその考えが180°変わっています。みんなそれぞれ自分なりに頑張っているのだから、たまにはその瞬間の人生を楽しむことの大切さを生徒たちに伝えています。
〇落ち込んでいたシンバが、仲間からこの「ハクナ・マタタ」という言葉と歌を通して生きる気力を取り戻し、次第に前に進むストーリーは、昭和の『ジャングル大帝』とは少し違って、さすがディズニー映画だと思います。
〇私自身も年齢を重ねるにつれて、心配事や不安感が増え、毎日が重荷ばかりに思ってしまうこともあります。しかし時々、ティモンやプンバァの良い意味での「いい加減さ」を思い出し、自分の置かれた状況を俯瞰(ふかん)して見るようにしてみることも大切だと思うようになりました。
〇今日講演してもらう石田氏にも、最後は生徒たちに「大丈夫、なんとかなるさ!」というメッセージが残るようにお願いしています。
須藤昌英
12月22日(月)冬季休業前保護者会
〇今日は冬至です。冬至は、日本を含む北半球で最も昼が短く夜が長い日で、二十四節気の一つです。日の出が午前6時46分、日の入りが午後4時30分です。それをもとにすると昼間は9時間44分、夜間は14時間16分となります。
〇冬至は太陽の力が最も弱まる日ですが、翌日からは陽の気が増し「一陽来復(いちようらいふく)」として運気が上昇に転じるため、厄除けや無病息災を願って「ゆず湯」に入ったり「かぼちゃ」を食べたりする風習があります。
〇ゆず湯は、血行促進、風邪予防、保湿、リラックス効果が期待できるそうで、語呂合わせとして「融通が利く」にかけ、長年の苦労が実るようにとの願いも込められています。昔はこの日に銭湯へ行って、香りがよい湯船に浸かり、思いっきり手足を伸ばしていたことを思い出しました。
〇またかぼちゃを食べるのは、栄養価が高く保存がきくため冬の間の貴重な食料だったことや、「ん」のつく食べ物で「運」を呼び込む縁起担ぎや太陽の象徴である黄色いかぼちゃで厄払いと無病息災を願うという、先人の知恵とゲン担ぎが合わさった風習のようです。かぼちゃは漢字で「南瓜」と書くように、東南アジアや中国からポルトガル人?(諸説あり)が由来です。
〇先週は年末のお忙しい中、保護者会に来校していただきありがとうございました。私からは、育てたい非認知能力と学力観について、2学期のブログからトピック的に20分間話をさせてもらいました。
須藤昌英
【校長の話:スライド】
12月19日(金)「2学期いじめの状況調査」より
〇先日、全校生徒を対象とした「いじめ」を把握するためのアンケートを行いました。通常、学校がいじめを認知するのは、「本人からの相談、他の生徒からの情報、職員による観察、保護者や地域の方々からの情報」となっていますが、定期的にアンケートによる状況把握を行っています。
〇集計した2学期の認知件数は8件で、その内訳は「冷やかしやからかいを受けた」「無視された」「悪口・陰口を言われた」などとなっており、最初の「冷やかしやからかい」が毎回の調査では一番多くなります。また「以前から継続的にある」との回答はそのうち4件でした。
〇そもそも「いじめとは、日常的なトラブルでも、本人が『いじめられた』『不快な思いがした』などと感じるものをすべて」と定義されており、生徒も職員もそれを意識しています。
〇今回のように、いじめと疑われる案件がありますと、その後必ず複数の教員で、本人及び関係生徒から事情を聴きとり、今後の謝罪や人間関係の再構築ついての話し合いを行います。
〇1学期の認知件数は11件でしたが、例年のように1学期は進学、進級などで新しいクラスになったり、旅行的行事があったりと、まだ人間関係が不安定な面があり、件数は多くなる傾向にあります。
【ホームページにある「土中いじめ防止木尾本方針」】
〇柏市では、「いじめが解消した」とする条件の1つが、「発生から3カ月以上当該生徒の関係の中で継続したいじめはない」となっていますので、先ほどの2学期8件の場合も、これから3カ月間は経過観察を行います。単に生徒同士の謝罪などをもって安易に「解消」としないこととなっています。やはり人の心の中までは見えませんので、経過観察の時間は必要です。
〇ひと昔前のように、生徒二人が喧嘩しても、「喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)」とはいかず、お互いがそれぞれ嫌な思いを抱くと、それはすべて「いじめ」とカウント(2件)します。そうなると簡単にその場でお互いに相手に謝って終わりとできないところが、正直難しいです。
〇ただ社会で働く我々大人も含めて、生きていく上で一番の悩みは「人間関係」です。「こうすれば必ずいじめはなくなる」のような究極の方法はなく、その都度丁寧に対応していくしかありません。
〇いじめに対しての対応は、「柏市いじめ防止基本方針」にも示されているように、早期発見と早期対応、学校組織内の情報共有、必要な指導・措置ですが、いじめのアンケートはその一つの入り口になります。その他として教職員の観察、保護者や地域の方々からの情報提供などがありますが、やはり一番多いのは本人やその周囲の生徒からの相談です。
〇いじめの未然防止も重要なのは言うまでもありませんが、具体的には、道徳教育を充実させたり人権意識を高めたりする地道な取り組みしかありません。
〇そして最後は生徒の想像力を引き出すしかありません。「〇〇をしてしまったけど、された方の気持ちはどうなんだろう?」「●●と言ってしまったけど言われた方の今の気持ちは?」など、だれもが意地悪をする側と意地悪をされた側の両方の経験をしているはずですので、「今の自分はどちらの立場が多いか?」と自分をメタ認知できるようになってほしいです。
〇いじめ以外で気になるのは、いじめアンケートの中に「普段の生活で困ったことや悩んでいることはありますか」の項目を故意的に設けています。これはいじめではないけれど、その他の相談もしやすいようにとの配慮からです。
〇その中に、「親子や兄弟姉妹関係について」 「クラスの雰囲気について」「受験する高校について」「塾での人間関係について」「自分自身の身体や性格について」などがあります。それらについても一つひとつ話を聞くなど丁寧に対応しています。
【文部科学省:生徒指導提要より「チーム学校における組織イメージ」】
出席停止の感染症にかかったら、こちらをご確認ください。
【通知】治癒証明書等の取扱いの変更について.pdf
柏市立土中学校
〒277-0033
千葉県柏市増尾1-23-1
TEL:04-7172-4809
FAX:04-7174-5846