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2月26日(木)キャアリア教育と職業教育
〇我が家は先日まで、屋根と外装の塗装工事をしていました。知り合いの業者に依頼し、その業者と提携している塗装専門店から職人さんたちが派遣され、半月程度で終わりました。聞くとこの2月は比較的天気が安定し、乾燥しているので、作業はやりやすいそうです。
〇何度か会話しているうちに、一人のリーダー的存在の職人さんは、住まいが我が家に近く、息子や娘たちが通った小中学校の卒業生だということがわかりました。成人後はしばらく別の仕事をしていましたが、ひょんなことから塗装工業の世界に入り、ここまで十数年続けているそうです。
〇いわゆる職人の世界では、伝統的に「徒弟(とてい)制度」が残っていて、弟子は師匠(親方)の技術を背中で見て学び、生活を共にしながら厳しく鍛えられるのが常だったそうです。もっと言えば、職人と師匠の関係は、会社などの単なる雇用関係や教育・研修の枠を超え、技術継承と人間形成の場となる密接な師弟関係のようです。
〇また職人の世界において、弟子が師匠に認められるには、単に「技術を習得した」という段階を超え、その道のプロフェッショナルとして精神的に自立したり、師匠の領域に少しでも近づけたと思えたりした時だそうです。その話を聞き、「厳しい面もあるけど、身に付けた技術は一生ものだから真剣に親方から学ぶんだな」と感じました。
〇我が国において「キャリア教育」という言葉が登場し、その必要性が提唱されたのは、平成11年に、中央教育審議会が「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という答申を出した時です。
〇この審議会は「キャリア教育を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」とし、さらに「キャリア教育の実施に当たっては家庭・地域と連携し、体験的な学習を重視するとともに、各学校ごとに目的を設定し、教育課程に位置付けて計画的に行う必要がある」と提言しています。
〇この答申を受け、キャリア教育に関する調査研究が進められ、平成14年には、国立教育政策研究所生徒指導研究センターが「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報告書)」を報告しました。この研究報告書は、子どもたちの進路・発達をめぐる環境の変化について、数々のデータを基に分析し、「職業観・勤労観の育成が不可欠な『時代』を迎えた」とし、さらに学校段階における職業的(進路)発達課題について解説し、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」を示しました。
〇そのように今の中学生が生まれる15年以上前から、「キャリア教育の重要性」が叫ばれるようになった背景には、地球規模の情報技術革新による社会経済・産業的環境の国際化(グローバリゼーション)があります。そしてその影響は日本の産業・職業界に構造的変革をもたらしたことにとどまらず、私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼしています。
〇キャリア教育導入の背景を考える上では、このような社会環境の変化が、子どもたちの成育環境を変化させたと同時に、子どもたちの将来にも多大な影響を与えたことを認識することが重要です。情報技術革新はただ「生活に便利で楽になった」だけでなく、子どもたちの成長・発達及び教育の目標や教育環境にも大きな影響を与え始めています。
〇文部科学省が示す「キャリア教育」の目的は2つです。
1 人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、「キャリア」であるとされています。
2 一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育が「キャリア教育」です。
〇注意すべき点は、キャリア教育は「生き方」を育む広い概念で、その一部として職業教育があるということです。後者は「専門技術」を学んでスキルをアップするなどより実践的な能力育成に特化しているものです。職人を育てるのは職業教育ですが、キャリア教育は社会的・職業的自立に向けた「汎用的な力」を養うのがその主目的です。
〇また思いついたのでAIに、「昔ながらの徒弟制度と現代のキャリアアップとの共通点はないか?」と質問してみました。答えは簡潔で、「【実践的な現場での経験を通じてスキルを習得する】という点と【熟練者(メンター)からの指導】という点です」でした。また「なるほど!そこか!」と納得させられました。つまり「実際の現場で、人が人に教えて働きながら学ぶということだ」と理解しました。
〇働くと聞くと思い出すのが、次の2つの歌です。
「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ」
「働けど働けど なおわが生活楽にならざり ぢつと手を見る」
この2つはいずれも石川啄木(1886~1912)がつくったことは有名です。啄木の歌は国語の教科書にもよく掲載されています。
〇啄木は、繊細な感受性で「悲愁の歌人」とも評されました。しかしその一方で、私生活では多額の借金や家庭内外での人間関係トラブルなどが多く、とても人間臭かった(今で言えばトラブルメーカー)印象があります。父は僧侶でしたが、家庭状況が複雑で、紆余曲折した最後は26歳で結核で亡くなりました。
〇昨日の太宰治よりも20歳以上年齢が上ですが、東北地方(青森県と岩手県)の出身やダメ人間(人間失格?)とも見える矛盾した性格の持ち主という点では共通です。またどちらも独りよがりで寂しがり屋、しかし高い芸術的才能を持ち合わせていて、私も昔から「文学者(文豪・歌人)には変人が多い?」とのイメージが強いです。
〇1つ目の歌を表面的に読むと、自分の仕事があまり快く思っていないようですが、実は仕事をやり終えた満足感があるのでは・・と私は感じています。自分の仕事に対する自信があり、前向きな気持ちで仕事に取り組み、「し遂げた仕事に満足感が得られたら、死んでも悔いはない」というほどの気概が感じられます。
〇2つ目の歌はどうやら、当時の日露戦争後の慢性的な不況、高物価、低賃金という過酷な社会・経済状況などが背景にあるようです。二十歳代の若者が、自分を含めた労働者の苦悩を代弁していると考えると、同情も感じます。最後のおそらくマメだらけだった自分の手を見て、人生の空しさや自己嫌悪を感じていたのでしょうか。ただ実際は肉体労働よりも記者等の文章を書く仕事を点々としたようです。
〇冒頭の職人さんの親方を一度だけ見かけました。年齢は私くらい(60歳過ぎ)だったでしょうか。本当は直接話を聞いてみたかったのですが、一人前であるはずの弟子の仕事をチェックし、アドバイスをしていたようで、その機会を逃しました。私に弟子はいませんが、なぜか?「負けてはいられないな!」と思いました。
須藤昌英
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