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校長雑感ブログ

1月19日(月)市内新人駅伝・ロードレース大会&防寒着あれこれ

〇一昨日は阪神淡路大震災から31年でした。夜明け前の地震でもあり多くの方がお亡くなりになりました。ただ段々とその記憶が風化されていることが課題です。私もその教訓を生かすことを常に考えていますが、まずは「今もしここで地震が発生したら・・」と当事者意識を継続することだと思います。

〇3人の子どもが生まれた日の朝刊を保管していますが、そのうち長男は震災の次の日に生まれましたので、朝刊一面には震災直後の写真が大きく掲載されていました。多くの方が命を落とされた後に生まれたので、当時は誕生を喜ぶ気持ちと混じり合い、複雑な気持ちでした。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

〇今年に入り、元日の社会人駅伝、2,3日の大学の箱根駅伝、週末ごとに女子や男子の都道府県対抗駅伝と、駅伝の放送が続きました。日本人が駅伝を好むのは、「和」や「団結力」を重んじる文化に根ざし、「チームのため」「仲間との絆」で走る姿への共感、「たすき」という象徴、そして「挫折と成長のドラマ」に心を打たれるためです。

〇金曜日、県立柏の葉公園と総合競技場において、令和7年度柏市中学校新人駅伝大会が行われました。公園内の巡回コースを、一人が約2000m、女子は5人、男子は6人でタスキをつなぎました。結果は女子Aチームが12位、男子Aチームが19位、男子Bチームは12位でした。普段の練習の成果を出しきりました。

【女子チーム】

1区酒井塔子さん(2年) 2区舟山 凛さん(2年)

3区仲山瑠色さん(2年) 4区丸山さくらさん(2年)

5区中村瑠菜さん(1年)

【男子A】

1区富山 航さん(2年) 2区染谷琉惺さん(2年)

3区岩佐 瞬さん(2年) 4区石井堂雅さん(2年)

5区東嶋笑輝さん(2年) 6区志村羚弥さん(2年)

【男子B】

1区宇佐美元就さん(1年) 2区染谷宣喜(1年)

3区和田來幸さん(1年) 4区志村彪弥さん(1年)

5区熱田 樹さん(1年) 6区吉村碧透さん(1年)

〇また駅伝ではなく、女子個人のロードレースには、土屋潤佳さん(1年)、西條小百合さん(1年)、村田莉娃さん(1年)が参加しました。男子個人ロードレースには、荻谷水都さん(2年)が参加しました。全員が駅伝と同じコースを走り、良い経験となりました。

〇長い距離を走ることのためには、強靭な体力(健康的な体)さえあればいいものではありません。走っている間は、他の人を競うというよりも、自分自身と向き合い続けるメンタルが必要です。「こんなにつらいのになんのために走っているのか」「もうやめてしまおうか」などの自分自身の中にある『甘い』誘惑に打ち勝つことは、学習面やその他の面で必ず役にたちます。

〇午(馬)年でいうと、馬は自分の身体で、乗る騎手は心や精神にあたります。馬(身体)を上手く乗りこなすには、馬(身体)の特徴をつかみ、馬(身体)と一体となって心をコントロールすることが必要です。「心と身体のバランスが大切」だと良く聴きますが、まさしく一つのことに集中して取り組むことが、その状態だと思います。

〇先日の駅伝応援は、日差しがあり暖かく感じましたが、さすがにこの時期ですので日陰に入ると底冷えし、選手以外の人はダウンコートにマフラーや手袋などをしていないと耐えられない感じでした。

〇朝、生徒玄関前に立っていると、いろいろな防寒着を着た生徒が登校してきます。マフラー、手袋、ネックウォーマーももちろんですが、この時期はマスクも一つの防寒着になっているようです。外着は部活用のウィンドブレーカー、市販のダウンウエアーなど様々です。ただ個人ロッカーが小さいので、そこで保管できるものに限られます。。

〇手に持つ携帯用の使い捨てカイロも有効です。手がかじかんでいると、身体全体まで寒い気がしますので、もっと使ってもいい・・と思います。ただ生徒には、使用が終わって不要になったら、自宅へ持ち帰って捨てるように指導していますので、もしかしたらそれが面倒?なのかもしれません。以前に勤めた学校では、その使い捨てカイロが教室のゴミ箱に大量に捨てられ、処分に困った経験もありますので、致し方ないこともご理解ください。

〇防寒対策には重ね着が必須であると言われており、調べてみると今は、重ね着をレイヤリングとも言い、「ベース、ミドル、アウター」と分かれ、それぞれ「〇〇レイヤー」と呼ぶそうです。そのうちベースとは、肌に密着する1番下に着る防寒インナー(アンダーウェア)のことで、最近は汗や水蒸気を熱に変えて発熱するものが主流になっています。

〇また寒さ対策には、暖かい空気をうまく体の近くでためることも重要で、その状態を羽毛を使った衣類(ダウンのコートやジャケット)が有効です。私も以前はジャケットや背広の下にベストを着用していましたが、近年は「インナーダウン」として、薄手のダウンを着始めましたら、暖かいので脱げなくなりました。そのようにアウターの中に着る防寒服のことをミドルと呼び、防寒効果を持続できます。

〇生徒は制服やジャージの下に、カーディガンやセーターを着用しています。ただし色は、白、黒、グレー、ネイビーなどを基調としたものとしています。休日に私用で外へ出かけるのであれば、特別に規制はなくてもいいと思いますが、生徒にとって学校は、一応「公用的な場所」ですので、使い分けをすることも学びだと思います。

〇最後のアウターレイヤーは、保温性もそうですが、防水や防風に優れたものが理想です。ぴったりフィットするサイズ感よりも、少し余裕があり、空気をたくさん含めるサイズを選ぶことで、より保温力がアップします。

〇またマナー面では、「防寒着等は玄関で脱いで手にもって建物に入る」のが社会人の常識ですので、現在はそれを生徒に強いてはいませんが、知識として覚えておいても損はないと思います。「大人になって初めて聞いた」ではなく、今から知っておいて、必要な場面(将来の会社訪問や就職面接など)になったら実行してほしいです。

〇よく「フォーマル」と「インフォーマル」と区別しますが、それぞれの場面で服装を適切に切り替えることが、自分の気持ちを切り替える一助にもなります。生徒たちには、「決まりごとやマナーだから守る」だけではなく、「どうして場面に応じて服装を使い分けるのか?」「今はどんな服装が適しているか?」などを、自分事として考えてもらいたいです。

〇先日実施した「学校教育に関するアンケート(学校評価)」にも、保護者から意見をいただきました。「娘は冷えによる体調不良をたびたび訴えている」「レッグウォーマー、アームウォーマー、ひざ掛けなどの暖をとる手立てを」等は、全体の「生活の決まり」を改定する前に、個別の申し出を許可する方向ですので、ご相談ください。

須藤昌英

1月16日(金)自律神経を整える(2つの神経のバランス)とハラスメント

〇まだ1月ですが、学校南東の坂道脇には白梅、学校玄関まえの花壇には赤梅がほころんでおり、春の兆しが実感できます。日当たりが良いのでしょうが、まもなく満開に咲くような勢いがあります。

〇私は普段から移動する際には、徒歩の他に自転車、バイク、自動車などを利用しています。最近、歩いていたり運転していたりする時に、よく見かけたり自分が出会ったりすることがあります。信号機のない横断歩道で待っている人に、「一時停止」をして、道を譲るドライバーが増えたと思います。

〇そもそも法律で、「横断歩道は歩行者優先であり、運転者には横断歩道手前での減速義務や停止義務がある」と規定されています。ただ一昔前までは多くの人はこのことを知ってはいても、わざわざ停車して、横断歩道を歩行者が渡るまで待っている車はほとんどありませんでした。これからもこのような人が増えるといいなと感じます。

〇このことで思い出したことがあります。人間の自律神経に関して多くの研究を発表している順天堂大学医学部の小林博幸教授が何かの雑誌に「運転中に相手の車に道を譲るだけで、自律神経が整う」と書いていました。最初読んだ時は「まさか・・それだけで・・」と思いましたが、よく考えてみると確かに道を譲る時は自分の心や気持ちに余裕があり、さらに道を譲った相手がこちらに頭を下げてお礼をされると、もっと気分が良くなります。こんな小さなことでも人間の身体は微妙に反応していることが面白く感じます。

〇自律神経系とは、身体の血圧や呼吸数など、体内の特定のプロセスを調節している神経系です。そして自律神経は身体の働きをコントロールするにあたり「交感神経」と「副交感神経」の二種類に分かれます。車に例えると、交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキにたとえるとわかりやすいです。

〇交感神経の働きが上がると気持ちは高揚し、仕事の能率はあがります。逆に副交感神経の働きが上がるとリラックスし、疲れがとれていきます。ただ大事なのはこの2つのバランスで、交感神経が優位に立つとイライラし、身体の免疫力が低下します。逆、副交感神経が優位に立つと注意力が散漫になり、作業などのミスが増えます。

〇子どもを含めた現代人は、自律神経が乱れがちで特に「交感神経と副交感神経のバランス」がとれていないとは以前から指摘されています。先ほどの小林教授の言葉を引用させてもらうと、「自律神経とは、自分の意思で動かせない臓器をコントロールしている神経です。例えば末梢神経でいうと、自律神経はその周りにある筋肉を動かし、血流をコントロールしています。健康でないと、いいパフォーマンスはできませんよね。」と言われています。

〇生徒たちは学校では主に交感神経を優位に働かせて、学習や活動をしています。なぜならば、ボーとしていると授業の内容が頭に入ってきませんし、体育や部活動などでも転んだりつまずいたりと危険なこともあります。朝自宅を出てから、登下校も含めて夕方帰宅するまでは、ほとんど交感神経を働かせていると言えます。

〇ですので自宅等では、副交感神経の出番になります。副交感神経は好きな音楽や動画を聴いたり観たり、家族とおしゃべりしたりするだけで活発になるそうです。また身近な自然を感じたりする、例えば登下校で朝陽や夕陽を「キレイだな~」と感動してながめたり、道端の草花や昆虫を見つけたりすることも有効だそうです。

〇気分転嫁としてスマホやテレビゲームも否定するつもりはまったくありませんが、それを適度に利用し、少なくともそれを追いかけるまたは追いかけられる時間(これは副交感神経ではなく交感神経が優位になっている)を少なくするようにしたいものです。

〇近年、大人の社会でも「ハラスメント」に関するニュースが多くなりました。県の知事や大きな市の市長など、組織のトップにいる人の部下等への発言が話題になっています。「ハラスメント」とは、相手に不快感を与えたり、不利益を与えたりして、その人の尊厳を傷つける言動全般を指します。身体的なものだけでなく、暴言や無視などの精神的な攻撃も含まれ、意図的でなくても相手が不快に感じれば成立します。

〇具体的には、パワハラ(パワーハラスメント)、セクハラ(セクシュアルハラスメント)、マタハラ(マタニティハラスメント)などが代表的で、多くの種類があります。多くは職場など特定の環境で「優位性」を背景に行われる場合に「パワハラ」などと具体化され、法的対策が義務化されるなどより明確な定義と対策が求められます。似ていますが、子どもどうしのいじめはより広範で、長期的な継続性や加害者の意図が強い場合が多いです。

〇ハラスメントは「行為者が意図しなくても、相手が不快と感じれば成立する」点が特徴で、相手の受け止め方が重要になります。たとえ言った方が「それはそういう意味で言ったわけではない」と弁明しても、言われた側が「その言葉で傷ついている」となれば、ハラスメントと認定される可能性が高くなります。つまり相手の尊厳を傷つけ、不快感や不利益を与える行為は、人権侵害になるということです。

〇ハラスメントなどによる強いストレスは、自律神経のバランスを崩し(自律神経失調症)、それから動悸・めまい・不眠・頭痛・胃腸の不調などの身体症状が出たり、不安・抑うつ気分・イライラなどの精神症状を引き起こしたりします。これは、心理的ストレスが交感神経を優位にするためで、心身が発するSOSサインですので、早期の相談(医療機関、外部機関など)と適切な対処が重要です。

〇ハラスメント防止の心がけは、相手の人格と個性を尊重し、多様性を理解する姿勢が基本です。具体的には、相手の立場に立って言動を想像し、嫌がっているサインを見逃さないこと、明るくさらっとしたコミュニケーションを心がけること、そして「ハラスメントかも?」と感じたら記録して相談窓口を活用することが重要です。

〇冒頭の方法以外に自律神経を整えるには、「規則正しい生活リズム」(朝日光、決まった時間に起床・就寝)、「適度な運動とリラックス」(昼の運動で交感神経を刺激、夜のぬるめのお風呂で副交感神経を優位に)、「バランスの取れた食事とストレス管理」(香味野菜、発酵食品、深呼吸、寝る前のスマホ制限など)、「深呼吸」(ゆっくり吐く呼吸法など)が重要で、これらを組み合わせ、日中は活動的に、夜はリラックスするメリハリをつけることが大切です。

〇生徒も学校で学習や運動に取り組み時と、自宅で休養する時の「ON」と「OFF」の上手な切り替えができる子とそうでない子がいると思います。自宅ではゆっくりと過ごすことも大切ですが、冒頭の車の運転のように、家庭でのお手伝いで家族に自分の時間を使う場合なども、自律神経を整えることにつながります。少なくともその生徒はその日を穏やかな気持ちで過ごせることでしょう。

須藤昌英

1月15日(木)生命活動の不可思議と人間の能力のピーク

〇1月15日を中心とする正月行事を小正月(こしょうがつ)と言います。1月1日(大正月)に対する言い方ですが、1年の始まりを祝う行事の締めくくりとされています。よく言う「お正月」はこの大小の「正月」を合わせたことを指すのでしょう。

〇昨年のお正月に観た映画「はたらく細胞」が今でも印象に残っています。最初は気乗りしませんでしたが、館内には親子連れも多く、随所に戦闘シーンもあるので、子どもはどういう感想をもつのか?と想像しながら観ました。観終わって色々と考えさせられました。

〇その映画の公式ホームページから紹介文を引用させてもらいます。

「人間の体内の細胞たちを擬人化した斬新な設定で話題を集め、テレビアニメ化もされた同名漫画『はたらく細胞』を実写映画化。ある人間親子の体内世界ではたらく細胞たちの活躍と、その親子を中心とする人間世界のドラマを並行して描く。人間の体内には37兆個もの細胞が存在し、酸素を運ぶ赤血球や細菌と戦う白血球など無数の細胞たちが、人間の健康を守るため日夜はたらいている。高校生の主人公は、父と2人暮らし。健康的な生活習慣を送る主人公の体内の細胞たちはいつも楽しくはたらいているが、不規則・不摂生な父の体内では、ブラックな労働環境に疲れ果てた細胞たちが不満を訴えている。そんな中、彼らの体内への侵入を狙う病原体が動き始め、細胞たちの戦いが幕を開ける。」

〇人間の主人公の体内にある細胞の方の主人公は、赤血球(肺から取り込んだ酸素を全身の組織に運ぶ役割)と白血球(細菌、ウイルス、カビといった外敵やがんから身体を守る働き)です。それぞれが自分の役目を果たそうとする中で、無意識でお互いに連携してはたらいていますが、そのことを人間はまったく知らないで生きています。

〇先日、初日の出を見て、太陽と我々生物の関係を思ったことを書きましたが、あれはマクロ(大きい・巨大)的な関係ですが、細胞はミクロ(小さい・細かい)的な世界で対照的です。ただ「目に見えない・意識できない」という点で共通点も感じました。

〇私は学生の頃から、「遺伝子や細胞」に興味があり、一時期は科学者としてその研究もしてみたいと思っていました。ただ自然とそれを断念し、数学の教員となりましたが、生物分野でも数学が活用されているので、教員になった後も生物系の本を見るのが好きです。

〇例えば、細胞は1つの細胞から順々と細胞分裂していきますが、1回目の分裂で1個が2つに分裂して2個、2回目の分裂で2個がそれぞれ2つに分裂して4個、3回目の分裂で4個がそれぞれ2つに分裂して8個・・となり、30回目の分裂でおよそ10億個になります。つまり2のカイ乗(n乗)計算は、予想をはるかに超えるスケールで増えていきます。

〇また3年生が理科で学んでいますが、生命の誕生に関しては、メンデルの法則(遺伝子に関する古典的研究)があります。ここではその詳細は避けますが、エンドウ豆の丸形としわ型を交配させ、交配によって一つが他よりも優れて現れるのを「優性遺伝」と呼びます。その結果分析にはマトリクス(縦軸・横軸の二次元で構成された表)を使い、統計的な数学の処理をしています。

〇また身体的な成長面では、人生で頭脳が一番純真・鋭敏に働くのは、十歳前後から十三、十四歳くらいまで。想像力、創造力、連想力、記憶力は、十一、十二歳が最も旺盛ですので、中学生は身体的には立派な成人です。

〇私が特に注目するのは視力や聴力です。これも同じく人生で一番能力が高いのは、九歳から十歳頃で、よく子どもが「穴のあくほど何かをよく見ている」と表現するのはそのためとも言えます。夏に孫娘が公園で、足元のアリの行列をじっと眺めたまましばらく動かないことがたびたびあり、こちらからすると「一体何が楽しいのか?」と一瞬思ってしまいます。

〇しかしよく考えてみると、私も幼い頃によく空の雲や池の鳥などを飽きずに見ていたことを思い出しました。大人から見れば不思議なことに夢中になる子どもたちですが、“子育て心理学”を発信している公認心理師・佐藤めぐみ氏は次のように指摘しています。

「子どもが読む絵本の中には、様々な生き物が出てきますが、案外、実際にそれらに会える機会は少ないものです。キツネやタヌキ、そしてウサギやクマ、どれも絵本には頻出する人気キャラクターですが、子どもが外にお散歩に行って、会えるようなものではありません。その点、【アリさん】は家の庭や公園でも会える身近な存在です。メディアで「会いに行けるアイドル」が人気のように、絵本の中の存在に実際に会えるというのは、やはり子どもたちにとって大きな魅力なのだと思います。」

〇面白い説明だと思います。真摯に生きる姿を、分かりやすく見せてくれるのが、アリの行列なのかもしれません。単純にアリが働いている様子自体を楽しんで見ている子どもは、大きく成長するにつれて、社会に出ていく際に、目の前に起こる出来事に対し、自分なりのストーリーを見出すようになっていくのでしょう。好きなことを探求する時間を大切にしてあげたいものです。

〇もう一つの聴力ですが、若者にしか聞こえない「モスキート音」もよく話題になります。人間の聴力は年齢とともに高い音から聞こえにくくなるため、17,000Hz〜20,000Hz近い高周波音は、子どもや若者には聞こえるものの、30代以上になると聞こえにくくなるのが一般的のようです。これは加齢による「加齢性難聴」の初期段階とも言え、モスキート音は耳年齢の簡易チェックにも使われています。

〇この能力も視力と同様に、子ども時代にピークを迎えるには何か意味があるような気がします。大人になると子どもの頃に聞こえていた音(たとえば森の中で聞こえる風や虫のささやかな音など)が聞こえにくくなり、今起こっている現象が正確に把握できなくなります。しかし大人はその分、それまで経験してきたことから、これから起こることを予測し、自分なりの判断や解釈を重要視します。

〇でも本当は子どもの頃のように、「どうしてだろう?」「これからどうなるのだろう?」と疑問符で生きていく方が、物事を正しく見極めることができるのではないでしょうか?少なくとも子どもに大人の勝手な判断を押し付けてしまうことは避けたいと感じます。

〇数年後には生徒たちは、社会に出てそれぞれの職業を通して収入を得ると同時に、その仕事や役割を通して社会に貢献していきます。その貢献という目には見えないはたらきを自覚することが、その仕事を継続していく要因となります。「自分も何かの役に立っている」が自己有用感となりますので、冒頭の細胞たちのはたらきと共通している面があります。

〇昨年、就任直後の首相が、「働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と「働く」を連呼して話題になりましたが、本来「働く」は、「自分の行為によって傍(はた)を楽(らく)にする」ことです。

須藤昌英

1月14日(水)日本人らしさのルーツ

〇昨日、外国人の日本語習得を難しくしている要因が、日本語の豊富な語彙と多様な表現となっていると書きましたが、来日している外国人が日本や日本人をどう見ているのか?も興味深い問題です。よくあるのが「勤勉」「真面目」「誠実」「シャイ(Shy)」等でしょう。

〇ただ一部には、「日本人は冷たいという印象をずっと持っていた。しかし日本に来て、優しい人が多いなと思った」や「世界ではハグして挨拶するのが普通なのにこの国では失礼になることがあることや、会釈があるけど外国人からするとかしこまりすぎて距離がある感じがする」などの印象もあるようです。

〇また一番気をつけたいのは、最近急速に日本人が「外国人嫌い」になっている?ことをあちこちで見聞きすることです。特にネットやSNSで、特定の国や人種に対して、酷い悪口を投稿している人が少なくないようです。一昨年くらいに、アメリカ前大統領のバイデン氏が「日本人は外国人を毛嫌いし、移民を受け入れない」と発言したことは、今でもはっきりと記憶しています。

〇10日のHNK「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?」という番組で、「日本人らしさはどこから生まれたか?」をテーマにしていました。80分の番組でしたが、興味深く視聴しました。

〇結論を挙げますと、地形学的視点では過去に日本周辺で巨大噴火が何度か発生していることが最近の調査で明らかになってきており、それが遠回りの原因になっているというのです。特に注目していたのが、今から約1万3000年前から約2300年前までの約1万年間続いた縄文時代に、鹿児島の南にある薩摩硫黄島付近であった海底火山の噴火です。

〇その海底の噴火跡を調べると、直径20㎞もあり山手線がスッポリ入ってしまう広さで、その中央には高さ450mの世界最大級の溶岩ドームがあります。江戸時代の富士山噴火では、関東地方に火山灰が降り積もり、空も真っ暗になったと記録に残っていますが、その250倍の規模の噴火だったことがわかっています。想像を超える大噴火です。おそらく日本列島全体が大きな被害に見舞われ、当時生きていた縄文人も生き残れたのは少数であったようです。

〇災害考古学の専門家は、度重なる災害によって日本人には、遺伝子DNAレベルで、「自然災害は個人では立ち向かえないのでチームプレイをする」情報が組み込まれていると指摘します。その遺伝子は日本人独特で、「D‐M55」と呼ばれ、その遺伝子を持つ人は、「攻撃性が少ない、友達が多い、コミュティーが強い」などの特性を強く備えています。統計的には日本人男性の三割ですが、この人たちが他の7割の日本人にも大きな影響を及ぼしているといいます。

〇そもそも日本は地震(火山)大国で、世界で起こるマグニチュード7以上の地震は、日本だけでその2割が発生しており、そこから日常で不安を感じやすい日本人は全体の8割にもなり、これは欧米人の2倍、アフリカ人の3倍だそうです。いつも何となく不安なのは、私も経験がありますが、これは先祖から受け継いだ遺伝的な面もあるのだとあらためて感じました。

〇ただ逆から考えると、不安があれば用心深くなり、いろいろな環境の変化にも対応ができるので、生存には有利とも言えます。要するに日本人は何ともいえない不安の解消のため、仲間づくりをしてその仲間をおもんばかって生きていくことを、その閉ざされた集団の中で幼いころから身に付けてきたのだと思います。

〇先週の金曜日に行った第3回の避難訓練では、生徒たちに冬に食べるお鍋にはよく豆腐が入っていることから、「豆腐は水(湯)に浮くか?」の話から始めました。理科で学習していますが、水の密度を1とすると、それよりも密度が高い物質は水に沈み、密度が低ければ浮きます。また水の密度に近いほど、その物質の浮き沈みはゆっくりとなります。

〇生徒たちはキョトンとしていましたが、「そこで鍋の水がだんだんと沸騰すると豆腐が浮くのは、豆腐の内部に含まれる空気が熱で膨張して浮力が増すことと、豆腐の水分が抜けて密度が水に近づくこと、そしてニガリに含まれる成分(塩分)が水に溶け出して豆腐の密度が調整されるためです」と続けました。

〇さらに「水の密度をあげるには、水に塩、砂糖、みりんなどを加える方法があり、これは溶かした物質(溶質)の質量が水の質量に加わるため、同じ体積に対する全体の質量が増加するからです。人間も真水よりも塩水の方が浮きやすいのは、海水浴で経験しているでしょう」と前振りしました。

〇そこで一番言いたいこととして、「我々が住んでいるこの地表(地殻)は、マグマ(マントル)に浮いている豆腐と同じようなものです。地下のマントルが対流しているので、当然この地表もその影響を受けています。それが地震の主な原因となります」と説明しました。

〇実際にマントルは地球の表面の硬い層の下から深さ約2,900kmまで広がる高温・高圧の岩石の層で、地球の体積の約8割を占め、地殻プレートがその上でゆっくりと移動(マントル対流)する原動力となり、地震や火山の活動、大陸移動に深く関わっています。

〇最後に生徒たちに恐怖を与える意図はありませんでしたが、あえて厳しいことを言いました。「日本で地震が起こるのは当たり前であり、基本的に地震は今の科学では避けて通れません。やっと予知を可能にするシステムができ始めたばかりで、まだまだその精度は高くありません。地球物理学者の中には、【地球は生きていて、地震は人間でいえばくしゃみをするくらい自然なこと】と言う人もいます。いくら私たちが願っても、人間の営みに無関係に起こります。前も言ったようにまずは最初の揺れで、自分の身は自分で守るようにしてください」と結びました。

〇先ほどのNHKの番組の終わりに、社会学の専門家が、「日本人の無常観はここからきている」と話していたのが印象に残りました。AIで「日本人の無常観」と検索すると、次のように回答がありました。

・日本人の無常観とは、「諸行無常(すべてのものは常に変化し同じ状態に留まることはない)」という仏教思想を基盤とし、四季の移ろいや自然災害の多い日本の風土の中で育まれた、「移ろいゆくものに美しさを見出、はかなさを受け入れ、今を大切にする」という独特の人生観・美意識です

〇昨日は人間と世間について書きましたが、日本人と日本列島も密接な関係があるのだなと思いました。

須藤昌英

 

1月13日(火)人間(じんかん)と世間(せけん)

〇昨日は「成人の日」で、各地でお祝いの会が開かれました。私もかつて教育委員会事務局に勤務していた際、成人式は教育委員会が主催なので、成人者を迎える仕事をしていました。一時期は成人式で大暴れする若者がいましたが、参列者の中には5年前の卒業生もいたりして、再会を喜びその生徒の中学校からの成長に驚いたものでした。

〇隣の東京都では、成人者の6人に1人が外国の若者だとニュースが伝えていました。日本で学んだり働いたりしている人がいかに多いかがわかります。私も3連休中に車の定期点検をディラーで行いましたが、整備場で働く数人はすべて外国人でした。一生懸命に働いていました。丁寧に「ありがとう」と伝えました。

〇外国人の方がよく「日本語の難しさは世界でも類のないほどだ」と言います。その理由は日本語の曖昧な表現方法、敬語の使用方法など、覚えることが多いためです。また特に外国人からすると、ひらがな、カタカナ、漢字などが自由自在に使われており、それは日本語を母国語とする人であって(私も含めて)も、特に漢字を正しく理解していない人がいます。

〇また同じ漢字でも時代によって読み方が変化します。たとえば「人間」と書いた際、今は一般的に「にんげん」と読んでいますが、明治時代には「じんかん」と読んでいることを、昔、夏目漱石の作品をいくつか読んでいて知りました。この背景には、いくつかの原因や経緯があります。

〇元々、漢語としての「人間(じんかん)」は、「人の世」「世間」といった意味で使われており、特定の個人を指す言葉ではありませんでした。しかし明治時代以降、西洋の "human being"や "man"といった概念を翻訳する際、新しい意味を持たせるために「にんげん」という読みが一般化し、現代の意味での「人」を指す言葉として定着したようです。

〇私は「人間」という言葉を明治時代には「じんかん」と読まれていたというのは、とても興味深く感じます。それは漱石の高い漢語の素養を示すものですが、たとえば『草枕』では、「じんかん」と読むことで、俗世間から離れた境地や、漢詩的な世界観を表現しようと意図的に「じんかん」という読み方を用いていたと考えられます。

〇私は昔、人間には「人と人の間でしか生きられない」という意味があると教わりました。他の動物は、犬、猫、馬、熊、鹿、・・・など、漢字一文字で表すことが多いです。もちろん「人」は一文字ですが、「人」と書くと「人間」よりも冷たいイメージがあります。

〇「人間味がある」「人間らしい」と言う場合には、先ほどの人間(じんかん)の意味である「世の中」「世間」が強く意識されていると思います。つまり「人は人が寄り集まった【世間】の中で、お互いに切磋琢磨したり協力しあったりして生きる宿命がある」にもつながります。

〇また似た言葉で「世の中: 広範囲に世界全体や社会全体を指す」と「世間: 限定的に自分の身近な人間関係や地域を指す」があります。具体的な使用例は「生きづらい世の中だ」と「世間の目を気にする」では、自分と周囲の人たちとの距離感が違います。

〇さらにその2つと「社会」という言葉の使い分けをいつも悩んでいます。「社会」は、共通の文化や制度、ルールなどを共有する人々の集団を指し、国や世界といった広範囲を指すことが多いです。別視点では、「世の中」や「世間」は、自分に関係のある人たちで構成されるのに対し、「社会」は自分に関係のない人たちも含むという違いがあります。

〇学校も小さいですが一つの「世間(社会)」です。よく学校は社会とかけ離れており、昔から「学校の常識は世間の非常識」とも揶揄されてきました。しかし本来、学校と社会は、「社会の一員として生きる力を育む」と「将来の役割へ導く」という相互補完的な関係にあり、密接に連携していく必要があります。

〇要するに学校は知識伝達だけでなく、社会の縮図として協調性や課題解決能力を育む場であり、近年では「社会に開かれた学校」として「地域の中にある学校」という認識を深め、社会全体で子どもを育てる体制が重要視されています。まさに人間は「人と人の間でしか生きられない」ということです。

〇話を漢字に戻しますと、私も中学生の頃は漢字には苦しめられた思い出があります。それは比較的に部首などが明確なので、「漢字を書く」面よりも「漢字を読む」面に困惑していました。

〇漢字は大きく2つに分けると、音読み(おんよみ:中国から伝わった発音を元にした読み方で、意味が分かりにくいことが多い)と、訓読み(くんよみ:漢字の意味に合わせて日本で作られた固有の和語で、単独で意味がわかるのが特徴)があります。

〇2つの伝わってきた時代に相違があります。呉音が5〜6世紀頃の中国南方(六朝時代)の音(仏教用語に多い)であるのに対し、漢音は7〜8世紀(奈良・平安時代)に遣唐使がもたらした唐の長安音(一般的・学術的な漢字音)を指します。 

〇漢字の音読みと訓読みは、それぞれ異なる起源と特徴を持ち、日本語に豊かさをもたらす一方で、複雑さの原因ともなっています。それぞれの長所(メリット)と短所(デメリット)は以下があります。 

・音読みの長所

造語力の高さ: 複数の漢字を組み合わせた熟語(例: 帰国、帰社、帰宅)を容易に作ることができ、新しい概念や専門用語の表現に優れています。

簡潔性・普遍性: 発音が1〜2音節と短く、多くの熟語で共通の読み方として機能するため、文章の可読性を高めます。

表記の明確さ: 文書や公式な場面で広く使用され、意味を限定する役割を果たします。

・訓読みの長所

意味の直感的な理解: 発音を聞いただけで意味が理解できます。

表現の豊かさ: 日本語の感情やニュアンスを繊細に表現するのに適しており、話し言葉や文学的な表現に深みを与えます。

単独での使用: 漢字一文字で完結した言葉として使われることが多く、送り仮名とセットになる場合が多いです。

・音読みの短所

単独での意味の不明瞭さ: 一文字の発音だけでは意味が分かりにくいことが多いです。

複数の読み方の存在: 中国から伝わった時期や経路によって「呉音」「漢音」「唐音」などの複数の音読みが存在し、学習者にとって混乱の原因となることがあります。 

・訓読みの短所

熟語構成の難しさ: 音読みの熟語ほど自由な組み合わせが難しく、新しい熟語を作るのにはあまり使われません。

学習の複雑さ: 同じ漢字でも文脈によって読み方が異なる場合があり、習得に時間と労力がかかります。 

〇今では音読みと訓読みの両方があることで、日本語は豊富な語彙と多様な表現を可能にしていると感じますが、それが同時に冒頭の外国人の学習の難易度を高める要因ともなっています。 

須藤昌英

1月9日(金)馬(午)年は上手(うま)くいく!?その2

〇昨日は「馬」について書きましたが、今日も「馬」にまつわる話をさせてもらいます。昨日も書きましたが、馬と人間の関係は昔から非常に強く、お互いに信頼しあって生きてきた気がします。馬を飼う人は特別な環境が必要ですのであまりいませんが、今は馬の代わりに犬や猫と心を通わせている人が多いのではないでしょうか?

〇まず普段からよく使う言葉で「馬」が入ったものがいくつかあります。「意気投合する」「性格や気が合う」の意味の「馬が合う」はよい事例です。この語源は、乗馬で乗り手と馬の呼吸や息がぴったりと一致し、一体となってスムーズに走れる様子から来ています。それが転じて人間同士も波長が合うことを表すようになりました。馬は生き物なので相性が悪ければ思うように動いてくれませんが、良い相性だと本来の力を発揮できるため、その様子が人間にも当てはめられたのでしょう。

〇次にあまり良い意味ではありませんが、「馬の耳に念仏」があります。いくらありがたい忠告や意見をしても、相手が理解しようとせず、全く効果がないことのたとえです。僧侶が仏の功徳を理解できない馬に念仏を聞かせても無駄であることから、聞き流されてしまう様子を表します。中国の詩人・李白の詩に登場する言葉が由来になったとされています。似た言葉で「馬耳東風(ばじとうふう)」という故事成語があります。こちらは「馬の耳に念仏」とは異なり相手を批判する意味合いを持ちません。相手が貸す耳を持たない点は似ているものの、単に聞き流されるといったニュアンスのほうが強めです。

〇また「馬子にも衣装(まごにもいしょう)」も少し皮肉として使われます。身分の低い者(馬子)でも、立派な衣装を着れば立派に見えるという意味で、「どんな人でも身なりを整えれば見違えるほど立派に見える」というたとえです。本来は褒め言葉だったかもしれませんが、今は本質は変わらないのに見た目でごまかされていることを指す言葉として使われます。

〇江戸時代の千葉県域には徳川幕府の直轄地として、軍馬の育成・確保を目的とした大規模な馬の放牧場(牧)が置かれていました。主に「小金牧」「佐倉牧」「嶺岡牧」の三つがあります。そのうち下総小金牧(しもうさこがねまき)は、現在の松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、柏市、白井市などにまたがる広大な地域にあったようです。

〇千葉県教育委員会のホームページには、

「房総には古くから牧場が多く、平安時代から江戸時代にかけて軍馬の有力な供給地であった。平将門や歴代の千葉氏、源頼朝などが強大な軍事力をもち得たのはこうした背景が一因であったといわれている。徳川家康は慶長9年(1604)に、戦力強化のために従来の牧場を整理して、下総国に小金三牧、印西牧、佐倉七牧を置いた。さらに、八代将軍吉宗が享保7年(1722)に、これらの牧をさらに整備し、小金三牧は従来の上野牧、中野牧、下野牧に、高田台牧と印西牧を加えて五牧とした。このうち中野牧と下野牧は特に重視され、幕府の直轄の牧として野馬奉行の下に管理され、村の名主が牧士(もくし)となって馬の世話をした。牧の範囲は、現在の野田市から千葉市の北部に及び、幕末には約15,000平方メートルの規模があったといわれている。牧にいる馬は、牧場で飼育された馬を放牧したものではなく、野生の馬そのものであった。これらの馬は年に1回、1か所に集められて、軍用馬として使えそうな馬を捕獲するが、馬を集めて捕獲する場所が捕込(とっこめ)跡である。捕込跡は各牧に1か所ずつあり、中野牧の捕込跡と牧を取り巻く野馬土手、野馬堀は現在もよく保存されている。特に捕込跡は元文年間(1736から1741)の構築と伝えられ、高さ約3メートルから5メートルの土手で囲まれた馬を追い込む区画が残っており、江戸幕府の馬の生産を支えた重要な施設を知る上で貴重なものである。」とあります。

〇牧の境界には馬の脱走を防ぐための土塁「野馬土手(のまどて)」が築かれていました。この野馬土手の一部は現在も史跡として残されています。これらの牧は、明治維新後の1868年(明治元年)に新政府によって廃止が宣言され、その後、開墾事業によって現在の市街地や農地へと姿を変えていきました。

〇私も小学生の頃、当時住んでいた自宅近く(柏市旭町)には、まだ野間土手の跡が点在していましたので、友だちとよくかくれんぼをして遊んだり、自宅から物を運んで廃材などで秘密基地をつくったりしていました。当時もそれは誰かの所有地だったはずですが、今のように子どもが大勢入って遊んでいても注意されることはありませんでした。ゲームなどはなかった時代ですので、外で暗くなるまで遊んだことは今でも良い思い出です。

〇私の通勤路にも野馬土手の碑があり、100メートルほど土手が連なっています。場所は三協フロンテア柏スタジアム(日立柏サッカー場)近くの柏市あかね町の緑ヶ丘交番前交差点です。またJR柏駅からレイソル通りにいたるまでの、斜めに走っている道はかつての野馬土手だったことを後から知りました。今でも柏市民以外にも、柏レイソルの試合がある際には、各地から応援に駆け付けた多くの方々が、この野馬土手の跡を通っているということになります。

【緑ヶ丘交番前交差点の野間土手】

〇このように身近な地域の歴史を学ぶことは、歴史学を実践する貴重な機会であるとともに、生徒や大人にとって自分たちの生活の場である地域を改めて見つめ直す契機にもなるでしょう。地域の歴史を知ることで、自分自身や子どもたちへの教育の一環として、文化や伝統を大切にする意識が芽生えると思います。

〇また江戸時代には馬と生活が密接だったことから、その供養塔(石碑)が多く残されています。特に馬頭観音(ばとうかんのん)は、頭上に馬の頭を戴いた忿怒(ふんぬ)の姿が特徴の観音菩薩です。畜生道の衆生を救い、家畜(特に馬)の健康や安全、旅の安全を守り、厄除けや大願成就のご利益があるとされ、あがめられてきました。

〇調べると、馬頭観音は、馬が草を食むように煩悩を食べ尽くし、牛馬の守り神として、また馬の供養や無病息災、交通安全などを願う仏様として信仰され、特に馬が物流や農業で重要な役割を果たした近世以降、馬の供養塔として街道沿いや競馬場近くに多く祀られるようになりました。

〇2日連続で「馬」について雑感を書きました。全体を通して馬と人間の関係は、人間は馬の力強さ、美しさ、そして優しい心に魅了され、馬は人に「優しさ・信頼」を求めつつ、「労働・輸送」の仕事を担ってきており、強い結びつきがあること感じました。

〇明日から3連休になります。あらためて「馬(午)年は上手(うま)くいく」ためには、何をしていこうか?とじっくり考えたいと思います。

須藤昌英

【柏市布施の馬頭観音】

1月8日(木)馬(午)年は上手(うま)くいく!?

〇今朝の我が家近くの手賀沼の気温は-3℃で、水面から蒸気のようなものがあがっていまし。これは水温より冷たい空気が水面の上を流れ、水面から蒸発した水蒸気が急激に冷やされて水滴となって現れる「蒸気霧(じょうきぎり)」(または「気嵐(けあらし)」)と呼ばれる現象です。

〇半年前の夏は朝から蒸し暑く、太陽が昇った瞬間からじりじりとした陽ざしを感じていましたので、この両極端な気候はどちらも不快と感じるだけでなく、自然の力の偉大さを思わずにはいられません。私個人としてはどちらかと問われれば、まだ寒い方が好きですが、感染症対策は欠かせない季節です。

〇2026年 丙午(ひのえうま)が始まって一週間が経ちました。来月からは、イタリアのミラノ・コルティナで第25回オリンピック冬季競技大会が開かれます。日本からも多くの種目に選手が挑み、メダル獲得を期待される選手も多いようです。活躍が楽しみです。

〇うま年といえば、昨年民放テレビで、早見和真氏原作の『ザ・ロイヤルファミリー(新潮文庫:全10話)』をドラマ化していました。私は普段からあまりドラマ等は視聴しません(理由は本と違って自分のペースではなく、番組側のペースで物語が展開されるから)。ただそのドラマだけは前評判が高かったので、日曜日の夜に家族と観ていました。

〇内容は人材派遣会社の創業社長とその秘書が、競走馬(サラブレット)の世界で20年間苦悩するものです。ただ私は原作を読んでいませんでしたので、毎回の展開や最終結末はわからずにドラマを観ていました。観ていて一番気になったのは、脇役の競走馬(サラブレット)が育成される場面とそれを取り巻く人間の欲望や純粋さでした。

〇競走馬を育てるシステムはとても複雑で、生産牧場(サラブレッドを生産、育成し、せり市場で売却することを目的にしている牧場)と育成牧場(競走馬としての基礎体力や躾を身に着けさせることを専門にする牧場)があり、現在はどちらも完全な企業システムの一部だということを初めて知りました。

〇生産牧場は北海道が有名ですが、育成牧場は茨城県美浦村に中央競馬が運営しているトレーニング・センターがあり、私も近くを自転車で通ったことがありますが、膨大な敷地でとても厳重な警戒をしている施設でした。そこに約2,000頭の競走馬がいるそうです。

〇千葉県にもサラブレットにゆかりのある場所があります。競走馬に乗る騎手は、近隣の白井市に中央競馬会競馬学校(騎手課程)があり、騎手として高度な専門的技能及び知識を習得させ、併せて愛馬精神のかん養と社会適合力の向上を扶助することを目的に教育がされています。

〇またドラマの舞台になっていた中山競馬場は、船橋市にあります。私は馬券を購入したことはありませんが、一度だけ友だち数人と中山競馬場で観戦だけしたことがあります。大きな施設で、馬が芝生の上真剣に走る姿が美しく見えて感激しました。

〇もともと馬は自然界の動物として生きていたのを、人間が「田畑を耕す」「人や物を運ぶ」という特徴をいかすために、約5000年くらい前から家畜として育ててきた歴史があります。そして「はやく走る」という面を利用して、競争させる馬も出てきました。

〇一方で人間も馬と同じく動物ですが、極端に発達した脳のお陰で、言語を用いた高度なコミュニケーション能力、複雑な言語を用いて情報を伝えながら協力や共同作業ができる社会性を身に付けています。特には長い寿命と学習能力を活かして、知識や技術を後世に伝えていくことができます。

〇「馬と人間を同じにするな!」と叱られそうですが、馬も人間も幼いころからその特性を伸ばすように教育し、最終的には自立させるように支援することは同じだと思います。

〇ただ競走馬はレースで勝つことを目的にしていますが、人間は競争するために学んでいるのではありません。確かに受験や就職など、人生の一部には他人と競争する場面もありますが、それは学校や会社などの特性や規模などの条件によって、仕方がないことです。

〇人間が「学ぶ」という目的は、単に他者より優位に立つことではなく、自分の可能性を信じ成長していくためです。つまり競走馬が「勝つ」ために訓練されるのと違い、人間は「より良く生きる」ために学んでいると言えるでしょう。

〇今年は語呂合わせの洒落として、「馬(午)年は上手(うま)くいく」を自分のテーマにしようかと思っています。ただし「上手くいく」とは、要領よく失敗せずに成功を目指すことではありません。自分で考えたことを自分で実行し、その経験から学ぶことが必ずあとの自分に大きな力となって残ることをイメージしています。

〇この洒落は、新しい年や新しい挑戦の際に、前向きな気持ちで臨むための合言葉のようなものですので、今度生徒たちにも伝えたいと思います。ただ生徒たちからは、「ただのオヤジギャクだ!」と一蹴される気もしますが・・・。

【JRA日本中央競馬会のホームページより】

1月7日(水)冬季休業明け全校集会

〇本日から3学期が始まります。生徒が登校するのは約半月ぶりですが、今朝は少し雪が舞ったものの登校には支障がないので安心しています。2日にも初雪でグラウンドが真っ白になりましたが、この冬季休業中は全体的に穏やかでありました。

〇今日の全校集会の校長の話では、生徒たちに読み聞かせ(絵本の「RED」)をしようと思います。私は以前、3年間だけ小学校に勤務したことがありますが、地域や保護者のボランティアの方々に児童へ向けて本を読んでもらうのとは別に、自らも児童の前で絵本などを読んでいました。最初は「ただ読むだけだから・・」とあまり練習もしませんでしたが、やり始めるとやはりうまく読めずに、途中でつっかえてしまいます。すると児童はせっかくその物語の世界に入りかけたのに、私のせいで台無しにしてしまうことが数回ありました。

〇「これではいけない」とそれ以後は、必ず練習をしました。その中で作者の意図を考え、読むスピードや強弱を調節して行うと、児童は以前にもまして真剣に聴いてくれました。本から子どもは我々大人が想像する以上のイメージを受け取り、それが人格の一部の土台になっていくことを実感していました。

〇久しぶりであり今日もうまくできるか不安ですが、約6分間の読み聞かせなので、何とか頑張りたいと思います。あらすじだけ紹介します。

〇主人公のレッドは本来は青いクレヨンです。しかし赤のラベルをまとっているために、いろいろな困難に出会います。レッドの他に、ブルー、パープル、イエロー、グレーやシルバー等24色のクレヨンの仲間、家族そして文房具たちが登場します。レッドは赤いイチゴを描こうとします。でも何個書いても上手にできません。友達や家族はどうしたらレッドが上手くできるのか、知恵を出し合ったり励ましたりします。そこへある日、新しい友達が 海を描いて欲しいと頼みます。レッドは「自分は赤だからできないよ」と言いますが。描き始めると「なんと、なんと」というお話です。

〇前任校の学校図書館指導員さんに、中学生でもふさわしい絵本を教えてほしいとお願いし、この絵本に出会いました。2学期に本校の学校図書館指導員さんに相談したら、本校の蔵書にはないということで、他校から取り寄せてもらいました。

〇4月から本校の生徒たちを見ていて、「今の土中の生徒達には、この本から何かを感じてほしい!」とまた読むことを決めたのですが、久しぶりに何度か練習しているうちに「絵本だから・・中学生はあきてしまうかな」とチラッと思いました。しかしその深い内容は、多様性やインクルーシブ等、現代社会にぴったりの内容であると思いなおしました。大人にも心に響く絵本と思います。機会があればぜひ手に取ってみてください。

〇冒頭に次のように話しました。「みなさん、新年おめでとうございます。昨日までの少し長い冬季休業はいかかでしたか?寒さは仕方ないとしても穏やかなお正月でしたが、3年生はそれどころではないと思います。でも一年の始まりにいろいろな決意や願い事をしただろうと思います。今日から3学期ですが、そのはじめに、あまり面白くもない私の話よりも、君たちに【読み聞かせ】をしようと思い、学校図書館指導員さんに2学期の終業式の日にお願いし、この絵本を取り寄せてくれました。冬休みに少し練習はしましたが、聴きとりにくいかもしれませんが、我慢して聴いてください。」

〇読み終わった後、著者のマイケル・ホール(アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス在住)のあとがきである「なぜ私がこの絵本をつくったか」を読みました。

・大抵私は、絵本を創り始めてかない時間がたたないと、その本が何を意味するのかを考えたりしません。面白い形や言葉を並べ、遊びながら、自然にそれらが何かを表現するのを発見しようとするのです。「レッド」は、クレヨンのラベルの色と実際の色が違っていたら思い持もつかないことがあれこれ起きるだろう、と思って書き始めました。でも「あまり赤くないね」「もっと努力しなきゃ」といったクレヨンたちのセリフを書いていくうちに、私の中から過去に投げかけられた声が聞こえ始め、「これは自分自身の物語でもある」と気づいたのです。というのは、私には読字障害があるからです。

・赤いラベルを貼られた「レッド」は、どれだけ上手く赤いものを描けるかということで、自分の能力を決めていました。周りの人たちは、助けようとしてできる限りのことをしました。でも誰もラベルの向こう側を見ることができません。そのせいで、みんなの言動は状況を悪くするだけでした。これは、私たちが互いに傷つけあってしまうのは、意地悪な気持ちからではなく、単に無知によるものだとということを表しています。

・この本が、人を外見で判断することや、誰でも長所と弱点があるということ、自分自身に正直であることがどれほど重要かなどについて、話し合うきっかけになってくれればと思います。読者には、子どもに間違ったラベルが貼られているかもしれないこと、子どもを失敗ではなく成功によってだけ判断しようとすることや、自分の居場所を見つけることの大いなる喜びについて、考えを巡らせていただければと願っています。

〇読み終わって少し話をしました。「レッドの仲間もそうだったように、みなさんのクラスもいろいろな考えの人がいますね。世間の常識を大切に考える人、自分の体験を重視する人、人の良いところを見る人、逆に人のあら捜しばかりする人。またそれを言える人もいれば言えないで黙っている人もいます。1つのクラスでさえそれだけ多様な人がいますので、社会に出たらそれこそもっと多様で複雑な人間関係があります。またそれは先生方や両親、兄弟、祖父母なども同じです。みんなそれぞれ自分の見方や考え方をもっています。」

〇「レッドは新しい友達から促されて、本当の自分を知ることができましたが、みなさんも進級や進学で新しい友達ができることもあると思います。その新しい人間関係が今までとまったく違う自分を発見するチャンスになることも多いですね。特に3年生は4月からバラバラに自分の選んだ学校へ進みます。そこでの新しい出会いを楽しみにしてもいいと思います。1・2年生も同じ学校にいても今まであまり話をしなかった人と友達になってみるのも自分の幅を広げることになります。」

〇「レッドが海をかいて『うん!かんたんだったよ』と言っていることから、『自分にもできるんだ!』という自信がうかがえます。最初は気乗りがしなかったこともやってみると意外に「面白かったりもっとやってみたいと思ったり」する経験があると思います。またここでレッドがスッと海をかけたのは、それまで赤いものをかこうとしてすべて青色になってしまっても、いろいろな人に助けられながらも素直にチャレンジしてきた経験(これは常識的には「失敗」ともいえなくもありませんが・・)が、あったからこそだと思います。人生には『無駄なことはない』という作者のメッセージとも受け取れるのではないでしょうか。」

〇「私が一番考えたのは、あとから友達の一人が、『レッドが青なんて、よく考えてみれば、わかったはずだよ。』と発言しているところです。

2学期終わりの全校道徳で、石田ゆうすけさんが「多様性理解 異なる人と付き合うための3ヶ条」を

1 自分をすてる

2 相手の立場 想像

3 リスペクト

として教えてくれた中でもありましたが、偏ったものの見方やその場の雰囲気に流されて自分でよく考えずに行動してしまうことが、人を傷つけてしまうこともあります。その友達のように、「よく考えてみれば・・」となっていないか?まずは「自分はどう思うのか」「自分ならどうしたいのか」を優先しているか?を新年にもう一度考えてもらいたいです。」

〇「最後に今の話のように、『思い違いや思い込み』についても、私の経験から考えても、他人から自分への『思い違いや思い込み』よりも、自分が自分へしている『思い違いや思い込み』の方が強くて厄介です。『自分には到底できない』『どうせやってみるだけ無駄』ではなく、『今の自分にできることは何か』を探してみてください。しかし3年生はもうすでに受験に向けて十分に努力していますので、これ以上『頑張れ』とは言いません。ただ自分の限界は自分しかわかりませんので、もしまだ少し余裕があるのならば、受験の当日まで頑張ってみてください。」としめくくりました。

 須藤昌英

【レッドが青であることをみんなで認める最後の場面】

1月6日(火)挨拶と雑煮と第3学期の展望について

〇校長として新年のあいさつは大切な仕事の一つです。生徒や職員はもちろん保護者、地域の方々、出入りする業者の方々・・など、「新年おめでとうございます」「昨年はお世話になりました」「本年もよろしくお願いいたします」と感謝と関係継続の気持ちを表しています。

〇一番かしこまった言い方は、「謹んで新春のお慶びを申し上げます」

です。これは文面では使うこともありますが、口頭でのあいさつは、賀詞交歓会等の公式の場のみです。年賀状での賀詞の「謹賀新年」と同じ意味合いで、「謹む」という言葉が相手への敬意を表しています。

〇挨拶(あいさつ)は元来仏教の言葉です。『広辞苑』を調べると、

一番に仏教語として「禅家で、問答を交わして相手の悟りの深浅を試みること」と解説されています。次に「うけこたえ。応答。返事」や「人に会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作」があります。また「儀式・会合などで、祝意や謝意、親愛の気持、あるいは告示などを述べること」で「開会の挨拶」などいう場合です。

〇『禅学大辞典』では、一つ一つの文字の意味が書かれています。挨拶の「挨」は近づく・押す・迫るの意であり、「拶」は迫る・問い詰めるの意です。ここから「挨拶」は相手に迫り、応答を引き出すことを意味しており、我々が使っている挨拶とは全く趣が変わります。

〇昔から禅宗のお寺では、師と弟子の間で、悟りの深浅を試すための鋭い問いや応答を繰り返してきました。つまりもともと「挨拶」は、単なる礼儀ではなく、相手の真実に迫る行為でありました。学区にも柏市で唯一の臨済宗のお寺の少林寺があり、四百年以上の歴史があります。昨年の修学旅行で3年生が京都天竜寺で座禅体験をしましたが、少林寺でも定期的に座禅会を行っています。

〇いろいろな本を読むと、鎌倉時代以降の武家社会では、初対面での言葉遣いや立ち居振る舞いなどが「挨拶」の中に含まれていたと感じます。さらに江戸時代になると世の中が泰平になり、挨拶も儀礼化・日常化し、相手を試すという意味合いから、礼節としての表現になってきました。それが今でも重要とされる円滑な人間関係の潤滑油としての挨拶へ転換してきました。

〇こうみると挨拶の意味も時代によって変わっていますが、挨拶は一瞬でその場の空気を整える言葉として用いられ、こちらの挨拶で相手の様子が分かるということもあります。やはり「きちんとした挨拶できる人」というのは、その人の人となりが現れると思います。

【増尾山少林寺ホームページより】

〇冬季休業中の学習会に参加していた2年の女子生徒数人に、「お正月はお餅を食べましたか?」と尋ねたところ、「お餅は大好きです」と「お餅は苦手で食べません」の2つに分かれました。お正月の餅と言えば定番の「お雑煮」があります。

〇調べると、「雑煮は餅を主な具とし、醤油や味噌などでだしを味付けたつゆをはった日本料理。正月に多く食べられ、地域や家庭によって違いがある」とあります。また「雑煮の良さは、新年の豊作や家内安全を願う伝統的な意味、地域や家庭ごとに異なる多様な味と具材の魅力、そして餅と具材による栄養バランスの良さ(食物繊維、ビタミン・ミネラル)にあります。神様から力を授かる【神人共食】の文化が根付いた縁起の良い料理」とも解説されています。

〇お雑煮の歴史は古く、室町時代にはすでに武家や公家の間で正月の祝い料理として振る舞われていたそうです。京都では丸餅を使った味噌仕立て、江戸では角餅を使ったすまし汁仕立てなど、地域ごとの特色もこの頃から見られました。

〇私は昔から、「お雑煮という言葉になぜ【雑】の字が入っているのか?」と不思議に思っていました。すぐ連想するのは、里芋や大根、人参、そして神様に供えた餅などさまざまな具材を煮合わせることで、「煮雑(にまぜ)」が語源とされていることです。

〇「雑」という字は、「一つの木に沢山の種類の鳥が止まった状態」を表す象形文字からきています。学校も「多様性に富んだ生徒たちが各個性を持ちながら、自主的に学ぶ場でありたい」と考えていますので、お正月のお雑煮にかけて、「土中を今年はどんな味付けにしようか?」と校長室で思案しています。8日の給食にも雑煮がでます。

〇よく我々教員の中では、今週からの3学期の3カ月間をたとえて、「行(い)く一月、逃(に)げる二月、去(さ)る三月」と言います。つまり3学期は気持ち的に多忙で、「あっという間に」4月の新年度を迎えるという実感があります。

〇今週の9日から私立高等学校の入試が早速始まります。これは都道府県によって日程がほぼ決まっており、茨城県から始まり、千葉県、東京都、埼玉県と続きます。私立高等学校はその学校独自の入試を行いますので、大別すると「一般入試」「推薦入試(単願・併願)」ですが、その他日程も「A日程」「B日程」などと、入試の機会をAとBに分けることで受ける回数が増えしている学校もあります。また私立高等学校は公立高等学校と違い、発表している「募集定員」よりも多くの「合格者」を出します。理由は学校を経営するという面があり、もしその後に入試のある公立高等学校へ多くの生徒が流れてしまうと、募集定員を下回る可能性があり、それを避けるためです。

〇千葉県公立高等学校は、1月13日~2月2日の「志願者情報の登録及び入学検査料の納付」、2月3日~5日の「出願書類等の提出」、2月10日~12日の「志願(希望)変更」、2月17日・18日の「学力検査等」、3月3日の「選抜結果発表」と続きます。ただし私立高等学校と違うのは、先ほど書いたように「1回しか受けられない」「募集定員数通りしか合格者を出さない」ことです。その為1回に限り、まず出願確定した後にネットや翌朝の新聞に掲載される「志願倍率」を見て、最初に志望した高等学校への願書を引き下げ、新たな高等学校へ出願することができます。ただしこれは無暗に行うと返って生徒本人に心の動揺が残ることもありますので、慎重に行わなければなりません。

〇特に上記の3つ「変更」「学検」「発表」とも基本的には、生徒自身が志望校に行くことになりますので、担任からは必ず事前に行き方を調べたり、実際に足を運ぶように指導したりしています。ただ2月ですので、過去には入試日に雪が降り、交通手段がストップしたり開始時間が遅れたりしたこともありました。最悪の状態も想定し、どうやって入試会場までいくかは複数の案をもっていた方が良いと思います。現在3年生は体調管理と試験準備の両方に気を使っていますので、学校としては無事に終わるようにサポートしていきます。

〇2月末には生徒会主催の「3年生を送る会」、3月12日の「第79回卒業証書授与式」があり、実施方法の最終の詰めの段階です。

〇最後に、この3学期は4月からの令和8年度の教育計画を決定する時期でもあります。今年度の成果と反省をもとにして、創立80周年目がよい一年間となるように計画を練り上げていきます。

須藤昌英

1月5日(月)新年おめでとうございます

〇新年明けましておめでとうとございます。本年もよろしくお願いいたします。1日はあの能登半島地震からちょうど二年でした。元旦の震災でもあり、お亡くなりになった方も大勢いらっしゃいました。お身内を亡くされた方もいらっしゃいます。なかなか復興が計画通りには進まず、未だに不自由な暮らしの方も多いと聞きます。お見舞いを申し上げます。

〇前任校では2年前の2月、学区にあった県立柏高等学校の生徒会と中学校の生徒会が連携し、北柏駅と2つスーパーマーケットで「災害支援募金」を行い、数万円を被災地に送ることができました。当時の柏高校の生徒会長が前任校の卒業生ということもあり、計画も実施もすべて中高生がスムーズに行いました。若者の行動力には感心されられました。

〇令和八年は午年(うまどし)で、しかも今回は、60年に一度しか巡ってこない「丙午(ひのえうま)」 です。60年に一度巡ってくるのは、2つの数字に理由があります。まず十干(じっかん)とは、古代中国から伝わる「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類の文字で、陰陽五行説に基づき時間(年・月・日・時)や方角、物事の性質を表す記号(符号)です。

〇その一方で同じく中国由来の暦のシステムである十二支(じゅうにし)があり、「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類の動物を指し、こちらは日本でも親しまれています。だれでも例えば「自分は子(ねずみ)年だ」のように認識しています。

〇この十干(じっかん)の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」がそれぞれ10年と12年の周期が組み合わさり、10と12の最小公倍数が60であることから、60年サイクルとなっています。これは小学生でも「10の倍数が10、20、30、40、50、60・・・、12の倍数が12、24、36、48、60・・・であり、最初に共通な数が60です」と説明すれば算数レベルですので理解できます。

〇調べると、「丙午(ひのえうま)」の年は、火のエネルギーと馬の躍動感から、情熱的で行動力があり、新しい挑戦や変化が訪れやすい、活気あふれる年とされます。ただ過去(60年前の昭和41年)には、この年には「気性が激しく夫の寿命を縮める」という迷信?がひろがり、出生率が大幅に低下したこともありました。

〇昨日の朝、学区にある広幡八幡宮に参拝しました。創建は、平安前期の第59代宇多天皇の御代「下総国第一鎮守宇多天皇勅願所」として鎮座されたと伝えられています。後、鎌倉時代の建久年間四年(1193年)後鳥羽天皇の御代に、柏市近郊一帯の総鎮守(守護神)として再び社殿が創建されました。

〇さらに徳川時代に至ると、慶安三年(1649年)には、三代将軍家光公より領地十石を献上され、宝暦七年(1758年)には、伯州刺吏藤原正珍より、石鳥居一基を寄進されました。これは柏市内では、布施弁天、塚崎の神明宮、広幡八幡宮の一寺二社に寄進されました。

〇前任校の学区には、布施弁財天(紅龍山東海寺)があり、私の在任中の3年間、その跡継ぎのご子息も生徒であったことから、よく参拝していました。学校から鬼門(北東)の方向にあり、私は学校の守護神として守ってもらっていました。同じくグーグルマップで見ると、土中の鬼門(北東)の方向には、ちょうど広幡八幡宮があり、今年の参拝でも「今年も土中を守護してください」とお祈りしました。

〇元日は自宅近くの手賀沼からご来光を仰ぎました。ご来光を見るたびに、亡くなった父の言葉を思い出します。幼い頃は「太陽があるから人間は呼吸もできるし、心臓が動いて血が全身に流れているんだよ」と言われても実感がありませんでした。ただこの年齢になるとその意味がわかります。太陽と全ての命がつながりあって地球上の生物は存在し、目には見えませんがそれを想像することはできます。

〇よく使う「おかげさまで・・」の言葉の由来もここにあります。日光は見えますがその影響力は広大かつ深遠で、その一つとして植物の光合成によって大気が循環し、それにより動物は生きていられます。「目に見えない周囲の支えがあって人間は好きなことができる」ということを、元日という節目には謙虚になってそのことに感謝しつつ、今年一年の目標に思いを巡らせました。

〇好きなことができるのに関して、中国の論語(孔子と弟子たちとの問答を集録した書)を思い起こします。『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』で、読み方は「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」です。意味は、「先生は言われた。物事をよく知っているという人は、そのことを好きな人にはかなわない。またそれがいくら好きであっても、それを楽しんでいる人にはかなわない、と」。

〇学校は様々な教科や活動があり、私もそうでしたがその全てが好きだという生徒はいません。ある面では仕方なく勉強していますが、もしその中に一つでも自分の好きなものがあれば、その人は幸運だと言えます。好きですから無理して努めなくでも必要な知識や技術は身につきますし、やればやるほどそのことを自ら探究できます。

〇ただ好きなだけでなく、それを楽しむことができれば、さらにその学びの姿勢は自然と継続されます。日本でも「好きこそものの上手なれ」は有名なことわざです。子どもであれ大人であれ、どんなことでも上手な人は生き生きとしています。

〇3月の野球の世界大会に出場を表明しているメジャーリーガーの大谷翔平選手も、持って生まれた才能に加え、「野球が好きでたまらない」という気持ちから、生活のすべてを野球のためにつなげ、人の見えないところでとてつもない努力をしているのです。

〇高校受験という目の前の壁に全力で向き合っている3年生には、このお正月はお祝いどころではなかったかもしれません。私も47年前の高校受験の際は、「縁起担ぎ」であえて年越しの受験勉強をしたのを今でも覚えています。大みそかの夜10時ころから除夜の鐘を聴きながら元旦の午前2時ころまで、年をまたいで取り組みました。

〇鮮明なのは除夜の鐘を聴きながら、苦手だった国語の文学史の暗記を声に出したり書いたりしていたことです。おかげで今でも例えば「夏目漱石:三四郎、こころ、吾輩は猫である」とか「島崎藤村:若菜集、夜明け前、破壊」・・・などと、そらで口から出てきます。

〇確かに受験勉強は苦しく、「はやく終わってほしい!」という気持ちは痛いほどわかります。ただ知識だけでなく、「継続力」「自己管理能力」といった精神的な成長や「教養・読解力」などの将来役立つスキルも身につきます。そしてそのスキルは一生の財産となります。

〇新年にあたり土中のすべての生徒たちが、「この好きなことがあるから嫌なことも乗り越えられる」という秘かな自信をもって、今年一年を過ごしてほしいと願っています。

須藤昌英

【早朝の広幡八幡宮】

12月25日(木)石田ゆうすけ氏講演『自分らしく生きる』の感想:その2

2 これからの学校生活(生きていくことも含め)上で、参考になったことがありましたか?

『1年』 

・きのこを売っていたおじさんの話。自分の考え、文化、生活など自分がやっていることが当たり前だと思わないほうがいい。人によって「当たり前」が違う。「当たり前」が違うことを認め、尊重し合えてこそ仲良くなれ、コミュニケーションがとれる。

・まず、発想が良いとおもいます。なぜなら難しくてもやろうとするのがかっこいいし、後悔しないか後先をしっかり考えるのも自分の参考になるからです。つぎに「小さな行動」がすごくいいと思いました。

・自分の夢を叶えるためには、小さいことから大事にしてその夢に対して一つずつ進んで行くこと

・人生の中で経験するもの何かを得るものは、人によって違うと思うし、まだ夢などが決まっていないけれど何か思いついたことを実現するということが大切だと学び一人ひとりの個性や自分に必要なものを考え最終的に自分に悔いのない人生を歩めるように頑張り実現できるようにします。

・多様性の理解は学校生活だけでなく、これから生きていくうえで大切なことだから今から実践して癖付けようと思った。また、苦境の乗り越え方の話を聞いて、自分のやりたいことができたときに大変なことがあったら客観視して前に進んでみようと思った。

・3年生になったら、入試とか受験とかがあって色々大変な時期があるけど、それでも石田ゆうすけさんみたいに色々な挑戦をして、乗り越えていきたいです。

・多様性の理解です。「相手の立場になって考えれば、少しだけ人に優しくなれる」と思いました。自分だけを考えることを常とするのではなく、相手のことも考えて接し、敬意を払うことで相手のことを知り、相手に優しくなりたいです。

・話を聞いてただ勉強したり作業したり部活したりじゃなくて目標や日にちを決めてそれを行ったり自分が何をしたいのか、自分が後悔しない選択をして勉強の仕方を工夫したり人との接し方を今までとはかえて相手の身にもっとなってみたりして生きていきたいと思いました

・世界一周はすごく大変だと思うし、難しそうだけど諦めずにやったというのがすご位と思いました。これから世界一周ほどじゃなくても難しかったり大変なことがあると思うけど諦めずに前進していきたいです。また、多様性の話などで、自分と違うかんがえの人でも相手の気持ちを考えて全部自分と同じと考えず、違う意見のいいところなどを探していろいろな人と関わっていく大切さを学ぶことができました。またインターネットなどの情報はすべてがただしいと思わないこと、実際に体験する大切さも学べました。

・自分は今年がとても短く感じていてそれと同じように人生もとても短いと思うから、自分らしく諦めずに挑戦していきたい。そしてもし海外に行ったときには、簡単な単語から覚えて英文にしなくてもいいから単語だけでも覚えていく。

・分岐点に立って迷ったときは後悔しない道を歩もうと思えました。

・選択によって人生が良くなったり悪くなったりするなど知った。またチャレンジしてみなければできなかったことや、わからなかったことがあるんだと思った。

・夢を諦めず、努力してたどり着くまで夢を追い続けるモチベーションが湧きました。

・ありました。社会に関わることが目的で、それまでに習得していくものは手段だとわかって、そこの手段の部分で終わらないようにしたいなと思いました。

・笑うことで余裕ができること

・相手の立場になることが大切だということ。自分の中にある固定概念を捨てるのが大切だということ。

・自分の意見ばっかりを尊重、押し付けるのではなく他の人のこと(意見など)も客観的に考えたり、自分の目標を達成にするためにはヤケクソになることや1つや2つは何かを失う覚悟でいることが大切だとわかった。

・多様性の尊重が大切だと思いました。日々生活している人のなかでは、普通に暮らせる人もいるけど、生活している環境の問題だったり、体が不自由な人がいたり、持病を抱えている人がいたりするから、みんながみんな同じような生活ができるわけじゃないことを考えられました。

・これから二年生、三年生と学年も上がってきて生活も厳しくなるかもだけど、石田さんの勇気ある体験話によく影響されました。これで自分への自身も良くつけて受験も頑張っていきたいです。

・今後は「今やっとけば良かったな」と思わない生活をおくりたいです。そのために、やりたいと思ったことを必ずではないけどほとんどやったり、挑戦したりしようと思います。

・これからは自分でどう生きていきたいかを探して、夢に向かって進んでどんどん向かっていく気持ちで頑張りたいと思う。

・今、夢を持たなくても、今後夢が持てるかもしれないし、今夢を持っていたらその夢に向かって、最後まで諦めないで全力で夢を叶えたいと思いました。

・自分が生まれた意味を知るためや探すことで人生がより良くなるということがわかりました。どんなことも、挑戦してみる事が大切なんだとわかりました。

・どんなに辛いことがあっても諦めずに乗り越えていけばきっと達成する事ができるのだと思いました。

・自分がやりたいと思ったことは、夢で終わらせないで、実現しようとすることが大事なんだと思った。

・毎日安全だと思っていてもたまに強盗などがいたりするから生活を改めて戸締まりなどをしっかりしたい。

・知らない言語の覚え方

・人は見た目によらず優しい人も世界にはたくさんいる

・石田さんも言ってた通り年々歳を取ると時間が立つのは速く感じるし、その時間の中で嫌なことをずっとやっているくらいだったら楽しいことをたくさんやったほうがいいなと思って今後は自分が「こんな事やってみたい」や「これ楽しいからやりたい」など思ったときは必ず自信を持ってやって楽しいということを感じたい。

・今自分がやりたいことを見つからないなら、勉強をしたほうがいいと言っていたので、自分の将来の道を広げるためにもっと勉強をして選択肢を増やしたほうがいいと思いました。

・多様性を理解することは自分のためを大切にしたいです。

・「やりたいことを声に出す」は、自分の好きな芸能人も言っていた言葉で、夢を叶えた石田さんも言っていたので、改めて大切なんだなと気付けました。なので、今後の人生は「やりたいことを声に出す」を意識して生きていきます。

・困ったときはヤケクソになるし決めたことはやる。

・夢をどんなに難しくてもいつ人生が終わるかわからないからできるときにすぐに行動に移すのが大事だと思いました。お金や環境にとらわれず自分のやりたいことをやるのが大事だと思いました。

・辛いことがあっても諦めない

・自転車で世界一周はしない方が良いことがわかった。でもしたら自分が生きていることを実感できるのはいいなと思った。

・自分の価値観を捨て相手の立場になって考えてみることは旅以外にも役立つし、現地の人達と関わり、よりその国が楽しくなったり好きになったりするから、先入観を捨てることも必要だと感じた。

・いろんな価値観を持つこと、言語の覚え方、多様性を理解すること。

・世界は広いのは知ってたけど、思ってた以上にひろくてびっくりしました。自分で漕いで見た景色がどれほどきれいなのか初めて見て感動しました。世界はではいけないけど、自転車でいつもと違う景色を見てみたいなと思いました。

・例えば、部活でなにか困難になったときでも、そのことをどうすれば解決できるのかを計画立てること。

・これからは多様性理解をして外国語を覚えていろいろな人と話したいと思った。

・自分がしたいことを目標にやっていきたいです。

・やりたいこと、夢がなかったら勉強を頑張って、可能性を広げること。

・私は、「いつか」ではなく、正確に日にちなどを決めて正確に決めていきたいと思います。また、将来のために勉強などをたくさんします。また、英語の勉強の仕方を参考にして書きたいと思います。

・自分のしたいことをする

・私にはまだちゃんとした将来の夢がないけれど、少しでも興味が出たものには失敗を恐れずに積極的に挑戦したいと思いました。いつでも後悔のない道を選択したいです!

・この演説全体が参考になりましたが、一番は上のことで、これからはどのような人に出会っても、決めつけで逃げ出したりするのではなく、石田さんのように相手に敬意を払おうと思えました。

・多様性理解

・計画的に目標を達成すること

・人生で時にはヤケクソで決めてもいいことがあるのががわかった。

・ありません

・少しずつ小さいことを積み上げて大きいことにも挑戦したいです。

・その人の立場になって考えてみること

・自分らしく生きる!

・生きる楽しみ

・多様性を理解することです。多様性を理解しないと結局は自分が認めてもらえなくなったりして、悪いことも多いから、いろんな特徴を持つ人がいることを理解して、受け入れて過ごしていきたいと思いました。

・夢を実現するために日程を決めることを大事にしようと思った。

・学校生活では周りの人に迷惑かけたからかけないようにしたりする。朝挨拶したり募金活動をしていたらお金を入れてあげる。

・だめだと思ったことも、声に出したり笑ったりして立ち直ることを覚えときたいと思いました。また、自分のやりたいことを見つけてそれを進んでできるようになりたいです。

・知らない人とあったりしたら、先に自分ではなくて相手が何を伝えたいのかを考えること。

・英語を学ぶにあたっての覚える順番や、多様性を理解すること。

・自分が理不尽な状況でも直ぐに人に助けを求めず、とりあえず自分で頑張ってみようと思いました。

・自分で選択肢を決めることや自分以外の人ともうまく接することができるようになろうと思った。

・自分の夢に向かって今の自分は何をシないといけないか、かんがえること

・世界一周は大変だけど、そのかわり美しい景色がたくさん見れることがわかった。

・話の中の石田さん以外にいた日本人の行動で、現地の子供に思いやっていてすごく優しい人なんだなと思い、この思いやりが参考になった。

・私流コミュニケーション術が参考になった。

・自分のやりたいことをするということ

・常に目標を持つ事が大事だと思う。

・諦めないでやること。

・これからの人生で敬礼、愛国、忠誠、滅共を胸に刻んで生きていきたい

『2年』

・色んな壁を乗り越える方法

・人生はすぐ終わってしまうので、後悔なく自分がやりたいことをどんどんやっていこうと思います。

・自分で決断をするということの重要さがすごく参考になりました。また外国でのコミュニケーション能力などの方法も参考になりました。

・三輪車のおじいさんの話から多様性の精神みたいに、何かをやれば何かを得れる何事もチャレンジ精神

・ありません

・石田さんが現地の言葉(英語)は勉強したほうがいいと言っていて、ほんとにそうだと思いました。

・多様性を尊重するために、じぶんをすてたり、相手の視点から考えたりすることが大事だと思いました。

・自分は今まで安定を求めていたけど、自分のやりたいことや好きなことをもっとやってみたいと思った。

・これからの道を自分がやりたいことをやって悔いのないように生きていきたいと思いました。

・時間はどんどん短く感じてくので、やりたいことはやっていきたい。

・とても綺麗な砂漠に行ってみたいと思いました。

・どんなに辛くても負けない、諦めないようにしようと思った。

・いつかじゃやらないから日程を決めたりしようと思いました

・人生でやりたいことをすぐ見つけられなかったら受験に力を入れるという考え方が参考になった。

・したいと思ったことは積極的にするべきだ。自分を後悔させないためには。私は、世界一周なんてことをするつもりはない。今のところはだが。私は私なりの感動を味わうべきなのだろう。そのためにも、人とわかりあうこと、新しい世界を見ることは重要だ。

・前に前進するにはやけくそになることが大事だと知り、やけくそになっていきたいなと思いました。

・何かを決断するときは、自分が後悔しない道を選び、誰かにそのことを伝えることが大切ということ。多様性に関わり方についてをこれからの生活の参考にしていきたい。

・自分の道は自分で決めないといけないので、人に頼りすぎずに自分で選んだ道を進みたいと思いました。やりたいことはやって後悔をなくしたいと思いました。

・終業式の3年生の反省で、朝の2分前着席ができるようにするには、朝型になれるようにすることが参考になった。今後の受験にも関係することだから、大事だと思った。

・積極的にいろいろな経験をし考えを広げていきたいです。

・自分はもともと敷かれたレールを行くのではなく自分から一歩を踏み出し違うレールを行くことが参考になりました。

・きのこの話から人のために行動を起こすことで自分の人生も相手の人生も豊かになることがわかったので参考にしていきたい。

・何事にも口に出す日程を決める、自分をすてる

・自分がしたいことを見つけ周りの人の噂をすべて信じて興味をなくすことわせずに自分の足でいき、目で感じてこれからの生活に活かすことをするのが大切だとしれました。

・自分がやりたいと思うことを我慢せず後悔をしない生きかたを選んだ石田ゆうすけさんみたいにやりたいことに熱心に取り組んでいこうと思いました。

・新しいことに挑戦するときは自分を捨てその環境に適応することを心がけたいです。

・諦めないこと、自分を捨てる、予定を決める、ヤケクソが参考になりました

・これからの学校生活は時間があっという間に過ぎていくともうので、思い出に残るようなそんな学校生活がいいと思いました。

・先のことを考えずに今やりたいことに果敢に挑戦することが大切だと知った。特に事実は一つじゃないという言葉が心に残って、他の国とかニュースとかで決めつけてしまうことがあり、自分にも刺さる部分がありました。

・インターネットだけの情報を鵜呑みにせず自分で見たり聞いたりして確かめることが大切なんだなと思い、これからはちゃんと自分で調べて確かめることを大切にしたいです。

・一度切りの人生なんだから、後悔のないように生きたいです。

・一つは勉強も大切だけど自由な時間も大切ということがわかりました。自分の将来の夢はたくさんの大変なことを乗り越えていくことが大切だとしれたので、勉強をたくさん頑張っていきたいです。

・敬意を払うことでいろいろな人の見方ができ、相手を尊重して生きていくことができると思います。自分もこれから色んな経験をしていくと思うのですが、その中で感じた感情を大切にして、沢山の人と出会っていきたいと思いました。

・夢を諦めないことの大切さを学べたので、自分の夢に向かって頑張っていこうと思えました。

・自分は、夢を持っていてそれを周りに言うのをためらっていました。そこで、今日の講義を受け自分よりもスケールの大きい夢をみんなに言った人がいると思い、自分の夢に誇りを持っていきたいです。

・自分らしく生きることの大切さを学びました。

・ネットなどの情報を見ても、それが本当かどうか疑う必要があり、一度自分の目で確かめてみることが大切だとわかった。また、言葉を完璧に覚えなくても、日常会話で使う最低限の単語さえ覚えれば、コミニュケーションは取れることを知った

・後悔しないことを選ぶといいことが参考になりました。

・自分の人生は自分が後悔しないことを意識して、自分の進路を3年生になったら決めていきたい。多様性も意識して今後の学校生活や社会に出てからも送っていきたい。

・石田ゆうすけさんの体験談で人生の二択を迫られているときに一方は安泰な生活ができるけど、もう一方は自分の道を進んで夢を叶えることで、自分の夢を追いかけるのがすごいと思ったから。自分も石田さんみたいな選択をしたい。

・諦めないことの大切さ

・インターネットなどをすぐ信じてしまいその国は治安が悪いなど決めつけてはいけないことがわかったから海外旅行をするならそういうのを活かしていきたいと思いました。

・これからの人生で、石田さんの決断力や行動力を見習い、公開しない人生を送りたいと思いました。また、他人との交流をする際のコツを知り、今後に活かしていきたいと考えました。

・この国怖いなって思っていたが、実際現地の人と関わってみたらすごく親切だったって聞いて決めつけはよくないなってことが参考になりました。

・石田さんが旅をしていく中で困難にあったときに考えるといいことや行動を知ることができ、自分も困ったりしたことがあったら使ってみたいと思った。

・将来の夢を決めるのは自分。1つ目の人生は安定した生活、2つ目の人生は夢がある生活だと、夢のある方が安定した生活よりも飽きないの言葉が胸に刺さりました。

・自分の考え方を変えれば感情のコントロールがうまくいくと知れた。

・自分のやりたいことをするには勉強することがたいせつ。

・辛いことがあったときは諦めずに乗り越えていきたいと思った。

また、夢は口に出すことで実現につながるし小さなことでも行動に移すことで叶うらしいからやっていきたい。

そして、辛いことを乗り越えて見える景色は最高らしいから自分も目指して頑張っていきたいと思った。

・諦めないこと

・後悔しない方法を取ること、です。私はどんなことにも怖がりで、こわいという感情が出たら物事を諦めてしまうことが多いです。諦めたことでやっとけばよかったという後悔の感情がでるときもあるので、石田さんのように良いこと悪いことを想像して、自分とよく話し合って、後悔しない選択をすることが大事だとおもいました。

・自分のやりたいことを夢から現実にする道のりのつくり方的なことを学んだのでそれを使って自分で選択していきたいです。

・仲間とのコミュニュケーションを大切にして相手の気持ちを考えて行動すること。外国人とのコミュニュケーションの取り方。

・今回の話を聞いて参考になったことは、嫌なことがあっても怒らずに僕は笑ったりしたりしてストレスを緩和して生きていこうと思います。本日は大変ありがとうございました。

・何事もすぐに諦めたりするのではなくて、諦めずにやり続蹴ることが大切だと思ったので何事もやり続けてみようと思った。

・石田さんの話を聞いて、いろいろなことにたくさん挑戦してみようと思った。

・目的をきめて、行動する。目標ややらないといけないことなどは声をだして周りの人につたえ、逃げれないようにする。

・決められた大体のレールだけを進むのではなく自分は何をしたいのか、をよく考え後悔のない楽しい人生にしたいなと思いました。

最初は無理だと思っていても、実際やってみると意外とできるんだなと思いました。しかしそれにはすごい忍耐力と覚悟が必要なんだとわかりました。手段と目的の話を聞き、手段は自分の中で終わること、目的は世の中のためになること。と話を聞き、手段だけで終わらせず自分が世の中のために何ができるのかを考え目的にしていきたいなと思いました。決められた大体のレールだけを進むのではなく自分は何をしたいのか、をよく考え後悔のない楽しい人生にしたいなと思いました。

・いつも幸せに生きることを目標にして生きていたいと思った。

・大きな世界を見つけられるような人生にするという目標ができました。

・生きていくうえで様々な経験をしていくことが多く、初めてで不安でもまずは「前進」がとても重要だと感じました。

・外国人との接し方について参考になった

・苦しいことがあったら笑うことが大切ということ

・がむしゃら

・これからの学校生活・人生はいろいろな選択があると思うけれど、その選択を慎重に選びたいです。

・自分はまだ将来の夢などが決まっていなくて、今日の講演を聞いて、たった一回の人生だから自分な好きな仕事をやったほうがいいと思いました。

・苦境な事があったときにお話のように客観・笑うなどを意識することによって乗り越えられるというお話があったのでそれを活かしていきたいなと思います。

・今回の全校道徳の話を聞いて、なにかしたいことがあるときに口に出して言うことをやってみたいなと思いました。口に出したほうがいい理由を聞いてなるほどなと思ったし、簡単にできるのでやってみたいです。

・失敗を恐れて挑戦しないより、自分の興味を行動にする人生のほうが楽しいと思うし、後悔も生まれないと思うから、冒険して生活したい。

・教えられたことが参考になりました。

・英語の覚え方など、もしどっか行く機会があればとても参考にしたいとおもいました。

・諦めないで人生楽しもうと思いました。自分も自転車が好きなので大人になったら同じようなことをしたいです。

・怒らないようにする。心を豊かにする。色々な人との交流をしてみる。

・一人の人物としての生き方

・ニュースとかだけのことを信じるんじゃなくて、実際に体験することで違う真実を見つけられるから、これからは1つのことを信じるんじゃなくていろいろな可能性を見つけたい。挨拶、感謝などを覚えていれば会話はできるので英語も少しずつおぼえようとおもった。

『3年』

・自分に負荷をかけることが成功への近道だなと感じた

・目標に向かって頑張る

・外国人との接し方

・今後の人生は、いろんな自分の都合に悪いことがあっても、あきらめずに進み続ける。

・後に後悔のない選択をする人生を送れるように頑張りたいと思った。

・無理だとおもったことでも、計画を練ることで自然とできるように感じるとこ。

・人との関わり方

・外国人と関わる際は、日本の文化に固定されずに、異国の文化を認めて生活していきたい。

・私は受験生で高校で生活することになったらその高校生活の中で夢を見つけてしれに向けて今回習ったことを駆使して夢に向かって頑張っていきたい。また、難しいことがあっても向かって行動しようと思った。

・人それぞれの文化を大切にすること 諦めないで努力すること やる気とヤケクソで頑張ること 言葉にならないくらい感動と辛い先にみえる景色をありがとうございました。

・自分の夢を追いかけていき、やれるうちにやっておくのが大事

・自分の人生、与えられた命を自分から楽しいものに変えていこうと思った。

・世界は自分が思っているよりも広いんだと思って生活する。

・自分でやりたい選択をしよう思った。

・苦労を客観的に見ること

・頑張れば乗り越えられる事。外国の言語の覚え方。

・何でもすぐ諦めないこと、人との接し方などを意識したいです。

・ありがとうございました。

・行動を起こす前の取り組み(日程を決める、声に出すなど)を普段の生活でも意識してみようと思います。

・やりたいことは諦めないでやろうと思った

・何事も興味を持ってみることが大切

・不境のときや人々とのコミュニケーションでの三箇条などを自分でも考えて試してみようと思いました。そして自分の目標に対して少し手も近づくように日々行動を見直し、具体的に計画を立てて行動しようと思いました。

・海外に行ってみたいと思った。

・やっぱり口に出して決断するというのは受験においても大切だなと思いました。これらを参考にして、第一志望校を合格できるようにしたいです。

・今自分が思っている普通を捨てようと思った

・自分も生き方の箇条を作っていきたい。

・これから高校に上がったりしたりサッカーを続ける上でたくさん挫折をしたりうまくいかなくて心が折れかけたりするときがあるかもしれないけど腐らず前を向いてぜんしんしていこうとおもいました。

・みんながこうしてるから。で自分の人生を決めたくないなと思った。

・夢は自分が頑張れば実現するものだからそれを叶えるために自ら行動して自分のやりたいことを見つけてそれを叶えられるようになりたいと思った。

・自分を捨てて、相手の立場も考えて、人間関係に気をつけたり、人それぞれの考え方を否定するのではなく、わかってあげることがいいなとおもいました。

・これからの学校生活、今後の人生も含めてで、いろんな国に行くときとかは、英語などはgood, very, a littleなどを覚えておくと会話が広がると聞いてすごく参考になった。goodにveryをつけてvery goodにしたり、少しと答えるときは、a littleと答えるだけでも全然会話の広がりが違うと知ることができた。

・自分がやりたいことを貫いていこうと思った。

・人を見た目で判断せずその国だから怖いという考え方を改めて仲良くできるようにしようと思いました。

・自分はやりたいことをちゃんとやる方が良い

・自分がやりたいことをゴールから逆算して考えることはこれからの勉強とかスポーツにおいて大事なことだと思った。

・自分らしく生きるのが大切だと思った。

・人の価値観を考えて怒らないようにしたいです。

・僕もおとなになったら旅しようと思った。

・石田さんのようにどんな人生を取ったとしても必ずぶつかる壁があるしその分のリターンもあるからそこでどう乗り越えてくかを考えて行きたいです。

・これからは多様性理解をしていこうと思った

・目標をつくって逆算する

・石田さんの講演でもおっしゃっていた、「手段と目的の違い」であったり、旅の中で感じた「人との付き合い方」も自分の中で活かすことができるのではないかと思った

・旅の中で人を見た目で判断しない、人を憎まずに人と笑っていられるようにするということをこの先の学校生活や人生で参考にしようと思いました。

・人によって考えることが違うから、相手の立場に立って、物事をしっかり考えようと思った。自分のやりたいことをふっきって楽しむことも考えようと思った。一度きりの人生を楽しもうと思った。

・外国語で先に礼儀や数字を覚えるのはとても頭が良いとおもったのでどこか外国に行くときに真似したいと思った。

・辛いことがあっても落ち込む必要はないと石田さんはおっしゃっていたので辛いことや失敗いた事があっても切り替えて次に繋げられるような行動を取りたいです。

・とりま行動が大事だとわかった

・盗賊や病気、暑さ、寒さで旅を中断しようとしても、それでも旅を中断せずに続けた結果、美しい景色などを見ることができた話を聞いて自分も、なにか辛いことや苦しいことが合ってもそれを続けようと思った。ポーランド人のおじさんが優しさできのこをくれた話を聞いて、様々な価値観を持って多くの人に優しくすることが大切だと思った。

・私は将来海外に行きたいと思っていて留学はとても不安だと思っていたけど海外はいいことがいっぱいあることを知って自分の行きたい高校に行けるように頑張りたいと思いました。

・まずは行動に移すことが大切だということ。

・人生は自分自身のものだからこそ、真実は1つではない。そして、自分自身の人生だけれど、他人のことも気にして生きるべきと思った。

・シェアを広くしていろんなことを考えたい。

・自律心を強く持ち、自分の夢や、やりたいことを全力ですること。

須藤昌英

12月24日(水)石田ゆうすけ氏講演『自分らしく生きる』の感想:その1

1 あなたは、本日の石田ゆうすけさんの講演を聴き、何が印象に残りましたか?

『1年』 

・目的と手段のこと。目的を達成するために手段を使うのであって、手段がゴールではない。

・まず、自転車で世界一周する発想がすごいと思い、そのメンタルがいいなと思いました。そして、強盗や病気などの散々な目にあってまでもしっかりとするのが本当にすごいなと思い、世界一周の前の小さな行動をするのがいいなと思いました。

・自分の価値観を捨て、その人を尊重すること

・世界1周をして、感動したものなど旅の中で多くのものを得てそれを人々に伝えることができるということが印象に残りました。

・多様性の理解、現地の人々との交流

・七年半で色々な国を旅しているのが印象に残りました。

・ポーランドのきのこをくれたおじいさんの話です。おじいさん自身が障害者なのに、観光客とはいえ部外者であるはずの石田さんに無償できのこをプレゼントしてくれるなんて、とても優しい方なのだなと思いました。

・言語が通じないところに行ったときにやったほうがいいことや自分たちが知ってるものは現地に行ってみたら全然違って見えるかもしれないということ。

・多様性の関わりかたについてが印象に残りました。私は英語が苦手であまり外国の人と話したり交流したりすることがないけど、自分と違う価値観の人は日本の人でもいるし、そういうときにどう対応するかを学ぶことができました。

・苦境を乗り越えるには、客観視することなどが大事だとわかった。そして自分たちがスマホで調べているものは大体は本当に嘘だとわかった。

・いつもそばには無数の道が広がっていて、何を選ぶかは自分次第、という言葉が印象に残っています。

・強盗に襲われてもなお、旅を続けたこと

・彼は旅の途中で多くの問題に遭遇し、多くの困難な問題にも直面しましたが、彼はそれらに立ち向かい、計画していた目的地に到着するまで止まらなかったことを印象に受けました。

・単語だけでも、現地の人とコミュニケーションを取ったり、そのコツがあって実践していたのが凄かった。また、国によって宗教も違うし、価値観も違うことが現地の人達の対応によってわかった。その場所に来たら、その場所の考え方で生活するのが現地の人達にとって失礼のない行動なんだなと思った。どの国も普段情報を得ているところ、例えば新聞やインターネット記事などで書かれていることが全てではないと知った。その国にいかないとわからないことがたくさんあるんだと思った。

・人を尊重すること

・キノコをプレゼントしてくれたおじいさん。ヤケクソが一番助かったこと。

・自分が思っている、知っているよりも実際に行って見てみるとまだ知らないこともたくさんあって世界は広いとわかるということ。

・石田さんが自転車で海外に行ったときに出会った、おじいさんの話が印象的でした。おじいさんは、他の体の不自由な方と違って、自分できのこを採ってそれを売っていることがすごいことだと思いました。

・自転車だけで日本だけでなく世界までも一周しているのに驚きました。特に印象に残るのは体が弱いのにそれでも前進して世界を回ってきたことです。なぜそこまで頑張るのかが良く伝わってきました。世界の風景の美しさや旅の楽しさ、世界の人々の対応の仕方などをより深く知る体験にもなってとても楽しかったです。

・自分がやりたいことがあるときは日程を決めて行動することが大事だと思いました。また、外国に行ったときは自分を捨てて相手側になることが重要だと今日知れて良かったです。

・自転車で世界一周した決断力といざやってみていろんな体験や景色を見て人はこんな感動するんだなあと思ったことが印象に残った。

・世界一周を自転車でしたが、途中で帰ろうとしたり、病気にかかっていたりしたのにそれでも最後まで世界一周を回りきったということが印象に残っています。

・自分たちの思っている世界の国々のイメージは新聞やニュースなどの少しの情報で考えられたもので、実際は、イメージとは違うとても良い国や人々だったということ。

・片足がないおじいさんの話です。お金を貰おうとしているのではなくプレゼントと、として タダで渡すというのが優しいと思いました。

・他の人と同じ道を歩くより、自分が進みたいと思った道を進んだほうが楽しい。

・自転車をこいでいる途中に強盗が来てロープで手足を縛られるなどな所が印象に残りました。

・三輪車のおじさんの話が印象に残りました。

・5つのわけの②が印象に残った。考えてみれば自分も「いつかこれをやろう」と決めていてもその「いつか」は何年何月何日にやるのかということを明確に決めてないからほったらかしにしてしまったんじゃないかと気がつけた。

・石田ゆうすけさんは、自分のやりたいことをやるべきだって言っていたけれども、やりたいことをやるために働いてお金をためてから実行することは計画性があるからこそできることど思いました。音楽を聞いて感動して小便を漏らしたことについては、生きていく中でそれほどの感動ができるなら世界を回るのもいいと思いました。

・岩を見て、4日もずっと感動していたところが、印象に残りました。

・やりたいことは、声に出す。目標のゴールを決めて、逆算して計画を立てていく。SNSなどで世界を知るよりも自分の目でみて、耳できいて、感じることを大切にする。などのことが印象に残りました。

・強盗にあってまた旅を続けるっていうのが僕だったら諦めて帰国してるのですごいと思った。

・キノコおじさんの話です。生まれつき体の一部がない人はそれで同情を買い、生活をしていく人がほとんどでしたが、キノコおじさんは自分に誇りを持ち、何一つ不自由が無い人達と同じように暮らし、旅行者に自分の食料を善意で見返りを求めず渡し、本来は支援を受けたほうが良いハンデのある人がしていて優しさとおじさんの強さを感じました。

・努力は報われるんだなと思った。

・石田さんが使っているカメラが気になった。ハッセルブラッドかな。

・世界には自分がまだ見たことのないような景色がたくさんあって自転車だけで世界一周するのに、ロマンを感じました。

・ポーランドのおじいさんとアンデス山脈の話

・ポーランドできのこを売っているおじさん

・自分でやってみたいことを現実にするために、日程を決めるなどと計画を立てて、実際に現実にしたこと。国や地域、宗教によって、人々の価値観が違っているということ。

・多様性理解で足がなくて不自由な人がきのこを石田さんにあげる話

・キノコを売っているおじいさんの話が印象になりました。ほかにも中国人ってなんか少しわるいイメージがあってあまりかかわりたくはないと思っていたがこの話をきいて中国人はほんとはやさしいとしった。

・7年半で世界一周したこと。

・日本一周だけだと思ったら世界一周をしていることにびっくりしましたが、音楽と一緒にで流れてきた写真が特に印象でした。

・実は私も石田ゆうすけさんと同じでサイクリングをするのが好きなのですが、世界一周どころか日本一周なんて考えは全く浮かびませんでした。世界一周は最初石田ゆうすけさんにとってただの夢にすぎなかったと思いますが、それを実現しようと考えて1歩ずつ行動に移すことができたのが本当にすごいと思いました。実際にアフリカの写真を見せてもらったり、それに加えて聞いていた音楽まで聞かせてもらったけれど、どれもすごく感動しました。冬休み中に手賀沼付近でサイクリングをしてみます!

・きのこを売っていたお爺さんの話が一番印象に残りました。私は仮にあのお爺さんに同じようなことを言われたら、怖くなり逃げてしまうのではないかと考えました。ですが、石田さんは逃げず、相手に敬意を払って対応していたということに感動、尊敬しました。

・強盗に襲われても痛くなかったという事

・夢を現実に近づけるということ

・ポーランドのキノコの話。おじいちゃんが素敵だなと思った。グランドキャニオン、ユタ州の画像が綺麗だった。

・強盗されてそんな重く考えないこと。

・自転車で世界一周するその前は日本一周と小さいことから少しずつ大きいことをやっていくのが大切だと思いました。

・世界の景色の写真

・世界一周してる最中にきのこをプレゼントしてくれたおじいちゃん

・世界の景色がきれいっていうことがわかった。

・きのこのおじいさんの話が特に印象に残りました。どの国の人もとても親切に自分に接してくれたということがわかりました。世界には自分のからだの障害で同情をかって物乞いをしている人も数えるほどではなく、とてもたくさんの人がいることがわかりました。

・おじさんの話。障害者でお金がなくて、同情してもらってお金を稼ぐけどそのおじさんはものをただであげていてそういうプライドみたいなのがめっちゃ感動した

・自分の好きなことをやったら色んな人や事にあえるとわかったしあの演劇を聞いて背中を押された。

・多様性の理解と、これからのやりたいことについてよく考え、高校や大学に進んで就職することです。

・7年で世界を一周したこと。何度も倒れたりしたけど、諦めなかったこと。

・風景の写真や村の人達の優しさが印象に残りました。

・おじさんの話で、おじさんが「俺はしっかりと自分でカネを稼いでるから大丈夫だ!」と言っていたのを他の物乞いをしている人たちと違いしっかりと理不尽な状況でも自分を貫いているのがlすごいと思った。

・アフリカ州で見た景色の写真がどれも神秘的でキレイだった。

・諦めないで進み続けていてすごかったし、世界一周シていてすごいと思った。

・太陽によって色が変わる岩

・岩を見るために4泊以上もしていて自分のやりたいことを存分にやっていていいなと思い、印象に残った。

・キノコをくれた片足がないおじいさんの話がとても印象に残った。

・ポーランドのおじいさんの話

・グランドキャニオンが色を変わっているのが印象に残った。

・何でも自分が思ったことできるのがすごいと思った。

・中東らへんのときに自分も情報だけを吸収して知った気になってるから中立から立って自分の思想や学んだことを客観視することが大事だと思った。

『2年』

・日本とは全く違う景色が世界には見られること

・世界にはたくさんの魅力があり、世界を回るのに7年半かかることを知りました。

・僕は、石田ゆうすけさんの演説を聞いて、自分で夢を口にして自分を追い込みやけくそになって自転車で世界一周を決意したことが印象に残りました。また、自分が強盗にあってメンタルや体がぼろぼろになりながらも、アンデス山脈に登って自分に勝ったというようなエピソードがすごく印象に残りました。

・強盗の話でよく立て直せたなと思いました(偉そうですみません)強盗に襲われてすごく怖いと思いますがそこから立て直して世界一周を成功できたのはすごく尊敬します。

・写真がきれいだった。

・まず最初に思ったのは自転車で世界を一周するなんて、すごいと思いました。しかも7年半もかけて日本に戻ってくるなんて体力的に疲れてしまうんじゃないと心配になりました。石田さんが撮った写真はどれも綺麗で世界ではこんな景色が見れるんだと思いました。

・世界一周はきれいな景色や出会いなど多くの感動があるけど、それには強盗にあったり、テロに巻き込まれたりなど怖いこともある。

・自分の道は自分が決めれるから頑張りたいと思った。自転車で世界一周とかすごいと思いました。

・片足のない男性がきのこを売っていて、日本ではないことかもしれないけど、キリスト教を信仰している人にとっては恵んであげるのは当たり前ということに驚きました。

・中国の人たちに止められたのにとても暑い道を通ったのがすごく印象に残りました。

・強盗に襲われたのに立ち直ることができたことが、印象的でした。

・途中で強盗にあったのにその時冷静でいられるのすごいと思いました、自転車残してくれたのは奇跡だなと思いました。

・自転車で世界を旅することで、たくさんの価値観が生まれて、事実は百まであるという考え方。

・話を聞いて、この人の人生は楽しいものなのだろうな、と思った。さまざまな体験があって、そこから感動と学びを得た。

・砂漠の景色が綺麗すぎて同じところに4泊もしたこと

・三輪車のおじさんの話が印象に残りました。

・足がない人がきのこを売っている場面にあった話です。理由は、おじさんが石田さんに伝えたかったことを今自分なりに考えると、そのおじさんは、どこかしらに不自由を抱えていても、生きていけることを説明していると思ったし、多様性の関わり方について考えることができました。

・日本と海外では意識や当たり前としていることが違うことを知って、きのこのおじさんとか、優しいなと思いました。

・世界の写真をみて、世界には凄く綺麗な場所があるのだと知った。

写真でも分かるぐらい、綺麗に写っていて凄く印象に残った。

・いろいろな経験をすることでいろいろな考え方などが身につくことを知りました。

・三輪車のきのこを売っているおじさんの話が1番印象的でした。自分は他の人と同じようにはならず自分の生き方で生きていくことが大切だと思いました。

・足のない人が無償できのこをプレゼントしてくれた話から人のために動くことで助かる人が増えるということが印象に残った。

・何事にもやってみる勇気や人間関係についてのこと 大阪万博を説明してるみたいで良かった。

・世界一周するまでは自分がやりたいと思う気持ちを強く持ちそれを実現するために具体的な行動をして自分の言葉で周りの人に宣言することで夢が現実になることがわかった。世界の人達はニュースや新聞で言っている悪い印象しかなかったけど実際に行ってみたら優しい人がいっぱいいたことを知った。

・印象に残ったのはきのこを売っているおじいさんの話です。

無料できのこを渡してくれたこともびっくりしましたがそれ以上に驚いたことは日本と海外の反応の違いで海外では渡すのが当たり前ということにびっくりしました。

・国によっての当たり前がぜんぜん違うことが印象に残りました。

・自分を捨てると相手側の立場になる

・石田ゆうすけさんの講演を聴き、7年半もかけて世界一周をしていたことがわかり、他のひととのコミニュケーションが大事なことがわかった。途中のお話で強盗がきて縛られしたりして外国って怖いなぁと実感しました、ゆうすけさんの講演で外国の人との話し方(コミニュケーション)の仕方などを学べてとても良かったです。

・受験(入試)に向けて頑張ること

・人生を思いっきり楽しむっていうことはすごく大切なんだなと思いました。また、自分を捨てて、現地の生活になれて、言語を覚えることを楽しむところがすごいなと思いました。

・人生は本当に「山あり谷あり」なんだなと思いました。苦難を超えた先にはなにか素晴らしいものが待っているんだなと思いました。世界は自分が思っているより広く、ニュースなどでやっている情報だけを信じるんじゃなく実際にその場所に行ってみると、ニュースではわからないようなことを知ることができることを知り、インターネット上の情報だけを簡単に鵜呑みにして印象をつけないようにしたいと思いました。

・いろいろな写真を見た中で、溶岩みたいな岩がとてもきれいで印象的でした。そして、自分の夢は苦境を乗り越えたら初めて達成できるものなのかなと思いました。疑似体験をしていろいろな国の当時の状況などをしれ、とても面白かったです。

・障がいを持つおじいさんの話が一番印象に残りました。無料できのこをあげていて、自分にマイナスになるようなことなのに、それをするこの人のあたたかさはすごいなと思いました。またこの話で出てきた、客観的に物事を見ることが大切だと知りました。敬意を払うことでいろいろな人の見方ができ、相手を尊重して生きていくことができると思います。自分もこれから色んな経験をしていくと思うのですが、その中で感じた感情を大切にして、沢山の人と出会っていきたいと思いました。

・世界には自分の知らないことがたくさんあることを改めて痛感しました。

・自分はこれといった単体の印象より、全体の話を聞いて自分がしたいと思ったことを自身を持ってみんなに伝え実行するところに印象に残りました。世界を自転車で回るは最初はみんなに伝えたらなんて言われるかわからないかもだけど無理かもしれない夢を言うのは尊敬しました。

・石田ゆうすけさんの講演を聴き、疑似体験をして世界は私が思っている以上に広く、現地の人々は優しいと学びました。

・キノコをプレゼントされた話

・自分が言い争いになったときまず初めに自分の持っている価値観を捨てることが一番印象に残りました。

・自転車で世界1周したこと

・石田ゆうすけさんの話で一番印象に残ったのは、同じ石を4日間も見ていたという話です。普通に考えたら馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、僕は凄く共感できると思いました。それに、そこまで美しい景色を肉眼で見ることができたというのが、とても羨ましかったです。

・きのこを売る男性で自分が不自由なのにわざわざ旅人に無料できのこを全部あげたことの親切さに驚いた。

・一回襲われてから立て直してまた立ち上がる様子が印象に残った。

・世界は広くて色んな人がいるからいろんな価値観とかを持っている人がいるから他の人とぶつかりあうのではなく自分を一回なくして考えたりその人のことを生きたりすることが大事だと思ったまた何もしていないのに決めつけるのは良くないと思いました。実際経験したら違うことだってあることがわかりました。

・自転車での旅の、景色の写真が印象に残りました。特に、朝日や夕日により様々な色に照らされる岩が、一日に一度しかない貴重な景色を作り出していてとても綺麗でした。

・世界各地のきれいな景色やきのこのおじさんの話

・メキシコの食堂での話し方(good,very,a little)について。

・自分が一番印象に残ったのは、グランドキャニオンです。

石田ゆうすけさんが4日間泊まったと聞いて驚いたけれど、その写真を見てみるとこれは自分目線で考えると4日間泊まるなと思いました。

・改めて世界は自分が想像しているよりも広いと知ることができた。

自分の行動範囲を少しでも広めると新しい世界を見ることができる。

・自転車で旅する

・夢は必ず実現できることどんな苦境があっても諦めず乗り越えることで強くなれるということ。

・自転車で世界を回ったこと

・石田さん自身がすごく臆病で怖がりだと知ったときが印象てきです。それまで、怖い物知らずで旅を決心したと思い、話を聞いていたので、びっくりしました。強盗にあった時も、冷静に判断し、ヒッチハイクをして警察に行く、などの行動も冷静にできていてだからこそ世界一周ができたのかなと思いました。強盗にあってから、塞ぎ込んでしまったときも自分なりに解決策を考え試す姿がすばらしいと思いました。辛いときは自分を客観視すること、苦しんでいる自分を笑ってみること、など石田さんがおっしゃっていたことがなにより大事だとおもいました。

・自転車で世界一周

・多様性の理解と自分で選択するということの重要性が印象に残りました。

・日本一周したら世界一周したくなったから7年半かけて世界一周したという思ったことをすぐに実行する所。

・僕はきょうの石田ゆうすけさんの講演を聞いて、僕は石田ゆうすけさんのことをすごいなと思いました。なぜかというと、自分の好きなことに向かって突き進んで世界を一周するなんて僕はとても印象に残りました。他にも人とのコミュニケーションにも工夫していてすごいなと思いました。

・厳しいと思っても何事も諦めずにやり遂げたら希望が見えてくると思った。

・会社で働いていれば、安定した収入が得られるのに、会社をやめて、世界一周する勇気がとてもすごいと思った。

・きのこをくれたおじいさんの話です。最初話を聞いたときは私も、お金が足りなくて怒っているのかなと思いました。しかしちゃんとした理由を聞いたときに偏見だけで考えてはいけないなと思いました。また、完全にその国の言葉を理解していなくてもジェスチャーや、声の強さなどで言いたいことを伝えられるんだなと知りました。

そして日本一周することもとてもすばらしくてすごいことなのに世界一周しようと思うのがとてもすごいなと思いました。辛いことや大変なこともあり楽しいことばかりでなくても諦めず7年半一度も日本に戻らなかった忍耐力がとてもすごいなと思いました。

・実際に自分で体験することによって物の見え方が変わったり、人の温かさにふれて、つながりを感じることができると知りました。ニュースや新聞に書いてあることだけが事実ではなく、自分の目で確かめてみるからこそ見える真実もあるという話が印象に残りました。

・世界は大きい大地と親切で溢れかえっている。けれど生活に苦しんで強盗をしたり物乞いをしてほかのゆうふくなひとたちにめぐんでもらったり毎日に困っている人たちがいることを知りました。

・空の写真。私はいつも趣味で綺麗だなと思った空があった日は写真を取るんですが、いつも見返すときには「綺麗」しか残らないことが多く、見たときの感動を失ってしまいます。でも石田さんが写真を見て話す時、20年ほど前のことだろうけれど、感動を覚えているんだろうな、と感じました。私も写真を見て感動を何年も覚えていられるような大きな世界を見つけられるような人生にしたいと思いました。

・生きていく中で、やりたいことをやったほうがいいこと。

・自分の人生をもっと大切にしたいと思った。いろいろな選択肢があることを知れた。

・片足がない人の話

・一番印象に残ったのは、きのこを売っている片足のないおじいさんにきのこを買うためにお金を出したら、怒っていて結局ただでくれたという話です。印象に残った理由は他の、障害のある人はそれを理由にして物乞いをしているのに対し、お金を払ってきのこを買おうとしたら怒っていたからです。

・石田ゆうすけさんの講演を聞き、石田さんは一度世界一周をすると決めたら、どんな辛いことがあっても諦めずに世界一周をしてすごい勇気だなと感じました。

・何事もやってみてることが大事ということ。・たった一回の人生を無駄にしないで自分の好きなことを貫くこと。

・狭いところで自分の夢を諦めて後悔するよりも、ほんの少しだけでも勇気を出して挑戦してみることによって自分の世界が広がって人生が面白くなることがわかりました。そして印象に残ったのはおじいさんのきのこのお話で多様性の理解は自分が楽しく生きるためだというお話です。

・三輪車に乗っているおじいさんの話や、物乞いの人がいる話です。

・自分はあまり冒険できる性格ではないから、世界一周を、しかも自転車ですると決めて実行したのが本当にすごいなとおもいました。また、自分がやりたいと思ったことをつらぬいて最後までやりきったことは最終的に自分の中の思い出になるし、やってよかったと思えることだと思うので自分もやりたいと思った興味を最後まで貫きたいと思います。世界一周をする上で言語は壁になると思うし、行く国全部の言葉を喋れるようになるまでやることは難しいけど、気持ちが通じ合えば伝わることもあると思うので、まずは話してみることを大切にしたいです。

・海外の音楽を聞くところです。

・自転車の旅が印象になりました。

・自転車で世界を7年かけて走るのがすごいと思いました。

・自転車だけで世界一周しただけでもすごいのに各国の人たちとの出会いや交流もできたのがすごいし、その各国の人達は言語が違うのにそれに適応していたのがすごく感じた。ヤケクソで世界一周したのがとてもすごかった。

・和歌山一周の話

・人生は後悔しないように生きたほうがいいこと。1つの自転車で全国まわるのがすごいと思った。いろいろな国の人とコミュニケーションを取れていたこと。強盗にあったときあとから恐怖が来ること。

・国の人は優しいこと。(決めつけてはいけない)真実は1つじゃない。

『3年』

・自分のやりたいという気持ちは一番の原動力になるしどこまでも頑張れるものなんだなと思った。また石田さん流の覚え方などがあり自分でいろんな方法を生み出していけるのは、すごいなと思った。

・チャリで7年半もこいでたこと。

・外国に行くのは、大変だと思いました。自転車で行くんことがすごいと思いました。

・時間によって岩の色が変わる場所。何泊もそこでしていて心が癒やされていそうでした。自分も生きているうちに一度は行ってみたいです。

・わざわざ大変な道を選ぶのはすごいなと思った。きれいな景色を見て心を奪われるという経験が私にはないからどんな感情なのかなと思った。

・飛行機で見に行くマチュピチュと自転車で山脈を通り過酷な道を通りみるマチュピチュとでは全然違うということ。

・目標をどう達成するか

・きのこのおじいさんの話で、異国では、多様な文化を認めていくことが印象に残った。

・私が印象に残ったのは、各国の写真で理由としては、一枚一枚の写真がとてもきれいで私は地理が好きなので、気候や地形などがはっきりと分かる写真ばかりでとても印象に残りました。

・きのこ売りの人の話です 国の文化の違いで考え方も違うこと 言語の差で話しやすさが変わること など国それぞれの多様性がありそれを認め合う 理解し合うことが印象に残りました。

・日本一周から、世界一周に目標が変わったときの気持ち

・自転車で旅をしようとしたことがすごいと思ったし、景色がきれいなとこが多く自分も行ってみたいと思った。自分を捨てて、相手の立場に立ち考えることが大切。真実は1つではなくその一つは見えていることだけであって本当はたくさんある。国によって文化が全然違ったり、人もいろんな人がいるから接し方を考える。

・強盗に襲われたところ

・アフリカの曲

・障害者の話

・画面の景色 途中で苦しくなった話

・世界のきれいな写真とかを見てすごい綺麗だなを思った。そしてゆうすけさんの生き方や考え方を参考にしていきたいです。

・強盗に襲われたときの話が印象に残りました。

海外だから普通にそういうことも起こるのか、という驚きとともにそこから立ち直れるのがすごいと思いました。

・話の中で現地の方々も多く登場するのを見て、旅の中で色々な人と出会ったり助けてもらうなど一人だけで旅を続けているのではないのだと思いました。

・片足のないきのこをくれたおじさん

・旅がすごく好きなのが伝わった

・自転車で世界を一周しようと思ったことにまずびっくりしました。不境への考え方や旅を通しての感じたことや、そこで自分の考えが変わったことがよく印象に残りました。

・世界は自分たちが思っているよりももっと広いということ。

・世界一周をするとき、とても大変な決断を何回もしてきたのだなと思います。また、その決断を得て、今話している姿を見てとても面白かったです。

・日本が思っていることや普通は他の国から見たら全然違うということ

・ゆうすけさんの人との接し方や自分との向き合い方はすごいなと思った。言語の壁とかあるはずなのに、それらを全然感じさせない話ですごかった。とくにいわの話はすごかった。岩だけで四泊できるのはすごい。

・心が折れかけても腐らず前を向いて前進したという話が印象に残りました。

・自転車で世界一周をしようと思う行動力。美しい景色を見て写真を撮って終わりではなく、しっかりと心で受け止め美しさを身体全体で感じることができる心のきれいさ。自身の体験を私達に伝える際の言葉選びのきれいさ。

・外国の人とコミュニケーションを取るのは難しいと思ったけどその国の言葉を少し覚えられれば度の国の人とも話せるとわかった。

・自分の人生の選択は悔いのない選択を選ぶ。世界中は広く、まだ自分が知らないことがいっぱいあるんだなと思いました。辛いことが起こっても諦めずに方法を見つけ、自分の夢に向かうのがすごいなと思いました。

・いろいろな国の景色や写真がきれいですごく印象に残った。いろんな旅をするといろんな出会いがあるんだと知ってすごく印象に残った。石田ゆうすけさんの困難の乗り越え方なども印象に残った。

・人生は短いから満足のできる人生を歩むべきといっていたこと。

・日本の常識にとらわれずもっと広い考え方を持つべきだと思いました。そして文化の違いについても考えていく必要があると思いました。

・自分でやろうと思ったことをちゃんとできたことです

・世界一周を本当にやったのがすごいと思いました。

世界の様々な人や景色に出会うことで得た経験は忘れられないものになると思った。

・自転車で世界一周した旅のヨーロッパの辺り

・僕はおしっこ漏らすほど感動したという話が印象に残りました。生きていると実感することがどれだけすごいかをとても理解できました。自分も旅をしたりするのが好きなので石田さんの話はとても魅力的で励みになりました。自分もあんな旅をしてみたいです。

・いろいろなところに行くといい人悪い人に出会うことがわかった。

・優しい自転車のおじさんが印象に残りました。障害を持ちながらもそれのとらわれず自分の力で稼いで人にやさしくするという人間性に感心しました。

・感動をしておしっこを漏らしたこと。そんなに感動することがあるのだと感心しました。

・多様性を受け入れることは大事だと分かった。

・今回の公演を聞き、石田さんの経験談とともに、「一こぎ一こぎ世界が広がる」という言葉が印象に残り、また思い切りが大事であったり、全てのことに敬意を払うという考え方にも強く心を打たれた。

・山脈を登る話で、まず持病がある中世界を旅しようとする精神がすごいと思い、何度も低酸素によって視界が途切れたりして苦しい思いをしているのに、それでも登り切ろうとする姿がとても印象に残りました。

・自転車で世界一周をして、色んな人とのコミュニケーションとか、相手に対しての考え方とかが変わったということがわかった。色んな国の景色が見ることができてとても綺麗だった。

・きのこを無料でくれたおじさんがめちゃくちゃ印象に残った。世界には自分に特がなくとも人に親切にする道徳心があるのだと知った。

・どんな状態でも、どんなにくじけて辛くても、前に進み続けるのは大事ということが一番印象に残りました。

・アラスカの景色

・ペルーで強盗に襲われた時に帰って冷静になった事や、アンデス山脈を登ってマチュピチュにたどり着いたときの感動の話、アフリカで病気になっても自転車を漕ぎ続けた話。

・無料できのこをくれた人の話

・海外の人はみんな優しくていい人だということ。不安なことがあっても一歩前進することでいいこともあるということがわかりました。

・まずは行動に移すことが大切だということ。自分の体験から本当にそうだと思ったから。

・北アメリカと、ペルーの温度差。

・自転車で世界一周するのがすごいと思った。世界の景色を見ることでできて楽しそうだと思った。

・イスラム教の人たちが怖いと思ったけど、実際は良い人ばかりだったということ。

須藤昌英

 

12月23日(火)全校集会(道徳)と「ハクナ・マタタ(何とかなるさ)」

〇今日で2学期77日が終わります。今日は旅行作家&エッセイストの石田ゆうすけ氏に、生徒たちへ講演をしてもらいます。

〇石田氏の「行かずに死ねるか!」の冒頭に、自転車で世界一周をした自転車の写真があります。その下に「期間:7年5ヶ月、走行距離:9万4494㎞、訪問国数:87か月、パンク回数:184階、スポーク折れ:34回、チェーン切れ:8回、使用タイヤ37本」と書いてあります。想像を絶する旅です。生徒たちの感想が楽しみです。

〇息子たちが幼い頃、よく自宅で一緒に子供向けのビデオを鑑賞していました。今のように有線番組のアニメ専門チャンネルやYouTubeなどはありませんでしたので、VHSの再生機におもちゃ屋さんで購入したカセットを入れて何度も鑑賞していました。思い出すと懐かしいです。

〇その中の一つにディズニーの「ライオン・キング」がありました。シンバというライオンの王の息子が、叔父に王国を追われたのち、旅の途中で出会う愉快な仲間たちに励まされ、やがて成長し自分の使命に目覚めていく物語です。

〇私が幼少の頃には、日本の手塚治虫氏による『ジャングル大帝(1965)』がブームでしたので、私はむしろそちらの方を思い出しながら観ていました。『ジャングル大帝』は、白いライオンパンジャとその子レオを中心にして大自然の中で繰り広げられる弱肉強食の生存競争や、人間と動物とのかかわりなどを描いたドラマです。

〇今は飼っていませんが、息子たちが幼い頃は、自宅で雑種の犬を1匹飼っていたので、息子たちがコロという犬に「シンバ、シンバ」とよびかけたり追い回していたりすると、犬のコロが困った顔をしていたのも思い出しました。

〇その「ライオン・キング」の中で一つ、今でも印象に残っている言葉が、「ハクナ・マタタ」です。これはスワヒリ語で、「ハクナ(Hakuna)」は「ない」、「マタタ(Matata)」は「問題」を意味し、合わせて「問題ない」「心配ない」となります。「心配ないさ!」「どうにかなるさ!」というメッセージになります。

〇最初は気弱で生真面目なライオンのシンバに、ティモン(ミーアキャット)とプンバァ(イボイノシシ)が教えた言葉で、「責任もない気ままな生き方」を象徴し、くよくよせず、気楽に生きようという前向きで楽観的な考え方(哲学)を表しています。

〇当時私はそれを観ながら「人生は何とかなるさだけでは済まないことばかりだ。いい加減なことを子どもに教えるなよ」などと思っていました。しかし今はその考えが180°変わっています。みんなそれぞれ自分なりに頑張っているのだから、たまにはその瞬間の人生を楽しむことの大切さを生徒たちに伝えています。

〇落ち込んでいたシンバが、仲間からこの「ハクナ・マタタ」という言葉と歌を通して生きる気力を取り戻し、次第に前に進むストーリーは、昭和の『ジャングル大帝』とは少し違って、さすがディズニー映画だと思います。

〇私自身も年齢を重ねるにつれて、心配事や不安感が増え、毎日が重荷ばかりに思ってしまうこともあります。しかし時々、ティモンやプンバァの良い意味での「いい加減さ」を思い出し、自分の置かれた状況を俯瞰(ふかん)して見るようにしてみることも大切だと思うようになりました。

〇今日講演してもらう石田氏にも、最後は生徒たちに「大丈夫、なんとかなるさ!」というメッセージが残るようにお願いしています。

須藤昌英

 

12月22日(月)冬季休業前保護者会

〇今日は冬至です。冬至は、日本を含む北半球で最も昼が短く夜が長い日で、二十四節気の一つです。日の出が午前6時46分、日の入りが午後4時30分です。それをもとにすると昼間は9時間44分、夜間は14時間16分となります。

〇冬至は太陽の力が最も弱まる日ですが、翌日からは陽の気が増し「一陽来復(いちようらいふく)」として運気が上昇に転じるため、厄除けや無病息災を願って「ゆず湯」に入ったり「かぼちゃ」を食べたりする風習があります。

〇ゆず湯は、血行促進、風邪予防、保湿、リラックス効果が期待できるそうで、語呂合わせとして「融通が利く」にかけ、長年の苦労が実るようにとの願いも込められています。昔はこの日に銭湯へ行って、香りがよい湯船に浸かり、思いっきり手足を伸ばしていたことを思い出しました。

〇またかぼちゃを食べるのは、栄養価が高く保存がきくため冬の間の貴重な食料だったことや、「ん」のつく食べ物で「運」を呼び込む縁起担ぎや太陽の象徴である黄色いかぼちゃで厄払いと無病息災を願うという、先人の知恵とゲン担ぎが合わさった風習のようです。かぼちゃは漢字で「南瓜」と書くように、東南アジアや中国からポルトガル人?(諸説あり)が由来です。

〇先週は年末のお忙しい中、保護者会に来校していただきありがとうございました。私からは、育てたい非認知能力と学力観について、2学期のブログからトピック的に20分間話をさせてもらいました。

須藤昌英

【校長の話:スライド】

 

 

12月19日(金)「2学期いじめの状況調査」より

〇先日、全校生徒を対象とした「いじめ」を把握するためのアンケートを行いました。通常、学校がいじめを認知するのは、「本人からの相談、他の生徒からの情報、職員による観察、保護者や地域の方々からの情報」となっていますが、定期的にアンケートによる状況把握を行っています。

〇集計した2学期の認知件数は8件で、その内訳は「冷やかしやからかいを受けた」「無視された」「悪口・陰口を言われた」などとなっており、最初の「冷やかしやからかい」が毎回の調査では一番多くなります。また「以前から継続的にある」との回答はそのうち4件でした。

〇そもそも「いじめとは、日常的なトラブルでも、本人が『いじめられた』『不快な思いがした』などと感じるものをすべて」と定義されており、生徒も職員もそれを意識しています。

〇今回のように、いじめと疑われる案件がありますと、その後必ず複数の教員で、本人及び関係生徒から事情を聴きとり、今後の謝罪や人間関係の再構築ついての話し合いを行います。

〇1学期の認知件数は11件でしたが、例年のように1学期は進学、進級などで新しいクラスになったり、旅行的行事があったりと、まだ人間関係が不安定な面があり、件数は多くなる傾向にあります。

【ホームページにある「土中いじめ防止木尾本方針」】

〇柏市では、「いじめが解消した」とする条件の1つが、「発生から3カ月以上当該生徒の関係の中で継続したいじめはない」となっていますので、先ほどの2学期8件の場合も、これから3カ月間は経過観察を行います。単に生徒同士の謝罪などをもって安易に「解消」としないこととなっています。やはり人の心の中までは見えませんので、経過観察の時間は必要です。

〇ひと昔前のように、生徒二人が喧嘩しても、「喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)」とはいかず、お互いがそれぞれ嫌な思いを抱くと、それはすべて「いじめ」とカウント(2件)します。そうなると簡単にその場でお互いに相手に謝って終わりとできないところが、正直難しいです。

〇ただ社会で働く我々大人も含めて、生きていく上で一番の悩みは「人間関係」です。「こうすれば必ずいじめはなくなる」のような究極の方法はなく、その都度丁寧に対応していくしかありません。

〇いじめに対しての対応は、「柏市いじめ防止基本方針」にも示されているように、早期発見と早期対応、学校組織内の情報共有、必要な指導・措置ですが、いじめのアンケートはその一つの入り口になります。その他として教職員の観察、保護者や地域の方々からの情報提供などがありますが、やはり一番多いのは本人やその周囲の生徒からの相談です。

〇いじめの未然防止も重要なのは言うまでもありませんが、具体的には、道徳教育を充実させたり人権意識を高めたりする地道な取り組みしかありません。

〇そして最後は生徒の想像力を引き出すしかありません。「〇〇をしてしまったけど、された方の気持ちはどうなんだろう?」「●●と言ってしまったけど言われた方の今の気持ちは?」など、だれもが意地悪をする側と意地悪をされた側の両方の経験をしているはずですので、「今の自分はどちらの立場が多いか?」と自分をメタ認知できるようになってほしいです。

〇いじめ以外で気になるのは、いじめアンケートの中に「普段の生活で困ったことや悩んでいることはありますか」の項目を故意的に設けています。これはいじめではないけれど、その他の相談もしやすいようにとの配慮からです。

〇その中に、「親子や兄弟姉妹関係について」 「クラスの雰囲気について」「受験する高校について」「塾での人間関係について」「自分自身の身体や性格について」などがあります。それらについても一つひとつ話を聞くなど丁寧に対応しています。

【文部科学省:生徒指導提要より「チーム学校における組織イメージ」】

12月18日(木)給食最終日「いただきます」と「ごちそうさま」

〇今日は冬季休業前の最後の給食ですので、生徒たちにもたくさん食べてほしいです。ちなみに、

昨日のメニュー:ごはん、鮭の味噌マヨネーズ焼き、カボチャのそぼろあんかけ、団子汁、黒糖大豆、牛乳

*季節メニューとして来週の冬至の前に、鮭やカボチャ

本日のメニュー:胚芽パン、フライドチキン、海藻サラダ、ミネストローネ、米粉のココアケーキ。牛乳

*季節メニューとして来週のクリスマスの前に、チキン、スープ、ケーキ(小麦粉ではなく米粉を使用し、アレルギー対応メニュー)

【本日のメニュー】

〇給食の季節メニューの目的は、食べて季節を感じるだけでなく、旬の食材で栄養価を高め、味覚・視覚での面から食育を深めること、食への興味・感謝・文化理解を深めること等があります。

〇本校の栄養士と給食調理委託業者がよく連携し、今学期もここまで安全で安心な給食を提供してくれました。校長としては、生徒の成長に欠かせないものと考えているので、感謝しかありません。

〇感謝と言えば、給食を食べる前に、「手をあわせてください。いただきます」を係の号令でルーティーンとして行っています。全国的にこれが広がったのは、昭和26年頃からのようです。その頃多くの小学校では給食が始まり、また一般家庭にも広く普及するようになっていたラジオを通じ、学校給食では「いただきます」を唱和しましょうが盛んに言われたそうです。

〇他の言葉に比べて、「いただきます」「ごちそうさま」にイントネーションが少ないのは、マスメディアによって後から定着した言葉だからです。AIで調べると、「いただきます」は英語で、I'll enjoy having this、「ごちそうさま」は英語で、Thank you for the mealと出てきました。後者はまだ感謝の意味が感じられますが、前者は楽しんで食べるだけで、何となく味気ないと感じます。

〇この「いただきます」はどこから来たか?というと、自然の恵みに対する敬意を示す神道の影響があるとの説があります。また「四分律行事鈔」という仏教の戒律に基づいた僧侶の生活規範などをまとめた仏教書にも、「いただきます」の精神が根底にあるそうです。神道か仏教かというより、日本人が古来大切にしてきた文化がそこにつまっているのでしょう。

〇一方で「ごちそうさま」の由来は、もともと「馳走(ちそう)」という言葉で、「お客様をもてなすために食材を集め、馬を走らせて(奔走して)準備する」という意味にあり、その大変な労力への感謝を込めて「御馳走様」となりました。こちらの意味も深いです。

〇日本の給食のはじまりは、1889(明治22)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の大督寺というお寺の中に建てられた私立忠愛小学校で、生活が苦しい家庭の子どもに無償で昼食を用意したこととされています。その昼食は、大督寺の僧侶が一軒一軒家を回り、その家々でお経を唱えることで布施してもらったお米やお金で用意したものでした。

〇その後、1923(大正12)年には児童の栄養改善のための方法として国から奨励されるなど、徐々に広まりを見せていった学校給食でしたが、昭和になって戦争による食料不足などを理由に中止せざるを得なくなってしまいます。

〇戦後になると、食糧難のため児童の栄養状態が悪化し、国民の要望が高まったことで再開されます。1954(昭和29)年には「学校給食法」が成立し、実施体制が法的に整いました。同法の第2条では「学校給食の目標」が掲げられています。そのひとつが「適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること」であり、学校給食は1日に必要な栄養素の約3分の1がとれるように、バランスを考えながら作られるようになりました。

〇2009(平成21)年に「学校給食法」が改正施行されると、その目的が「食育」の観点から見直され、学校給食を取り巻く環境はさらに向上してきました。

〇学校給食法の目的は、単に栄養を供給するだけでなく、「適切な栄養摂取による健康増進」「健全な食生活の判断力と習慣の育成」「学校生活の豊かさと社交性・協同精神の涵養」の3つを柱に、さらに「食と自然・生命の尊重」「勤労の精神」「食文化への理解」「食料生産・流通・消費への理解」といった多角的な目標を通じて、児童・生徒の心身の健全な発達と「食育」の推進を図ることにあります。

〇今日の給食も「いただきます」から始まり、「ごちそうさま」で終わります。冬休み明けは、1月8日(木)より3学期の給食をスタートする予定です。

須藤昌英

【農林水産省ホームページより:年代別給食メニューの変化 注意:器の変化にも注目してください】

12月17日(水)恩返しと恩送り

〇今年もあと残り2週間となりました。令和7年が自分にとってどんな年であったか・・と振り返っています。猛暑やインフルエンザの心配などが絶えずその対策をしてきましたが、その中で様々な人たちにお願いをしたりお世話になったことも思い出されたりします。

〇民話の「鶴の恩返し」やそれを題材にした木下順二の「夕鶴」は多くの人が知っている話ですが、人間に助けてもらった鶴が機を織って恩を返す昔話です。鶴の女性に「部屋をのぞかないで」と言われたのに、主人の男は部屋をのぞいてしまい、最後は鶴が空へ帰ってしまう結末となっています。

〇私は幼いころからこの話を聞くたびに、この結末があまり好きではありませんでした。寒い雪空に鶴が飛び去っていく淋しい情景を思い浮かべ、「約束を守っていれば鶴が出ていくこともなかったのに・・」と子どもながらに切ない気持ちになっていました。

〇「恩返し」という言葉は、お世話になった人に直接何かをしてあげることですが、50歳になった頃に、「恩送り」という言葉を初めて知りました。当初は「恩を送るってどういうこと?」と首をかしげていましたが、その後段々と年齢があがるにつれてその意味を深く考えるようになりました。

〇これまでの人生の中で、多くの人にお世話をしていただきましたが、実際にその方々すべてに直接「恩返し」をすることは難しいのではないでしょうか?両親や兄弟はまだしも、友達や恩師、同僚や住んでいる地域の方々・・。私もその方々すべてと今でもつながっていたりお世話になった感謝をきちんと伝えたりできていないことがほとんどです。

〇であるならば、「恩返し」ではなく「恩送り」をしていくしかないと考えが変わったのです。この気づきはその後の自分にとって、生きていくときの見方に大きな影響を与えています。

〇例えば私であれば、小・中・高・大と16年間で多くの授業や活動の中で、多くの先生や友達から様々なことを教わりました。もちろん自分なりの努力はしましたが、それだけでは有意義な経験を積み重ね、それを通して成長することは決してできませんでした。

〇その後教員となり、今度は多くの児童生徒や同僚に対して、自分としてできるだけのことをしてきたつもりです。しかしそれは別の見方をすると、それまでしてもらったことに感謝しつつ、直接その方々に恩は返すことはできませんでしたが、その分あらたに出会った方々に「恩を送っている」とも考えられるようになりました。

〇こうしてみると、世の中のほとんどがお互いの「恩送り」で成り立っているなかで、逆に「恩返し」をできることは稀なことなので、私の中では次の図のようなイメージになります。

〇毎年年末になるともう一つ、「かさ地蔵」という昔話もよく思い出します。この物語は、子どもたちに「本当の優しさとは何か」「良い行いの尊さ」を教えるための寓話として、日本各地で語り継がれています。小学校に勤務していたとき、紙芝居で読み聞かせしたこともありました。

〇あらすじは「貧しいけれど心優しいおじいさんとおばあさん。大晦日におじいさんが正月の備えのために笠を町まで売りに行ったけれど、まったく売れず。困ったおじいさんは帰りがけに、村はずれにある六体のお地蔵さんが寒そうに立っているので、持ってきた笠をかぶせてやった。ところが笠は五つしかなかったので、おじいさんは自分がかぶっていた笠をかぶせてやった。するとその夜にお地蔵さんが宝物をどっさり持って、おじいさんとおばあさんのところにお礼に来た。おかげでおじいさんとおばあさんは、御馳走があり楽しいお正月を過ごすことができた」というものです。

〇『かさ地蔵』の教訓は、「見返りを求めない純粋な親切や思いやりは、巡り巡って自分にも大きな幸せや福報となって返ってくる」ということと、「自分が苦しい時でも他者を思いやる心が大切」と言われています。貧しいおじいさんが雪の中のお地蔵様に笠を被せたように、自分の利益を考えずにした善行が、最終的に報われるという物語で、道徳の価値項目では、「親切、思いやり」「感謝」になります。

〇このように一般的な解釈では「見返りを求めない善行」が強調されますが、果たしてそれだけでしょうか?先ほどの恩送りからすると、おじいさんは確かに見返りを求めてやったとは思いませんが、さらにそのお地蔵様の前を通ったりひざまついて拝んだりする人たちが、頭に笠をかぶっているお地蔵様の姿を見て、何となく心が温かくなることを期待していたのではないか・・・・と私は感じます。

〇宝物などの見返りは直接的ですが、雪の中を凛としてたたずむお地蔵様の姿は、それを見た人の心に、間接的ですが優しさを呼び起こしていると思います。これも「恩返し」というよりは「恩送り」に近いのではないでしょうか?

〇本校の東側通用門の坂下にも、大中小三体のお地蔵様が祀られています。こちらは屋根付きですので、雨や雪でも笠は不要です。毎日行き帰りに車の中からですが、一礼して通っています。今年にいただいた恩はできるだけ今年中に返していくようにしたいものです。

須藤昌英

12月16日(火)リミッターをはずす(火事場の底力・馬鹿力)

〇「限界に挑戦する!」は、私が以前に野球部を担当していたときのチームスローガンでした。部員たちには常々、「君たちの感じる限界の多くは、身体的・物理的なものではなく、自分で設定している心理的なブロックだよ」などと話していました。つまり精神論を押し付けていたなと今では思っています。

〇私自身も学生時代には、部活に限らず学習も、努力の継続によって伸ばせるものであると信じる「成長マインドセット」を意識してきました。するとたまに「あれ?今まで違うかも・・・?」と、現状から抜け出せたような不思議な感覚がおとずれていました。

〇それは心理的には、「ゾーン(フロー状態)に入る」と言われ、高い集中力と、挑戦とスキルのバランスが取れた状態になることで、自分でも信じられないパフォーマンスを発揮できるそうです。またゾーンに入るには、気が散乱しそうなものを排除するなど、環境を整え適切な緊張とリラックスのバランスを取り、成功体験を具体的にイメージするといった方法が良いことをよく見聞きします。

〇英語の「リミッター」とは、「制限するもの」を意味し、日本語では「安全装置」とも呼ばれます。分野によって様々な意味があります。たとえば、家庭で使う電気の場合、契約アンペア値を超えた場合に電気の供給を自動的に遮断する装置(アンペアブレーカー)を指します。それにより過電流による火災や事故を防ぐことができます。

〇「リミッターを外す」とは、文字通りの意味と比喩的な意味の二つがあります。文字通りの意味では、先ほどの電気を制限する装置等を無効にすることです。一方で比喩的な意味では、人間が持つ精神的な限界や、本能的な「安全のため」の抑制を解除し、本来の力を超えること、または精神的なブレーキを外すことを指します。

〇人間の身体(脳や筋肉など)は普段から、100%の力を出さないよう制御されています。またその逆で緊急時にはいわゆる「火事場の馬鹿力」という普段の力の何倍もの力が出せるようになっており、それで危機を回避すると言われています。

〇ではなぜそのような特殊な状況下でないと限界まで力が出せないのでしょうか?人間には潜在能力が備わっており、従来よりも質的や量的に高い能力が内在しているそうです。たとえば人間の筋肉は過剰な筋出力をした場合、筋繊維などにかなり大きな負荷がかかったり、莫大なエネルギーを消費したりするため、身体はぼろぼろになってしまいます。そのため筋肉や骨の損傷を防ぐために、人間の脳にはあらかじめ安全装置(リミッター)がかけられていて、意識的に発揮できるパワーに制限がかかっています。

〇つまり普段人間がすべての力を出せないのは、自らの身体を守るためなのです。しかし、緊急事態の場面に遭遇すると、脳の安全装置が解除され、アドレナリン(体内ホルモンで、興奮した時に血液中に放出され身体のエネルギー代謝を高める)が放出されます。

〇これが潜在能力、いわゆる「火事場の馬鹿力」とされるものです。危機的状況によりリミッターがはずれるのは、「命の危機よりは身体が少し損傷する方がましだ」のように、脳が無意識に判断しているからなのかもしれません。

〇では、どうすればリミッターを外すことができるのか。調べてみますと、まずスポーツなどのトップアスリートがよくやる方法として、成功のイメージを強く抱くことで最高のパフォーマンスを発揮する「リミッター解除」があります。日頃からのイメージトレーニングは、「具体的な成功の姿を思い浮かべる」、「自分の成功を強く願う」、「ポジティブな言葉を使う」等を強く意識することが重要です。 

〇またもっと身近なのは、大声でシャウト(掛け声)によるリミッター解除です。これはスポーツ選手だけでなく、思い荷物を持ち上げる時などに「よいしょ!」と自然と声が出ます。声を出すことでリミッターをはずしているはずですが、ただなぜ大声を出すとリミッターがはずれるのかはいまだ詳しくはわかっていないそうです。

〇関係が深いと思うのが、呼吸です。呼吸は普段意識しなくても行われる「自律神経支配」です。たとえば、怒っている時や興奮している時に息が荒くなったり、緊張しているときに深呼吸すると呼吸が落ち着いたりします。つまり呼吸によって自律神経をコントロールすることが可能であるということです。おそらく大声を出すと自律神経に働きかけリミッターを解除するのだと思います。

〇私も自分でいつでも意図的に「火事場の馬鹿力」を出すことはできれば・・と思うことがありますが、その一方でそれが決してプラスになるばかりとは限らないとも思います。人間の身体はまだまだ不明なことが多いです。

〇いずれにせよ中学生が「リミッター解除」をしようとした場合、その時に新しい自分が見つかるかもしれません。「自分を一番知っているのは自分である」、これはある意味あたっていますが、そうでないこともある気がします。

〇「新しい自分との出会い」、これを若いころに繰り返し経験すれば、日本の若者が低いと言われる自己肯定感が自然と高まるはずです。ただ問題は限界に挑戦しても大抵は自分の思いとおりの結果が得られないことです。たとえ失敗しても効率が悪くても自分を信じて、「次はこうしてみよう!」と前を向いてほしいです。

〇「虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)」という故事成語があります。「虎の住処(すみか)に入らなければ、虎の子(貴重なもの)は手に入らない」という意味ですが、大きな成果や成功を得るためには、思い切って危険を冒し、果敢に行動しなければならないという教訓です。

〇昔の野球部の生徒たちには、私からリミッターをはずすように促すのではなく、自分からはずすような関わりをしていなかったことを、今更ながら思い出し、少し後悔しています。

須藤昌英

【車のリミッター➡速度が設定値に達するとエンジンを自動的に抑制し、それ以上加速しないようにする装置で、乗用車では主にメーカーの自主規制による安全装置(普通車180km/h)として、法律で義務付けられた速度抑制装置】

12月15日(月)柏市立図書館の新設に期待する

〇3年生が社会科(公民)で「三権分立」を学習していますが、日本国憲法は、国会、内閣、裁判所の三つの独立した機関が相互に抑制し合い、バランスを保つことにより、権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する「三権分立」の原則を定めています。

〇国よりも我々にもっと身近な都道府県や市町村などの地方公共団体は、大きく2つの組織から成り立っています。一つは「議決機関(地方議会:条例の制定や予算の決定などを行う)」、もう一つは「執行機関(市長と市役所:予算に基づきそれぞれ担任する事務を行う)」です。簡単に言うと、前者は後者のやっていることをチェックする機能を果たしているということです。

〇現在、令和7年度第4回柏市議会定例会(一般質問:12月8日~15日)が開会中です。その様子は市役所7階の議場に直接行かなくても、インターネットで視聴することができます。柏市には36名の市議会議員が市民からの負託を受けており、柏市議会定例会は年4回(3月、6月、9月、12月)開催しています。

〇また4年に1回行われる市長選挙は、先月、太田和美市長が無投票で当選し、2期目をスタートしています。無投票とは公職選挙法で、首長選挙において立候補者が1名だった場合には、投票を行わずに無投票でその立候補者の当選が確定すると決められており、柏市では43年ぶりです。

〇市議会議員の中には、私の小学校時代の恩師(クラス担任)や中学校のクラスメイトもいます。若い頃は関心が薄くその存在も遠くに感じていた市議会も、知り合いがいると柏市に関するいろいろな情報が入りますので身近に感じます。また住んでいる我孫子市との違いもわかります。

〇市議会の前に市役所の各部へは、事前に質問する各議員から質問事項が通告され、それに対して各担当が答弁書を作成します。私も教育委員会事務局に勤務している時は、いろいろな答弁書を作成していました。前述のように、市議会は市役所業務のチェックをするのが役割ですので、答弁書には誠実に、各業務の進捗状況や今後の方向性を盛り込みます。国会での答弁も同様ですが、質問が多い際には、期限日の夜中までかかって作成しています。

〇今回の定例会でも、多くの議員が、教育に関する質問をしています。その一部が、「柏市未来につなぐ魅力ある学校づくり基本方針」、小中一貫教育と義務教育学校、教科書、学校給食と給食センター、ICT教育とタブレット端末活用、学校での感染症対策、自転車のヘルメット着用と交通安全対策、子どもの権利条約と柏市子ども・若者総合支援センター、特別な支援を要する児童生徒、不登校児童生徒支援、学校施設開放と部活動地域移行、子どものネット依存、子どもの運動能力、いじめ対策、教員不足と働き方改革、市立柏高校、公立夜間中学」など多様です。

〇いかがでしょうか?私たちがあまり意識していない裏で、これだけ教育に関する施策や予算などが議論され、その結果として学校の教育活動を下支えしてもらっているのです。現在本校で工事中の屋上太陽光パネル設置工事などもすべて、昨年度までの市議会で予算案の承認を受けています。

〇大切なことはその建設費も含めてすべての教育予算は、もともと市民の税金があてられているということです。また毎日の電気・水道も市の予算があるからこそ使用できるのです。生徒たちにもその仕組みを教えていくことは大切であり、公民の授業でも扱っていますが、再来週の終業式に私から話をしてみようと思います。

〇私が今回の市議会で一番注目しているのは、太田和美市長が柏駅東口の再整備にあわせ、中央図書館の建て替えを進める考えを示したことです。市長は「文化的活動を支えるだけでなく、まちの多様性を象徴し、人々の交流や新たな価値を生み出す拠点としての役割を果たせるよう、人が集い、学び、つながる場として整備を検討する」と表明しました。図書館を担当する生涯学習課では、「先進事例なども研究し、図書館整備の方針を示していきたい」としています。

〇そもそも今の図書館本館(中央図書館)は、市役所の隣で柏駅東口から徒歩10分に位置していますが、1975年度に竣工、築50年が経過しています。RC造地下1階・地上2階建て、蔵書数は約31万冊、貸出者数は年間約8・9万人です。

〇私も今は我孫子市に住んでいますが、成人して社会人になるまでは柏市民でしたので、中学・高校時代は自習でよく利用していました。しかし当時の柏市の人口はまだ今の半分くらいでしたので、何とかスペースを確保できましたが、現在の43万人の中核都市の図書館としては、物足りないと感じていました。

〇市民からも以前より、狭あいな空間や老朽化などを課題だとの声があり、2006年度から建て替えの検討を始めたものの、財政状況を踏まえ10年度に中止した経緯があります。その後16年度に外壁塗装と屋上防水を改修、22年度に館内照明のLED化工事を実施しました。ただ規模的には以前のままです。

〇我孫子市は23年前に、生涯学習センター(アビスタ)を新築し、その中に新図書館を造りました。立地が手賀沼の脇で公園と一体化し、ガラス張りの素敵な図書館です。前に勤務した松葉中や富勢中の生徒は、わざわざアビスタまで自転車で学習に来ていて、私もよく会いました。「柏市にもこんな図書館が欲しいな…」と思ってきました。

〇市議会でも柏駅東口について、取り壊し中の旧そごう柏店本館跡地の活用を含む駅前広場の再編や新たな改札口についての議論があります。その配置案の一つに、望ましい公共施設の検討や複合化を含む案があります。

〇「駅前図書館」は確かにインパクトが強いですが、市民の代表である市議会議員さんと市役所がしっかりと話し合いをしてもらい、将来的に児童生徒を含む柏市民が、文化的な香り高い図書館で、ゆっくりと本を読めるようにしてもらいたいです。

須藤昌英

【現在の柏市立図書館】

12月12日(金)情けは人のためならず

〇文部科学省の外局である文化庁のホームページには、「言葉のQ&A」のというコーナーがあります。私も時々、自分が使っている日本語が本当に正しいかどうか、参考になるので見ています。

〇そのホームページには次のように書かれています。

➡1 これは読者の皆さんに国語について考えたり話し合ったりするきっかけとしていただくことを願って,文化庁国語課が連載しているものです。国語施策に関する文化審議会答申の内容や「国語に関する世論調査」の調査結果などについて,Q&A形式で分かりやすく説明しています。

〇実際に30以上の普段から間違いやすい、もっと言えば多くの人がその意味を取り間違えている言葉が載っています。その中の一つに「情けは人のためならず」があります。文化庁の「言葉のQ&A」では、次のような解説があります。

➡2「情けは人のためならず」の意味 文化部国語課

「彼がどんなに落ち込んでいても,厳しく接した方がいいよ。情けは人のためならずって言うだろう。」……このような「情けは人のためならず」の使い方は本来の意味と合っていません。元の意味を確かめてみましょう。

問1 「情けは人のためならず」は,本来どのような意味なのでしょうか。

答1 「情けは人のためならず」とは,人に対して情けを掛けておけば巡り巡って自分に良い報いが返ってくるという意味の言葉です。

まず,「情けは人のためならず」を辞書で調べてみましょう。

「日本国語大辞典 第2版」(平成12〜14年 小学館)

情をかけておけば,それがめぐりめぐってまた自分にもよい報いが来る。人に親切にしておけば必ずよい報いがある。補注:情をかけることは,かえってその人のためにならないと解するのは誤り。

「大辞林 第3版」(平成18年 三省堂)

情を人にかけておけば,巡り巡って自分によい報いが来るということ。〔近年,誤って本人の自立のために良くないと理解されることがある〕

ここに挙げた二つの辞書では,ともに「誰かに情を掛けることは,その人のためにならない」という解釈が誤りであることをわざわざ指摘しています。本来は,人に思いやりを掛けておけば,結果として,いつか自分にも良い報いが訪れるという意味の言葉です。

問2 「情けは人のためならず」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。

答2 本来の意味である「人に情けを掛けておくと,巡り巡って結局は自分のためになる」を選んだ人と,本来の意味ではない「人に情けを掛けてやることは,結局はその人ためにならない」を選んだ人との割合は,ほぼ同じという結果でした。

〇統計的は約半数の人が誤った意味を理解しているらしいですが、私の実感では、もっと多くの人が間違って使っている気がします。

➡3 この言葉を本来とは違う意味で理解してしまうのは,「ためならず」の解釈を誤ってしまうからだと考えられます。もし「情けは人のためにならず」というのであれば,「その人のためにならない」と受け取れるでしょう。しかし,「人のためならず」の「ならず」は,〔断定の「なり」〕+〔打ち消しの「ず」〕ですから,「である+ない=〜でない」という意味になり,「人のためでない(=自分のためである)」と読み取る必要があります。ここのところがはっきりしないことが「人のためにならない」と解釈する人を増やしている理由だと考えられます。

〇さすがに国の国語課の説明だけあってわかりやすいです。「なるほど」と思いました。このように理論的に説明されると納得できます。私も以前からこの言葉に誤解があるのは知っていましたが、その他同じ言葉でも人の解釈はまったく異なることがあり、もしかして目の前の人と会話している中でも、真逆の意味でとらえていることもあるのだろうか?と自分が心配になります。

〇「情けは人のためならず」に関しては、正岡子規の「人に貸して 我に傘なし 春の雨」の句を連想します。正岡子規は明治を代表する文学者で、34歳でという若さで亡くなりました。子規の残された偉大な功績(近代俳句の改革)は、今も継承されています。

〇学生の頃、子規が若い頃に当時アメリカからもたらされたばかりの野球に熱中していたことを知り、私も野球をやっていたので、親近感を覚えました。特に野球を「野球(のぼーる)」と呼んだのは面白いエピソードです。野は「の」と日本語に、球は「ボール」と英語にし、それを掛け合わせるなど、ユーモアにあふれた人だったのではと想像します。

〇この「人に貸して 我に傘なし 春の雨」の句は、「友人に自分の傘を貸して、自分は濡れてゆく。降るのは春の細い静かな雨なので、それも清々しく感じる」くらいな意味だと思います。自分に多少の負担があっても、友に自然と手をさしのべる。これが温かで豊かな心ある子規のふるまいだったのだろうと私は受け取ります。

〇また子規は敬愛する夏目漱石とも交友があり、漱石の小説や俳句にも影響を与えているとのことです。余談ですが、「春雨や 身をすり寄せて 一つ傘」は、夏目漱石の句で、子規の「人に貸して我に傘なし春の雨」という句に返したものだと後から知りました。

〇話を戻しますが、冒頭で気が付かずに誤った意味で使っている日本語もまだまだあると思います。たとえば、「失笑する」「手をこまねく」「気が置けない」「さわりだけ聞かせる」など、一度文化庁のホームページで確認してみることをおすすめします。どれも正しい意味と誤った意味、そしてそれがどの位の割合で使われているかがわかります。

須藤昌英