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校長雑感ブログ

3月10日(火)ヒトはなぜ、歩くのか?(その2)

〇昨日、「昔の【野球】と今の【Baseball】は、ルールは同じでも、「全く異なるスポーツだ」と思います」と書きましたが、そもそも今の日本の中心選手であるメジャーリーガーの大谷選手などは、長男と同じ年齢ですので、違って当たり前です。

〇しかしこれを質問形式にし、AIにあえて尋ねてみました。回答は、

「その感覚、非常に鋭いものだと思います。一見同じスポーツに見えても、その内実や哲学において、かつての【野球】と現代の【baseball】は確かに別物と言えるほどの変化を遂げています。」と褒められてしまいました。ただ褒められると人間はうれしいものです。

〇昔の「野球」が「男の子がスポーツをやるとすれば野球くらいしかなかった」ことや「大人と子どもの共通の楽しみだった」などであったのに対し、現代の「baseball」は「グローバルなエンターテインメント・ビジネス」へと変わったと言えるかもしれません。これ以上書くと、止まらなくなるので止めますが、今の子どもは自分の好きなスポーツを昔よりも広い選択肢から選べるので、幸せだと思います。

〇今日は卒業式の予行練習を行います。

卒業式の予行練習には、本番を円滑かつ厳かに行うための実務的な確認と、生徒の心の準備という目的があります。

〇まず式典を中断させることなく進行させるためのシミュレーションです。入場から卒業証書授与、退場までの一連の流れを当日と同じ時間配分で確認します。また卒業証書の受け取り方、礼のタイミング、歩く経路などを実際に行います。音響等の係が伴奏やマイクの音量、照明の調整など、裏方の動きも含めた最終点検を行います。

〇また厳粛な雰囲気を作り出し、卒業生としての自覚を高めます。本番と同じ環境で練習することで、当日の過度な緊張を防ぎます。さらに式の流れを体験することで、これまでの学校生活を振り返り、保護者や教職員への感謝を伝える心の準備を整えます。卒業式は「最後の授業」とも捉えられ、教育課程を修了するという節目を実感させ、卒業の自覚を促します。

〇特に参加する生徒が、自分の体調管理の確認を行えるようにします。長時間立ち続けたり座り続けたりすることが可能か確認し、当日の体調不良への配慮や対策を練ります。

〇昨日紹介した雑誌「Tarzan」にもう一人、元陸上競技日本代表で現在は会社代表をしている為末大氏の「歩いていると、どんどん思考が深くなります」という記事も注目に値します。

〇為末氏は、男子400mハードルの日本記録保持者で、2001年世界選手権で日本人初の銅メダル、2005年ヘルシンキ世界選手権で銅メダルを獲得。 初めて日本人が世界大会トラック種目で2度メダルを獲得するという快挙を達成しています。このようなトップアスリートの考えは説得力があります。また一部を引用させてもらいます。

「25年間のアスリート人生にピリオドを打ったのは、12年前。カラダを鈍らせないため、引退後はジムに通ったりランニングしたり。でも筋トレは性に合わず、ランでは現役時代に酷使した膝に痛みが生じがちでした。それで7.8年前くらいから歩き始めました。歩いているだけで思ったより太らないし楽しい。だったら歩きでいいかなと。ランとウォークでは体感的にエネルギー消費量gは数倍違うような感じがしますが、実際には30分走るのと1時間歩くのとではそんなに違わないんです。(略)現在のところ、一日の目標歩数は1万2千歩程度。都内なら目的地の2.3駅前で降り、散歩感覚で歩く。(略)僕は油断すると『そもそも○○とは何か?』と考えてしまうんです。その考えを巡らせている間はほとんど歩いています。歩いていると思考がどんどん深くなっていきますね。電車の中での移動中に本を読んで、そのまま電車を降りて歩きながら自分の頭で考えて、たどり着いたカフェで何かを書き始めるときれいなコンポ(組合せ)になります。思うに、脳内の接続みたいなものは脳の活動だけではつくりだすのは難しいんじゃないかと。基本的に人間は狩猟採集活動をすることで脳の接続を進化させてきました。だから身体活動で血流がよくなって異なる接続パターンが生まれたときに、ひらめきが得られると思うんです。

〇この記事を読む前から為末氏については、現役選手にもかかわらず知的なイメージがあり、引退後も身体に関する様々な本も書いたりYou-tubeでも多くの動画を投稿したりしていましたので、関心をもっていました。特に上記の内容では、「思考と身体の関連性」について、特別な人だけの限られた感覚ではなく、誰でも身近に経験していることを書いているところに一番感心しました。これは昨日の青山学院大学の福岡教授と共通です。

〇先日のブログに、人間の脳は、「ボーッ」としている方が、何かを考えているときよりも多くのエネルギーを使っていて、そのデフォルト・モード・ネットワークが働いているときは、あらかじめ蓄えられた情報がそれぞれ結びつきやすくなり、新しいアイデアや発想が生まれやすくなる、つまり「創造性」に富む可能性があると書きました。これとも通じるものがあります。

〇私がこのブログで研究者や専門家(見識者)などの話を引用する場合に、「人間の身体や宇宙の神秘みたいなことが多いのでは・・・?」と読んでお感じになっていられる方もいると思います。それはその通りで、私の一番の関心は常にそこにあります。

〇脳も含む人の身体はまだまだ不明瞭な部分が多く、これから解明されるだろうと思われるものもあります。例えば、「なんで手や足の指は5本なのか?」「どうして心臓の位置が少しだけ左寄りなのか?」など、まだまだあります。またそれは未知な宇宙を研究している方々のテーマと同じではないか?と思っています。

〇身体や宇宙の話からいつも連想するのは、生徒たちの可能性の無限さです。自分が中学生くらいの頃、「将来自分はどんなことができるようになるのか・・?」とか「でも今のままで大人になっても大したことはできないのではないか・・?」などといつも期待と不安が入り混じっていました。

〇でも60年以上生きてきて今は生徒たちに、「大丈夫、あなたたちには自分でやろうと思ったことを実現するための力が、もうすでにその身体に潜んでいるからね」と自信をもってアドバイスできます。ただ最近は、そういうことを校長という立場ではなく、ただの大人として伝えてあげなければいけない・・と感じます。

〇歩くこともその一つです。「歩くことなんてただの移動にすぎない・・」と私も若いころには割り切っていました。また思春期には時々部屋に閉じこもってあれこれと考えることも大切ですが、それに飽きたら思い切って外へ出て、自分の五感で感じたことを大切にしてもらいたいです。

須藤昌英