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校長雑感ブログ

7月2日(木)全校「道徳・キャリア教育」授業と生徒たちへの「金言」

〇先日のサッカーFIFAワールドカップで、日本がブラジルに惜敗した際、相手に追加点を与えるきっかけをつくったとされるミスをした若い選手の記事が目に止まりました。その選手は試合終了後、ピッチに仰向けに倒れ込み号泣、その後も敗戦のショックで取材に応じる気力はなく、スタッフに付き添われ、会場を後にしていたという内容でした。私はこれを知って、「そこまでプレッシャーを感じていたんだ」と同情を超えて可哀想に思いました。

〇また一夜明けた日には、その選手のコメントとして、「悔しい、申し訳ないなという思いがずっとある。これから先もっと思い出すのかなと思います。シンプルに自分の力がまだまだ足りなかった。もっとやらなくちゃいけないんだな、力が足りないんだなというのは感じました」が紹介されていました。私はこれを読んでますます違和感を覚え、こういう時代だからこそ真っ先に心配したのは、その選手に対するネット上での責任のない発言でした。

〇案の定、その後SNS上では、その選手に対する批判や心ない言葉が続出しているそうです。百歩譲(ゆず)って、今この日本という国が誰でも自由な意見が言える状況にあることは良いとしても、そういう批判的な投稿する人は、その人が書いた批判を読んだ人が不快に感じることも想像できなくてはいけないと思います。

〇少なくとも、今回の敗戦の責任を一人や数人に押し付けるのは筋違いだと思いますし、あの場面は日本のチーム全体の今後の課題でととらえるべきです。個人や特定の人たちへの批判ではなく、次に生かすべき経験だと感じます。批判を受けたその選手にはこの経験を乗り越えて、今後もさらに成長した姿を見せてほしいです。

〇昨日の5校時、我孫子市にある船戸内科医院の院長である瀬畠克之氏に来校していただき、全校生徒への講演(道徳・キャリア教育)をしてもらいました。講演テーマは、「挫折や失敗の大切さについて-“しくじり先生”のアドバイス-」でした。事前に瀬畠氏には私から、「本校生徒は少し【挑戦(チャレンジ)】の面で、消極的な傾向があるので、【失敗を次の成功で上書きする】のような話を生徒たちしていただきたい」と依頼していました。

〇講話の柱は、①私を変えた「三度の転機」②「三度の挫折」から学ぶ③心に響くアドバイスで、以下は、瀬畠ドクターの「至極の名言」を含む講話の要約です。

(1)医師になるまでの歩み

・まだ字が読めないくらい子どもの頃に、叔父からもらった「野口英雄」の生涯を書いた絵本の絵だけをみて、医師になろうと思った。

・小学生時代はダメダメな子で、まったく勉強しなかったし、宿題すらもやらなかったが、医師になりたい夢はそのまま持っていた。成績が悪くても気にしない、運動も苦手、学校も嫌いでつまらなかった。当然のこと、テストで10点くらいしか取れないこともあり落ちこむ。

・中学生になり中学一年はそのままだったが、中学二年の進路面談で担任の先生から「このままでは高校にいけません」と言われる。そこで親からすすめられ、中学二年から近所の大学生に数学と英語を教わり、「面白いかも・・」と初めて思った。

・中学三年の担任の先生の次の一言が、その後の人生で苦しい時の自分の支えになった。

「人には一生のうちに何度か【ここぞ】という時がある。その時に踏ん張れるかどうかで、その人間の価値が決まる」

すると徐々に成績があがり、「やる気」も上昇し、第一志望の高校に合格できた。

・しかし高校での試練が待っていた。英語ではなくドイツ語を選択したが、まったくわからずに挫折。高校3年の夏休み、先輩からのアドバイスで、それまで2年間全く学ばなかった高校で習う英語の単語を一気に暗記した。すると9月から長文を読んでいても意味がわかるようになった。人生に遅すぎることない。「そうだ、今からやり直そう」と思えばいい。

・大学受験は医学部に落ち(二度目の挫折)、電子工学部のある国立大学に進学し、4年間過ごした。大学卒業時に就職を考え、NHKに入ろうと思った。しかし「本当にそれでよいのか?」「あとで後悔はしないか?」などと悩んでいる時、就職担当の先生の次の言葉が胸にささった。

「他人(ひと)がどう思うか、ではなく、君自身がどうしたいか。他人は他人。君は君なんだよ」

・悩んだ結果、「自分がやりたい仕事をしたい」と決心し、就職はせずに医学部の再受験を決意した。塾で講師のアルバイトをしながら受験勉強したが、医学部の壁は厚く、合格しなかった(三度目の挫折)。アルバイトを止めて、勉強に専念すると、勉強の「量」が増え、するとそれに従って勉強の「質」もあがってきた。そしてついに北海道大学の医学部に合格した。

・北海道は自然が豊かで、そこでの6年間は今でも心に残っている。皆さんも大学へ進学するなら、都心よりも地方の大学をお勧めする。余談だが北海道時代は大手の予備校で講師をし、中学生に理科を教えていた。そのおかげで両親には学費や生活費の心配を一切かけずに自分ですべてまかなうことができた。

・医学部を卒業すると医学士の資格がもらえるが、これはまだ医師ではない。医師になるには、医師国家試験に合格して、医師免許を取得する必要がある。医師国家試験は医学部の6年間で学んだ全科目が試験範囲で、当時は3日間で600問の問題を解答し、70%以上を正解しなければならない。だが今は少し負担軽減され、2日間で400問になっている

・医師国家試験のために使う参考書は、積み上げると部屋の天井まで達する高さになる。またその合格証書には、「あなたは〇〇点でした」と明記されており、同じく不合格の知らせにも点数が記載されている。つまり私は小学校から大学(大学は2つ)まで、20年以上学校に通ったことになる

(2)中学生へのアドバイス

・全ての教科を頑張らなくてもよいので、まずは数学と英語に取り組もう。なぜなら数学と英語は基礎がないと、高校で学ぶ際に苦しむ。その他の教科は、高校からでもなんとか挽回できる。

・「3000時間の法則」といって、小学校から積算で勉強した時間が3000時間を超えると、急にそれまでの努力が報われて、成績が向上していく。それは勉強だけでなく、スポーツでも楽器演奏でも同じ。

・皆さんの目の前にある高校受験は、あくまでも一つの通過点に過ぎない。もし第一志望に合格できなくても、それで人生が終わってしまうことはない。私のこれまでの話を参考にしてほしい。

・数学の勉強は、とにかく教科書の問題(できればすべての問題)を繰り返し、問題を見ただけで頭の中にその解き方が自然に浮かぶようになるのが理想。友だちの中でライバルをつくり、「あいつには絶対に負けたくない!」と密かに思うのもよい。

・英語の勉強は、覚えた単語数が大切で、各学年とも来年の3月までに、自分の一つ上の学年の単語も覚えた方がよい。3年生ならば受験までに高校1年の単語も頭に入れておくと、長文も行ったり来たりせずに、サラッと読めるようになる。

・アメリカに留学した時に知った次の言葉を皆さんに贈ります

「SEEK WHAT YOU WILL,DO WHAT YOU MUST」

「なにをするのか、そのためになにをすべきか。」

・最後に、皆さんは幕末から明治にかけてジョン万次郎という人がいたのを知っていますか。私はこの人が大好きです。文字の読み書きができない漁師の子から幕末で日本を支える存在になりました。今日は時間がないので、これ以上詳しく話せませんが、船戸内科医院のHPにある「院長ブログ」に書いているので、ぜひ見てください。

〇私は我孫子市に住んでいますが、その同じ町内に船戸内科医院があり、私をはじめ家族全員が長年、院長である瀬畠克之先生にお世話になっています。つまり我が家の主治医です。その瀬畠院長のブログを見ていたとき、院長がある中学校でキャリア教育に関する講演をしていたことを知り、早速2月の受診の際に、「ぜひ土中でもお願いします」と依頼し、昨日の講演会となりました。

〇生徒たちにとっては、学校の教員ではなく、一般社会で活躍されている人の話は、より真実味があるようで、その話を通して社会の厳しさや自分のこれからの歩みをどうしていくかをイメージしています。

須藤昌英

【船戸内科医院:我孫子市船戸】