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校長雑感ブログ
12月18日(木)給食最終日「いただきます」と「ごちそうさま」
〇今日は冬季休業前の最後の給食ですので、生徒たちにもたくさん食べてほしいです。ちなみに、
昨日のメニュー:ごはん、鮭の味噌マヨネーズ焼き、カボチャのそぼろあんかけ、団子汁、黒糖大豆、牛乳
*季節メニューとして来週の冬至の前に、鮭やカボチャ
本日のメニュー:胚芽パン、フライドチキン、海藻サラダ、ミネストローネ、米粉のココアケーキ。牛乳
*季節メニューとして来週のクリスマスの前に、チキン、スープ、ケーキ(小麦粉ではなく米粉を使用し、アレルギー対応メニュー)
【本日のメニュー】
〇給食の季節メニューの目的は、食べて季節を感じるだけでなく、旬の食材で栄養価を高め、味覚・視覚での面から食育を深めること、食への興味・感謝・文化理解を深めること等があります。
〇本校の栄養士と給食調理委託業者がよく連携し、今学期もここまで安全で安心な給食を提供してくれました。校長としては、生徒の成長に欠かせないものと考えているので、感謝しかありません。
〇感謝と言えば、給食を食べる前に、「手をあわせてください。いただきます」を係の号令でルーティーンとして行っています。全国的にこれが広がったのは、昭和26年頃からのようです。その頃多くの小学校では給食が始まり、また一般家庭にも広く普及するようになっていたラジオを通じ、学校給食では「いただきます」を唱和しましょうが盛んに言われたそうです。
〇他の言葉に比べて、「いただきます」「ごちそうさま」にイントネーションが少ないのは、マスメディアによって後から定着した言葉だからです。AIで調べると、「いただきます」は英語で、I'll enjoy having this、「ごちそうさま」は英語で、Thank you for the mealと出てきました。後者はまだ感謝の意味が感じられますが、前者は楽しんで食べるだけで、何となく味気ないと感じます。
〇この「いただきます」はどこから来たか?というと、自然の恵みに対する敬意を示す神道の影響があるとの説があります。また「四分律行事鈔」という仏教の戒律に基づいた僧侶の生活規範などをまとめた仏教書にも、「いただきます」の精神が根底にあるそうです。神道か仏教かというより、日本人が古来大切にしてきた文化がそこにつまっているのでしょう。
〇一方で「ごちそうさま」の由来は、もともと「馳走(ちそう)」という言葉で、「お客様をもてなすために食材を集め、馬を走らせて(奔走して)準備する」という意味にあり、その大変な労力への感謝を込めて「御馳走様」となりました。こちらの意味も深いです。
〇日本の給食のはじまりは、1889(明治22)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の大督寺というお寺の中に建てられた私立忠愛小学校で、生活が苦しい家庭の子どもに無償で昼食を用意したこととされています。その昼食は、大督寺の僧侶が一軒一軒家を回り、その家々でお経を唱えることで布施してもらったお米やお金で用意したものでした。
〇その後、1923(大正12)年には児童の栄養改善のための方法として国から奨励されるなど、徐々に広まりを見せていった学校給食でしたが、昭和になって戦争による食料不足などを理由に中止せざるを得なくなってしまいます。
〇戦後になると、食糧難のため児童の栄養状態が悪化し、国民の要望が高まったことで再開されます。1954(昭和29)年には「学校給食法」が成立し、実施体制が法的に整いました。同法の第2条では「学校給食の目標」が掲げられています。そのひとつが「適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること」であり、学校給食は1日に必要な栄養素の約3分の1がとれるように、バランスを考えながら作られるようになりました。
〇2009(平成21)年に「学校給食法」が改正施行されると、その目的が「食育」の観点から見直され、学校給食を取り巻く環境はさらに向上してきました。
〇学校給食法の目的は、単に栄養を供給するだけでなく、「適切な栄養摂取による健康増進」「健全な食生活の判断力と習慣の育成」「学校生活の豊かさと社交性・協同精神の涵養」の3つを柱に、さらに「食と自然・生命の尊重」「勤労の精神」「食文化への理解」「食料生産・流通・消費への理解」といった多角的な目標を通じて、児童・生徒の心身の健全な発達と「食育」の推進を図ることにあります。
〇今日の給食も「いただきます」から始まり、「ごちそうさま」で終わります。冬休み明けは、1月8日(木)より3学期の給食をスタートする予定です。
須藤昌英
【農林水産省ホームページより:年代別給食メニューの変化 注意:器の変化にも注目してください】
12月17日(水)恩返しと恩送り
〇今年もあと残り2週間となりました。令和7年が自分にとってどんな年であったか・・と振り返っています。猛暑やインフルエンザの心配などが絶えずその対策をしてきましたが、その中で様々な人たちにお願いをしたりお世話になったことも思い出されたりします。
〇民話の「鶴の恩返し」やそれを題材にした木下順二の「夕鶴」は多くの人が知っている話ですが、人間に助けてもらった鶴が機を織って恩を返す昔話です。鶴の女性に「部屋をのぞかないで」と言われたのに、主人の男は部屋をのぞいてしまい、最後は鶴が空へ帰ってしまう結末となっています。
〇私は幼いころからこの話を聞くたびに、この結末があまり好きではありませんでした。寒い雪空に鶴が飛び去っていく淋しい情景を思い浮かべ、「約束を守っていれば鶴が出ていくこともなかったのに・・」と子どもながらに切ない気持ちになっていました。
〇「恩返し」という言葉は、お世話になった人に直接何かをしてあげることですが、50歳になった頃に、「恩送り」という言葉を初めて知りました。当初は「恩を送るってどういうこと?」と首をかしげていましたが、その後段々と年齢があがるにつれてその意味を深く考えるようになりました。
〇これまでの人生の中で、多くの人にお世話をしていただきましたが、実際にその方々すべてに直接「恩返し」をすることは難しいのではないでしょうか?両親や兄弟はまだしも、友達や恩師、同僚や住んでいる地域の方々・・。私もその方々すべてと今でもつながっていたりお世話になった感謝をきちんと伝えたりできていないことがほとんどです。
〇であるならば、「恩返し」ではなく「恩送り」をしていくしかないと考えが変わったのです。この気づきはその後の自分にとって、生きていくときの見方に大きな影響を与えています。
〇例えば私であれば、小・中・高・大と16年間で多くの授業や活動の中で、多くの先生や友達から様々なことを教わりました。もちろん自分なりの努力はしましたが、それだけでは有意義な経験を積み重ね、それを通して成長することは決してできませんでした。
〇その後教員となり、今度は多くの児童生徒や同僚に対して、自分としてできるだけのことをしてきたつもりです。しかしそれは別の見方をすると、それまでしてもらったことに感謝しつつ、直接その方々に恩は返すことはできませんでしたが、その分あらたに出会った方々に「恩を送っている」とも考えられるようになりました。
〇こうしてみると、世の中のほとんどがお互いの「恩送り」で成り立っているなかで、逆に「恩返し」をできることは稀なことなので、私の中では次の図のようなイメージになります。
〇毎年年末になるともう一つ、「かさ地蔵」という昔話もよく思い出します。この物語は、子どもたちに「本当の優しさとは何か」「良い行いの尊さ」を教えるための寓話として、日本各地で語り継がれています。小学校に勤務していたとき、紙芝居で読み聞かせしたこともありました。
〇あらすじは「貧しいけれど心優しいおじいさんとおばあさん。大晦日におじいさんが正月の備えのために笠を町まで売りに行ったけれど、まったく売れず。困ったおじいさんは帰りがけに、村はずれにある六体のお地蔵さんが寒そうに立っているので、持ってきた笠をかぶせてやった。ところが笠は五つしかなかったので、おじいさんは自分がかぶっていた笠をかぶせてやった。するとその夜にお地蔵さんが宝物をどっさり持って、おじいさんとおばあさんのところにお礼に来た。おかげでおじいさんとおばあさんは、御馳走があり楽しいお正月を過ごすことができた」というものです。
〇『かさ地蔵』の教訓は、「見返りを求めない純粋な親切や思いやりは、巡り巡って自分にも大きな幸せや福報となって返ってくる」ということと、「自分が苦しい時でも他者を思いやる心が大切」と言われています。貧しいおじいさんが雪の中のお地蔵様に笠を被せたように、自分の利益を考えずにした善行が、最終的に報われるという物語で、道徳の価値項目では、「親切、思いやり」「感謝」になります。
〇このように一般的な解釈では「見返りを求めない善行」が強調されますが、果たしてそれだけでしょうか?先ほどの恩送りからすると、おじいさんは確かに見返りを求めてやったとは思いませんが、さらにそのお地蔵様の前を通ったりひざまついて拝んだりする人たちが、頭に笠をかぶっているお地蔵様の姿を見て、何となく心が温かくなることを期待していたのではないか・・・・と私は感じます。
〇宝物などの見返りは直接的ですが、雪の中を凛としてたたずむお地蔵様の姿は、それを見た人の心に、間接的ですが優しさを呼び起こしていると思います。これも「恩返し」というよりは「恩送り」に近いのではないでしょうか?
〇本校の東側通用門の坂下にも、大中小三体のお地蔵様が祀られています。こちらは屋根付きですので、雨や雪でも笠は不要です。毎日行き帰りに車の中からですが、一礼して通っています。今年にいただいた恩はできるだけ今年中に返していくようにしたいものです。
須藤昌英
12月16日(火)リミッターをはずす(火事場の底力・馬鹿力)
〇「限界に挑戦する!」は、私が以前に野球部を担当していたときのチームスローガンでした。部員たちには常々、「君たちの感じる限界の多くは、身体的・物理的なものではなく、自分で設定している心理的なブロックだよ」などと話していました。つまり精神論を押し付けていたなと今では思っています。
〇私自身も学生時代には、部活に限らず学習も、努力の継続によって伸ばせるものであると信じる「成長マインドセット」を意識してきました。するとたまに「あれ?今まで違うかも・・・?」と、現状から抜け出せたような不思議な感覚がおとずれていました。
〇それは心理的には、「ゾーン(フロー状態)に入る」と言われ、高い集中力と、挑戦とスキルのバランスが取れた状態になることで、自分でも信じられないパフォーマンスを発揮できるそうです。またゾーンに入るには、気が散乱しそうなものを排除するなど、環境を整え適切な緊張とリラックスのバランスを取り、成功体験を具体的にイメージするといった方法が良いことをよく見聞きします。
〇英語の「リミッター」とは、「制限するもの」を意味し、日本語では「安全装置」とも呼ばれます。分野によって様々な意味があります。たとえば、家庭で使う電気の場合、契約アンペア値を超えた場合に電気の供給を自動的に遮断する装置(アンペアブレーカー)を指します。それにより過電流による火災や事故を防ぐことができます。
〇「リミッターを外す」とは、文字通りの意味と比喩的な意味の二つがあります。文字通りの意味では、先ほどの電気を制限する装置等を無効にすることです。一方で比喩的な意味では、人間が持つ精神的な限界や、本能的な「安全のため」の抑制を解除し、本来の力を超えること、または精神的なブレーキを外すことを指します。
〇人間の身体(脳や筋肉など)は普段から、100%の力を出さないよう制御されています。またその逆で緊急時にはいわゆる「火事場の馬鹿力」という普段の力の何倍もの力が出せるようになっており、それで危機を回避すると言われています。
〇ではなぜそのような特殊な状況下でないと限界まで力が出せないのでしょうか?人間には潜在能力が備わっており、従来よりも質的や量的に高い能力が内在しているそうです。たとえば人間の筋肉は過剰な筋出力をした場合、筋繊維などにかなり大きな負荷がかかったり、莫大なエネルギーを消費したりするため、身体はぼろぼろになってしまいます。そのため筋肉や骨の損傷を防ぐために、人間の脳にはあらかじめ安全装置(リミッター)がかけられていて、意識的に発揮できるパワーに制限がかかっています。
〇つまり普段人間がすべての力を出せないのは、自らの身体を守るためなのです。しかし、緊急事態の場面に遭遇すると、脳の安全装置が解除され、アドレナリン(体内ホルモンで、興奮した時に血液中に放出され身体のエネルギー代謝を高める)が放出されます。
〇これが潜在能力、いわゆる「火事場の馬鹿力」とされるものです。危機的状況によりリミッターがはずれるのは、「命の危機よりは身体が少し損傷する方がましだ」のように、脳が無意識に判断しているからなのかもしれません。
〇では、どうすればリミッターを外すことができるのか。調べてみますと、まずスポーツなどのトップアスリートがよくやる方法として、成功のイメージを強く抱くことで最高のパフォーマンスを発揮する「リミッター解除」があります。日頃からのイメージトレーニングは、「具体的な成功の姿を思い浮かべる」、「自分の成功を強く願う」、「ポジティブな言葉を使う」等を強く意識することが重要です。
〇またもっと身近なのは、大声でシャウト(掛け声)によるリミッター解除です。これはスポーツ選手だけでなく、思い荷物を持ち上げる時などに「よいしょ!」と自然と声が出ます。声を出すことでリミッターをはずしているはずですが、ただなぜ大声を出すとリミッターがはずれるのかはいまだ詳しくはわかっていないそうです。
〇関係が深いと思うのが、呼吸です。呼吸は普段意識しなくても行われる「自律神経支配」です。たとえば、怒っている時や興奮している時に息が荒くなったり、緊張しているときに深呼吸すると呼吸が落ち着いたりします。つまり呼吸によって自律神経をコントロールすることが可能であるということです。おそらく大声を出すと自律神経に働きかけリミッターを解除するのだと思います。
〇私も自分でいつでも意図的に「火事場の馬鹿力」を出すことはできれば・・と思うことがありますが、その一方でそれが決してプラスになるばかりとは限らないとも思います。人間の身体はまだまだ不明なことが多いです。
〇いずれにせよ中学生が「リミッター解除」をしようとした場合、その時に新しい自分が見つかるかもしれません。「自分を一番知っているのは自分である」、これはある意味あたっていますが、そうでないこともある気がします。
〇「新しい自分との出会い」、これを若いころに繰り返し経験すれば、日本の若者が低いと言われる自己肯定感が自然と高まるはずです。ただ問題は限界に挑戦しても大抵は自分の思いとおりの結果が得られないことです。たとえ失敗しても効率が悪くても自分を信じて、「次はこうしてみよう!」と前を向いてほしいです。
〇「虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)」という故事成語があります。「虎の住処(すみか)に入らなければ、虎の子(貴重なもの)は手に入らない」という意味ですが、大きな成果や成功を得るためには、思い切って危険を冒し、果敢に行動しなければならないという教訓です。
〇昔の野球部の生徒たちには、私からリミッターをはずすように促すのではなく、自分からはずすような関わりをしていなかったことを、今更ながら思い出し、少し後悔しています。
須藤昌英
【車のリミッター➡速度が設定値に達するとエンジンを自動的に抑制し、それ以上加速しないようにする装置で、乗用車では主にメーカーの自主規制による安全装置(普通車180km/h)として、法律で義務付けられた速度抑制装置】
12月15日(月)柏市立図書館の新設に期待する
〇3年生が社会科(公民)で「三権分立」を学習していますが、日本国憲法は、国会、内閣、裁判所の三つの独立した機関が相互に抑制し合い、バランスを保つことにより、権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する「三権分立」の原則を定めています。
〇国よりも我々にもっと身近な都道府県や市町村などの地方公共団体は、大きく2つの組織から成り立っています。一つは「議決機関(地方議会:条例の制定や予算の決定などを行う)」、もう一つは「執行機関(市長と市役所:予算に基づきそれぞれ担任する事務を行う)」です。簡単に言うと、前者は後者のやっていることをチェックする機能を果たしているということです。
〇現在、令和7年度第4回柏市議会定例会(一般質問:12月8日~15日)が開会中です。その様子は市役所7階の議場に直接行かなくても、インターネットで視聴することができます。柏市には36名の市議会議員が市民からの負託を受けており、柏市議会定例会は年4回(3月、6月、9月、12月)開催しています。
〇また4年に1回行われる市長選挙は、先月、太田和美市長が無投票で当選し、2期目をスタートしています。無投票とは公職選挙法で、首長選挙において立候補者が1名だった場合には、投票を行わずに無投票でその立候補者の当選が確定すると決められており、柏市では43年ぶりです。
〇市議会議員の中には、私の小学校時代の恩師(クラス担任)や中学校のクラスメイトもいます。若い頃は関心が薄くその存在も遠くに感じていた市議会も、知り合いがいると柏市に関するいろいろな情報が入りますので身近に感じます。また住んでいる我孫子市との違いもわかります。
〇市議会の前に市役所の各部へは、事前に質問する各議員から質問事項が通告され、それに対して各担当が答弁書を作成します。私も教育委員会事務局に勤務している時は、いろいろな答弁書を作成していました。前述のように、市議会は市役所業務のチェックをするのが役割ですので、答弁書には誠実に、各業務の進捗状況や今後の方向性を盛り込みます。国会での答弁も同様ですが、質問が多い際には、期限日の夜中までかかって作成しています。
〇今回の定例会でも、多くの議員が、教育に関する質問をしています。その一部が、「柏市未来につなぐ魅力ある学校づくり基本方針」、小中一貫教育と義務教育学校、教科書、学校給食と給食センター、ICT教育とタブレット端末活用、学校での感染症対策、自転車のヘルメット着用と交通安全対策、子どもの権利条約と柏市子ども・若者総合支援センター、特別な支援を要する児童生徒、不登校児童生徒支援、学校施設開放と部活動地域移行、子どものネット依存、子どもの運動能力、いじめ対策、教員不足と働き方改革、市立柏高校、公立夜間中学」など多様です。
〇いかがでしょうか?私たちがあまり意識していない裏で、これだけ教育に関する施策や予算などが議論され、その結果として学校の教育活動を下支えしてもらっているのです。現在本校で工事中の屋上太陽光パネル設置工事などもすべて、昨年度までの市議会で予算案の承認を受けています。
〇大切なことはその建設費も含めてすべての教育予算は、もともと市民の税金があてられているということです。また毎日の電気・水道も市の予算があるからこそ使用できるのです。生徒たちにもその仕組みを教えていくことは大切であり、公民の授業でも扱っていますが、再来週の終業式に私から話をしてみようと思います。
〇私が今回の市議会で一番注目しているのは、太田和美市長が柏駅東口の再整備にあわせ、中央図書館の建て替えを進める考えを示したことです。市長は「文化的活動を支えるだけでなく、まちの多様性を象徴し、人々の交流や新たな価値を生み出す拠点としての役割を果たせるよう、人が集い、学び、つながる場として整備を検討する」と表明しました。図書館を担当する生涯学習課では、「先進事例なども研究し、図書館整備の方針を示していきたい」としています。
〇そもそも今の図書館本館(中央図書館)は、市役所の隣で柏駅東口から徒歩10分に位置していますが、1975年度に竣工、築50年が経過しています。RC造地下1階・地上2階建て、蔵書数は約31万冊、貸出者数は年間約8・9万人です。
〇私も今は我孫子市に住んでいますが、成人して社会人になるまでは柏市民でしたので、中学・高校時代は自習でよく利用していました。しかし当時の柏市の人口はまだ今の半分くらいでしたので、何とかスペースを確保できましたが、現在の43万人の中核都市の図書館としては、物足りないと感じていました。
〇市民からも以前より、狭あいな空間や老朽化などを課題だとの声があり、2006年度から建て替えの検討を始めたものの、財政状況を踏まえ10年度に中止した経緯があります。その後16年度に外壁塗装と屋上防水を改修、22年度に館内照明のLED化工事を実施しました。ただ規模的には以前のままです。
〇我孫子市は23年前に、生涯学習センター(アビスタ)を新築し、その中に新図書館を造りました。立地が手賀沼の脇で公園と一体化し、ガラス張りの素敵な図書館です。前に勤務した松葉中や富勢中の生徒は、わざわざアビスタまで自転車で学習に来ていて、私もよく会いました。「柏市にもこんな図書館が欲しいな…」と思ってきました。
〇市議会でも柏駅東口について、取り壊し中の旧そごう柏店本館跡地の活用を含む駅前広場の再編や新たな改札口についての議論があります。その配置案の一つに、望ましい公共施設の検討や複合化を含む案があります。
〇「駅前図書館」は確かにインパクトが強いですが、市民の代表である市議会議員さんと市役所がしっかりと話し合いをしてもらい、将来的に児童生徒を含む柏市民が、文化的な香り高い図書館で、ゆっくりと本を読めるようにしてもらいたいです。
須藤昌英
【現在の柏市立図書館】
12月12日(金)情けは人のためならず
〇文部科学省の外局である文化庁のホームページには、「言葉のQ&A」のというコーナーがあります。私も時々、自分が使っている日本語が本当に正しいかどうか、参考になるので見ています。
〇そのホームページには次のように書かれています。
➡1 これは読者の皆さんに国語について考えたり話し合ったりするきっかけとしていただくことを願って,文化庁国語課が連載しているものです。国語施策に関する文化審議会答申の内容や「国語に関する世論調査」の調査結果などについて,Q&A形式で分かりやすく説明しています。
〇実際に30以上の普段から間違いやすい、もっと言えば多くの人がその意味を取り間違えている言葉が載っています。その中の一つに「情けは人のためならず」があります。文化庁の「言葉のQ&A」では、次のような解説があります。
➡2「情けは人のためならず」の意味 文化部国語課
「彼がどんなに落ち込んでいても,厳しく接した方がいいよ。情けは人のためならずって言うだろう。」……このような「情けは人のためならず」の使い方は本来の意味と合っていません。元の意味を確かめてみましょう。
問1 「情けは人のためならず」は,本来どのような意味なのでしょうか。
答1 「情けは人のためならず」とは,人に対して情けを掛けておけば巡り巡って自分に良い報いが返ってくるという意味の言葉です。
まず,「情けは人のためならず」を辞書で調べてみましょう。
「日本国語大辞典 第2版」(平成12〜14年 小学館)
情をかけておけば,それがめぐりめぐってまた自分にもよい報いが来る。人に親切にしておけば必ずよい報いがある。補注:情をかけることは,かえってその人のためにならないと解するのは誤り。
「大辞林 第3版」(平成18年 三省堂)
情を人にかけておけば,巡り巡って自分によい報いが来るということ。〔近年,誤って本人の自立のために良くないと理解されることがある〕
ここに挙げた二つの辞書では,ともに「誰かに情を掛けることは,その人のためにならない」という解釈が誤りであることをわざわざ指摘しています。本来は,人に思いやりを掛けておけば,結果として,いつか自分にも良い報いが訪れるという意味の言葉です。
問2 「情けは人のためならず」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
答2 本来の意味である「人に情けを掛けておくと,巡り巡って結局は自分のためになる」を選んだ人と,本来の意味ではない「人に情けを掛けてやることは,結局はその人ためにならない」を選んだ人との割合は,ほぼ同じという結果でした。
〇統計的は約半数の人が誤った意味を理解しているらしいですが、私の実感では、もっと多くの人が間違って使っている気がします。
➡3 この言葉を本来とは違う意味で理解してしまうのは,「ためならず」の解釈を誤ってしまうからだと考えられます。もし「情けは人のためにならず」というのであれば,「その人のためにならない」と受け取れるでしょう。しかし,「人のためならず」の「ならず」は,〔断定の「なり」〕+〔打ち消しの「ず」〕ですから,「である+ない=〜でない」という意味になり,「人のためでない(=自分のためである)」と読み取る必要があります。ここのところがはっきりしないことが「人のためにならない」と解釈する人を増やしている理由だと考えられます。
〇さすがに国の国語課の説明だけあってわかりやすいです。「なるほど」と思いました。このように理論的に説明されると納得できます。私も以前からこの言葉に誤解があるのは知っていましたが、その他同じ言葉でも人の解釈はまったく異なることがあり、もしかして目の前の人と会話している中でも、真逆の意味でとらえていることもあるのだろうか?と自分が心配になります。
〇「情けは人のためならず」に関しては、正岡子規の「人に貸して 我に傘なし 春の雨」の句を連想します。正岡子規は明治を代表する文学者で、34歳でという若さで亡くなりました。子規の残された偉大な功績(近代俳句の改革)は、今も継承されています。
〇学生の頃、子規が若い頃に当時アメリカからもたらされたばかりの野球に熱中していたことを知り、私も野球をやっていたので、親近感を覚えました。特に野球を「野球(のぼーる)」と呼んだのは面白いエピソードです。野は「の」と日本語に、球は「ボール」と英語にし、それを掛け合わせるなど、ユーモアにあふれた人だったのではと想像します。
〇この「人に貸して 我に傘なし 春の雨」の句は、「友人に自分の傘を貸して、自分は濡れてゆく。降るのは春の細い静かな雨なので、それも清々しく感じる」くらいな意味だと思います。自分に多少の負担があっても、友に自然と手をさしのべる。これが温かで豊かな心ある子規のふるまいだったのだろうと私は受け取ります。
〇また子規は敬愛する夏目漱石とも交友があり、漱石の小説や俳句にも影響を与えているとのことです。余談ですが、「春雨や 身をすり寄せて 一つ傘」は、夏目漱石の句で、子規の「人に貸して我に傘なし春の雨」という句に返したものだと後から知りました。
〇話を戻しますが、冒頭で気が付かずに誤った意味で使っている日本語もまだまだあると思います。たとえば、「失笑する」「手をこまねく」「気が置けない」「さわりだけ聞かせる」など、一度文化庁のホームページで確認してみることをおすすめします。どれも正しい意味と誤った意味、そしてそれがどの位の割合で使われているかがわかります。
須藤昌英
12月11日(木)今からでも遅くはない(酸素とオゾン)
〇先月の17日の「人生遅すぎることはない」では、「何か新しいことを思いついたらあまりあれこれ考えすぎずに、とりあえずやってみた方がよいのではないか」のようなことを書きましたが、最近それと通ずることがありました。
〇それは地球規模の話であり、地球という宇宙に浮かぶ一つの船の上に住んでいる我々のすべてに関連することです。オゾン層ホール問題は、1980年代初めに南極上空でオゾン層の著しい減少により、明確に「オゾンホール」が観測されたことによって、広く認識されるようになりました。
〇オゾンホールとは、南極上空のオゾン量が極端に少なくなる現象で、オゾン層に穴が空いたような状態に見えることからそう呼ばれています。オゾン層は有害な紫外線を吸収し、人間が皮膚がんや白内障になることを軽減してくれているそうです。
〇しかしフロンなどの化学物質が原因で、毎年南極の冬から春にかけて(8~9月頃に発生し、11~12月頃に消滅)観測され、近年では2025年にも最大で南極大陸の約1.6倍の大きさになったと気象庁は発表していました。
〇そのオゾンホールは現在、回復傾向にあることを、先日の帰宅途中の車でラジオニュースを聴いていて知り、思わず車を止めてスマホの記事でその詳細をすぐに調べました。今は知りたくなると、すぐに検索することができますので、後回しにしないですみます。
〇それによると、国際的な取り決めである「モントリオール議定書」の効果が現れていることがわかりました。現在の予測では、南極のオゾンホールは2066年頃までに、北極は2045年頃までに、その他の地域では2040年頃までに1980年の水準まで回復すると見込まれているそうです。
〇オゾン層が回復している理由は、主にフロン類の使用が段階的に禁止されたことです。フロン類(CFC)はオゾン層を破壊する主な原因でしたが、1987年のモントリオール議定書によって削減・廃止が進み、成層圏に到達する新たなオゾン破壊物質の量が減ったのです。また、地球温暖化による成層圏の気温低下が、オゾン破壊の化学反応を遅らせるという間接的な要因も影響している?そうです。
〇しかしその回復スピードはゆっくりで、今後も地域差や気候変動の影響を受けることもあります。観測と計算による予測はあくまでの机上での推理ですので、決して楽観視はできないと思います。今のこの明るい見通しが今後、「やっぱり思いとおりにはならなかった」と落胆したくないものです。
〇調べると2018年に「11月3日」を、日本医療・環境オゾン学会と日本オゾン協会は「オゾンの日」と制定したそうです。オゾンの化学式が「O3」であることから、「いい(11)オゾン(O3)」のごろ合わせで決められたようです。「人間の生活や地球環境に大いに貢献しているオゾンに対する正しい理解を広める」ことが目的のこの記念日は正式に登録されました。
〇私もオゾン(ozone)と酸素(oxygen)の関係は以前から知っていました。2つは同じ酸素原子からできており、オゾンは酸素の「同素体(同一種類の元素から成るものの、構造が異なる物質のこと)」です。具体的には、酸素分子(O2)が太陽光や放電などによって酸素原子(O))に分解され、その酸素原子が別の酸素分子(O2)と結合することでオゾン(O3)が生成されます。
〇つまりオゾンと酸素はまさに「兄弟」のような存在であり、似た性質をもっています。その一つが「酸化」です。「酸化」とは単体の酸素原子Oは他の物質にくっつきやすい性質をもっていて、その酸素原子が他の物質にくっつくことです。
〇鉄がさびるのも酸素による酸化の一種であることは、中学校の2年の理科で「酸化と還元(酸化の反対で酸素原子を切り離す)」で学習します。またオゾンには非常に強い酸化能力があり、これが除菌、殺菌、脱臭、脱色の効果をもたらします。
〇ただ酸素は通常の環境ではしっかりとくっついていて安定して存在しています。地球上の生物が呼吸している空気のうち、約20%が酸素ですが、その酸素が簡単に分解されてしまうと、地上の生物はみな酸欠になって困ってしまいます。
〇しかしオゾン酸素原子3つは常温下において2つと1つ、つまり酸素O2と酸素原子単体であるOに分離しやすい性質をもっています。このためオゾンは不安定な物質だといわれています。
〇今後も国際的な協調行動(モントリオール議定書の遵守)が継続されること、具体的には破壊物質の排出が引き続き抑制されること、気候変動や火山の噴火などの予期せぬ要因がないこと、その他人間の身勝手な活動により回復を妨げる可能性のある要因が出ないことなどを願います。
〇先月のブログで生徒たちには、「今まで何度かやろうとしたけれど出来なかったこと、今の自分では到底出来そうもないとあきらめてきたことなどは、誰にでも1つや2つはあります。しかしそれらは多くの場合、『本気』で取り組もうとする前に、尻込みしてしまったことがほとんどではありませんか?『あの人だからあんなことが出来るんだ』とか『自分には到底そんな能力はない』と思い込んでいませんか?生きているかぎり、何でも【手遅れ】ということはありません。周りからは簡単そうにやっているようにみえることでも、その人は他人が見ていないところで必ず努力しています。」と訴えました。
〇このことは個人ではなく、人類全体のようなレベルでも同じことが言えると思います。思い立ったが吉日(きちじつ)、つまり「何かを始めようと決心したら、吉日を選ぶのを待たず、すぐに実行に移すのが良い」と思います。
〇ただ人間はそれぞれ違う考えをもっており、時として自由(主張)と自由(主張)がぶつかりあいます。その時は「この地球は宇宙に一つしかない母なる惑星だ」という最上位概念をお互いに確認し、そのもとで対話し、今出来ることを合意形成していくしかありません。
〇酸素は呼吸に欠かせず、オゾンも健康に不可欠です。中学生たちが社会で活躍する未来が明るいものにするためには、みんなで今から考え、行動を継続していくしかありません。
須藤昌英
12月10日(水)「面白い!」ことから始まる学び
〇昨日の「落ち葉とブロアー(送風機)」の後半に、私が中学校時代に、扇形と三角形の相違点と共通点を知ったときに「面白い!」と感じたことを書きました。その時の感覚は、まさに目の前が明るくなりその先の光が見えたような感覚でした。
〇「面白い」という言葉の起源は、「面(おもて)」が「白(しろ)」くなること、つまり「顔が明るくはっきり見える状態」から来ています。目の前の景色や光景が明るく、鮮やかで美しい様子を表す言葉でした。この「面白い」が次第に、感情的な「楽しい」「心地よい」という状態にも使われるようになり、現代の「面白い」の意味に広がったとされています。
〇私はこのように「面白い」が、古代の「光景がはっきり見えること」から、現代の「心の動き」を表現する言葉へと、豊かに意味が広がってきたことは、人間の学びと深い関係にあると思っています。
〇特に現代の意味である「興味深い、愉快な、興味を引く、予想を裏切る」など、多様なポジティブな感情を指すことにワクワクします。校長として、中学生が学習を面白く感じることは最も重要と考えています。そのためにはどのような工夫が必要か?がいつも頭の片隅にあります。
〇面白く学習に取り組むことの目的は、テストの正答率や高等学校への進学率といった数値で測るものではなく、生徒にとって必然性を実感できる学びになっているかです。重要なのは自分の興味・関心が高いことを探求することです。
〇たとえば先日の鳥研究者の鈴木氏のように、動物好きなら身近なペットや自然観察をしたり動物園での生態調査をしたり、骨格標本作りに挑戦したり、本や詩が好きなら日本語や外国語の文章を読み比べたり読解や要約を深めたり、絵を描くことが好きならば、絵の具を使う場合とデジタル機器を使う場合の良さを研究したり、となんでも良いと思います。
〇面白いもいくつかの場合があります。まず「知識のつながりを考えると面白い」です。たとえば「明治維新は1868年」と覚えるのは単なる知識です。しかし「明治維新は、幕末の鎖国政策の終焉と、西洋技術の導入(黒船来航)という出来事の積み重ね(原因)があり、その結果、近代化(結果)が始まった」と因果関係や背景が理解できれば、それがつながりのある知識となります。
〇ちなみにこれを「有意味学習」といい、強引に頭の中に知識を詰め込む「機械的学習」とは質的に異なります。有意味学習のほうが機械的学習より効果が大きいことに加え、面白く楽しいわけです。
〇次に「疑問や矛盾と向き合い乗り越えると面白い」です。学んでいると、必ず疑問や矛盾が出てきます。その際「何に対して矛盾や疑問を感じているのか」をハッキリとさせることが大切です。生徒はよく「なんか変」「なんとなく分からない」と言うときがありますが、これでは深い思考にはなりません。たとえば「チューリップも種子植物だから種ができる」と聞いて、「それならなぜ花壇には種を植えずに球根を植えるのか?」と問いをもつとさらに調べたくなります。
〇疑問に向き合うためには、質問したら『そんなことも知らないの?』と思われて恥ずかしいとしり込みしないことです。もしかしたら周りの人も同じ疑問を抱いている?ことも意外に多く、その疑問が自分だけでなく周囲の学びにもなります。
〇また「失敗(間違い)したらチャンスと考えると面白い」もあります。人の脳は失敗を繰り返しながら記憶を強化します。試行錯誤するほど深い記憶となります。最初は難しいですが、失敗(間違え)したら「よしシメた!」と思いましょう。失敗(間違え)は、より深く分かるために必要不可欠なチャンスです。
◯たとえ失敗(間違え)しても自分は「ダメな人間だ」などと思わないことです。失敗(間違い)を恐れなくなると、学ぶことがグーンと楽しくなります。
〇最後に「見方・考え方を変えると面白い」もすぐに実行できます。ふつうなら当たり前と見過ごしてしまうようなことでも、見方をちょっとだけ変えてみると、急に面白く見えてくることがあります。
◯その少しだけ変えた見方・考え方を「切り口」ということもありますが、何気ない日常でも、一時的な流行現象でも、日頃からタテ・ヨコ・ナナメ、いろんな切り口でものを見たり考えたりしていれば、いつかハッと思いもかけないアイデアを思いつくものです。
〇これまでとは逆説的ですが、「面白い!」と思えるまで一つのことを続けてみることも大事です。研究や学習を続けていても、最初は成果や成績がゆっくりでしか上昇しません。その段階であきらめて、投げ出してしまう人もいます。しかし根気よく続けていると、ある日、先ほどのように目の前に突然大海が広がるような体験をします。ここまでくると学びの真の面白さが分かるようになります。
〇「面白い」という言葉で思い出すことがあります。それは幕末の長州藩にあって、長州征伐を仕掛けた幕府軍を奇兵隊を創設し苦しめた勇猛果敢な志士として知られる高杉晋作です。彼は勇猛果敢というだけでなく、知力も高かったそうです。
〇彼の辞世の句として知られる「おもしろきこともなき世をおもしろく、住みなすものは心なりけり」の意味は、「世の中を面白いと思えるかどうかは自分の心しだい」で、見方を変えれば何でも面白く見えてくることを言いたかったのでしょう。
〇私はこの句を若い時に読んだ、司馬遼太郎の長編時代小説(幕末維新を先導した坂本竜馬を主人公とする)の『竜馬がゆく』で知りました。『竜馬がゆく』では、高杉晋作が臨終間際に、「おもしろきこともなき世をおもしろく」と上の句を詠み、その下の句を看病にあたっていた野村望東尼という尼僧が、「住みなすものは心なりけり」と続けたとあります。すると高杉晋作はうなずき、「面白いのう」といって息を引き取ったという場面がありました。
〇今行っている2年生との面接でも、「なぜあなたはそれを継続して取り組んでいるのですか?」に対し、「面白いからです!」という返答が一番多いです。そして「面白い」と言える生徒の顔はしっかりと前を向き、輝いています。「面白い」は人を学びに誘導する不思議な言葉です。
須藤昌英
12月9日(火)落ち葉とブロアー(送風機)
〇先月中旬くらい落ち葉の季節になり、先週はそのピークを迎えました。今日あたりからやっと少なくなりホッとしています。学校敷地にあるサクラ、カエデ、イチョウ、モミジ・・・など、毎日用務員さんは朝から多い場合には午後も落ち葉掃きをしてくれています。
〇そもそもなぜ木々は秋から冬になると落葉するのでしょうか?自分も一緒に落ち葉掃きをしながら、フッと頭に疑問が湧いてきます。何かの作業に没頭するときは、手足は動かしますがその分、頭が空っぽになりやすいので、普段は考えない色々な疑問や思いが出てきやすいと以前に本で読んだ記憶があります。
〇少し調べてみると、樹木は葉が光合成で糖分などの栄養分を生産しつつ、細胞そのものが呼吸をするなどして自分でそれを消費もしています。日光が弱くなりその生産と消費のバランスが崩れてくると、葉を持つ意味がなくなるので、葉をあえて落として光合成に適当な時期まで休んでおこうとするのが、一番の理由のようです。
〇一般に落ち葉は、日本特有の四季や風情を感じさせるものである一方で、学校外の街路樹や樹林周辺の地域では、道路や側溝、個人宅内に吹きだまるなど一般的には「厄介な迷惑者」として扱われることもあります。確かに大風の後は、街のあちこちで落ち葉の山が見られます。私もそれを見るたびに「誰が掃除するのかな~?大変だな~!」と余計な心配が頭をよぎります。
〇そのように落ち葉は厄介なものとするのと反対に、落ち葉を使って遊ぶというこの季節ならでは良さもあります。私も子どもが幼い頃、公園に山積になった落ち葉の中で、楽しそうに遊んでいるのを見ながら、「自分も昔はこんなことでも嬉しかったな」と思いだしていました。
〇遊びの中で、足で踏んだ葉の音や葉を投げたりちぎったりした時の手触り、何ともいえない乾いた匂いなどを通して身近の自然に興味を持ったり身体能力を伸ばすことができます。また落ち葉を拾ってきて、紙面上や立体的なアート作品を製作したりする中で、想像力を伸ばすことなどが、身近な体験学習として有効です。
〇落ち葉掃きで大きな威力を発揮するのが、ブロアー(送風機)です。竹ぼうきなどで行う場合に比べて、数倍の効率性の良さです。いろいろな種類のものがありますが、本校のブロアーはガソリンエンジンを搭載した業者が使用する本格的なものです。
〇ただ落ち葉と一緒に大量の土誇りも舞い上がるので、使用時にはマスクが欠かせません。一番の欠点は、ブロワーは大きな音が出るため、早朝や夜間の使用は避けなければなりません。特に本校は東、西、北側に校舎があり、唯一校舎のない南側(正門側)にすべての音が反響していきますので、気をつけています。
〇ブロワーで落ち葉を掃除するコツは、やっていうちにだんだんとわかってきます。むやみやたらに使っても、余計に落ち葉が散らかるだけです。風のない日が最適ですが、まず落ち葉を集める場所を自分で決めます。敷地の中央や壁際など、落ち葉を集めやすい場所をあらかじめ決めておくと効率的です。
〇そしてそれに向かって「扇状(せんじょう)」に動きながらブロアーで吹き集めると効率があがり、落ち葉を一点に集めることができますこの扇形(おうぎがた)がポイントです。
〇数学的には、扇形とは、円の中心から伸びる2本の半径と、その2本の半径にはさまれた円周の一部(弧)によって囲まれた図形のことです。扇子(せんす)を広げたような形からその名がついており、円の一部を切り取った形(ピザの切れ端など)を指します。
〇最初は思いつきもしませんでしたが、こういうところで数学の基礎知識が役に立ちます。数学に限らず「学校の授業の内容は社会で出ると役に立たない」などと言われることもありますが、実際には思いもよらない場面で突如、行動と知識がつながる場合があります。
〇実際にどの教科書やブロアーの説明書にも、「落ち葉は扇状に集めると良い」とは書いてありません。実際に作業して気が付くのです。そしてそれが「生きて働く知識」となり、日常生活上での知恵ともなります。
〇私も時々、生徒の中学の教科書を借りて、パラパラと読みますが、それを読んで理解するだけで「大変な物知り」になります。ただ昔と今では学習における教科書の役割が変化し、「何のために学ぶのか」「どう役立つのか」を教えてくれるものになっています。
〇教科書で習うことが、「試験のために覚えなくてはならないもの」から「自分たちの社会を理解するために有意義な知識」に変われば、「学びのモチベーション」も上がると思います。どの教科でも、このような工夫がなされているのが、今の教科書の特徴といえます。
〇今回のブロアーを使っての落ち葉清掃は、日常生活の一部ですが、よりよい生活をするための工夫のヒントなっていることは、中学校の校長として、強調しておきたいです。
〇余談ですが、扇形の面積の求め方は2つあります。そもそも扇形は円の一部ですので、普通は半径の長さと中心角の角度が分かっていれば、「半径×半径×π×(中心角/360°)」という公式を使います。これは小学校の算数でも、中心角の大きさと扇形の面積は比例関係にあることを習うので、小学生でも理解可能です。
〇ただ中学生はそれに加えて、半径と弧の長さを使う方法も理解しておきたいものです。スペースの問題でここでは証明しませんが、「半径の長さ×弧の長さ÷2」の公式で求められます。これは一般の三角形の面積の求積公式「底辺×高さ÷2」とほぼ同じになります。私は中学生の頃、このことを知った時、「面白い!」と感じました。「扇形と三角形は見た目の形は異なるが、同じ図形の仲間ともいえるのか!」と見方・考え方が広がりました。
〇中学生にも時々、授業と日常生活のつながりを感じてほしいと思います。そう思って今朝出勤しましたら、これまでよりは量は少ないですが、いつものように落ち葉が散乱していました。
須藤昌英
12月8日(月)生徒の人権「子どもの権利条約」
〇朝晩の冷え込みは冬を思わせますが、まだ日中の陽ざしの暖かさにはホッとします。2学期も残り2週間となり、例年より1か月ほど早く流行の兆しが出ているインフルエンザの今後の動向が気になります。
〇先日のsigfy(シグフィー)で柏市教育委員かからお知らせした「ハラスメント等に関する実態調査の実施について」は、12月が全国人権週間であることも踏まえ、毎年実施しているものです。本校でも全校生徒を対象に行うので、準備をしている最中です。
〇教職員も含む大人によるすべてのハラスメントを防止するには、正しい人権意識が不可欠です。1989年に国連総会において採択された「子どもの権利条約(18歳未満の人)」は、子どもが守られる対象であるだけでなく、権利をもつ主体であることを明確にしました。
〇子どもが大人と同じように、ひとりの人間としてもつ様々な権利を認めるとともに、成長の過程にあって保護や配慮が必要な子どもならではの権利も定めています。
〇具体的には、「生きる権利」「成長する権利」「暴力から守られる権利」「教育を受ける権利」「遊ぶ権利」「参加する権利」など、世界のどこで生まれても子どもたちがもっている様々な権利が定められました。
〇この条約が採択されてから、世界中で多くの子どもたちの状況の改善につながってきており、日本も例外ではありません。1989年は平成元年ですので、私が教員としてスタートして3年目にあたり、学校現場でもその話題が多くなってきたことを思い出します。
〇すべての教職員は日頃から生徒に対し、1対1で閉鎖的な状況で指導や対応をしない、不必要な身体接触はしない、管理職の許可のないメッセージ等の送信はしないことを認識しています。
〇問題行動が発覚しても、その対応には必ず複数の教員で行い、事実や原因の聞き取り等を決めつけや押し付けをせずに、時間をかけて丁寧に行っています。
〇確かに昭和の時代までは、該当生徒の言い分を十分に聞かずに状況を判断したり、その後の保護者への説明なども、生徒本人へ「今回のことを自分で保護者に伝えるように」のような指導をしたりすることがありました。
〇しかし現在は、たとえ時間がかかっても生徒本人が自分のしてしまったことと正面から向き合い、その時の心境や周囲との人間関係、その後の気持ちの変化などを浮き彫りにし、それを管理職も含めた職員の中で共有し、その詳細を保護者に伝えています。
〇単純に比べることはできませんが、昭和の時代の指導よりも今は数倍の時間をかけています。解決や改善には時間はかかりますが、失敗を次にいかすためには、この方が有効だと思います。これも「子どもの人権」を第一にした意識の変化です。
〇学校教育法第11条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない」と規定されています。
〇この懲戒とは、生徒に問題行動等があった場合に、これを正すために指導や助言、時には一定の行動制限を加えることをいいます。要約すれば、体罰(生徒の身体に対する侵害)は論外であり、前述のような生徒の人権を尊重した指導をしなければならないということです。
〇また生徒に肉体的苦痛を与えるようなもの(指導中に生徒がトイレに行きたいと訴えても認めない、課題などを忘れた生徒に対して自席ではなく教室の後方で授業を受けさせるなど)も体罰の範疇になります。
〇一方で懲戒権の範囲内と判断されると考えられる指導として、放課後等に残して話を聞く(指導する)、未提出の学習課題を課す、立ち歩きの多い生徒を叱って席につかせる等は認められています。
〇いずれもそのことを通して生徒本人に振り返りの時間をつくったり、クラスなどへの影響を考慮したりしたものです。自我の芽生えと反抗期によるストレスなどの成長期にある中学生ですから、大人が間違いを犯すのとは別の配慮が必要です。
〇冒頭の実態調査においては、生徒の記述があった場合には事実確認をしたり、調査結果の報告を教育委員会へしたりしていきます。お子様に「実態調査ではどんな回答をしたの?」など内容を確認していただき、もし相談等があれば担任や職員に連絡をしてください。
須藤昌英
【uniefホームページ:子どもの権利条約より】
生徒たちの様子から
朝の増尾駅集合はスムーズで、電車の中でもマナーを意識した行動でした。素晴らしいと思います。冬晴れの青空といちょうの黄色が見事なコントラストの上野恩賜公園。朝から各博物館等は行列が出来ています。同様の校外学習の他、一般客の多さに驚きです。国立の博物館や美術館は展示が充実しているので、とても短い時間では見学しきれませんが、大人になってもリピーターとして訪れるきっかけになって欲しいです。私も国立科学博物館に5時間いましたが、以前になかった地球館は、地下三階地上三階の大きさで、すべてをじっくりと観ることはできませんでした。また来ようと思いました。時間通りに元の場所に集合し、昼食は各班で持参したお弁当を食べました。その他で食べ物のフェスをやっていたので、班で話し合って購入した班もありました。余計に食欲が増したようです。やはり上野動物園は生徒にとって楽しいのでしょう。「見た動物は?」と尋ねると、「レッサーパンダ、キリン、北極熊」など様々。園内には多くの保育園児や幼稚園児がいましたが、彼らもほんの少し前はあのように幼さかったと思うと、よくここまで成長しているなと感動します。このままであれば、来年の林間学校も大丈夫だと感じました。帰りは始発電車でみんなが座れましたが、途中から乗る人がいるとあえて立ち席を譲る生徒もいました。シルバーシートの意味もお互いに話していました。柏で乗り換えて、増尾駅で解散しました。夕方は少し寒くなってきました。週末は体調に留意し、また月曜日に会いましょう。自宅まで気をつけて。さようなら。
須藤昌英
増尾駅到着 解散
◯予定通りに増尾駅に戻りました。学校には寄らず、そのまま自宅へ帰宅になります。気をつけて。また来週。
閉会式 上野駅へ移動 柏駅で乗り換え
◯多くの班が時間通りに戻ってきました。公園内にはまだ多くの他校生がいる中、素晴らしいです。 ◯帰りの電車は始発なので、座れましたが、疲れて眠っている生徒もいました。
班行動開始 見学 休憩 昼食
◯予想したいた以上に、公園内はどこも混雑しています。幼稚園生、小学生、中学生、高校生、一般の大人が入り混じっており、気をつけないと班からはぐれてしまいそうです。なんと3月までの勤務校だった市内の富勢中も来ていました。◯青い空の下、気持ちの良い時間が流れています。博物館や美術館内の撮影は難しいので、開放的な外写真をあげます。◯公園の中央では、「ハイカロリーフェス」なるものが開催されており、さまざまな肉料理を提供する屋台がズラーと並んでいます。さすがに中学生にはもう少し大人になってから行ってもらえばいいと思っていましたが、プライドポテトくらいはお弁当の後でも食べられるようです。 ◯昼に一度だけ貸与したスマホで、本部の教員に班長が定期連絡を入れ、無事を確認しました。 ◯午後からは少し雲が多くなり、風も出てきました。寒くならないうちに、増尾に戻れたらいいと思っています。
写真撮影
◯国立科学博物館前で、クラス写真撮影です。
上野駅到着 開校式
◯途中から列車内が混みましたが、なんか上野駅に着きました。朝のラッシュを初体験した生徒も多かったようです。イチョウが黄葉して迎えてくれました。
柏駅で乗り換え
◯柏駅でJR常磐線に乗り換えます。
増尾駅東口集合
◯班ごとに出発チェックを行います。柏駅まで東武線に乗ります。
12月5日(金)1学年校外学習(上野恩賜公園)
〇朝は冷え込みましたが、風もなく日中は陽ざしがあり、昨日よりは暖かくなる見込みです。本日の1学年校外学習は、公共交通機関の電車を利用し、上野恩賜公園にある博物館や美術館、動物園等の見学が主な行動です。
R7年度1学年校外学習スローガン
「マナーを守り、協力して、次の一歩へ」
【校外学習のしおり:校外学習実行委員長 森下裕仁さん】
「マナーを守る」
公共の場でのマナーというのは、ポイ捨てをしない、物を壊さない、食べながら歩かない、電車では大声で話さない、座席の座り方など、様々なマナーがあります。そのすべてを守ろうと行動してください。
「協力する」
まだ新しい班になってから少ししか経っていないので、この校外学習を通して、班の人や、部会のメンバーと仲良くなってほしい、協力し合える関係性を作ってほしいと思います。また、今後の学校生活や、2年生の林間学校にもつなげていける協力をしましょう。
「次の一歩へ」
校外学習を通して、マナーを守り、当たり前のことをしっかりとやることや、みんなと協力することで自分自身も周りの人も成長し、次の一歩へつなげてほしいです。
【校外学習のしおり:校長 須藤昌英】
新しい発見と小さな感動の体験を!
1学年の皆さんを見ていると、4月の入学式の頃に比べて、中学校生活にも慣れ、充実した毎日を過ごしているようです。入学前に想像していた生活と大きな違いを感じる人もいるでしょうし、一方で段々と「中学校とはこういうところなんだ」と達観し始めている人もいることでしょう。
小学生だった頃までは、ある程度大人が計画したことを素直にやってみることを求められてきたと思います。しかし、中学生は自分で考え、実行していく力をつけていく必要があります。
今回の校外学習もあらかじめ決められたスケジュールはありますが、その一つ一つを「これは何のためにやるのか?」「どうやったら上手くいくだろうか?」と自分たちに問いかけてみましょう。人を頼りにするのではなく、自分で考え正しく判断し、自分でやり遂げていくことを「自立・自律」といいます。
一人ひとりの自立した行動が、校外学習が成功するかしないかのカギとなります。そしてこの経験が、来年以降の林間学校や修学旅行につながる行事となることを願っています。
事前に調べたことを実際にその現地に行き、観察・実験・体験、さらには資料収集等をすることを「フィールドワーク」と言います。本やインターネットで見たり知ったりした知識は、実感が伴わないことが多いので、時間が経過すると忘れがちです。しかし、自分の目や耳、その他の感覚をフル稼働して体験したことは、それと関連した知識と結びつくことにより、「生きて働く知識」と昇華します。
この校外学習で皆さんにお願いしたいことは、現地でどれだけ多くの新しい発見ができるか、そしてそれらを心の底から素直に感動できるかを意識して、楽しんでほしいということです。きっとみなさんにとって、上野の地が「学びの場」となることでしょう。
各クラスの実行委員の皆さん、よろしくお願いします。校外学習を終えてから、さらに一回り大きくなった、中学生としての皆さんの姿を見られることを期待しています。さあ出発しましょう!
〇朝から生徒たちの様子を随時アップしていきます。
12月4日(木)「僕には鳥の言葉がわかる」
〇本校敷地の西と北側は斜面林となっており、今いろいろな木々が紅葉しています。残念ながら表側からはほとんど見えず、校舎3階から見下ろしてやっとそのきれいな全貌が見えます。そこから「たとえ人に見られなくても自分らしく生きる」のような教訓を教えてもらっている気がします。
〇またその木々のおかげで、朝から夕方まで一日中、鳥の鳴き声が聞こえてきます。4月から学校に来るたびそれを楽しみにしていますし、毎日聞いていると、その鳴き声が日によって違うので、数種類の鳥が来ていることがわかります。ただ姿はほとんど見えないので、いまだに鳥の名前を調べることはできないでいます。
〇今年の「書店員が選ぶノンフィクション大賞」に、東京大学准教授の鈴木俊貴氏が書いた「僕には鳥の言葉がわかる(小学館)」が選ばれました。鈴木氏は自ら「動物言語学」という分野を起ち上げ、今、いろいろなメディアでその活動を発表しています。
〇早速、図書室にあった本を学校図書館指導員さんにお願いして借り、読みました。また同時にいくつかのYouTubeに出演しているので、興味深く観ました。第一印象は、鳥が好きでたまらない雰囲気を全身から醸し出しており、研究者というよりも少年が自由研究をしているようなイメージがありました。
〇これまでの常識として、地球上で言葉を持つのは人間だけであり、鳥やその他の動物は、「快か不快」のみの単なる感情で鳴いているとしか認識されていませんでした。その常識を覆し、「鳥のシジュウカラが20以上の単語を組み合わせて文を作っていること」を世界で初めて解明した研究者が鈴木氏で、「僕には鳥の言葉がわかる」は科学エッセイになります。
〇そもそも鳥は1万種以上あり、シジュウカラはスズメくらいの大きさで都会にもたくさんいます。本校の周辺にも来ているのでしょう。鈴木氏はシジュウカラは他の鳥よりもよく話し、単語をもち組み合わせるたりジャスチャーもしたりして、コミュニケーションをとるといいます。
〇多いのが仲間への危険を知らせる合図で、「ヒ、ヒ、ヒ」は鷹が上空にいる、「ジャージャージャー」はヘビが地面や木の上にいることを教えているそうです。危険な相手の違いによって、鳴き声を変えるとは驚きです。
〇また自分よりも少し大きく肉食のモズのような鳥には、違う種類の鳥でも鳴き声で知らせ、強いモズをみんなで囲むようにして圧力をかけるなど、協力して追い払う映像も紹介していました。
〇さらに「ヂ、ヂ、ヂ」は、「ここに餌があるから集まれ」のサインで、自分だけでなく仲間にも生きるために必要な餌の情報を流しているそうです。動物はすべて弱肉強食の世界に住んでいると思っていましたが、共存共栄の意識?本能?があるのかと思いました。
〇どうやら鳥はそれぞれ違う言葉を使いますが、お互いの言葉を学習しあっていることも仮説として考えられるそうです。であれば人間が普段は日本語を使っていますが、新たに英語を学ぶのと同じではないでしょうか。言語によるコミュニケーションは人間だけではないことは、この世界にまだまだ未知なことが多いということです。
〇鈴木氏は3年前に日本人で初めて、国際行動生体学会で基調講演し注目を集め、そこで動物言語学を創設することを提唱しました。これに影響を受けて、世界の動物行動学者が他の動物の言語について研究を始めたそうです。
〇例えば「アフリカゾウにはそれぞれ名前があってお互いにそれを呼び合っている?」や「チンパンジーも言葉の組み合わせによって文らしきものを理解している?」など、20年~30年後にはいろいろな動物の言葉がわかる時代がくるかもしれません。
〇この研究が進めば、動物をより正しく理解することにつながりますし、もしかしたら普段から動物が人間に対して何かを教えてくれていることが分かってくるのかもしれません。世界は人間だけでのものではなく、もっと知らない世界が身近に広がっている可能性も高いと感じます。
〇最後に鈴木氏は、「当たり前を疑う」ことの重要性を説いています。それには鈴木氏の母の言葉が大きいそうです。鈴木氏が幼少の頃、自宅の庭で昆虫の蜘蛛を観察していた時です。事前に図鑑で「蜘蛛は何を捕食するのか」と調べたのとはまったく別の昆虫(カブトムシ)を食べていたのを見つけました。
〇鈴木少年は困惑し、悩んだ挙句に母親に「蜘蛛がカブトムシを食べるとは図鑑にのっていないけど、どちらが正しいのか?」と相談しました。すると母親はすぐに、「あなたが観察した方が正しい。あなたの図鑑を書き換えなさい」と言ったそうです。
〇それ以来鈴木少年は、新たに分かったことをボールペンで図鑑に書き加え、世界で唯一の図鑑をつくりました。鈴木氏は「図鑑は自然を解釈した一部に過ぎない。目の前に起きたことが正しいことで、真実はもっと存在することを学んだ」と言っています。
〇素晴らしいお母さんです。子どもを信じ、咄嗟に「あなたが正しい」と言い切れたことに敬意さえ感じます。親の方も自分に余裕がないと下手したら「そんなの図鑑が正しいに決まっているんだから、細かいことを気にしないの!」などと言ってしまうかもしれません。もしそのお母さんがそう言っていたら、今の鈴木氏はいないと思います。子育てをしてきた私もとても参考になる話です。
〇昨日の「ジクソーパズルとレゴブロック」でも書きましたが、学校の教科書や出版会社の図鑑などは、これまでの人間の歴史を踏まえた「人類の英知の結晶」でもあり、正しいことには間違いありません。でも現実の世の中は、もっと複雑で不思議なことばかりです。新しい課題を追求するには、これまでの知識の上に、自分で見て聞いて確かめたことを上書きしていくしかありません。
〇最後に鈴木氏は、「研究には膨大な時間がかかる。20年や30年どころじゃやない。じっくりと楽しんで追求していきたい」と結んでいました。
〇明日は1学年の校外学習です。すべての班が上野恩賜公園内にある「国立科学博物館(科博)」を見学します。科博にも鳥類だけでも1~2時間では見切れないほどの広大な展示スペースがあります。私の住んでいる我孫子市にも日本で唯一の鳥類専門の「鳥の博物館」があります。生徒たちにも鳥に少しでも興味をもってもらいたです。
須藤昌英
【東京大学先進科学技術研究センターHPより:鈴木俊貴准教授】
12月3日(水)ジグソーパズルとレゴブロック
〇幼い子どもから大人まで、時間を忘れて熱中してしまうパズルとして、ジグソーパズルがあります。ジグソーパズルは、1枚の絵がバラバラになった多数のピースを、接合部分や絵柄をヒントにすべて組み合わせて、1枚の絵を完成させるパズルです。
〇意外に歴史は古く、もともとは18世紀中頃に教育用教材として作られ、イギリスの地図職人が地図の絵を「糸のこぎり(ジグソー)」で切断したことからその名がつけられたそうです。
〇特に大人に人気のジグソーパズルには、1000ピース前後の難易度が高いものや、お洒落なデザイン、人気キャラクターなどが描かれたものがあります。一般的には完成までに10時間から20時間程度ですが、絵柄が難しい場合には、数日を要します。
〇このパズルが人気の理由は、集中力や達成感を得られたりするだけでなく、気分転換として心身のリラックス効果やストレス解消にも役立ったりします。完成すれば部屋に飾ることもできます。
〇このジグソーパズルは、学習で例えると「典型的な正解探し」、つまりは教科書に書かれていることを暗記し、テストで正確にそれをアウトプットすることにあたります。
〇もちろん教科書の内容をしっかりと理解することは重要なのですが、その内容の背景や成り立ちまで考えて、「教科書には~と書いてあるが、自分ならば~と考える」までいかないと表面だけの理解にとどまりそれ以上昇華しません。大げさに言えば、それが「ジグソーパズル的学習の限界」です。
〇一方で私もかつて幼い頃に遊びましたが、もう一つ夢中になるもので、レゴブロックがあります。レゴブロックは、デンマークのレゴ社が製造・販売する、互換性のあるプラスチック製の組み立てブロック玩具です。
〇突起と空洞を組み合わせることで、様々なものを自由に組み立てることができ、教育用としても利用されるなど、創造力や想像力を育む知育玩具としての側面があります。
〇子どもがレゴブロックで遊びはじめるとき、最初は何もないところから段々とパーツを組み合わせ、新しい形を創ることができるのが、ジグソーパズルとの大きな違いです。
〇こちらは学習面に例えると、単に知っているだけでなく、様々な状況に応じてその知識を活用する学習にあたります。新しい知識を既存の知識と関連付け、修正・更新しながら使いこなすことを指し、問題解決能力や創造性を育むので、これを生きて働く知識と言います。
〇今の生徒たちが成人して社会で活躍する頃には、我が国はますます厳しい挑戦の時代(予測が困難な時代)を迎えます。そして一人ひとりが持続可能な社会の担い手として、その多様性を原動力とし、質的な豊かさを伴った個人と社会の成長につながる新たな価値を生み出していくことが期待されます。
〇要するに目の前に現れた問題や課題に対する正解は、どの教科書や書籍、インターネットでも探すことができません。自分や周囲の人たちと対話し、それぞれの知識や経験を持ちより、「とりあえず今は〇〇をやって試してみよう。それでダメならまた別の方法を一緒に考えよう」と仮説を立てて検証するしかありません。
〇これはパズルやブロックをする時と思考パターンは同じですが、パズルのような正解はないので、ブロックのように新しい形を創造していく方がより近いと思います。
〇自分が父親になって子どもにレゴブロックを買ってあげた時にふと気になったことがありました。レゴブロックには「クラシックセット」というシリーズがあります。これは何か明確な完成形があるのではなく、さまざまなパーツが入っていて好きに組み合わせられる昔ながらのレゴブロックです。
〇一方で商品の箱に表示されている完成形を目指して、パーツを組み立てるシリーズもあります。たとえばお城であったり何かのキャラクターであったり。このようなレゴブロックは、つくる形が明確に存在し、優れたデザイン性を有するため、心情的には一度組み立てると壊しにくいです。実際、我が家でもこのようなレゴブロックは作り終えるとコレクションケースに入れて飾りました。
〇残念なのは私がかつて遊んだように、それを壊してもう一度組み立てることがありません。これでは市販の「プラモデル」またはジクソーパズルが立体になったと同じで、それらを自由に組み合わせた創造的営みではなく、完成図に合わせて作るだけです。
〇これでは前述した従来のレゴブロックの良さが薄れてしまう気がします。試行錯誤して、納得しなければいったんバラバラに戻して、再度組み立てることこそ、レゴブロックの一番の良さであり、それは普段の学びと本質的に同じだと思います。
〇最近は「レゴストア」というレゴ専門店もショッピングモールで見かけますので、また今度孫たちと一緒に入ってみようか・・と思います。
須藤昌英
12月2日(火)「言葉の職人」のご逝去から1年
〇昨年の11月、現代の日本を代表する詩人の谷川俊太郎さん(当時92歳)が亡くなられました。それから1年が経ちましたが、いまだに多くの追悼の意が表せられています。谷川氏の影響は、詩の世界にとどまらず文学界、音楽界などにも広く及んでいます。
〇谷川氏は1931年に東京で生まれ、高校時代に詩を作り始め、1952年、詩集「二十億光年の孤独」を発表しデビューしました。鋭いけれども誰もがもっている感性を大切にし、テンポのよいことばを連ねるなど、半世紀以上にわたり数多くの作品を発表し続けてきました。
〇私は若い頃から谷川氏の詩を、自分が担当する林間学校のキャンプファイヤーや3年生を送る会などで生徒たちに朗読させていました。とても平易な言葉ばかりですので、読んでいるうちに生徒たちはその独特の世界に引き込まれ、普段は見せない表情をしていたことをよく覚えています。
〇代表作の「生きる」を紹介します。
生きる
生きているということ いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること あなたと手をつなぐこと
生きているということ いま生きているということ
それはミニスカート それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス それはピカソ
それはアルプス すべての美しいものに出会うということ
そして かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ いま生きているということ
泣けるということ 笑えるということ 怒れるということ
自由ということ
生きているということ いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ いま生きているということ
鳥ははばたくということ 海はとどろくということ
かたつむりははうということ 人は愛するということ
あなたの手のぬくみ いのちということ
〇「生きているということ いま生きているということ」の韻を踏み、心地よいリズム感で、生き物などの有機質や生物以外の無機質なものまで引き合いに出して、生きていることの素晴らしさを見事に表しています。
〇自分の解釈ですが、この詩のテーマは、「普段の生活(日常)にこそ生きていくことのすべて(意義)がある。そのことを再確認することが幸せを身近に感じる唯一の方法である」ではないかと感じていました。
〇よく言われますが、十代の若者がこの詩に共鳴する部分ともっと年を重ねた大人が共鳴する部分は異なり、それが詩の素晴らしさではないかと思います。
〇谷川氏は数年前の生前のインタビューで、「詩というか言語というものは、われわれの世界を記述するのに、非常に不完全なもの。作品がうまくできれば満足だけど、それが真理を示しているとか、そんな気はまったくなくて、きれいで人が楽しんでくれればいい。芸術家というよりも『言葉の職人』っていうのかな。自分としては『職人』と言いたいんですよ」と答えています。
〇「言葉の職人」というあたりが谷川氏の人柄を表しています。生前を知っている多くの人がその人柄を「その作品と同様に気さくで親しみやすく、ユーモアがありながらも、物事を深く見つめる自由な精神を持った方」との印象があるそうです。
〇あえて自分を「専門家」と言わずに「職人」と呼ぶには、それなりのこだわりを感じます。「職人」は長年の経験や勘を磨くことを重視する一方で、「専門家」はその分野の高度な知識や技術で客観的な資格や実績を持つ人を指します。
〇つまり人からの評価などは二の次で、自分が好きなことをただ一心不乱にやるということで、結果として自分が納得できる仕事やそれによって他に貢献しているということだと思います。
〇谷川氏が「詩や言語は非常に不完全なもの」と言っているように、日本の教育も決して完全(正解)ではなく、常に現在に沿ったものに変化させていかねばなりません。
〇我々教員も一面に「専門家」としてのプライドをもたなければなりませんが、そういう面では「職人」のように完全なものを追い求めてく気概も必要かもしれません。
〇長年多くの詩によって勇気づけられたことに感謝しつつ、谷川俊太郎氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
須藤昌英
12月1日(月)音楽まつり2025(土地区青少協主催)
〇12月に入りました。今朝の日の出時間は6時32分で、出勤途中の橋の上から、ちょうどオレンジの太陽が手賀沼から昇ってくる瞬間を見ました。東の空全体が朝焼けで輝いていました。あと1ヶ月すると、新年の初日の出です。
〇今日は暖かくなりそうですが、週の後半にかけて寒波が来る予想があります。インフルエンザ流行も心配ですが、特に金曜日に予定している1学年校外学習(上野恩賜公園)では、少しでも暖かい日差しがあるといいな・・と思っています。
〇先週末の土曜日、土中地区青少年健全育成協議会が主催する「音楽まつり2025」が本校体育館で行われました。土小・土中の吹奏楽クラブの演奏や地域のダンススクール(教室)等の6つの団体がダンスや踊りを披露しました。
〇本校吹奏楽クラブは5曲を演奏しました。皆さんから温かい手拍子や声援をいただきました。生徒たちにとって、いつもの練習の成果を発表する良い機会となりました。
〇青少年健全育成協議会は、地域の住民、団体、行政が連携して、青少年の健やかな成長を支援する自主的な活動組織です。これまで地域ぐるみで青少年問題に取り組み、あいさつ運動や地域パトロール、イベントの開催など、様々な事業を通して青少年の育成と非行防止を目指してきました。学校にとっては「心強い応援団」です。
〇日本は少子・高齢化が世界でも類をみないほど急速に進み、各地では学校の統廃合が進んでいます。同じ千葉県でも南東部は、毎年のように学校数が減少しています。しかし一昨日のような音楽まつりに参加している多くの子どもたちを目の前にすると、そのことは遠いことのように思えてきました。
〇地域住民がみんなで地域の子どもたちを温かい目で見守り、学校と家庭・地域が「子育て」の共有な視点をもって、お互いの役割を果たしていけば、子どもたちは安心して暮らしていけます。また一番の効果は子どもの社会性を育むことにつながることです。そしてそれがめぐって地域全体の活性化も生むことになります。
〇学校教育だけでは達成することのできない「子どもたちの豊かなで社会とつながる学び」のために、これからも地域の方々の力をかりたいのが校長の本音です。
〇閉会式で会場校の校長として挨拶を頼まれ、その中に感想も話してほしいと言われました。私が感想を言ってもあまり面白くないので、ちょうど見に来ていた4歳の孫娘にマイクを向けましたが、恥ずかしがって下を向かれました。帰宅して遊びに来ていた孫に再度感想を尋ねると「楽しかったよ」と笑顔でたくさん教えてくれました。
〇恐らく幼い子にとって、ちょっと年上のお兄さんやお姉さんが楽しそうに演奏したり踊ったりするのは、驚きと羨望の気持ちが沸き上がっていたのでしょう。
〇こども園・幼稚園の3年間、小学校の6年間、中学校の3年間と便宜上分かれていますが、それぞれの狭い年齢範囲では決して学べない子ども同士の共感は、このような地域行事でしか味わえないと感じました。
須藤昌英
11月28日(金)自分のトリセツ(メタ認知)
〇取説(とりせつ)は「取扱説明書」を短縮した言葉で、カタカナで「トリセツ」と書くことも多いです。10年以上前くらいに、若い女性歌手が同名の曲を歌う姿がテレビで流れてきた際、私も初めて「今は取扱説明書を略してトリセツと呼ぶんだ!」と初めて知りました。
〇トリセツには普通、その製品の「スペック(性能)や特徴」、「正しい操作方法」「上手な使い方」「使用上の注意」「故障の見分け方」「安全に関する注意事項」などが記載されていますが、最初からすべて読む人は皆無でしょう。必要な時に該当箇所を読んで対処することがトリセツの目的だと思います。
〇このように身近な家電などの操作を書いたトリセツは、まだなじみ深いですが、「『自分のトリセツ』とはいったい何のことだろう?」と疑問に思う方もいると思います。*シートを参照ください。
〇簡単に言えば、「自分を知る」ということであり、日頃から慣習的・統計的に「自分はこういう時にはこう考えたり行動したりすることが多い」と自分を客観視することです。確かに人によって無意識に行動する時の決まったパターンはあると思いまし、私もあります。
〇そのように自分の「心や内側」に関心をもち、徐々に自分の「輪郭や本質」を理解することは、中学生のように大人になる過程では欠かせないものであると思います。
〇ただし「どうせ自分は~のような人間だから」と開き直るのではなく、今の自分を出発点とし未来のなりたい自分をイメージしながら、やりたいことやるべきことに取り組めることが理想です。
〇自分のトリセツのきっかけになり得る一つの方法は、日記も有効です。また最近は日記に似ていますが、ライフログという記録も広まっているようです。
〇ライフログとは、LIFE(生活)とLOG(記録)を組み合わせた造語で、日々の生活体験、気づいた情報等を紙や手帳、スマホのアプリやブログ等にデジタルデータとして記録していくことを指すそうです。
〇それにその時の気持ちや行動も一緒に記録することで後から振り返りやすくなったり、自分だけのオリジナリティに富んだライフログとなったりするのが利点でしょう。
〇私も年号が昭和から平成に変わる時(今から38年前)、何か新しいことを始めようと思い立ち、本格的な日記帳を使い始めました。それまでも手帳に簡略してその日の出来事を書いていましたが、正式の日記帳に毎日書くことは新鮮でした。当時は25歳でしたので、これまで数冊の日記帳(3年日記、5年日記、10年日記など)があります。
〇日記からさらに転じて「自分のトリセツ(メモ)を書く」にはまず、自分の強みや弱みを把握することから始めるのがよいと思います。人にはそれぞれ物事の見方や感じ方の癖がありますが、それを癖ではなく「自分軸」と捉え、生きていく途中に迷ったりつまずいたりした時の参考に見るメモがとすれば、安心を得るなどの楽になるための大きな要素になります。
〇昔から「己事究明(こじきゅうめい)」といって、「自己とは何か」を究めて明らかにすることを、若者は求めてきました。たとえば中学生くらいになると、やたらに理屈っぽくなり、世の中の出来事も批判的に見るようになります。しかしそれは順調な成長でもあります。
〇一つのことを考え抜くのは大人への一歩であり、それは「哲学」に近いと思います。そして大人の言う「屁理屈(へりくつ)」こそ中学生には大切ではないか?とさえ思います。ただ気を付けたいのは、世の中(外)ばかりでなく、自己(内)に対しても批判的になりますので、極端に自己否定にならないようにすることも重要です。
〇自分のことを見つめることをマインドフルネスでは「内観」とも言います。よく「生徒の学習や大人の仕事でも予習よりも復習が肝心だ」と言われますが、私も含め日頃から自分自身について、丁寧に復習している人というのはあまりいないのではないでしょうか。
〇大人も子どももそれぞれ忙しいことを理由に、SNSなどの外部の刺激には反応しても、自分自身の身体にだけ意識を通し続けることは避けているのが実情でしょう。
〇自分のことを客観視する「自己モニタリング」は、ストレス対処やミスの軽減、自己パフォーマンスの向上に役立つといいます。その自己モニタリングに欠かせないのが、「メタ認知」です。
〇「メタ認知」とは「自分自身の認知(考える・感じる・記憶する・判断する等)を第三者的な立場から冷静に客観視できる能力」のことです。この能力によって自分が行っていることが正しいのか、また間違っているのであればどのように修正すればよいのかを判断することができるようになります。
〇中学生にもこの能力は十分にあり、自分の得意・不得意なことを的確に認識し、「自分ができないことをするためにはどうしたらいいのか?」という問いに対して自分で答えを出そうとします。
〇この客観的な視点から自身を認識することと、他人から見た自分の姿を一致させていくことで、本当の自己肯定感が生まれます。「自分には●●という長所があるので、それをいかして〇〇を頑張っていきたい!」とすべての生徒が言えるようにしてもらいたいと願います。
〇今日で定期テストが終わり、来週から12月(師走)になります。本校ではここまでインフルエンザ感染の大波はきていませんが、穏やかな年末になること願っています。
須藤昌英
11月27日(木)後期中間テスト
〇今日と明日の二日間で、5教科のテストを行っています。テスト範囲は9月~11月の授業内容です。ここまで各自が準備してきたことを出し尽くせるように祈っています。
〇先週の夕方、逆井駅の近くの学習塾(I個別指導学院)に出向き、担当者との打ち合わせと教室見学をしました。私は学生時代に家庭教師の経験はありましたが、塾の講師はしたことがないので、若い講師が生徒に寄り添うように学習支援していたのが印象に残りました。
〇その塾のパンフレットには、「一人ひとりに『わかる感動』を」と銘打って、個別指導でなければ成せないこと、顔や性格が異なるように最適な学習スタイルは生徒によって違うこと、「わかった」という感動と「できる」という自信を育むことが書かれています。
〇まったくその通りだと思います。確かに中学校卒業後は高等学校への進学を選択する生徒が多いので、目の前にある受験は大きな壁となります。私もそうでした。しかし「学ぶ」ということは完結することはありません。中学校までの知識や技術は、一生学び続けるためのツール(道具)にすぎません。
〇確かに良いツールがあれば良い仕事ができますので、今のうちに身に付けておく方がいいかもしれません。しかし実際は、生きていく中で必要を感じたときに、今の自分にはない知識や技術を学びなおせばいいだけですので、そんなにせっかちになり過ぎることもないだろうと思います。
〇つまり学びは定期テストや受験のためだけでなく、将来の夢を叶えるための力だと捉えることができ、例え計画通りにいかなかったり失敗したりしても、そこから立ち直る強さも育むことを目指しています。最近よく使われる「レジリエンス」はまさにそのことを表した言葉です。
〇「レジリエンス」は、もともとは物理学の「弾力」「復元力」を意味する言葉でしたが、心理学の中で「精神的回復力」として広く用いられ、近年ではIT分野におけるシステムの復旧能力や、ビジネスにおける危機を乗り越える力の意味でも使われています。
〇そのレジリエンスを高めるには、健全な資質(柔軟性、積極性、問題解決志向)、良好な人間関係(信頼できる人とのつながり)、健康的な生活習慣(睡眠、食事、運動、心のケア)などが重要です。またこれらに加えて、具体的な目標設定と小さな成功体験の積み重ねも自信と自己肯定感を育むために効果的です。
〇学校と塾の連携は、教育の一貫性を保ち、生徒の学習効果を高めるために有効です。具体的な方法としては、学校の授業内容を塾が補完することや、塾が学校の進度に合わせて個別の指導を行うこと、そして私が今回訪問したような定期的な情報交換があります。
〇学校が多様な生徒に平等な教育機会を提供する集団学習が中心である一方、塾は個別指導などを行っています。それぞれの良さを認識しつつ、学校の集団学習は基礎学力だけでなく、生徒が卒業した後の社会性を身に付けさせることも担っていることは認識していきます。
須藤昌英
11月26日(水)キャリアパスポートに関する面接(2学年)
〇昨日から2年生を対象に、キャリアパスポートを活用した面接を始めました。3年生の校長面接は入試対策も兼ねていましたので、一人あたり15分程度でしたが、今回は約半分の7分とコンパクトに行います。初めに面接等の入退室のマナーを教えました。
〇キャリアパスポートとは、2020年度から本格的に導入されました。小学校から高校までを通して児童生徒自身が自身の学びや成長を記録・蓄積するポートフォリオ(学習成果物)です。学習活動や生活での経験を振り返り、自己理解を深め、将来の生き方を考えるための活動で活用されます。
〇生徒が自分のキャリアパスポートに書いた内容をもとに、生徒の「学びに向かう力、人間性等」や「将来の目標に向けた主体的な取り組み」を確認・支援するための質問を私からします。
〇キャリアパスポートの最も重要な点は「振り返り」と「自己理解」です。生徒自身の考えや思いを尋ねますので、決して難しい質問ではありません。上手く答えるというよりも、この機会であらためて自分と向き合うことになるので、今後にいかしてもらいたいです。
【主な質問事項】
1.中学校生活の振り返りと自己理解に関する質問
「中学校生活で特に力を入れて取り組んだことは何ですか?(学習、部活動、生徒会活動、委員会活動、学校行事、外部活動など)」
「その活動の中で、一番印象に残っている出来事は何ですか?また、それはなぜですか?」
「その経験を通して、どのようなことを学びましたか?」
「楽しかったことだけでなく、困難だったことや失敗はありましたか?それをどのように乗り越え(あるいは対処し)ましたか?」
「自分の長所や得意なこと、成長したと感じる点は何ですか?」
「逆に、課題や今後伸ばしたい力は何ですか?」
「大切にしている好きな言葉や憧れまたは尊敬する人物は誰ですか?」
2. 将来の展望とキャリアプランに関する質問
「将来の夢や、目指している大人像はありますか?」「土中卒業後の進路(進学・就職)について、どのように考えていますか?」
「なぜ、そうなりたい(そうしたい)と思ったのですか?その動機を教えてください」
「その目標を実現するために、残りの中学校生活で具体的にどのようなことに取り組みたいですか?」
「【貢献する】という意味は何だと思いますか?」 「あなたが将来働く上で大切にしたい【価値】は何ですか?」
〇面接では質問に対して、キャリアパスポートに書いた内容と一貫性を持たせながら、自分の言葉で具体的に話すことが重要です。
〇最後にアドバイスをしています。生徒たちは毎年、緊張した真剣な表情で取り組んでいますので、こちらも襟を正して行っています。
須藤昌英
11月25日(火)授業研修会と柏南高校創立50周年式典
〇金曜日は6教科の7つの授業で、外部から講師を招き、教員の授業力向上のための研修を行いました。
〇「教員の憲法」と言われる教育基本法には、「学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」と明記されています。
〇どの授業も教えることはしっかりと教えた上で、「生徒の深い学びを目指すにはどうしたらよいか」について、授業後のリフレクション(省察・振り返り)で、活発な意見交換がありました
〇教員の仕事の一丁目一番地は、分かりやすくしかも社会とのつながりを生徒たちに感じさせる授業を行うことです。今週からの授業にいかされると確信しています。
〇22日(土)は、柏市民文化会館で本校の学区にある千葉県立柏南高等学校の創立50周年記念式典があり、来賓として出席してきました。柏南高にはこの50年間で1万9千人近くの卒業生がいて、現在も千人を超える生徒が在籍しており、県内でも一番の大規模校です。
〇式典ではまずその歴史が紹介されました。昭和50年に第1学年生徒が260名(6クラス)入学しましたが、まだ校舎も体育館も建設中で、入学式は土小の体育館を借りて行いました。また約1年間は、今の増尾西小の土地にプレハブ校舎を建てて授業をしていたそうです。地域との結びつきが強いのはこのためだとわかりました。
〇そして校舎完成後、一人一人が机と椅子をもって、今の増尾西小から柏南高までの約2㎞の道のりを一列に並んで運んだことを聞き、創立当初の大変さが思い浮かばれました。
〇式の全体の司会は、日本テレビアナウンサーの山本紘之さん(第30期卒業生)が務めていました。朝の番組のZIPを担当しているので、私も見たことがありました。高校時代はサッカーをしていたそうです。アナウンサーの話し方はさすがにプロでした。
〇また記念講演は、第9期卒業生の声優・俳優の三石琴乃さんが、自分の経歴を話しながら、あきらめずに挑戦することの大切さを生徒たちに語りかけていました。三石さんは有名な「セーラームーン」などの有名なアニメの声を担当してきましたが、私が一番馴染み深かったのは、ドラえもんののびた君の母親(玉子)さんの声でした。
〇生徒の代表者たちと山本さん、三石さんが協働して、エバンゲリオンという映画のセリフを実演した場面も楽しかったです。あえて映画中の専門用語ばかりの場面を想定し、みんなで入れ替わり立ち替わり吹き込みをしていました。高校生も放送部の生徒でしょうか?活舌も良くとても上手でした。
〇来年秋に予定している本校の80周年記念イベントの参考になりました。
須藤昌英
11月21日(金)1学年校外学習決議集会
〇来月の5日に上野恩賜公園で行う校外学習に向けて、1学年は昨日の6校時にオンラインで集会を行いました。実行委員が司会となり、各部から当日の約束や留意事項について説明し、質問に回答するかたちで会は進行しました。
〇事前に夏季休業中の課題として、リストから1~3つを選び、本やネットで調べてコラボノートを使ってまとめる作業を行っています。
【リスト】・上野恩賜公園 ・国立科学博物館 ・国立西洋美術館 ・東京都美術館 ・東京国立博物館 ・恩賜上野動物園 ・上野東照宮 ・国際子ども図書館 ・台東区立したまちミュージアム
〇学校の教科学習以外の「特別活動」の目的は3つあります。
(1)多様な他者と協働する様々な集団活動の意義や活動を行う上で必要となることについて理解し動の仕方を身に付けるようにする。
(2)集団や自己の生活、人間関係の課題を見いだし、解決するために話し合い、合意形成を図ったり、意思決定したりすることができるようにする。
(3)自主的、実践的な集団活動を通して身に付けたことを生かして,集団や社会における生活及び人間関係をよりよく形成するとともに、人間としての生き方についての考えを深め、自己実現を図ろうとする態度を養う。
〇また特に今回の校外学習は、学年の生徒で協力し、普段のよりよい学校生活を築くための体験的な活動を通して、集団への所属感や連帯感を深め、公共の精神を養うことを目指して行います。
〇さらに詳しく説明すると、次の4つ面が重点項目です。
①<計画・立案・事後指導>
・行事の計画の仕方を知る。
・一つの行事を成功させたという達成感を味わわせ,次への意欲付けとする。
②<グループ活動>
・小グループでの活動を通して,生徒同士の親交を深める。
・集合や解散,目的別の活動から社会性や協力性を高める。
③<生活面>
・集団で過ごすための基本的なルールを守ることへの意識を高め,学校生活に生かす。
④<学習面>
・グループごとにテーマを決めることで,目的意識を持って主体的にグループ活動に取り組めるようにする。
・体験学習の事前・事後指導を通して,調べ学習の手順や方法を知る。
〇各部会の仕事分担は、次のように分担しています。もちろん全員がどこかの部会に所属し、割り振られた仕事をします。
●実行委員⇒全体の企画・しおり作り・各部会の活動状況の把握と指導・各種集会・(報告集会の準備)
●班長生活部会⇒班の統率・班別行動中のリーダーシップ・ガイドブックの管理・地図・点呼・きまり・マナー・持ち物
●コース部会⇒コースの計画・時間管理など
●学習広報部会⇒班別テーマ・体験学習場所の調査・事後発表会・新聞作成のリーダーシップ・カメラの管理
●保健部会⇒各ポイントで行う健康観察
●食事美化部会⇒昼食時のマナー指導
〇校外学習当日は、班ごとに公共交通機関の電車(東武線、JR常磐線)を利用し、上野恩賜公園で開校式と写真撮影を行った後、周辺の博物館や美術館、動物園等を見学します。
〇持ち物や服装、行動の決まり等については、昨日の決議集会を受けて、最終案を作成中です。後日配付するしおり等をよく見て、上記の目的を達成できるようにしましょう。
〇3学年は5月に修学旅行、2学年は9月に林間学校をすでに実施していますので、1学年が最後となります。そして今回の経験をいかし、来年と再来年の宿泊を伴う学習へ繋いでいきます。
須藤昌英
実行委員
1組 森下裕仁さん 中村瑠菜さん
2組 安野碧海さん 平川涼雪さん
部会長
班長生活 1組高橋希菜さん 1組笠原夢乃さん
コース 1組染谷宣喜さん 2組堀川瑚夏さん
保健 1組金定明希さん 2組血琉衣さん
食事美化 1組森下裕仁さん 2組平川涼雪さん
学習 1組五十嵐みはるさん 2組谷澤孝太郎さん
11月20日(木)集団読書「マージナルマン―反抗期を迎えたすべての人に」
〇1・2学年は、全員で同じ本を読む「集団読書」を行いました。集団読書は、読んだ本の感想や意見をお互いに話し合う活動で、一人で読むだけでは気づけなかったその本の新たな魅力を見つけたり、より深い読書体験を得たりすることが期待できます。
〇今回読んだ本は、北原りゅうじ氏作の「マージナルマン―反抗期を迎えたすべての人に(少年写真新聞社)」です。子どもから大人へと成長していく青年期、これを「マージナルマンの時期」と呼ぶことは、私も初めて知りました。
〇調べてみると「マージナルマン」とは本来、二つ以上の文化や集団に属しながら、どちらにも完全に同化できず、境界に位置している人を指します。「境界人や周辺人」とも訳され、文化の交錯や異文化への移行、あるいは青年期のように大人と子どもの間にいる不安定な状態の人を指す社会学や心理学の概念です。
〇中学生はまさに反抗期に入っており、子どもの世界から抜け出そうと必死にもがき苦しむ時期でもあります。私も読みましたが、親しみやすいマンガもあり、文章というよりも詩に近い感覚で読みやすく生徒たちにも好評です。
〇「自律」と「自己表現」をテーマにしたこの本は、まだ視野が狭く、自分本位になりがちで不安定な中学生の心に響くと思います。北原氏は「あとがき」で次のようなメッセージを投げかけています。
【「マージナルマン―反抗期を迎えたすべての人に」のあとがき】
自分が反抗期にいた頃 社会や大人がつまらなく見えた
しかしよく見てみると 輝いている大人もいた
自分もそうなりたいと思った その時から人生は変わりはじめた
つまらない大人になるのは たやすいことだ
流されればいいだけだから
自分の感情にただ流されて 言いたいことだけを言い
やりたいことだけをやればいい またなんにも考えず
周囲にただ合わせていくだけでも結果は同じ
いずれにしても幸せとは程遠い 暗い淵へとはまりこむ
若い人よ つまらない大人になることなく
輝く大人になろう 自分の可能性を信じて
心に夢を抱き 強い意志を櫂(かい)として
人生という大きな河を 自らの力で進んでいこう
〇本書は自分自身を見つめ、大人に成長していくための数々のヒントを生徒たちに与えてくれます。だれでも経験する反抗期への共感と、無限の可能性をもつ生徒たちへの励ましのメッセージは、保護者の方にも一読をおすすめします。
須藤昌英
【1学年の感想より】
・この本はイラスト付きで、とてもわかりやすかったし、「少し自分もこの場面とかにあてはまっているな」などと共感できた。
・この本を読んで、今自分は中学生で小学生ではないから、大人に近づこうとする。自己実現を目指して、前向きにしっかりと自分を信じて、生活態度をあらためようと思った。
・本を読んで、「私もこういうときあるなあ」と思いました。つまらない大人になるよりも、「自分を信じて生きていった方が楽しいんだろうな」と思いました。
・「欲求・感情」「理性」「理想」の3つのバランスが大切。「理想」だけが先走りすると、できなくてイライラしてしまう。「欲求・感情」は悪い所もあるけれど、良い所もある。だから「理性」が調整役をすることが大切。
・親のありがたさを知りました。まだ自分だけでは考えられないことも多いし、大人にコントロールされるばかりでなく、自由をあたえてくれる大人たちに感謝することが大切だと思いました。まだまだ大人ではないけど、自分で出来ることはやる!など、どんどん増やしていきたいなと思いました。
・「欲求・感情」があばれているときは、理性がとめるが、理性は年齢が上がるにつれて強くなっていく。ストレスが「欲求・感情」に入ると、悪にかわってしまい、親、先生、友だちに反抗をしてしまう。ストレスを減らすには、友だちと楽しい時間を過ごしたり、何かに熱中したりするということを学ぶことができた。
・私は自分の気ままを抑えることも、自分で規範をたて従うこともできない、やりたくないので、まだまだ自律には程遠いと思いました。「希望が通らないのは何故でしょう?それはまだ親の信頼を勝ち得ていないからかもしれません」が心に残りました。
・人生の中に、マージナルマンというのがあることを初めて知った。これからはやりたいこととかやりたくないことも、自分勝手にならないで考えることをふやしていこうと思う。自己実現しようとして、理性・理想・欲情のどれか1つだけが進んでしまうとダメだと思ってできなくなるから、少しずつでもあせらずに進んでいこうと思えた。
・信頼されるようになるためには努力が必要で、責任を果たしてはじめて信頼を勝ち取ることができる。責任を一つ一つ果たすことによって、自由の範囲も広がるのだとわかった。今、大人の世界で活躍している人たちは、マージナルマン時代に、必ず誰かの笑顔に出会っていて、誰かにはげまされているんだとわかった。
・自分らしさを発揮することで、笑顔や「ありがとう」であふれた日々が送れることがわかった。私は人に流されずに、しっかりと自分を信じて生活していこうと思います。
・今、この年齢ぐらいで反抗期があったりするけれど、それはマージナルマンになるためであって、マージナルマンになるには、イライラをへらすために、小さな理性を強くすることが大切だと思った。
・今まではゲームがしたいなどと言って、勉強があまりできていなかった。これからは自分の欲求や感情のままのことをするのではなく、勉強もして理想の自分になりたい。
・自分の好きな事ばかり優先してしまって、やらなければならないことをやらない時があったから、自分のやる気を自分でつくって、好きなことをしていきたいと思いました。
・親に反対されたとき、私なら心の中でいらついて終わっていたかもしれませんが、この本を読んでこれからは納得してもらう理由をそのときに出せるように日々努力したいです。
・「はやく大人になりたい」と思うこともあるけど、今はマージナルマンだからもう少し子どもでいようと思った。怒る時は獣が大きくなっていて、もう少し大人になったら青い鳥を見つけられるのだと思う。楽しみ。
・子どもから大人に向かって、私は今歩いているけれど、いつか将来の夢に受かって、とべるように成長していきたいと思いました。そのため自分の理性と向き合っていっきたいと思います。
【2学年の感想より】
・自分の感情をそのまま優先して過ごすのではなく、しっかりと物事を考えて、冷静に判断していきたいと思った。自分も青い鳥をつかまえて幸せになりたい。
・反抗期は理想が高すぎるときに起こるものだと思っていたが、欲求などが大きなり、理性が他より小さくなることによって起こることを知ることができた。
・反抗期は行動と言っていることが一致しないことを読んだので、自分を見直そうと思いました。これからは自分を客観的にみて、この行動は正しいのか?などと考えて生活したいです。
・周りの人の話に耳を傾け、本を読んだりたくさん感動したりしたら、論理的思考や客観的思考、状況判断力、他人への思いやりの心も育っていくのだと知った。
・この本に書かれていることを実行するのは難しいと思うけど、最後に書かれていた通り、流されず前向きに自分を信じようと思いました。
・大人の道はまだまだだけど、目の前の目標に向かって、寄り道せず、やる気も元気も出していきたいと感じました。
・親が叱ってくれるのは、今後の為ためだということがあらためてわかった。たくさん挑戦して、自分の理想と欲求を合わせることが大切だと思った。
・劣等感を感じることは、理想が強いからだとわかりました。理想が先走っていかないように、自分をちゃんとコントロールできるようにしたいです。
・この本を読んで、すぐに怒らないで、「なぜ反対されたの?」「どうして?」と考えることで、イライラを少なくできることを知った。良い本だと思った。
・「大人は絶対的存在」だと小さい時は思っていた。独自の理想や独立心を持ち始めることは大人になるための第一歩になる。
11月19日(水)風邪は治るが治せない
〇今朝は自宅近くの畑の表面にうっすらと霜がおりていました。手賀沼の近くに住んでいることもありますが、これから先は、もっと真っ白な霜柱がたつ朝がくることでしょう。
〇インフルエンザが流行中で、近隣の小学校でも複数の学年で学級閉鎖の処置をとっているようです。本校は来週に定期テストが予定されていますので、何とか広がらないように願っています。
〇個人の予防としては、ワクチン接種があります。私も住んでいる町内にある内科医院で、接種の予約をしました。その医院は今月から夕方の時間帯は、通常の診察はせずにワクチン接種専用としています。
〇その院長さんは、医院のホームページに「院長ブログ」を投稿しており、私も時々読んでいます。幅広いテーマでとても長文ですが、読んでいると書いてある内容がご本人の佇まいと重なってくるので、面白いです。
〇その中で先日の「風邪は治るが治せない」という記事が印象に残りました。風邪に対する私たちの間違った知識や行動について、専門家の見解がとても参考になるので、一部を抜粋して紹介させてもらいます。
⇒私は以前から「インフルエンザ流行時の対応」について注意喚起を繰り返してきました。それは、社会の「常識」には医学的な間違いが少なくなかったからです。発熱に対する認識もそう。あるいは、風邪薬や検査の必要性についてもそうです。「社会でごく当たり前になっていることには、あるいは医者がなにげなく行なっている診療にも、実は医学的に間違っていることは多いのですよ」と指摘したのです。
⇒それはこのブログを通じて繰り返し情報を提供してきましたし、患者さんに対しては診療をしている時に直接説明したりしました。また、私が校医をしている学校の養護教諭にも指導してきたことです。しかし、そうした努力はなかなか浸透せず、多くの人々の行動変容をもたらすほどの影響力はありませんでした。
⇒その後、新型コロナウィルスの感染拡大が社会問題化し、加熱するマスコミの報道でも誤った対応が喧伝されるようになりました。「検査はできるだけ早く、しかも何度でも繰り返す」「新型コロナに感染したと思ったらすぐに病院を受診する」などがその代表的な事例です。多くの国民がそうした情報にしたがい、必要のない検査をして国費を無駄にし、発熱外来に殺到して感染を広めたのです。
⇒当院では、風邪症状のある方には、あらかじめお電話をかけていただいてから来院してもらっています。それは感染症の患者の来院時間を指定し、待合室にいる一般患者とできるだけ分離するためです。しかし、そうしたことを知らなかった風邪患者が、事前のお電話がないまま直接来院することもあります。そんなときは院内が混雑し、一般患者と感染症の患者の分離に苦慮することもしばしばです。
⇒お電話でのお問い合わせの際に怒り出す人もいます。「なんで今すぐ診てくれないのか」というものです。感染症の患者さんにはできるだけ空いている時間帯を指定して来院していただいています。特に「今すぐ診る必要性が高くない患者」、例えば症状が出たばかりの方や風邪薬を服用してきた方たちには、「しばらく経過を見て、あらためて電話してほしい」と説明する場合があるのです。
⇒風邪は薬で治すことができません。自分の免疫力で治っていくものなのです。風邪薬は「風邪を治す薬」ではありません。むしろ風邪症状をわからなくする薬であり、ときに診療の妨げになる薬です。医師が風邪症状の患者に処方する薬は、その症状を緩和するためのもの。どのような薬を処方するかを判断するためにも風邪薬は服用しないでほしいのです。
⇒本来、「風邪」であるなら薬を服用する必要はありません。肺炎を合併しない限り、自然経過で数日のうちに必ず治るからです。なかなか治らない症状は単なる風邪ではありません。「早期発見、早期治療」と思ってか、「早く治したいので、早く薬を飲みたい」という人がいます。でも「早く薬を服用しても、風邪は早く治すことはできない」のです。「風邪に風邪薬」は「早めにパブロン」というキャッチコピーの誤った受け売りにすぎません。
⇒風邪薬を飲みながら会社や学校に行くと、周囲の人に感染を広めてしまうことにもなります。「風邪薬は飲まないでください」とお話しすると、「風邪薬を飲まなければ熱が下がらず、会社に行けないじゃないか」と言う人がいます。しかし、「熱がでたら会社や学校に行ってはいけない」のです。一般的に発熱しているとき感染力が強いことが知られています。「発熱時は自宅で療養」が原則です。
⇒熱があっても、よほど辛くなければ解熱剤を使用せずに経過観察。そして、熱がいつまでもさがらないのであれば(目安は「高熱が3日目に突入したら」「微熱であっても5日目に突入するなら」)医療機関に電話をして相談すべきです。発熱は「早く治すため」にも、また、「重症化を発見するため」にもとても大切な情報です。怖いあまりに解熱剤を多用していいことはありません。
〇いかかでしょうか?「風邪は自分の免疫力で治っていくものなのです」など、これまで勘違いしていたことも多かったのではないでしょうか?昔から「風邪は万病のもと」といいますが、インフルエンザなどの感染症も含めて、予防に努めた上で、もし発熱等があったら、適切に対応するしかありません。
〇結論から言えば、大切な自分の免疫力を高めるには、日頃からバランスよく食べ、面倒くさがらずに運動し、夜はしっかり休養(睡眠)をすることです。規則正しい生活は、風邪薬よりも効果があるということでしょう。
〇医師が「風邪は治るが治せない」と主張すると同じく、教育のプロとして「教員は教えることはできるが学ばせることはできない」と最近思うようになりました。「学ぶ」のは生徒が自主的になった時だけであり、我々教員はしっかりと教えつつ生徒が学ぶきっかけをつくって「待つ」しかないのです。
須藤昌英
【いつもお世話になっている内科医院】
11月18日(火)目のつけ所と目ざとさ
〇定期テストまで10日となり、各教室では生徒たちが真剣に授業へ参加している姿が見られます。授業をする教員としては、「この時間でどのようにすれば、生徒たちが教科の内容を理解したり身に付けたりしてくれるのか・・」を常に考えて前準備をしています。
〇また近年は、深い学びの実現に向けた授業改善を行うことが求められており、各教科等において身に付けた知識及び技能を活用したり、思考力、判断力、表現力等や学びに向かう力、人間性等を発揮させたりして、学習の対象となる物事を捉え思考することにより、各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方(「見方・考え方」)を鍛えていくことに重点が置かれています。
〇「見方・考え方」を別に言えば、「目のつけ所」となります。「目の付け所」とは、物事を見たり評価したりする際に注目すべきポイント、つまり「着眼点」のことを指します。特に「目のつけ所がいい」「目のつけ所が違う」といった言い回しで、他の人とは違う視点や優れた着眼点を持っていることを褒める際に使われます。
〇私も過去に数学の授業をしていて、「この生徒は目のつけ所がいいな!」と感心することがよくありました。他の生徒が当たり前と思って気にかけないことでも、新たな視点で考え、「でもこれは~とも考えられるじゃないか~」と広い視点をもち、それを聞いて思わず周囲の生徒たちも「なるほど!」とうなってしまうこともありました。
〇また「目のつけ所が違う」は、もっと高いレベルで着眼点が優れていて、他の人とは異なる視点を持っているという意味で使われます。こちらはたとえ当人が周囲に説明しても、なかなかすぐには理解してもらえずに、場合によっては埋もれてしまうことさえあります。
〇世の中で革新的な技術やサービスを開発し、新しい市場を創造するいわゆる「ベンチャー企業」などは、他の人が気づかない点に気づき、物事の本質を突く鋭い洞察力をもつ設立者が何年も抱いていたアイデアが実現したのでしょう。日本の例では、誰もがスマホで簡単に自分の不要な物を売買できるアプリ「メルカリ」が登場し、その手軽さが特徴で急成長しています。
〇「目のつけ所がいい」と同じような言葉で「センスがいい」もあります。これも物事の微妙な違いに気づき、良し悪しを判断する能力や、洗練された感性を持っていることを言います。例えば私も数学の授業で、ある問題に関して幾通りかの解法があった場合に、「どれでも解答にはたどり着きますが、最も数学的センスがある解法は〇〇です。ぜひ他の方法との違いを味わってみてください」などと話していました。
〇教科における「見方・考え方」は、新しい知識・技能を既に持っている知識・技能と結び付けながら、社会の中で生きて働くものとして習得したり、社会や世界にどのように関わるかの視座を形成したりするために重要なものです。
〇とにかく長期的にみると、学校や家庭での学習や経験を通じて培われたその人独自の視点や思考のパターンが、その人の内面に深く根ざし、その後も影響を与え続けます。要するに中学校を卒業しても、いずれは教科等の知識は剥がれ落ちていきますが、身に付けた「見方・考え方」は一生涯残ります。
〇「目ざとさ」という言葉を時々使うことがあります。意味は、「他の人が気づかないうちに物を目にとめるのがはやい」で、「あの人はいつもめざとく見つけるね」のように、ほめているのか?けなしているのか?わからずに使っていることが多いです。
〇調べてみると「目ざとい」は、使われる文脈によって、ほめ言葉にもけなす言葉にもなり得るようです。基本的には、対象物を見つける速さや機敏さを表す言葉ですが、その使われ方によって意味合いが大きく異なるので、私も昔から気を付けて使ってきました。
〇年少組の孫の女の子は、我が家に遊びにくるたびに、例えば「クマのぬいぐるみの場所が違う!」など、前回来た時の違いをすぐに指摘します。そんな時は心の中で「この子はめざといな」などとつぶやきます。孫からすると気がついたことを単に言っているだけなのですが、言われたこちらは場合によっては「ハッ」とすることがあります。
〇でも「目のつけ所がいい」まではいきませんが、「目ざとい」こともよく観察しているという意味で、最近は「良いことではないか?」と思うようになりました。
〇毎日の授業でも中学生には、目ざとく先生やクラスメイトの話を聞き、その時に気づいたことを「みんなは~と考えているらしいけど、私は~と思うのだけど、どうですか?」と投げかけてもらいたいです。それによってみんなの「見方・考え方」が広がり深まっていきます。
須藤昌英
11月17日(月)「人生、遅すぎることはない」
〇9月から始めた3年生との校長面接が一通り終わりました。一人ひとりの話を聞いて、先日のゲームの話とも共通していますが、自分が主役となり、「主体性」をもってやりたいことに挑戦していくために、志望した上級学校で学ぶということはとても大切であり、今後も応援していきたいと感じています。
〇ただ時々「自分自身に自信をなくしているのでは・・」と感じる生徒がいます。面接時間は一人15分間ですので、その原因を詳しく聞いたり、アドバイスをしたりすることはなかなか難しいのですが、そんなときいつも私の頭の中をよぎるのが「人生、遅すぎることはない」という言葉です。
○この言葉は、野球漫画で有名な水島新司氏(1939年~2022年)作の「あぶさん:84巻第3話」の題名です。この「あぶさん」もプロ野球を題材にした超大作の漫画で、41年間で全107巻、今から13年前の平成24年に長い連載の幕を下ろしました。
〇主人公の景浦安武(あぶさん)は、実在のプロ野球選手をモデルにしたキャラクターとして描かれ、チームのリーダーや中心選手ではなく、どちらかというとアウトサイダー(門外漢・厄介者)で、しょっちゅう酒ばかり飲んでいます。しかしいざという時に、チームに良い影響を与えるので、チーム内では特に若い選手から密かに慕われている存在でした。
〇私も全て読破したわけではなく、昔からたまに見かけると読んだくらいですが、野球だけでなく、身近な人達との人情的なやりとりがクローズアップされた作品が多く、読むと深くその物語に入り込んでしまうことがありました。
〇そして最終回では主人公が62歳でプロ野球を引退し、作者の水島新司氏が作中に自分自身を登場させたので話題になりました。62歳まで現役選手をするというのはいかにも漫画の世界の話ですが、今年私も同じ62歳になったので、余計に親近感があります。
〇今でも「人生、遅すぎることはない」というフレーズは、私の心に強く残っており、折に触れて自分自身に「何をするにも人生遅すぎることはないよ。今の自分に納得がいかず、何かを新しくはじめようとしたときがチャンスであり、そんな時こそ今まで自分の中に潜んでいた力が引き出されるのだよ」と言い聞かせてきました。
○私が「人生、遅すぎることはない」という言葉に出会ったのは、ひょっとしたことからでした。まだ私が30歳代で、今となってはあまり詳細を覚えていませんが、仕事で何かの壁にぶつかって悩んでいた時がありました。あれこれ試行錯誤をしてみるものの、状況が好転せず手詰まりの状態だったと思います。
〇そんな休日、家族と近隣の入浴施設に行きました。入浴後ロビーのソファー横の本棚にあったコミック雑誌を何となくパラパラとめくっていました。するとその中に、主人公が成績不振にあえぎながらもある人の言葉からまた立ち上がろうとする物語(あぶさん)が目にとまり、思わずその場で何度か読み返したことは今でもはっきりと覚えています。
〇新聞や雑誌を読んでいる時、同じ記事や文章を何度も読み返すことは滅多にありません。一度読んで何となく内容が頭に入ったら、次の瞬間は違うことを考えているのが常です。ただその時は、読んだ瞬間に何かパッと目の前が明るくなりました。
〇そして帰路では「やってもみないことをくよくよ悩んでも仕方ない、とりあえずやってみて、もしうまくいかなかったら、またそこで考えよう」と思うことができ、さっぱりとした気持ちで自宅に着きました。言葉の力はすごい!と思えた経験でした。
〇私はそれまでは「漫画やアニメは、自分の性に合わない・・・」と遠ざけていましたが、そのことをきっかけに、「メッセージ性やストーリーが優れている漫画やアニメもけっこうあるんだな」と再発見し、注目するように変わりました。
○「人生、遅すぎることはない」とは、中学生にも伝えたい言葉の一つです。自信をなくしている時の心情の奥には、「やってみたいけど、どうやったらいいかがわからない」があります。つまり見通しがないので、「とりあえずやってみよう」とは思えないのでしょう。
〇そういう生徒たちには、次のような言葉がけをしてあげたいと思っています。
⇒今まで何度かやろうとしたけれど出来なかったこと、今の自分では到底出来そうもないとあきらめてきたことなどは、誰にでも1つや2つはあります。しかしそれらは多くの場合、『本気』で取り組もうとする前に、尻込みしてしまったことがほとんどではありませんか?「あの人だからあんなことが出来るんだ」とか「自分には到底そんな能力はない」と思い込んでいませんか?生きているかぎり、何でも「手遅れ」ということはありません。周りからは簡単そうにやっているようにみえることでも、その人は他人が見ていないところで必ず努力しています。その表面だけの姿で判断せず、まずは自分の出来ることから始めてみること。そしてそれを工夫しながら続けてみること。そのきっかけが一番重要であり、まさに今、新たなチャレンジをする勇気をもってほしい。
〇「人生、遅すぎることはない」、これは裏を返せば「思い立ったが吉日(きちじつ)」、つまり「何かを始めようと決心したら、吉日を選ぶのを待たず、すぐに実行に移すのが良い」ということわざと同じです。またこれは本校のテーマである「学び成長し続ける土中」ともリンクしています。
須藤昌英
11月14日(金)「中・高校生のなりたい職業」
〇ある教育関係会社が所管する教育総合研究所が毎年、東京大学社会科学研究所と共同で「こどもの生活と学びに関する親子調査」を実施しています。先日その中で、子どもの「なりたい職業」に関するランキングが発表されました。
〇中学生では、男子に人気の職業が「プロスポーツ選手」「教員」「医師」で、女子は「教員」「看護師」「保育士・幼稚園教員」が上位を占めています。
〇また高校生のランキングでは、男女ともに10年連続で教員が1位だったことに驚きました。中学生でも上位なのはとてもうれしい気持ちですが、一般的に中学生よりも将来の夢が具体的になっている高校生の多くが、教員を選んでいることに期待しています。
〇同調査の2015年と2024年のデータを比較すると、子どもたちの職業観に変化が見られるそうです。例えば、小学生では「YouTuber・VTuber」がランク外から4位に急上昇し、高校生では「SE・プログラマー」が13位から6位に上昇しました。一昔前には存在しなかった職業です。
〇同教育総合研究所の主席研究員は、教員が人気の理由として、「子どもにとって最も身近な職業であることのほか、学年が上がるにつれて、夢を追う職業から資格を要する現実的な職業への志向が強まる点が大きい」と指摘しています。
〇本校でも卒業生を中心に、大学での教職課程を履修する単位として必要な「教育実習」を受け入れています。3~4週間程度、学校現場の様子を直接体験することができるので、教員を目指している学生にとっては貴重な機会です。
〇私も40年前に小学校と中学校で別々に教育実習を経験しました。ただ母校ではなく、中学校は大学の付属中学校で、小学校は大学があった千葉市立の小学校でした。もともとの志望は中学校でしたので、小学校はあえて希望したのですが、若い時に小学校でも実習できたことが、中学校教員になってからもとても有意義でした。
〇教員の職務は、人間の心身の発達にかかわっており、その活動は、子どもたちの人格形成に大きな影響を与えるものです。「教育は人なり」といわれるように、学校教育の未来は教員の資質能力に負うところが極めて大きいです。
〇このような重要な職責を遂行するため、大多数の教員は、教員としての使命感や誇り、教育的愛情等を持って教育活動に当たり、研究と修養に努めています。子どもに教えるには、知識や技術の意義や背景などを学び続け、まず教員自身が「情熱」「専門的力量」「人間力」を持つことが重要です。
〇その上で、単なる知識伝達に留まらず、学習指導力、児童・生徒指導力、教材解釈力などを駆使し、子どもの「主体性」「創造性」「感性」を育む教育を日頃から実践していく必要があります。
〇つまり教える知識や技術が「なぜ」「どのような目的で」必要とされているのか、その背景や意義を分かりやすく伝え、子どもが自ら課題を発見し解決する力を養うことが不可欠です。
〇現在の教員の年齢構成を見ると、50歳代の層と20歳代の層が多く、すこし歪な構成になっています。今後順次、50/60歳の世代が退職期を迎えることから、量及び質の両面から、優れた教員を養成・確保することが極めて重要な課題となっています。
〇今年の3年生にも面接の際に、「将来の夢は何ですか?」と尋ねたところ、教育関係(教員、保育士、心理士など)を志望している生徒が相当数いました。思わず私から「応援しているから頑張って!」と励ましました。
〇前述の会社と大学が連携したプロジェクトでは、子どもがなりたい職業を早期に決めることよりも、自分で自分の多様な可能性に目を向けることの大切さを強調しています。我々大人に求められるのは、子どもの選択肢を広げ、相談に対してともに悩んで、応援する姿勢であるということです。
〇私の経験から教員になりたいと思った人の多くは、「教えることや子どもが好き」という理由が最も多く、次いで「尊敬する教員に出会ったこと」や「部活動の指導をしたいこと」などが挙げられます。
〇特に「子どもが好き」の詳細は、「子どもの成長をサポートしたい」「子どもたちの成長に携わりたい」というもので、子どもに寄り添うことで、その成長を見守りたいという気持ちがあります。
〇また「教えることが楽しい」「教えることが好きだから」ことについては、教えた子どもが「わかった」「できた」と変化していく姿に喜びを感じるという思いがあります。
〇ただ今の教員は昔の教員とは少し役割が変化しています。一昔前は、教員は「教える・見せることが主な仕事で、それはティーチャー・パフォーマーとして、生徒と互いに向き合う関係」でした。それが今は、「支える・促すことに重きをおき、それはサポーター・ファシリテーターとして、生徒と同じ方向を見る関係」となっています。
〇極端にいえば、授業の主役が昔は教員だったのが、今は生徒となり、彼らが学びやすい授業を模索することで、一人ひとりが想像・創造する力を育んでいきます。
〇柏市の小中学校では今、1.500人が教員として働いています。今の中学生が教員となる7~9年後は、私は教員を辞していますが、「なりたい職業」の1番となっている今のうちに、マスコミ等で働く時間の長さを「ブラック」と揶揄されている職場環境を少しでも良い方向にしたいと思っています。
須藤昌英
11月13日(木)「推し活」は心の原動力!?
〇ここ数年でよく耳にするようになった「推(お)し活」とは、アイドルやキャラクターなどの「推し」、いわゆるご贔屓(ひいき)を愛でたり応援したりする活動のことです。
〇AIに「趣味と推し活の違いは?」と質問すると、次のような回答が返ってきました。
⇒「趣味」が自分のためだけに行う活動を指すのに対し、「推し活」は特定の人物やキャラクターを応援する活動を指し、ファン同士の共有や、対象への経済的な貢献(グッズ購入など)も含まれます。趣味は個人的な楽しみが中心ですが、推し活は「推し」の活躍を喜ぶ気持ちを、共有したり、金銭的な活動を伴ったりすることで表現することが多いのが特徴です。
〇「なるほど、大きな違いは個人的な趣向を越えて、人とのつながりがあることか」と一読して納得しました。確かに自分が好きなことについて、他の人と交流したり一緒に活動したりすると楽しいです。
〇私が幼い頃も、仮面ライダーやウルトラマンなどのテレビ番組を観た次の日に、学校でその話題を話したりしていました。ただ子どもでしたので、それぞれのキャラクターに関するグッズなどを親に買ってもらえることは滅多になく、たまに買ってもらえた友達に貸してもらう程度で十分に楽しかったのを覚えています。
〇この時期によく「新語・流行語大賞」が発表されて話題になりますが、「推し活」は4年前にノミネートされています。そもそも「推し」という言葉は1980年代頃からアイドルオタクの世界で発祥した俗語のようで、「あなたが推しているモノは何ですか?」などと、好きなモノを聞く文脈で使われています。
〇誰でも好きなグッズを集めたりすることはありますが、少し調べるとその他広い範囲で次のような使われ方があります。
【推しに触れる】
推し活グッズを買う/推し活グッズをコレクションする/コラボカフェに行く/コラボイベントに参加する
【推しに逢う】
ライブや舞台を観に行く/推しのDVDや配信映像を鑑賞する/撮影スポット、ゆかりの地などの聖地巡礼をする/ファンレターを書く/推しにプレゼントを贈る
【推しに染まる】
推しと同じものを持つ/推しのイメージカラー(推し色)の服やコスメを集める
【推しを広める】
SNSで推しの魅力を語る/推しを他人に布教する
【推しを感じる】
一人静かに推しのことを想う/推しが生きて存在していることに今日も感謝する
〇最近の就職情報会社が行った調査では、20~30歳代の若者が、推し活に1ヶ月で使う金額は、1万三~五千円程度で、推す相手は「アイドル」「アニメ・アニメキャラクター」「スポーツ・スポーツ選手」が上位を占めているようです。
〇24歳の娘もご多分にもれず、これまで様々な推しのアーティストのライブ等に行っていました。日帰りだけでなく、福岡や札幌などへもわざわざ飛行機に乗り、前泊か後泊をしていたので、学生時代にアルバイトで得たお金はほとんどそれに使われていたようです。
〇推すという行為は「社会が多様化に向かっていることを象徴している」と指摘する人もいます。若者の間でも日本の従来からの終身雇用に固執することなく、自身のキャリアに積極的な転職を視野に入れておくことも普通になっています。
〇若者だけでなく、日常の消費生活でも、例えば大きな仕事が終わると少し高めのスイーツを買って自分へのご褒美などと言い、大人は日々の活力や安息につなげています。また好きなYouTubeを観た後に「いいね」を押すことも、身近な「推し活」でしょう。
〇つまり「推し活をしている間はツライ日常を忘れることができる」「推し活のためにやりたくないことも頑張れる」というように、推しへの傾倒や消費そのものが自身を励ますことにつながることは理解できます。
〇ただ一部で自身の経済力と見合わない推し活をし、昨今言われる「推し疲れ」のように「推す」ことをやめたいと感じることもあるようで、注意が必要です。
〇私は以前から「推しのもつ前向きで活動的な面を学校の活動にも活用できないか・・」と考えていました。例えば生徒が「この活動(委員会や部活動)は自分のモチベーションがあがる」「この教科をどこまでも深く突き詰めたい」など、それぞれの興味や関心を優先することももっと引き出してあげたいです。
〇そのためにも我々大人が自分のもっている興味や関心のレベルを保ちながら持ち続けつつ、一人ひとりの生徒が持っている興味・関心を伸ばすという視点を失わないようにしたいです。
〇一見すると学校の授業とは関係ないように見えることでも、本人が興味を持ち集中して取り組んでいることをきっかけに、生徒たちは学ぶことの面白さを感じることができます。そこから学びを深めていくことによる成長は目を見張るものがあると、これまでの教員生活で実感しています。
〇題名を「推し活は心の原動力!?」としましたが、友だちとつながることでワクワクする場が学校でありたいと思います。「今日私は、学校で『●●という推し活』があるからはやく行きたい」と思ってくれる生徒が増えることを望んでいます。
須藤昌英
11月12日(水)個体数の管理しか方法はないのか?
〇今日の午前中は、千葉県教育庁東葛飾教育事務所と柏市教育委員会事務局からお客様が来校し、本校の教育活動を視察されます。
〇先週に行った保護者・地域向けの学校公開と同じく、3校時の授業を観ていただいた後、私から学校経営の概要を説明し、それに対し教育事務所長と柏市教育長からご指導をいただきます。
〇自宅に来客を迎える際には、いつもより整理整頓と掃除を入念にするように、ここ数日は校内の環境整備に努めてきました。
〇連日のようにテレビのニュースでは、各地のクマの出没による被害を伝えています。今年度のクマによる犠牲者が過去最多となったことを受け、先日環境大臣は被害防止に向けた談話を発表しました。
〇自治体のクマ出没情報に注意するよう求めたほか、人の生活圏への出没を防ぐため「科学的データに基づいた上で、クマの捕獲を含めた個体数管理を一層強化する」と述べました。
〇その中で「個体数管理」という言葉が気になりました。簡単に言えば近年増えすぎた熊を駆除し、人間生活に影響が出ない程度に生体数を抑え込むということです。
〇環境省のホームページには、全国でヒグマは約1万2千頭、ツキノワグマは約4万2千頭以上と推計されています。予想よりも多いと感じますが、問題は今も急増している状況です。
〇専門家はクマが増えた様々な原因を指摘していますが、堅果類(どんぐり)の凶作等がその一つとしてあるそうです。クマは山にどんぐりなどがないので、市街地のスーパーや学校近くなどにまで出没します。
〇クマは視力が悪く、景色が白黒にしか見えていないので、建物の入り口がガラスであっても暗く見えることがあり、森の中の暗がりだと思いこんで、入り込む性質があるそうです。
〇昔からの対策として、人とクマのすみ分け(ゾーニング管理)があります。クマの生息域と人の生活圏を区分し、空間的・時間的なすみ分けを図る方法です。
〇ゾーニングの詳しい設定:として、「1 クマを保護するゾーン(コア生息地)」、「2 人間活動を優先するゾーン(排除地域・防除地域)」、その間の「3 緩衝地帯」を設定し、それぞれで異なる管理方針を適用します。これまではこの方法でクマも人間も上手に共存してきたのでしょう。
〇こちらは同じ「管理」でも、合理的な気がします。クマが出ている地域の方々の気持ちを考えると、個体数管理はある意味しかたないのかもしれません。多くの人が襲われて亡くなったり怪我をしたりしていますので。
〇ニュースでは、クマを誘引する残飯や果実などの人工的な食物源を除去し、クマが人里に近づかない環境を整備する取り組みや出没したクマに対して、花火やゴム弾などを使って追い払ったり、農地や集落への侵入を防ぐために、電気柵を設置していることを伝えていました。
〇私も低い山ばかりですが、秋から冬にかけて、埼玉・群馬・栃木・茨城県の山にハイキングに行っていました。もし今度登る際には、クマ除けの鈴やラジオなどで音を出して、クマに人の存在を知らせることも必要かな?と思っています。
〇そもそもクマは「鳥獣保護管理法」によって保護されている野生動物です。この法律により、基本的にクマを無許可で捕獲したり殺傷したりすることは禁止されています。
〇またこれまでやたらとクマを駆除しなかった大きな理由は、自然界の生態系に影響を与えるからです。生態系において熊は、植物や動物(シカ、サケ、マスなど)を捕食する消費者としての役割を担っています。
〇食物連鎖の例として、草→ウサギ→キツネ→オオカミの順に、食べたり食べられたりの関係があります。後半の高次消費者と呼ばれる生態系の頂点がクマやオオカミですが、日本ではオオカミは絶滅したことになっています。つまり現在の日本では、クマの独り勝ち状態とも言えます。
〇個体数管理(駆除)は最終手段であり、理想は駆除が必要ない社会を作ることです。そのためには、個人の意識改革から地域の取り組み、社会全体での環境整備まで、多層的なアプローチが求められています。
〇クマとの共生は確かに難しい課題ですが、そんな時こそ、昨日の「童心を大切にする」ことに関して言えば、中学生などの若い世代のアイデアに期待した方が良い気がします。きっと大人には考えもつかない発想が出てくることでしょう。
〇幸いに本州でクマがいない県は、千葉県だけ?とされています。意外ですがその理由として、房総半島の地形が他のクマの生息地から孤立しており、大きな川(利根川、江戸川)や開発された都市部がクマの移動を妨げているためと考えられています。
〇本校の生徒たちにも「千葉県にはクマがいないから安心!」だけでなく、もし身近にクマが出没したらどうするか?クマも安心して生きていくためにはどうしたらよいか?など、想像力を働かせながらニュースを見てほしいです。
須藤昌英
11月11日(火)童心(遊び心)と探究心
〇毎年11月11日は1が4つも並ぶので、「今日は何の日?」で調べると、いろいろな「●●の日」があります。いくつか紹介すると、
①介護の日➡「いい(11)日、いい(11)日、毎日、あったか介護ありがとう」をキャッチフレーズに、厚生労働省が定めた
②鮭(さけ)の日➡「鮭」という漢字の部首「圭」を分解すると「十一十一」になることから制定
③サッカーの日➡11対11で戦うスポーツであることにちなみ、スポーツ用品メーカーが制定
④鏡の日➡「11」という数字が左右対称であることなどから、鏡を扱う業界団体が制定
⑤チーズの日➡「チーズをもっと身近に感じてもらうために制定された記念日で、毎年「チーズフェスタ」を開催
⑥ポッキー&プリッツの日➡ポッキーとプリッツの形が数字の「1」に似ていることから、菓子製造会社が制定
〇最後の2つは商業的な匂いがしますが、生徒たちにとっては、最後が一番身近に感じるのかもしれません。実際に担任時代は、11月11日になるとクラスの生徒から「先生、今日は何の日だか知っていますか?」と尋ねられたり、「今日の11時11分は絶対に時計を見るんだ!」と不思議?な宣言をされたりしました。子どもの発想は面白いものです。
〇大人になっても、何事にも好奇心を持ち、活き活きとした子どものような心を失わない人がいます。また夢中になってあることに集中して取り組む状態を「童心にかえる」と言います。たとえば「中学校の同窓会で久しぶりに昔のクラスメイトと再会し、童心にかえっていろいろな話ができた」などと使われます。
〇調べると「童心」とは、「純粋さ、無邪気さ、そして楽しむ力を持つ大切な心のこと」とあります。また「童心を大切にすることで、何かと凝り固まった脳と心をほぐし、ストレスを軽減し、人生を豊かにする効果が期待できる」ともありました。
〇確かに自分の好きなことに没頭しているときは、日頃の責任や義務に追われる日常生活から解放され、心がリフレッシュされます。またたまに子どもの頃に熱中したことを思い出し、好奇心やワクワクしたりする気持ちは、人生を面白くする原動力となります。
〇重要なのは義務感ではなく、純粋に楽しむことで、ただ「好き」「楽しい」という気持ちがあるかどうかでしょう。また真面目さは確かに必要ですが、加えて遊び心を大切にすることで、心に余裕ができ、自主性や協調性、共感力を育むことができると思います。
〇子どもや大人にとって探究心とは、「なぜ」「どうして」という疑問をきっかけに、物事の本質を深く理解しようとする意欲のことではないでしょうか。これは新しいことに興味を持つ「好奇心」から始まり、「もっと知りたい」「掘り下げてみたい」という気持ちへとつながります。
〇この探究心は、自ら考える力や問題解決能力、そして将来の自立した学びに向かう姿勢の基盤となります。たとえば「四季はどうしてあるの?」「なぜ髪の毛は伸びるの?」などと身近なことに疑問をもったり、幼い子が、「この中はどうなっているんだろう?」とスイッチを押したり、おもちゃを分解したりする行動は、まさに探究心が起こしていると言えます。。
〇「なぜだろう」という疑問を掘り下げて理解しようとすることで、主体的に学ぶ姿勢が身につきます。また「なぜ」「どうして」を繰り返す過程で、自ら考える力や、発見した問題を解決しようとする力が育ちます。そしてそれが楽しく学び、理解できたという実感を得ることで、知的好奇心が刺激され、将来にわたる学びへの意欲につながります。
〇大人は子どもの疑問に丁寧に答えたり、一緒に調べたりする姿勢をもつことが大切です。また「そんなの知らなくていいよ」「まだあなたにはわからないでしょう」と突き放すような言葉は探究心を失わせてしまうので避けるべきです。
〇さらにすべてを教えるのではなく、子どもと一緒に答えを探すプロセスが重要です。その際、子どもの興味や関心と探究心を結びつける機会を意図的に作ることがポイントです。そして大人も一緒に学んだことを伝えあうなど共有しあうことで、さらにお互いの学びが深まります。
〇今日が「ポッキー&プリッツの日だ」と生徒が言っても、担任としては決してないがしろにせず、「なるほど、では君なら今日を【何の日】にする?」と問い返してみるのも楽しいでしょう。
須藤昌英
11月10日(月)柏市小中学校技術・家庭科作品展
〇8日と9日の両日、さわやかちば県民プラザの回廊ギャラリーで行われた技術・家庭科作品展では、各校からの代表作品が展示されました。本校からは8つ(木材を加工した作品と布を使った実用物)を出品しました。
〇家庭科の布を使った製作は、基本的な裁縫技術(玉結び、玉どめ、なみ縫いなど)を習得し、ミシンを使って袋物などの作品を製作します。計画を立て、材料や用具の扱い方、安全に注意しながら、様々な製品を完成させることを目標とします。
中川 咲さん(1年)
笠原夢乃さん(1年)
長田麻央さん(1年)
染谷宣喜さん(1年)
〇技術科の木材加工は、簡単な木製品の設計と製作を通じて、木材の特徴と加工法を理解し、目的に応じたものづくりを行う能力を養うことを目標としています。実践的な活動を通じて、ものづくりに必要なスキルや考え方を身につけます。
嶋根真菜さん(2年)
酒井愛羽さん(2年)
村上 葵さん(2年)
篠崎琉華さん(2年)
〇どの作品も基本的な構造やつくりは同じですが、その上で各自の個性をいかした作品ばかりでした。先月に「個性は可能性」と題して、映画監督の故大林宣彦氏の言葉を紹介しました。「同じ制服を着ていても、その人が読んだ本、聴いた音楽などによって、その人の目の輝きや語る言葉が変わってくるので、同じ制服を着ていても、『個性』が出てくるんです」の部分は、一生懸命に作成に取り組んだ結果の作品にも同じことが言えると感じます。
〇技術・家庭科については、実践的・体験的な学習活動を通して、家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業等についての基礎的な理解と技能を養うとともに、それらを活用して課題を解決するために工夫し、創造できる能力と実践的な態度の育成を重視する観点が重要です。
〇毎日を楽しく、快適に過ごすことは、学び続けることの前提となります。私も中学校時代に作成した木製で座る部分が布のたたみ椅子を大人になるまで家の中で使用していました。大人になると、DIY(Do It Yourselfの略)が趣味で、自分で何かを作ったり、修理したりする、日曜大工やハンドメイドの手芸などをしない限り、自分が作ったものを日常で使うのは、滅多にあることではありません。
〇生徒たちには自分の作品を長く大切に使ってもらいたいです。
須藤昌英
11月7日(金)合唱フェスティバル当日
〇今日は暦の上では「立冬(りっとう)」で、二十四節気の一つであり、冬の始まりの日です。午後から体育館で合唱フェスティバルを行います。どうぞご来校ください。
文化祭
【オープニング】
①生徒会長より
【合唱フェスティバルの部】
〈開会式〉
①始めの言葉
②歌声委員長の話
③校長先生の話及び講師紹介
④諸注意
〈全校合唱〉「My Own Road」
指揮:山田結心さん 伴奏:米山 涼さん
〈1学年の部〉
1組 「空は今」
学級紹介:宮﨑蒼太さん 指揮:森 陽平さん 伴奏:関 亜音来さん
2組 「あさがお」
学級紹介:村田莉娃さん 指揮:永瀨ほのさん 伴奏:平川涼雪さん
〈2学年の部〉
3組 「虹」
学級紹介:矢萩日菜さん 指揮:上田翔太さん 伴奏:池嶋有柚さん
1組 「YELL」
学級紹介:櫻井杏奈さん 指揮:三浦唯人さん 伴奏:北岡 稟さん
2組 「手紙」
学級紹介:渡邉 結さん 指揮:幸村真澄さん 伴奏:渕上佳栄さん
〈3学年の部〉
1組 「言葉にすれば」
学級紹介:山田結心さん 指揮:池田皇羽さん 伴奏:米山 涼さん
2組 「青い鳥」
学級紹介:増田咲幸さん 指揮:鈴木大遥さん 伴奏:原 葵已さん
〈閉会式〉
①講師講評
講師:教育委員会 学校経営アドバイザー 山本和寿先生
②終わりの言葉
【吹奏楽部発表】
世界に一つだけの花 他2曲
【エンディング】
①生徒会総務より
〇講師の山本先生からも「各クラスの思いや意図が明確に表され、聴いている我々に伝わってくるものがありました」と講評をいただきました。緊張感の中でも楽しんで歌っている生徒が多く、素晴らしい歌声を聴かせてもらいました。
〇午後から学校近隣で大きな火災がありました。学校からも黒煙が見えましたが、幸い風向きが本校に向くことはなく、フェスティバルは無事に終了しました。
〇会の終わりに私から生徒たちに「下校時に多くの消防車や救急車、パトカーがいる場合には、それを避けて安全に帰ってください」と注意を促しました。
須藤昌英
11月6日(木)静かなる退職とキャリアアップ
〇40年近く前のある栄養ドリンクのテレビCMで、「24時間戦えますか?」というキャッチコピーがやたらと流れていました。当時私は20歳代の半ばであり、体力もあり余っていたので、それに踊らされるように、朝から晩までがむしゃら?に働いていました。
〇今振り返ると「よくやっていたな!」と思いますが、当時は人に言われてやらされるのではなく、自主的だったので決して嫌ではありませんでしたし、朝7時から夜22時頃まで、一日15時間くらいは学校にいました。
〇令和になり「働き方改革」が国を挙げて言われていますが、昭和から平成の時代に根付いた長時間労働や過剰な奉仕が、現代の労働環境では「持続可能ではない」という認識が広がっています。ある面では当たり前だとも感じます。
〇最近あちこちで聞く言葉に「静かなる退職」があります。最初は「何を意味しているのか?」と想像がつきにくかったです。「退職」といっても職場を辞める(去る)わけではありません。「静かな退職」とは、組織内での出世や昇進を目指さず、最低限の仕事だけをこなす働き方のことを指すようです。
〇これは3年前にアメリカのキャリアコーチが提唱した「Quiet Quitting」の和訳で、過度な奉仕や会社への積極的な貢献を控えつつ、自身の健康や私生活とのバランスを取ることを目的としているようです。少し調べました。
・「静かな退職」の特徴
会社などが求める最低限の業務はこなすが、それ以上の役割を積極的に引き受けたり、自己啓発に励んだりすることはしない。また残業を最小限に抑え、社内の付き合いや不合理な要求への対応も避ける傾向がある。昇進やキャリアアップへの意欲が低く、現状維持を望む。最大の目的は、仕事のストレスや燃え尽き症候群(バーンアウト)を避けるための自己防衛策として、また、プライベートの時間を大切にするための手段として選ばれる。
・「静かな退職」が広まる背景
仕事一辺倒ではなく、「ワークライフバランス」を重視する価値観が浸透していることの影響が大きい。多少の不満を抱えながらも不本意な退職・転職を避け、会社などに留まり続けるため、企業側にとってはエンゲージメントの低下や生産性の問題につながる可能性がある。最終的に本人を過度な負担から身を守り、持続可能な働き方を選んでいるともいえる。
〇またその一方で近年は、「キャリアアップ」という概念が広がっています。一般的に「キャリアアップ」とは、職務経験やスキルを高めることで、役職や収入、社会的な価値などを向上させること意味しますが、真のキャリアアップとは、「将来を見据えなりたい自分やなるべき自分に向けて経験を積み、キャリア面から理想の自分に近づくこと」だと思います。理想的にはいろいろな職務を経験することで、企業や社会に貢献することにもつながります。
〇それに関しては、自己啓発について書かれた本が山ほど出版されています。自己啓発とは、自身の意志で、能力を高めたり、精神的な成長を目指したりする自発的な取り組みです。本を読んだり、セミナーに参加したり、資格取得を目指したりするなど、具体的な方法で行われます。
〇昨日、学校の部活動は生徒が「自己実現(身体・精神的な成長やなりたい自分に近づく)」を目指すことが最大のメリットであることを書きました。そして今の中学生が将来社会人になった際には、自分で選んだ職業で同じように自己実現をしてほしいと考えています。
〇「キャリアアップ」の方向性は人によってまちまちですが、先ほどの「静かなる退職」とは180度対極にあります。また「働き方改革」は個人の問題ではなく、経済の問題のような気がします。働く人々すべてが健康でい続けることは、会社(企業)としてもパフォーマンス高く働いてくれる人材を確保し続けることにつながります。
〇もちろん過労で命を落とす人が出るのは避けなければなりませんが、自分の可能性を試して伸ばすには、ある意味「自分の限界」を幾度か経験することも必要ではないかと感じます。自分の限界を認識できた時、「次のステップとして自分は何に取り組もうか?」となるのではないでしょうか。
〇生徒が学校で行う委員会・係活動も、経験するからこそ見えてくるものや身につくスキルがあり、最後はその仕事で「学校やクラスを支えている」という貢献心がそれを続けることを可能にしていると思います。
〇1か月前に自民党の新総裁となった高市早苗氏がその就任時に、「私自身がワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」といういわゆる「馬車馬宣言」をした時には、正直驚きました。「えっ」という感じで自分の耳を疑いました。
〇自分自身への決意宣言であれば別に角は立ちませんが、一国のリーダーが公の場で、もしそれを「私も働くので、みんなも同じように働いてほしい」というメッセージとして言ったのなら、この令和の時代にそぐわないのではないか?と感じました。
〇若い頃に、「働くこと」は、「傍(はた)を楽(らく)にする」ことだと本で読んだことがありました。その意味は、自分の周囲の方々に自分が動くことによって、よい影響を与えることだと思ってきました。それが自分のモチベーションだったことは間違いありません。今の中学生にはこのことをどのように伝えたらいいか・・・?悩ましいところです。
須藤昌英
11月5日(水)チームエフォート(TEAM EFFORT)
〇先週は野球のメジャーリーグの頂点を決める「ワールドシリーズ(World Series)」のテレビ中継が連日放送され、ロサンゼルス・ドジャースが、2連覇を果たしました。私自身は幼いころから高校まで野球をしていたので興味がありましたが、今まであまり関心の薄かった人もたくさん観戦していたようです。
〇一般的にアメリカのスポーツ観戦は、野球に限らずエンターテイメント(娯楽)性が重視されており、野球のルール等を深く知らなくても楽しめることもその要因でしょう。そして何よりも世界が注目するその大舞台で、複数の日本人選手が活躍する姿を観ることができるのが最大の理由だと思います。
〇今回のワールドシリーズでは山本選手が最優秀選手(MVP)に選ばれましたが、そのワールドシリーズの一歩手前で、リーグの頂点を決める優勝決定シリーズでは、大谷選手がMVPになりました。彼がもらったトロフィーには、個人の栄光をたたえるプレートがありましたが、選手の控室に展示された際のそのトロフィーには、その文字を隠す形で「TEAM EFFORT(チームの成果)」とボードが添えられていたことが「大谷選手らしい」と話題になったそうです。
〇大谷選手はMVPを受賞後のインタビューで「みんなを代表してもらっていると思っています。僕が(MVPを)もらいましたけど、本当にここに来るまでのすべての試合がやっぱり一番大きかったなと思います」と、チームメートへの感謝を口にしていました。
〇私もこの「チームエフォート」という英語は今回初めて知りましたが、調べるとその意味は「チームの努力」や「チームワーク」です。一人ではなく、複数の人が協力して一つのことを成し遂げたこと、またはその成果を指します。
〇私は初任から丸20年間、3つの中学校で野球部の顧問をしていました。今思うと、自分がプレーしてきたスポーツをもたせてもらえたことは、とても幸運だったと思います。同期の教員や後輩でも、まったく経験も知識もない部活動を担当することになった人がいました。さぞ大変だったろうと思います。
〇それでも自分自身が選手ではなく、指導者としてチームをまとめていくことは、最初からうまくできたわけではありません。野球は「投げる、打つ、捕る、走る」など複数の動作を組み合わせてプレーしますので、個人によってどの動作が得意(好き)かまたは苦手かはまったく異なります。
〇人間の心理としては当然、誰もがせっかくプレーをするなら自分の得意な面でアピールし、時にはヒーロー的な存在になりたいものです。自己実現(自分自身の可能性や才能を最大限に引き出し自分らしく生きること)のために好きなことに集中して取り組んでいるのです。私も選手の時には、打つことや投げることにこだわり、それを強化するために練習に打ち込んでいました。
〇ただ指導者(監督)になるとまず、各選手の強みと弱みをつかみ、9つの守備位置や打順などを決めていきます。やみくもに選手を起用したりしては、そのチームの特徴をいかした試合をすることはできません。チーム事情によっては、選手本人が望まない場所を守ったり打ったりさせなければなりません。
〇監督としては、日頃から選手一人ひとりと会話し、もし本人の希望でないところで起用する時には、「君がこの役割でチームに貢献してほしい」と説得しました。大抵は素直に「わかりました」と受けてくれましたが、稀にそうでない場合もありました。
〇ただそういう選手は新しいことに挑戦することに不安があるだけで、実際にやってみると自分の新たな力が発掘され、その後は生き生きとプレーしていました。昔の部活はそうであったように、さらに私も若かったので、勝負にこだわった采配を優先していました。
〇でも今の部活動の目的は「心身の健全な成長を促し、自主性や協調性、社会性を育むこと」です。つまりスポーツなどの活動を通じて達成感や自己肯定感を高め、仲間と協力して目標を達成する過程で、社会生活を営む上で必要な能力を身につけることが期待されています。さらに同学年だけでなく、学年を超えた交流を通じて、多様な人間関係を築こうとすることも重要です。
〇金曜日の合唱フェスティバルでも、各クラスがこれまでの練習の成果を精一杯発揮してくれることでしょう。指揮者、伴奏者、パートリーダーの指導のもと、みんなで楽しんで歌い、「チームエフォート」を実感してもらいたいです。
須藤昌英
【大谷選手のトロフィー】
11月4日(火)インフルエンザ流行と2学期学校公開
〇昨日は木枯らし1号が吹き、午後から一気に寒くなりました。振り返ると1学期の学校公開は、6月2日(月)~6日(金)で行いました。そして最終日の6日は体育祭でした。暑さ対策を最優先していたその時期が、今では懐かしく感じます。
〇今日から金曜日までは、2学期の学校公開日です。最終日の7日は合唱フェスティバルになります。Sigfyでご案内を送付していますが、どうぞご来校ください。
〇2025年10月現在、例年より早くインフルエンザの感染が拡大しているようです。特に児童生徒の場合は、学校の集団生活で感染してしまうというケースが多いようです。
〇厚生労働省によると、今季流行の中心は「香港A型(A/H3)」で、全国の約半数を占めているそうです。この型は重症化リスクが高く、ワクチンの効果が得にくい傾向にあるとも言われています。
〇ただ気を付けなければいけないのが、比較的症状が軽く、インフルエンザだと気づかないまま感染を拡大させてしまう“かくれインフルエンザ”があります。
〇我が家のかかりつけの同じ町内にある内科医院の院長先生は、学区の校医にもなっています。先週、私が受診した際に、学区内の小学校長から院長先生に相談があり、「インフルエンザにかかっている6年生が相当数いるが、来週予定している修学旅行をやってよいか中止すべきか?」と尋ねられ、答えに窮したことを教えてくれました。
〇最後には「発熱したがインフルではないとされている児童も実はインフルエンザである可能性は高いですね」とアドバイスしたそうです。果たしてその学校の修学旅行はどうなるのでしょうか?他の学校のことですが、「もし自分の学校だったら・・」と考えると他人事のように思えません。
〇調べると、高熱や激しい咽頭痛があってもただの風邪というケースもある反面、ほぼ熱も出ず、なんとなく倦怠感があるだけでも実はインフルエンザに罹患している“かくれインフルエンザ”により、気づかぬうちに感染を広げる事例も多いようです。軽い症状でも油断せず、早めに検査し、正しい治療を受けることが大切でしょう。
〇今年の夏は非常に気温も高い上に残暑も長かったことや、最近の寒暖を繰り返す状況から、基本的に体力を消耗しています。私もそれを実感しています。また猛暑のために外出を控えて運動不足になってしまったことや、夜、寝づらくて睡眠の質が低下していたこと、生活リズムが狂ってしまったことも、バテの要因になっています。
〇体調不良を完全に快復するには、2~3か月と長期間を要することも多く、夏・秋バテを起こした体の自律神経やホルモンバランスの乱れが未だに続き、免疫調整力が万全でない人も多いことでしょう。
〇インフルエンザが10週連続で増えているということと、これからがインフルエンザシーズン本番ですが、自分は大丈夫と思っていても、急に高熱が出たりするから油断はできません。基本的な感染対策はもちろん、睡眠や食事などで免疫を高めることも大事だと思います。またワクチン接種後は効果が出るまで2週間ほどかかるため、気温が低下する冬を待たずに早めの接種が無難でしょう。
〇7日の金曜日は合唱フェスティバルが行われます。インフルエンザなどでせっかくここまで練習をしてきたことを発表できなくなることはできるだけ避けたいものです。
〇保護者の皆様も授業参観等はできる範囲でマスクをしたり、日ごろから手洗い・うがい・アルコール消毒をこまめにしたりするようにお願いします。
須藤昌英
【除菌関係グッズ】
10月31日(金)「やればできる」と「できるからやる」
〇教員として39年間、目の前の生徒の可能性を引き出し伸ばすことを最大の目標として取り組んできましたが、いつも迷うのは、「【やればできる】と【できるからやる】の2つのどちらが正しいか?」です。「ニワトリが先か、卵が先か」みたいな話ですが、自分としては今でも最大の課題です。
〇「やればできる」は、昔から言われている「人間は努力を美徳とし、楽な方を選ぶことを嫌うべき」が根底にあります。コスパ(効率性)の面から考えると、苦労せず楽に成果が得られるのであれば、最適最良です。
〇しかしその一方で、教育的側面からは、「努力を通じてスキルや知識を習得することで定着が強固になる」という従来の考えにも、妥当性はあると思います。昭和から平成へと日本の教育の主流はこの「努力の継続」が中心でした。
〇以前にオレンジの服が印象的である芸人さんがテレビなどで、そのポジティブな性格を前面に出し「やればできる!」というフレーズを大きな声で連呼していたことを覚えています。確かに明るい笑顔で言われると、だれでもその気になってきます。
〇その芸人さんは、「僕の『やればできる』っていうのは『やれば成功する』ではなくて『やれば成長できる』よねっていう思いを込めています」と説明していました。それを聞いて私もそれにはまったく同感しました。まずはやってみることが大切だと思います。
〇若い頃に学級担任をしている時も、「やろうと思わないから出来ないんだよ」みたいなことをよくクラスの生徒たちに言っていた記憶があります。当時は自分も若く、生徒たちへの叱咤激励のつもりでしたが、今振り返ると半分は自分自身に言いきかせていたような気がします。果たしてその時に言われた生徒たちはどう思っていたのだろう?と今さらに思います。
〇しかし最近は少し違ってきました。むしろ人は「できるからやる」という見方も、正しいのではないか?と思っています。努力し挑戦すること(やればできる)によって生徒たちは日々成長していますが、その前提として可能性という「成長の種子」を生まれつき自分の中にすでにもっていて、その種子を開花させている(できるからやる)に過ぎないのではないでしょうか?
〇「やればできる」の陥りやすい点は、今出来ていることはあまり重視せずに、次はコレを達成したらその次はコレをする・・と果てしない無限ループになりやすいことだと思います。精神的に疲労します。
〇一方で「できるからやる」については、失敗を極端に恐れるという傾向がある今の若者の特徴がその意識を薄めていると感じます。人は誰でも失敗し、その失敗を次にいかして前へ進んでいくのであり、一つの失敗で「すべてがダメ」と自分を否定してしまうことがとてももったいないと今の生徒たちを見て思います。
〇その原因の一つは、大人(保護者や教員など)が生徒たちに今取り組んでいることの結果を性急に求めすぎることがあると思います。「子どもや生徒の可能性を引き出してやりたい」との願いは良いのですが、その前に今彼らが何を思い、何に取り組もうとしているのか?を聴いてあげることが大前提だと思います。そして私も含めて「生徒が自ら動き出すことを信じて待つ」という大人の姿勢が正直足りないと思います。
〇「失敗を成功で上書きする」という言葉があります。「失敗を失敗のまま終わりにせず、それを小さな成功つなげる」ということを、生徒たちには折に触れて伝えていきたいと思います。
〇最後に、昔ナイキというスポーツメーカーのCMに、マイケルジョーダンというアメリカのバスケットボールのスーパースターが出演していました。彼は私と同じ年齢ですので、バスケットボールに興味がなかった私もその存在感には注目していました。
〇その彼のCMの中でのセリフが今でも頭に残っています。紹介します。「キャリアで失敗したシュートは9000本。300試合に負けた。26回ウィニングショットを外してきた。今までミスしてきた。何度も何度も・・・。だから私は成功する」
〇今の生徒たちは彼のことは知らないかもしれませんが、みんなからスーパースターと言われている人でも、数知れない失敗を経験してきていることは伝えたいなと思います。
須藤昌英
10月30日(木)「リフレーミング」の訓練
〇朝の気温が10℃を下回り、登校する生徒たちの服装も冬服を選択する割合が一気に高まりました。市内の小学校でもインフルエンザが流行しているようです。体調管理がより一層重要な季節になりました。
〇「リフレーミング」という言葉は、「認識の枠(フレーム:frame)を改める(re)」ことを意味します。つまりリフレーミングとは、物事を別の角度から解釈し直すことで、簡単に言えば、一つの視点ではなく、いろいろな角度からの見方をすることにより、嫌なことや苦手なことをポジティブ変換する「思考テクニック」です。
〇よく使われる例えとして、目の前に水の半分入ったコップがあったとします。ある人はこれを「な~んだ半分しかない ⤵」と思う、また別の人は「よ~しまだ半分もある ⤴」と思う、この2つの差は大したことないかもしれませんが、すべてのことに対してそのような見方をしながら生きていれば、その差は計り知れない差になります。
〇「コップ内の水の量が半分」という事実を変えることはできなくても、その事実をどう解釈するかで、その感じ方や行動は大きく変わります。ただこれはだれもが日常生活で経験すみだと思います。
〇リフレーミングには、いくつかの効果が期待できます。モチベーションアップや自分に自信がつく、ものごとへの苦手意識が弱まったり人間関係が良くなったりすることが心理学の面から報告されています。
〇3年生の校長面接では何人かの生徒に、「確かに苦手なことに取り組むのは気がひけますが、『何でも初めから完璧にできる人はいない!』『自分の可能性をのばす絶好のチャンスかも!』ととらえると、『まずはやってみよう!』となりますね。」とアドバイスしました。
〇リフレーミングは主に2種類あり、一つは「今の自分の状況・事実」をリフレーミングしてみること。例えば、病気でしばらく休んでいなければならない時、最初は「あれもやらないと、これも遅れてしまう」ばかり思っていまいがちですが、「休んでいる間、自分自身や仕事についてゆっくり考えられる」と気持ちが変わると、「休んでいる間にできることをやろう」と思いなおせます。
〇また「自分の性格や行動の傾向」をリフレーミングすることも多いです。例えば、いつもいろいろなことに「心配性な人」も、「想像力があり慎重にものごとをすすめることができる」と切り換えると、また違ってきます。ただこれは、なかなか自分では気が付きにくく、他人からのアドバイスが大きなポイントをしめると思います。
〇ネット等で調べると、「リフレーミング辞典」というものがあり、私も時々参考になるので見ています。冒頭に書きましたが、これは思考テクニックですので、ある意味訓練する必要があります。最初は「こんな言い換えは不自然で違和感がある」と思いがちですが、そういう感情を抑えて、無理やりでも受け入れてしまうことが大切です。
〇先日の3年生は、「自分の短所は『面倒くさがり』のところです」と言っていたので、私からは「それはおおらかなことまたは細かいことにこだわらないという良い面とも言えますね」と返しました。私も「少し強引すぎたかな?」と思いましたし、本人もキョトンとしていました。ただこちらも訓練して何とか相手に前向きになってほしいとの気持ちがありますし、本人も後で少しでもその言葉が頭に残って、「そういう見方もあるかな?」のように受けて止めくれるといいのですが・・・と願っています。
須藤昌英
10月29日(水)創立80周年記念イベント週間に向けてのワークショップ
〇来年(令和8年)の2学期学校公開は、「(仮称)創立80周年記念イベント週間」として、1年後の10月26日(月)から30日(金)の日程で現在調整しています。29日までは保護者や地域の方々等に授業参観を中心に公開し、最終日の30日の午前は全校合唱フェスティバル、午後は東京大学大学院の國分教授をお招きしての対話集会を予定しています。
〇それに向けて昨日から、生徒会総務の生徒たちと定期的なワークショップを開始しました。ワークショップとは、本来の「作業場・工房」という意味が転じて、参加者が主体的に対話を通じて、知識やスキルを習得したり、課題解決や創造を行ったりする、体験型の学習の場を指します。その中で互いに本音を出し合い、協働しながらアイデアを出し合い、自分たちの総意を模索し続けることが特徴です。
〇「自分たちにとって本校の80年という歴史はどんな意味があるのか?」「来年の記念イベント週間には何をしたら自分たちらしさを表現できるか?」などを考える前に、まずは今の学校の状況をお互いに確認しあうことが昨日のワークの目的でした。校長室で次の2つの課題を90分間話し合いました。
【テーマ1】
今の土中で保護者や地域の方々に対し、自慢できる素晴らしい点やあまり目立たないがこれからも継続していきたい事は何か?
【テーマ2】
来る創立80周年に向けて、今後さらに理想とする土中になるために必要なことや取り組みたいは何か?
〇ワークショップではよく色付き付箋(ふせん)を使用します。まずそれぞれの課題に対し、1人ずつ1枚の付箋に1つのアイデアを具体的に書き出します。それを共有スペースに並べかえ、類似した内容の付箋をグループ化します。その際、書いた本人が一言ずつその意見について補足説明を加えます。これを繰り返して最後に、各意見の関係性を視覚化し、全体として俯瞰しながら整理します。
〇昨日も多様な意見が生徒間でとびかいました。課題1に対しては、授業で活発に話し合いをすること、学校行事に積極的に参加していること、生徒間の人間関係が基本的には優しさがベースにあること、地域の方々とのふれあいが多いことなどが挙がりました。まずは自分たちの良い面を確認しあい、それには自分たちだけの力ではなく、保護者や地域の方々のおかげでもあることがわかりました。
〇一方で課題2に対しては、日ごろから生徒同士、先生方への挨拶をする意識が低調気味であること、言葉遣いで相手を知らぬ間に傷つけていること、図書室の利用を含めた読書への関心がまだ低いこと、制服や校内服の着方の身だしなみに個人差が大きいこと、清掃活動や給食の時間にもまだ工夫する余地があることなどが浮き彫りになりました。
〇特に後半については、既存の委員会(学年委員会、生活委員会、美化委員会、学習図書委員会、給食委員会、保健委員会、歌声委員会、放送委員会)がありますので、今後生徒会総務と各新委員長たちが話し合って、委員会活動で改善策を考えてもらうようにしました
〇次回のワークでは、今回の話し合いを踏まえて、【テーマ3】「80周年記念イベントで何を企画していくか?(例)対話集会、アピール動画、キャリアポスターセッション、・・・など」に取り組もうと考えています。次回も斬新なアイデアが出てくることを願っています。
〇学校経営の背景として、校長が生徒たちの生の声を聴く機会はとても貴重であり、あっという間の90分間でした。
須藤昌英
10月28日(火)「ゲーム」との付き合い方
〇校長面接などで、3年生に「受験勉強をしている時の気分転換の方法は何ですか?」と尋ねると、8~9割の生徒が「好きなゲームをしています」と答えます。そこでさらに「気分転換のつもりが、そのままハマってしまうことはありますか?」と質問を続けると、多くの生徒が苦笑いし、「それが一番の悩みです・・」のように打ち明けてくれます。毎回「正直だな」と思っています。
〇過去に担任をしていた生徒から、同じようなゲームに関する質問を投げかけられたことがあります。「どうしたらゲームを止められますか?」と。私は答えました。「方法はただ一つしかないよ。それはそのゲームをやる前にその攻略法を全部友達から教わってからやってごらん。わかると思うけど、そんなのはつまらなくてすぐに止めてしまうでしょ」。
〇少し逆説的な言い方ですが、人間はそのように何もかも事前に教えられてしまっては、まったく面白みを感じないのです。試行錯誤をする中で、「どうしたらいい?」と迷うことも楽しいのです。あらかじめ攻略法を伝授されると、ゲームの中で「自分で選択する機会」が前もって奪われ、冒険心や挑戦心などのやる気のもとがなくなってしまうのです。
〇「ゲーム」と聞けば私が思い出すのは、今から40年前以上に流行した「インベーダーゲーム」です。当時はまだ自宅で行うゲーム(ファミコンなど)は販売されていませんでしたので、高校生だった私はゲームセンターで夢中?になりかけていました。ただ段々とゲーム以外のことが忙しくなり、ゲームセンターに行くことも減ったので、お小遣いを使い果たすようなところまではいきませんでした。
〇しかし今は自宅でゲームが当たり前ですので、生徒たちが自らの制御力でゲームをする時間をコントロールしなければならない状況です。確かに自宅でできる便利さはありますが、逆にゲームとの程よい距離を保つことが難しくなっています。
〇先ほども書きましたが、私は生徒がゲームの中で自分が主役となり、「主体性」をもって課題に挑戦していくことは、人間の本質にあったゲームのプラス面であり、否定されるべきではないと思います。
〇数年前のYouTubeの対談で、東大名誉教授の姜尚中(カン・サンジュン)氏が指摘していたことも気になります。姜氏は「人生(実社会)はゲームではない」とし、「現代は政治、経済、人間関係などのすべてが、ゲーム理論に基づいて処理されている。ありとあらゆる領域から集めた情報をアナリストが分析したりそこからシュミレーションしたりして、現場の様子はモニターでみるだけ。そこに強烈な違和感をもつ。しかし実際に目の間で起きていることはもっと複雑で、ゲーム理論だけでは到底説明しきれない」と鋭く述べています。
〇これを見ながら深く考えさせられました。ゲームの良さは認めつつ、そこから実際の生活にいかに戻ってくるか。冒頭の受験生の悩みは、決して子どもの問題ではなく、我々大人も直面している問題だと思います。
〇人工知能AIに「ゲームと子どもの脳の関係」を質問してみると、次のように回答がありました。
「ゲームが子どもの脳に与える影響は、やりすぎると【ドーパミン】分泌への依存による前頭葉の機能低下や、学習意欲・集中力の低下などの悪影響が懸念される。一方で、戦略ゲームやパズルゲームには、問題解決能力や空間認識能力、論理的思考力などを高める可能性もある。重要なのは、ゲームの種類やプレイ時間を把握し、適切なルールを設けてバランスを取ること」。
〇とても模範的解答ですが、AIの欠点は身体性がないということです。ゲームに夢中になる人間の心理をAIは実感できませんので、少し上滑りの感じはぬぐいきれません。
須藤昌英
10月27日(月)所信表明演説とアメリカ大統領来日に思う
〇霧の朝でした。ここ数日は雨模様でしたので、久しぶりに青空が見られそうです。朝に霧が出ると晴れるのは、放射冷却という現象が原因です。よく晴れた夜明けには地表の熱が空に逃げ、地面近くの空気が冷やされて水蒸気が水滴となり、霧が発生します。太陽が昇って気温が上がると、この霧は消えて日中は晴れるようです。
〇先日の高市新首相の所信表明演説(30分)をその日の帰宅後、YouTubeですべて聴きました。一番多くの時間を割いたのが経済対策(物価高対策)でした。教育に関してはほとんど無かったことに、半分がガッカリでしたが、残りの半分は逆にホッとしたのが実感でした。
〇3年前に亡くなられた安倍元首相は、2006年の所信表明演説で「美しい国づくり」を掲げ、その実現には、「日本が本来持つ美徳を保ちつつ、経済成長や子どもたちの育成が不可欠である」と主張したのを今でもはっきりと覚えています。
〇今から19年前のことで、私もまだ40歳代前半でしたので、「これからの日本の教育はどの方向に進むのか?」に強い関心がありました。そしてその時に示唆された「道徳の教科化」は、第一次阿部政権では果たせなかったものの、第2次政権発足直後の2013年1月に、安倍首相の私的諮問機関「教育再生実行会議」が発足しました。
〇その会議に多くの教育専門家も参加した結果、道徳の教科化、教育委員会改革などを次々と提言したのでした。当時の安倍首相は「強い日本を取り戻していくため、教育再生は不可欠」と力を込め、当時の下村博文文部科学相らとともに、ある意味トップダウンで教育政策を決定しました。
〇この記憶があり、「今回の新首相がどこまで教育を重要視していくのか?」との意識で所信表明演説を終始聴いていたので、先ほどのように落胆と安堵が半々ずつだったのです。
〇今日からアメリカのトランプ米大統領が29日まで来日し、天皇陛下との会見や日米首脳会談を行う予定が発表されました。高市首相にとって就任後初めての外国首脳を迎えての会談であり、それがトランプ氏であることに注目が集まっています。
〇今年の1月からトランプ氏が2回目の大統領に就任して以来、強引ともいえる各国との関税政策には驚くことばかりでした。日米関税交渉を担当した前経済再生大臣の赤澤氏によって、この夏に一定の合意を得ましたが、その後も約束を守るかは未知数な部分が続いています。
〇私は経済には弱く、詳しいことはわかりませんが、ディール(ビジネスにおける契約締結や商取引全般)と呼ばれる手法を何よりも優先し、まずは自分の国に有利になるように交渉し、相手の出方を見ながら巧みに貿易の条件を引き出していくことに正直違和感があります。
〇実際に日本も今後アメリカに数千億ドルものの投資を約束しており、今後はその約束をどこまで果たしていくのか?が今回の会談の大きな議題になっているようです。
〇また今回の首脳会談で、日本側が「防衛費の増額方針」をアメリカ側に伝えるとも報道されています。新防衛大臣も就任の会見で、「防衛費GDP比2%の前倒し実現」を明言しています。
〇今日本で現在進められている防衛力整備計画は、2023年度~2027年度の5年間で防衛費を関連経費と合わせて総額43兆円増加させ、そのGDP比率を2%まで引き上げることを目指すものです。
〇しかしトランプ政権は、日本に対して水面下で防衛費のGDP比率を3.5%まで引き上げることを求めているともされています。日米首脳会談では、トランプ大統領は高市首相に対して、防衛費の更なる拡大を求めてくる可能性もささやかれています。
〇もしトランプ大統領から防衛費をGDP比3.5%まで引き上げるように求められたら、高市首相はどのように反応するでしょうか。その実現には何兆円もの追加予算が必要になる計算であり、その財源確保はより困難を極めます。国を防衛する重要性はわかりますが、教育予算が後回しにされていることに、教育関係者の一人としては複雑な思いがあります。
〇またもっと気になることは、日本が防衛力を強化する方針であることについて、隣国の中国が「強い疑問を抱かざるを得ない」と懸念を示していることです。さらに「日本が専守防衛を守り、平和的発展を堅持しているのか、強い疑問を抱かせざるを得ない」と非難しその上で、「日本が安全保障分野において国際社会からの信頼をさらに失うことのないよう強く促す」としています。
〇今年は戦後80年で、日本でもこの夏には先の太平洋戦争を振り返る様々なイベントが行われたり、テレビ番組も多く放送されたりしました。前述の道徳の教科化の際に一番議論されたのは、「子どもたちにどのような愛国心をどのように持たせるか?」でした。過去に中国を含む東アジアの国々に多大な損害を与えた日本が今、急激に防衛力を高めることへそれらの国々の心配があることについて、じっくりと生徒たちと話し合う機会も必要ではないか?と感じます。
〇ちなみに道徳教育の徳目の一つである「国や郷土を愛する心」は、教師からの一方的な教育ではなく、「他者との関係性の中で自ら考え、豊かな体験を通して育むこと」となっています。具体的には、学校、家庭、地域が連携し、人間尊重や伝統文化を大切にすることを通じて、自律的に社会や国家に貢献できるような資質・能力を育むことが目指されています。
〇国の教育の方針を考えるのは大人の仕事ですが、今後はその決定過程の中に当事者である子どもたちの意見も傾聴していくことがとても大切であると思います。
須藤昌英
10月24日(金)読書週間「こころとあたまの深呼吸」
〇27日から秋の読書週間が始まります。読書週間とは、公団社団法人「読書推進運動協議会」が推進するもので、毎年10月27日~11月9日の2週間が開催期間です。
〇昔から「秋の夜長に読書」と言われています。近頃は日没が早まり、夕方六時には真っ暗になっていますので、YouTube視聴も決して悪いとは思いませんが、読みたい本を手に取ってじっくりと読むことも楽しいものです。
〇昨年9月に柏駅近くのそれまでよく利用していた大きな書店が閉店になってしまいました。ネットでも本は購入できて便利ですが、専門書も多かったので、書架に並んでいる本を眺めるのはやはり楽しいものです。
〇11月3日(月)は文化の日で祝日ですので、読書を楽しむのにもピッタリであり、私も久しぶりに東京駅近くのさらに巨大な書店「丸善」に本を探しに出かけようかとも考えています。
〇毎年「読書週間」に合わせて標語が発表され、またポスターの募集が行われます。令和7年の標語は、「こころとあたまの深呼吸」で、下のポスターは秋空で本を楽しみが和んでいる様子が表現されています。
〇「読書はどんな世代の人にも良い」とよく言われますが、その理由は人それぞれだと思います。私は生徒が「学び続ける」資質を身につけるという視点からですと、次の点を指摘できると考えています。
1 語彙や知識が増える
これは当然といえば当然ですが、普段触れる機会のない言葉や表現方法に触れる絶好のチャンスです。またこれから様々な表現や言い回しなどを覚える必要のある生徒達には、ぜひとも読書を習慣にして欲しいと思います。更に深い知識をもつ段階の生徒は、新しい知識を学ぶたびに、自身の「的確な判断力」や「幅広い創造力」にも磨きがかかっていくでしょう。人生は決断の連続です。正しい決断のためには、できるだけ判断材料は多いほうが、決断の精度が上がります。まさに読書はその判断材料を、脳へ蓄積している行為と言えます。
2 想像・創造力や共感力がアップ
次に著者や登場人物の考え方や知識に触れたり、文章には映像がない分、自分の「想像力」で内容を補う必要があったりすることで、結果としていろいろな力が養われます。読書している際中に、「これわかるなあ」「えーっ、どうしてそうなる」「たしかにそういう考え方もあるか」というように、自分とは違う人それぞれの価値観を知り、これまでの自分の考えを見直すことにつながります。生徒たちも社会人になれば、指示待ち人間ではいられません。与えられた情報や仕事をもとにして、どんどん新しい仕事を創り出していかなくてはならない状況に置かれます。日本ではどうしても「創造力」を高める教育が後回しにされてきた傾向にあり、読書により「想像・創造力」をアップさせることが有効だと思います。
〇本の読み方の一つは、自分の興味のある内容をとにかく掘り下げるように、幾つもの同じようなテーマの本を連続して読む方法があります。また一方でさまざま分野の本を読んでみることは、一見つながりのない分野どうしを結びつけて、新しいアイディアが生まれる可能性があります。
〇要するにこれは必要ないと早々に決めつけずに、少しでも興味をもった分野は、片っ端から読書してみると、幅広い視野の形成にきっと役立つはずだと経験から感じます。今度機会をみつけて、お子様の本の読み方を少し尋ねてみてはいかかですか?
〇3年生の校長面接の際も、「最近読んだ本とそのあらすじや感想を教えてください」と質問しています。多くの生徒は堂々と自分の考えを述べた上で、「読書の時間は別世界に入り込んでいる感じがする」のような感想も多いです。「本は一生の友」と言えるような生徒が一人でも多くなるように願っています。
須藤昌英
10月23日(木)個性は可能性
〇3年生との校長面接では入試本番を想定し、生徒は制服を着て校長室に入室してきます。彼らは入学してからはフォーマルな服装として、制服を着ることに慣れていますので、よく似合っています。生徒たちとは着ている制服の話をする時間はほとんどありませんが、ふと思い出したことがありました。
〇今から25年くらい前に学級担任をしていたころ、生徒たちと当時の学校の制服について、何度か話し合いしたことがありました。生徒たちは、「決められた制服や頭髪の基準、またそれらの身だしなみなどの約束があるのは窮屈な気がする」と言っていました。
〇もちろん私自身が中学生の頃も同じでしたが、その時の柏中学校は全校生徒が二千人いて、「中学校の時だけの決まりだし、みんな同じだから・・」と感じるくらいで、担任をしていたクラスの生徒たちのように「自由がない、窮屈」とまでは思いませんでした。
〇そこで当時、あるインタビュー記事で映画監督の大林宣彦氏が、「制服」について学生に語っている文を見つけ、学級通信に掲載しました。紹介します。「確かに制服はみんな同じで変わらないかもしれないけれど、その人が読んだ本、聴いた音楽などによって、まずその人の目の輝きや語る言葉が変わってきます。そうするとその同じ制服を着ていても、『個性』が出てくるんです。制服はファッションではなく、【心のあらわれ】です。同じものを着て窮屈で嫌と感じるとすれば、君の言葉を磨きなさい。君の目の輝きを磨きなさい。そうすると君の着ている制服は、君だけに似合う『個性』になるよ、と言いたいですね」
〇映画監督は一つのテーマをいかに表現するかをいつも考えてそれを仕事としており、その「表現のプロ」が言っているので、言葉に重みがありました。私は学級通信に自分の解釈として「つまり表面ばかりに目を奪われて本質を磨くことを忘れてはいけないということを教えてくれていると思います」と添えました。もちろん生徒たちはすぐに納得していたわけではありませんでしたが、生徒たちの疑問に寄り添いつつ、教員として一緒に学んでいたことは忘れることはありません。
〇また大林氏はこうも言っていました。「制服というのは対話の手段なんです。人間どうしは対話をすることでお互いを理解しようとします。対話とはお互いの違いを知る作業で、君と僕はこれだけ考え方が違うんだね。だからお互いに価値がある。これが共存共栄の意味だと知るわけです。違いを知るためには、一つの同じ土壌にいなければダメなんです。そのルールが制服だと思えば、制服を着せられたからみんな同じだと思うのではなく、同じ制服を着ているけれど、僕はこういう言葉を語るし、君はこういう言葉を語る、そうするとその制服が違って見えるということからも、個性を鍛えることができると思いますね」
【大林宣彦氏:1938年~2020年】
〇後半の言葉は、当時大人であった私も深くうなずくものでした。今、校長面接をする生徒がたとえ同じ制服を着ていても、それぞれの生徒の個性はよくわかります。大林氏の言うように、個性は制服の下から湧き出てくるようなもので、「個性=可能性」ですので、逆に制服だけで個性(可能性)が無くなるなどは、空論に過ぎないと感じています。
〇今年度からは柏市標準制服(ブレザータイプ)も本格的に導入されました。生徒や保護者にとっては、従来の制服か新しい制服かの選択肢が増えます。本校の生徒が、制服についてどう思っているのか。今度何かの機会で、尋ねてみたい気がしました。
須藤昌英
【柏市標準服(ブレザータイプ)】
10月22日(水)デジタル機器の使用と子どもの近視
〇タブレット端末やスマートフォンのようなICT(Information and Communication Technologyの略)、いわゆる情報通信技術に関わるデジタル機器の使用が増え、子どもの近視がそれに比例して増加していることが課題としてあります。文部科学省の学校保健統計によると、裸眼視力1.0未満の児童・生徒の割合は、小学校で3割を超え、中学校では6割程度です。
〇私の感覚でも、眼鏡やコンタクトレンズを着用している子どもは、2~3割くらいはいると感じています。学校生活への影響としては、まず「授業中の黒板の字が読み取りづらい」があげられます。これは授業の基本的な流れとして、教員の説明を聴覚で認識し、同時に視覚でその説明を補うので、とても心配な面です。
〇また今の授業では、黒板の半分をプロジェクターの画面を写すスクリーンとして使用する場合が多いので、どうしても板書のスペースがせまくなり、以前よりも教員の書く字が小さめになっていることもその影響の背景にあります。
〇眼科医の多くは、デジタル機器の使用増加が、子どもの近視になる年齢の低下や近視の進行が早まる一因だと指摘しています。特に画面の小さいスマートフォンは近くで見がちなので、一定の距離をとる方が良いようです。
〇一般的に目の健康を守るためには、読書や学習などで近くを見る時には30分程度ごとに休息したり、室内を明るくする、定期的に外の景色をぼんやりとながめたりすることなどが有効だと言われています。
〇学校検診の視力検査で異常が分かったら眼科を受診し、眼鏡などの矯正が必要な場合には、精密な検査の上で眼鏡などを作ることが大切です。特に視力にあった度数で、しかも正しい位置で眼鏡をかけるのも重要です。
〇この問題は日本だけではなく、近視人口が爆発的に増えているアジアの国々でも、様々な近視予防が国をあげてとられています。その一つが子どものスマホ使用規制です。
〇例えば台湾の「法律によるスクリーン時間規制と屋外活動奨励」は有名です。台湾は1980年代から近視予防の取り組みを行ってきている近視対策の先進国です。2010年、屋外活動と近視予防の関係性を示す研究結果に基づいて、1日2時間以上の屋外での活動の導入を開始しました。この屋外活動の導入を進めてから近視の発症率が大きく減少し、進行も大幅に遅くなるとの結果を受けて、2013年には、体育の授業に関する法律が改正され、週に2時間半(150分)以上の屋外運動の実施を法制化しています。加えて家庭においては、親に対して子どもに電子機器を長時間使わせないことが、法律で義務付けられており、罰則もあります。
〇また大国の中国でも近視増大への国家的対策が講じられています。2018年に包括的な「児童青少年近視予防・抑制プラン」を策定し、2030年までに全国の児童青少年の近視率を6歳の児童で3%程度に、小学生で38%以下に、中学生で60%以下に、高校生で70%以下に、それぞれ引き下げるという数値目標が掲げられています。人口が日本の14倍ですので日本以上に相当深刻な問題となっているようです。
【日本眼科学会ホームページ:近視眼】
〇ブルーライト(青色光)と近視の関係もいろいろなことがわかってきています。近年はデジタル機器の液晶画面から発せられるブルーライトに対し、ブルーライトカット専用の眼鏡が近視等に有効であるとされ、私などもここ数年はパソコン使用時には必ず使用しています。
〇しかし最新の研究では、ブルーライトカット眼鏡を使用しても、通常のクリアレンズと比較して有意な差は見られなかったという結果もあるそうです。実際に太陽光にもブルーライトが豊富に含まれており、先ほどの研究では、液晶画面からのブルーライトは曇天時の自然光よりもはるかに少なく、眼に有害である可能性はないと報告されています。
〇むしろ太陽光は、近視の進行の抑制に特に重要であることが知られるようになり、台湾のように子どもが屋外での過ごす十分な時間を確保し近視の減少に成功している国も増えてきています。本校でも昼休み等にグラウンドで身体を動かす生徒たちは、ストレス発散の他に近視の予防という良い面もあるようです。
〇ただ太陽光は適度に浴びることが心身を健康に保つため極めて有用ですが、ブルーライトは体内時計に関与し網膜を介して覚醒を促すホルモンの分泌を促します。夕方以降に大量のブルーライトを浴びることは「睡眠障害」を誘発する可能性があるので、そのためにブルーライトカット眼鏡を装用することは無意味ではないと考える専門家もいるようです。
〇いずれにせよ一生涯にわたり、健康な目を維持することは重要であり、デジテル機器の有効性をいかしつつ、バランスのとれた使用方法を考えていく必要があります。
須藤昌英
10月21日(火)キンモクセイの香りと合唱活動
〇今月に入った頃から道路を歩いていると、所々で金木犀(キンモクセイ)の甘い香りが漂っていました。思いがけずふいにその香りに出会うと、思わず深呼吸したくなるのがキンモクセイの香りです。この香りは毎年私にとって、夏の終わりそして秋の始まりを知らせてくれる風物詩です。
〇キンモクセイは芳香剤としてもおなじみの強い香りを放つ花が特長です。調べてみると、その香りは、遠くまで届くことから古くは「千里香」とも呼ばれていたようです。秋に濃いオレンジ色の小花をいっぱいにつけた姿は、日差しを受けると名前の通り金色に輝いて見えます。
〇キンモクセイの花が咲くのは9月から10月にかけての時期ですが、花が咲いている期間は短く、数日から1週間程度で散ってしまいます。花の香りを強く感じやすい天気は、晴れよりも曇りの日です。曇りの日は湿度が高い、つまり空気中の水蒸気が多いため、香りの分子が空気中に留まりやすくなるようです。また、風が穏やかであると、さらに長い間香りを感じられます。
〇4月から本校にキンモクセイの木があるかと探しましたが、残念ながら見当たりませんでした。昨年の今頃、前に勤務していた学校の学区にあるお宅で、背の高い花満開のキンモクセイの木を高所作業車で伐採しているのを通り掛けに見かけました。何かしらの事情があるのでしょうが、「もったいない」と思いました。もし移植できるならば、学校で譲り受けたかっと一瞬思いましたが、時遅しでした。
〇本校の東側斜面にでも今度、キンモクセイの苗木を植えてみようか?と思います。
〇11月7日(金)の学校公開日の最終日に行う合唱フェスティバルに向けて毎日、各クラスとも練習に余念がありません。校長室にも各教室からの歌声がよく聞こえてきます。
〇今日からは特に帰りの会を延長し、パート練習や部分的に合わせての合唱に取り組んでいます。練習場所も体育館、第一音楽室、第二音楽室など、グランドピアノがある部屋を割り振り、本番当日を意識した練習を行います。
〇1・2年生は混成3部ですが、3年生だけは混成4部(バス・テノール・アルト・ソプラノ)なので、学年が進むにつれてレベルが少し上がっており、大変ですがよく頑張っています。
〇合唱については私も昔、生徒だった時代にいろいろな思い出があります。特に私が在籍していた柏中学校は、各学年とも15クラスずつあったマンモス校(全校生徒二千人)でしたので、全生徒そろってのコンクールを行う広さの体育館等は当時ありませんでした。
〇仕方なく学年ごとに行っていましたので、自分たちの学年以外の合唱は聴いたことがなく、先輩や後輩との交流もありませんでした。1年生のときに、2年生や3年生の歌声を聴くと、その大人っぽい合唱に驚愕したり憧れをもたったりするものです。
〇その学年の中での最優秀賞を2・3学年の時に獲った思い出は、今でも旧友と会って話をした際にはその話題になります。私も多くの友人も正確に楽譜が読めないレベルで参加しましたが、ともかく歌いこんで身体で覚えるしかないと練習し、当日も緊張しながらも楽しむことができたところがよい思い出になっています。
〇今の生徒たちは練習の際に、手持ちの楽譜に注意点などをいろいろと書き込みをしたりしており、私たちの時に比べて「とても真面目だな」と感心してみています。私などは「何となく音が取れていれば大丈夫」などとタカをくくっていました。ともかくみんなで声を合わせるなどの気持ちの高揚感に触れることが一番だと思っています。
〇そもそも音楽(合唱)の力の一つとして、「聴いている人の感情に訴えかける」があります。音楽を聴いていると、楽しいや悲しいなどの喜怒哀楽が出てきたり、普段あまり考えないことも考えさせられることがあったりします。
〇また同じクラスのメンバーとして歌うことで、その練習段階でいろいろな問題が発生します。しかしそれを自分たちで話し合いながら解決していくことも、その後のクラスにとって良い経験になることは、私もクラス担任をしていたときに毎回実感していました。
〇運動でいえば例えば先日の駅伝は、何も道具を使わずに自分の身体能力だけで挑む競技ですが、同じく音楽の中でも合唱は、自分の声だけを一つの楽器として響かせ、クラスの仲間とハーモニーを奏でることでは、共通点があると思います。
〇人間は普段から、大半は目でみるなどの視覚による情報で生活しています。しかし時には、前述のキンモクセイの香り(嗅覚)や合唱の和音(聴覚)を働かせて、それを楽しむことも必要であり、それが豊かな毎日になるのでは・・と思います。
須藤昌英
10月20日(月)第77回東葛飾地方中学校駅伝大会
〇選手は早朝6時に学校に集合し、各中継所にタクシーやマイクロバスで出発しました。9時に松戸市民劇場前をスタートし、11時前に野田市総合公園陸上競技場にゴールしました。全長32㎞を10名の選手が襷をつなぎました。
1区 富山 航さん(2年)
2区 中野健歩さん(3年)
3区 石井陽路さん(3年)
4区 原 葵已さん(3年)
5区 山田結心さん(3年)
6区 軍司漱磨さん(3年)
7区 若佐 瞬さん(2年)
8区 篠原歩夢さん(3年)
9区 鈴木大遥さん(3年)
10区 石川遥馬さん(3年)
〇各中継所には、選手以外に付き添いの生徒がいて、選手をサポートしています。有名な正月の箱根駅伝のように、沿道には多くの方々の声援があり、選手はその中を自分のベストの走りを目指して激走しました。
【東葛飾地方中学校駅伝競走大会のちょっと裏話】
〇朝は曇り空で肌寒く心配しまたが、9時前から青空が見え始めました。選手は各中継所でアップをし、前の選手がつなぐ襷を待ちます。
〇スタート地点の松戸市民劇場前の道路周囲には、多くの選手と付き添い、応援の方々が集まっていました。土中の黒のユニホーム(ゼッケン番号203)は、75人いても見分けやすかったです。
〇全10区間で75校が参加していますので、走る選手だけでも750名、それに付き添い生徒や職員がいますので、2000名くらいの関係者がこの日のために協力して成り立っている大会です。
〇午前9時一斉にスタート、コースの沿道は、広報車、審判車、白バイが先導し、最後は救急車も走っている本格的な駅伝です。32㎞の沿道には東葛6市から交通整理員として応援に駆け付けた教職員、各市の警察署および交通安全協会の方々が等間隔でズラッと並び、特に選手が通過する時間帯のみ、大きな交差点の信号は常に青になるように警察官が信号機を操作しています。
〇ただすべての市民が心から応援してくれているわけではなく、しばらく信号が赤のままの車線にいる車は、次第にイライラし始めて、例年警察官などに文句を言っている姿も見られます。
〇私はスタートをしてしばらくの場所でレースを見届けた後、近道をバイクで走り、一足先に野田市総合運動公園上競技場でゴールを待っていました。途中の順位は、付き添いの各職員からLineで報告があったり、J―COMのYou tube放送が流れていたりしましたので、スマホやイヤホンで状況を確認できました。
〇陸上競技場に10区の生徒が滑り込んできた時は、ここまで「赤色の襷」を30㎞以上にわたってつないできたことに、毎回のことですが感動しました。結果は、75校中58位(1時間53分09秒)と立派な成績でした。走り切った選手たちの顔にも安どの笑顔がありました。
〇私は以前、9つある中継所の一つの責任者をしたことがありました。各中継所では75校の選手と付き添い生徒、引率の教職員が狭い場所にごったがえしています。まず各校でシートを敷いて、荷物置き場と選手の待機スペースを確保することから競いあいます。
〇そして特に「コール(スタートまえの出場選手本人確認)」が2回あり、もし遅れるとその学校は失格になりますので、各校ともその時間はピリピリした緊張感があります。またコールの際には、大会専用のゼッケンが身体の前と後ろの規定の位置にきちんと装着されているかも厳密にチェックされます。
〇並行して前区の選手が通過する予定時間を常に頭に入れながら、中継所の近くでアップをしたり、体温が下がらないように毛布で身体をくるんだりと、選手はもちろん付き添いの生徒や引率の先生方も大変で、「一つのチーム」にならないと、選手をサポートできません。
〇そして襷の受け渡しの際は、大きなスピーカーで前区の速い学校のゼッケン番号が呼ばれ、そこでやっと中継地点に立てます。もし前区の選手がダンゴ状態で走ってくると、次の選手は大きな声と手を挙げて、自分の学校の選手を呼びます。
〇そして前の選手が倒れ掛かって渡したり、時には次の走者がひったくるようにして襷をもらいダッシュしたりていきます。この風景は、箱根駅伝などでもよく見ると思いますが、そのように実際に観戦の皆さんは、選手の走っている姿の裏に、様々なドラマを目の当たりにしています。
〇同日に東京では、正月の「箱根駅伝」の予選会が行われていましたが、こちらも大勢の人が声援していたようです。このことを通しても、日本人は駅伝が好きことがよくわかります。
〇この駅伝大会を経験し、将来は箱根駅伝に挑戦しようとする選手がいることでしょう。選手の皆さん、お疲れさまでした。これからも走ることを楽しみ、自分の特技として人生の支えにしてください。
須藤昌英
出席停止の感染症にかかったら、こちらをご確認ください。
【通知】治癒証明書等の取扱いの変更について.pdf
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