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校長雑感ブログ

3月6日(金)卒業の歌と「空気を読む」

〇卒業式で3年生が歌う『群青』は、作詞が福島県南相馬市立小高中学校平成24年度卒業生、作曲が小田美樹氏となっています。中学校教諭の小田美樹先生が、東日本大震災後、ふるさとが原発事故によって、いつ故郷に帰れるとも分からない中学生の心情に寄り添って作曲した合唱曲です。最近では卒業式の定番ソングとなっていて、いろいろな学校で歌われています。

〇小田先生は制作秘話として、「教育音楽ONLINE」というネットサイトのインタビューで、次のように語っています。一部を紹介します。

➡「詩をつくるときに心がけたのは、直接的な言葉を使わないこと。地震・津波・死……それから【会えない】などの否定的な表現です。【明日も会えるのかな】という歌詞も、実際には放課後に話し込んでいた子たちに私が『早く帰りなさい』と促したときの、彼女たちの『明日もう会えないかもしれないんだよ!』という言葉でした。」

➡「授業では、各地に避難していった仲間たちの写真を日本地図に貼って大きな作品をつくることに(今思えば酷なことだったかもしれません)なりました。友達の写真を貼りながら『こんな遠くにいるんだ』と泣き出した子もいました。すると、そこで鉄道好きの男の子が『この電車に乗れば、この道を通れば行ける』と説明してくれ、『それに、空はつながっているからね』と言ったのです。

➡「彼の言葉は私の心にずしんと響きました。【空はつながっている】と歌う曲を、私は何度となく聴いてきましたが、その子の言葉はそれらの歌詞とはまったく違う印象で、さらに言えば、それまでにその言葉を使って詩をつくってこられた方々の思いが、初めて本当に分かった気がしたんです。そんなふうに、私も被災者として精いっぱいの日々を送る中で、子どもたちから気づかされることや、慰められることがたくさんあって、それを記録しておきたいという気持ちは、自分のためでもあったのかもしれません。この彼の言葉は【君も同じ空 きっと見上げてるはず】という歌詞になりました。」

〇あの大震災から来週の11日で15年という月日が経過します。まさにその年度内に生まれた3年生が、ここまで成長した姿で練習に臨んでいるのを見ると、目頭が熱くなります。

〇「どんな思いでこの曲を歌えばいいのですか」という質問に、小田先生は次のようにアドバイスしています。「この曲を通して震災について知り、私たちの背景を汲んで歌ってくださるのはありがたいです。でも、卒業式の合唱として選曲してくださる方は、【またここで会おう】というメッセージや一緒に見た光景・一緒に感じた感情というところに共感してくださっているのでしょう。どの地域の中学生も思い悩みながら3年間を過ごしているだろうし、その気持ちをのせて歌っていただければうれしいです。」

〇次の卒業式実行委員を中心に、自主的な練習が素晴らしいです。

1組 池田皇羽さん 山田結心さん 米山 涼さん

2組 池田 遥さん 軍司漱磨さん 鈴木大遥さん 中條美琴さん

〇3年生は昨日、学年でレクリエーションをグラウンドで行いました。北風が吹いていましたが、青空の下で楽しそうでした。

〇昨日は内づら(内面)と外づら(外面)について書きましたが、特に外づらがいい場合に、気になるのが「その場の空気を読む」です。本来「その場の空気を読む」とは、周囲の状況や雰囲気を瞬時に察し、今自分が何をすべきか(あるいはすべきでないか)を判断して適切に振る舞うことを指します。

〇しかし「空気を読む」の誤った解釈は、自身の本音を押し殺して周囲に過剰同調(同調しすぎる)し、自己を見失うことです。また、憶測で相手の気持ちを決めつけること、沈黙して発言を放棄すること、全方位に配慮しすぎて意見を萎縮させることも「間違った空気を読む」事例です。

〇時々聞こえてくる「あいつは空気が読めない」という言い方の裏には、「読みたくても読めない」という脳の特性や、「あえて読まない」という個人の価値観、さらには「周囲が理解力の欠如と決めつけている」という観察者側の心理など、複数の要因が絡み合っています。

〇そもそも日本の「空気」は、独特な集団的な規範により支配されています。そこから外れる人を「理解力や配慮に欠ける人物」と機械的にみなし、攻撃や排除の対象とする集団心理が働きやすい傾向があります。

〇「忖度(そんたく)」とは、相手の意図や気持ちを推し量って、指示される前に先回りして行動する行為です。日本では元来「思いやり」というポジティブな意味合いもありましたが、数年前の国有地の売却問題以降、政治や仕事の場で権力や上司へ過剰に配慮する、否定的な「空気を読む」文化として注目されるようになりました。

〇また「同調圧力(どうちょうあつりょく)」とは集団の調和(「和」)を重視する文化背景から、周囲の意見や行動に合わせるよう暗黙の強制が働く現象です。空気を読むことや旧来の村社会的な名残から、日常(コロナ期のマスク等)で自分の意見を主張しづらく、集団から排除される恐怖心から発生しやすいとされています。

〇日頃から「空気を読む」は推測に過ぎず、相手の意図を正しく察知できず、独りよがりな解釈で行動してしまうことを意識していなければなりません。また自分の意見を言うと場が乱れると考え、常に「沈黙」を選んで組織の硬直化を招くこと、相手に「空気を読むこと」を要求し、言葉によるコミュニケーションを避けた、一方的な思いやりになってしまうことなどが、「間違った空気を読む」の影響です。

〇一番気がかりなのは、 空気を読むことへの過度な頑張りが、ストレスやメンタルヘルスの悪化(適応障害など)に繋がる可能性があることです。人間関係を築くことは社会で生きていくために必要なことですが、自分を押し殺したり傷つけたりして無理に行うことは、それ自体が「健康な人間関係」とは言えません。

〇「空気を読む」ということの本来の意味は、その場の雰囲気から状況を推察し、今自分は何をすべきだろうか、と考えてより良い行動ができることです。明治大学の齋藤孝教授は、その著書「友だちってなんだろう?」の中で、「協調性」について次のように書いています。

➡「協調性とは、まわりの人と同じように、同じことをすることではありません。自分が動くことで、全体がうまくいくかどうかを判断できる。考えるだけでなく、スッと行動できる。これが協調性の本質です。いまいる場所で自分が何をしたらいいのかがわかる。そして、個人的な感情、好き嫌いとか、苦手意識といったことを考えないで動ける。こういう人は社会性があるのです。」

〇3年生も4月からの進学先で「空気を読む」ことが出てくることでしょう。ただ自分らしさを失わず、出会った人たちと適度な距離感を保ちながら、自分も相手も楽しい生活を送ってほしいと思います。

須藤昌英

【3年生を見守る正面玄関前の桜】