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校長雑感ブログ
3月9日(月)ヒトはなぜ、歩くのか?(その1)
〇先週末から野球の世界大会「WBC(World Baseball Classic)」が始まり、日本が順調に勝ち進んでいます。私はそんなにスポーツ観戦に熱心ではありませんが、幼少期から高校時代まで熱中して取り組んだ野球だけは、どうしても他のスポーツとは違いシビアに観てしまいます。しかしこのことを書くと、止まらなくなるので詳細は触れませんが、一言で言えば、私がやってきた昔の「野球」と今の「Baseball」は、ルールは同じでも、「全く異なるスポーツだ」と思います。
〇今回の大会で気になるのは、地上波によるテレビでは放映されず、サブスクリプション(商品やサービスを、月額や年額などの一定の料金を支払うことで、期間内は自由に「利用(定期購読)」できるサービス)でしか観られないことです。我が家は二男が個人で契約していたので、自宅で一緒に観ることができましたが、これも今までになかったことで、やはりこちらも「時代が変わったのだ」と感じます。
〇先日の3年生を送る会で卒業生たちには私から、「卒業式の主役は皆さんはもちろんですが、もう一人は皆さんの保護者の方々です」と話をしました。「その理由は中学校を卒業することは同時に、義務教育9年間を修了することであり、その義務とは皆さんにあるわけではありません」と続けました。
〇義務教育の「義務」は、子どもを持つ保護者(親)に課せられたもので、憲法第26条第2項に基づき、「保護者は満6歳から9年間、子女に普通教育を受けさせる義務を負う」とあります。それに対し、子どもは「教育を受ける権利」を有しており、義務を負うのは親側であることが明確にされています。
〇権利とは法律上で認められた「利益を享受・請求できる自由な資格」であり、義務は「法律上果たさなければならない拘束や責任」です。この2つはセット(表裏一体)の関係にあり、例えば社会人が「企業から給与等をもらう権利」に対して、その報酬に見合う「労働を企業に提供する義務」があるなどがあります。
〇本校では、卒業式会場の配置が、卒業生の後ろに保護者席、後ろに在校生です。校長として私は3校目ですが、これは初めてです。卒業式の内容はすべて各学校に委ねられており、各校ともバラバラです。冒頭の理由から、本校の席の並びはとても良いと感じています。
〇中学3年社会科「公民」の主な狙いは、生徒が現代社会の仕組みや課題を理解し、平和で民主的な社会の形成者として主体的に生きるための資質・能力の基礎を養うことにあります。生徒は授業の中で人間としての在り方・生き方の自覚することの必要性や多様な価値観が存在する社会の中で、自己を深く理解し、広い視野に立って生きていく力をつけてきました。
〇今日から今週の卒業式まで、あと3日となりました。明日は予行練習、明後日は前日準備となります。3学年は特別日課で式練習や学級活動を行っています。生徒たちには3学年がそろって生活する残りの日々を大切にしてもらいたいです。「約束しなくても会える日」はあと3日です。
○二年前の雑誌「Tarzan」に、生物学者で青山学院大学教授の福岡伸一氏が、表題のテーマで随筆を投稿しています。一部を引用させてもらいます。
○副題に「誰に教えてもらわなくても、ヒトはあるとき歩き始める。実はそれは、生き物としてのとても希有で難しいアクト。大人になると我々は歩くことを億劫に感じてしまう。実はそれは、生き物としての在り方から遠ざかる行い。そもそも『歩く』という行為にどんな意味があるのか?」とあります。その後3章で論じています。
➡CHAPTER1(直立二足歩行の恩恵)
○人間は生物の中でも非常に特殊な存在です。特殊性の一つは直立二足歩行をするということ。アライグマは立てますが一瞬ですし、鳥やかつて存在していた恐竜は二足歩行ですが体幹が前傾していて直立ではありません。重心が足の真上にあってすっくと立って歩けるのは人間だけなんです。
○それ以前に比べて高い所から遠くを見渡せるようになり、獲物や敵をより早く見つけるようになりました。また手が使えるようになって、道具が扱えるようになり、同時に手をコミュニケーションの道具として使えるようになりました。肉親や友達などの手助けをし、これが他者と共存し共生する、利他的な行為になったと考えられます。
➡CHAPTER2(歩きこそ、動的平衡)
まず2本の脚で立つということが難しいんです。カラダの中を血液が循環していたり呼吸をすることで重心が常にゆらいでいるので、常にバランスを取り直さなければならないからです。この動きながらバランスを取ることが生きていることの本質、動的平衡です。
歩いて前に進むには一歩踏み出さなければならない。その結果、一本脚で立つ瞬間が生まれます。これは立つ以上に不安定な状況。でもあえて不安定な状態をつくり出すことによって、前に進む推進力を生み出す。そして不安定さを回収するために次の一歩を踏み出す。
➡CHAPTER3(生物の老いと、歩き)
「エントロピー増大」という宇宙の大原則があります。これは形あるものはいずれ必ず形がなくなる方向にしか動かない。(略)歩くという行為も同じで、元気な時は脚を高く上げて大きな不安定さをつくり出せますが、歳を取ると筋力が衰えて、推進力も鈍くなります。
「動物は常に新しい環境を求めて動き回ります。(略)ところが今は、インターネットやAIが何でも教えてくれる。自分自身が移動して新しい者を探索するのではなく、寝転んでネット世界に触れられるので動いているという錯覚に陥ります。でもこれでは、エネルギー代謝も鈍るので、動的平衡の行為を放棄することになってしまいます。
最後に・・。脳は五感からさまざまな外部情報を取り込んで、それを交通整理する器官。予測不能な自然の中で感覚器官を全方位的に開いているときこそ、新しい思考が浮かんできます。歩こう。水辺を、公園を、森の中を。」
〇いかかでしょうか?歩くという当たり前のことも、人類史上では多くの経緯があってのことだとわかります。私も意識して月に数度は、徒歩・電車、自転車で出退勤をしています。自宅から学校へは7㎞ですが、朝や夕方に歩いたり自転車に乗ったりしていると、見慣れた風景でも新しい発見があって楽しくなります。自動的に様々な思いや新しい考えが整理されているような感覚を覚えます。
〇3年生との校長面接では、「何かを覚えたりするときに歩いたり口に出したりすると記憶に残りますよ」と数人にアドバイスしました。まさに福岡教授が指摘しているとおり、手足などの感覚を研ぎ澄ますことは、良い面が多くあります。人口知能AIは、自分の興味や関心などに関係なく多くの知識を蓄えていますが、ヒトは好きなことや知りたいことを徹底的に探究すれば良いので、その為には歩くのも有効です。
須藤昌英
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