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2026年1月の記事一覧
1月9日(金)馬(午)年は上手(うま)くいく!?その2
〇昨日は「馬」について書きましたが、今日も「馬」にまつわる話をさせてもらいます。昨日も書きましたが、馬と人間の関係は昔から非常に強く、お互いに信頼しあって生きてきた気がします。馬を飼う人は特別な環境が必要ですのであまりいませんが、今は馬の代わりに犬や猫と心を通わせている人が多いのではないでしょうか?
〇まず普段からよく使う言葉で「馬」が入ったものがいくつかあります。「意気投合する」「性格や気が合う」の意味の「馬が合う」はよい事例です。この語源は、乗馬で乗り手と馬の呼吸や息がぴったりと一致し、一体となってスムーズに走れる様子から来ています。それが転じて人間同士も波長が合うことを表すようになりました。馬は生き物なので相性が悪ければ思うように動いてくれませんが、良い相性だと本来の力を発揮できるため、その様子が人間にも当てはめられたのでしょう。
〇次にあまり良い意味ではありませんが、「馬の耳に念仏」があります。いくらありがたい忠告や意見をしても、相手が理解しようとせず、全く効果がないことのたとえです。僧侶が仏の功徳を理解できない馬に念仏を聞かせても無駄であることから、聞き流されてしまう様子を表します。中国の詩人・李白の詩に登場する言葉が由来になったとされています。似た言葉で「馬耳東風(ばじとうふう)」という故事成語があります。こちらは「馬の耳に念仏」とは異なり相手を批判する意味合いを持ちません。相手が貸す耳を持たない点は似ているものの、単に聞き流されるといったニュアンスのほうが強めです。
〇また「馬子にも衣装(まごにもいしょう)」も少し皮肉として使われます。身分の低い者(馬子)でも、立派な衣装を着れば立派に見えるという意味で、「どんな人でも身なりを整えれば見違えるほど立派に見える」というたとえです。本来は褒め言葉だったかもしれませんが、今は本質は変わらないのに見た目でごまかされていることを指す言葉として使われます。
〇江戸時代の千葉県域には徳川幕府の直轄地として、軍馬の育成・確保を目的とした大規模な馬の放牧場(牧)が置かれていました。主に「小金牧」「佐倉牧」「嶺岡牧」の三つがあります。そのうち下総小金牧(しもうさこがねまき)は、現在の松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、柏市、白井市などにまたがる広大な地域にあったようです。
〇千葉県教育委員会のホームページには、
「房総には古くから牧場が多く、平安時代から江戸時代にかけて軍馬の有力な供給地であった。平将門や歴代の千葉氏、源頼朝などが強大な軍事力をもち得たのはこうした背景が一因であったといわれている。徳川家康は慶長9年(1604)に、戦力強化のために従来の牧場を整理して、下総国に小金三牧、印西牧、佐倉七牧を置いた。さらに、八代将軍吉宗が享保7年(1722)に、これらの牧をさらに整備し、小金三牧は従来の上野牧、中野牧、下野牧に、高田台牧と印西牧を加えて五牧とした。このうち中野牧と下野牧は特に重視され、幕府の直轄の牧として野馬奉行の下に管理され、村の名主が牧士(もくし)となって馬の世話をした。牧の範囲は、現在の野田市から千葉市の北部に及び、幕末には約15,000平方メートルの規模があったといわれている。牧にいる馬は、牧場で飼育された馬を放牧したものではなく、野生の馬そのものであった。これらの馬は年に1回、1か所に集められて、軍用馬として使えそうな馬を捕獲するが、馬を集めて捕獲する場所が捕込(とっこめ)跡である。捕込跡は各牧に1か所ずつあり、中野牧の捕込跡と牧を取り巻く野馬土手、野馬堀は現在もよく保存されている。特に捕込跡は元文年間(1736から1741)の構築と伝えられ、高さ約3メートルから5メートルの土手で囲まれた馬を追い込む区画が残っており、江戸幕府の馬の生産を支えた重要な施設を知る上で貴重なものである。」とあります。
〇牧の境界には馬の脱走を防ぐための土塁「野馬土手(のまどて)」が築かれていました。この野馬土手の一部は現在も史跡として残されています。これらの牧は、明治維新後の1868年(明治元年)に新政府によって廃止が宣言され、その後、開墾事業によって現在の市街地や農地へと姿を変えていきました。
〇私も小学生の頃、当時住んでいた自宅近く(柏市旭町)には、まだ野間土手の跡が点在していましたので、友だちとよくかくれんぼをして遊んだり、自宅から物を運んで廃材などで秘密基地をつくったりしていました。当時もそれは誰かの所有地だったはずですが、今のように子どもが大勢入って遊んでいても注意されることはありませんでした。ゲームなどはなかった時代ですので、外で暗くなるまで遊んだことは今でも良い思い出です。
〇私の通勤路にも野馬土手の碑があり、100メートルほど土手が連なっています。場所は三協フロンテア柏スタジアム(日立柏サッカー場)近くの柏市あかね町の緑ヶ丘交番前交差点です。またJR柏駅からレイソル通りにいたるまでの、斜めに走っている道はかつての野馬土手だったことを後から知りました。今でも柏市民以外にも、柏レイソルの試合がある際には、各地から応援に駆け付けた多くの方々が、この野馬土手の跡を通っているということになります。
【緑ヶ丘交番前交差点の野間土手】
〇このように身近な地域の歴史を学ぶことは、歴史学を実践する貴重な機会であるとともに、生徒や大人にとって自分たちの生活の場である地域を改めて見つめ直す契機にもなるでしょう。地域の歴史を知ることで、自分自身や子どもたちへの教育の一環として、文化や伝統を大切にする意識が芽生えると思います。
〇また江戸時代には馬と生活が密接だったことから、その供養塔(石碑)が多く残されています。特に馬頭観音(ばとうかんのん)は、頭上に馬の頭を戴いた忿怒(ふんぬ)の姿が特徴の観音菩薩です。畜生道の衆生を救い、家畜(特に馬)の健康や安全、旅の安全を守り、厄除けや大願成就のご利益があるとされ、あがめられてきました。
〇調べると、馬頭観音は、馬が草を食むように煩悩を食べ尽くし、牛馬の守り神として、また馬の供養や無病息災、交通安全などを願う仏様として信仰され、特に馬が物流や農業で重要な役割を果たした近世以降、馬の供養塔として街道沿いや競馬場近くに多く祀られるようになりました。
〇2日連続で「馬」について雑感を書きました。全体を通して馬と人間の関係は、人間は馬の力強さ、美しさ、そして優しい心に魅了され、馬は人に「優しさ・信頼」を求めつつ、「労働・輸送」の仕事を担ってきており、強い結びつきがあること感じました。
〇明日から3連休になります。あらためて「馬(午)年は上手(うま)くいく」ためには、何をしていこうか?とじっくり考えたいと思います。
須藤昌英
【柏市布施の馬頭観音】
1月8日(木)馬(午)年は上手(うま)くいく!?
〇今朝の我が家近くの手賀沼の気温は-3℃で、水面から蒸気のようなものがあがっていまし。これは水温より冷たい空気が水面の上を流れ、水面から蒸発した水蒸気が急激に冷やされて水滴となって現れる「蒸気霧(じょうきぎり)」(または「気嵐(けあらし)」)と呼ばれる現象です。
〇半年前の夏は朝から蒸し暑く、太陽が昇った瞬間からじりじりとした陽ざしを感じていましたので、この両極端な気候はどちらも不快と感じるだけでなく、自然の力の偉大さを思わずにはいられません。私個人としてはどちらかと問われれば、まだ寒い方が好きですが、感染症対策は欠かせない季節です。
〇2026年 丙午(ひのえうま)が始まって一週間が経ちました。来月からは、イタリアのミラノ・コルティナで第25回オリンピック冬季競技大会が開かれます。日本からも多くの種目に選手が挑み、メダル獲得を期待される選手も多いようです。活躍が楽しみです。
〇うま年といえば、昨年民放テレビで、早見和真氏原作の『ザ・ロイヤルファミリー(新潮文庫:全10話)』をドラマ化していました。私は普段からあまりドラマ等は視聴しません(理由は本と違って自分のペースではなく、番組側のペースで物語が展開されるから)。ただそのドラマだけは前評判が高かったので、日曜日の夜に家族と観ていました。
〇内容は人材派遣会社の創業社長とその秘書が、競走馬(サラブレット)の世界で20年間苦悩するものです。ただ私は原作を読んでいませんでしたので、毎回の展開や最終結末はわからずにドラマを観ていました。観ていて一番気になったのは、脇役の競走馬(サラブレット)が育成される場面とそれを取り巻く人間の欲望や純粋さでした。
〇競走馬を育てるシステムはとても複雑で、生産牧場(サラブレッドを生産、育成し、せり市場で売却することを目的にしている牧場)と育成牧場(競走馬としての基礎体力や躾を身に着けさせることを専門にする牧場)があり、現在はどちらも完全な企業システムの一部だということを初めて知りました。
〇生産牧場は北海道が有名ですが、育成牧場は茨城県美浦村に中央競馬が運営しているトレーニング・センターがあり、私も近くを自転車で通ったことがありますが、膨大な敷地でとても厳重な警戒をしている施設でした。そこに約2,000頭の競走馬がいるそうです。
〇千葉県にもサラブレットにゆかりのある場所があります。競走馬に乗る騎手は、近隣の白井市に中央競馬会競馬学校(騎手課程)があり、騎手として高度な専門的技能及び知識を習得させ、併せて愛馬精神のかん養と社会適合力の向上を扶助することを目的に教育がされています。
〇またドラマの舞台になっていた中山競馬場は、船橋市にあります。私は馬券を購入したことはありませんが、一度だけ友だち数人と中山競馬場で観戦だけしたことがあります。大きな施設で、馬が芝生の上真剣に走る姿が美しく見えて感激しました。
〇もともと馬は自然界の動物として生きていたのを、人間が「田畑を耕す」「人や物を運ぶ」という特徴をいかすために、約5000年くらい前から家畜として育ててきた歴史があります。そして「はやく走る」という面を利用して、競争させる馬も出てきました。
〇一方で人間も馬と同じく動物ですが、極端に発達した脳のお陰で、言語を用いた高度なコミュニケーション能力、複雑な言語を用いて情報を伝えながら協力や共同作業ができる社会性を身に付けています。特には長い寿命と学習能力を活かして、知識や技術を後世に伝えていくことができます。
〇「馬と人間を同じにするな!」と叱られそうですが、馬も人間も幼いころからその特性を伸ばすように教育し、最終的には自立させるように支援することは同じだと思います。
〇ただ競走馬はレースで勝つことを目的にしていますが、人間は競争するために学んでいるのではありません。確かに受験や就職など、人生の一部には他人と競争する場面もありますが、それは学校や会社などの特性や規模などの条件によって、仕方がないことです。
〇人間が「学ぶ」という目的は、単に他者より優位に立つことではなく、自分の可能性を信じ成長していくためです。つまり競走馬が「勝つ」ために訓練されるのと違い、人間は「より良く生きる」ために学んでいると言えるでしょう。
〇今年は語呂合わせの洒落として、「馬(午)年は上手(うま)くいく」を自分のテーマにしようかと思っています。ただし「上手くいく」とは、要領よく失敗せずに成功を目指すことではありません。自分で考えたことを自分で実行し、その経験から学ぶことが必ずあとの自分に大きな力となって残ることをイメージしています。
〇この洒落は、新しい年や新しい挑戦の際に、前向きな気持ちで臨むための合言葉のようなものですので、今度生徒たちにも伝えたいと思います。ただ生徒たちからは、「ただのオヤジギャクだ!」と一蹴される気もしますが・・・。
【JRA日本中央競馬会のホームページより】
1月7日(水)冬季休業明け全校集会
〇本日から3学期が始まります。生徒が登校するのは約半月ぶりですが、今朝は少し雪が舞ったものの登校には支障がないので安心しています。2日にも初雪でグラウンドが真っ白になりましたが、この冬季休業中は全体的に穏やかでありました。
〇今日の全校集会の校長の話では、生徒たちに読み聞かせ(絵本の「RED」)をしようと思います。私は以前、3年間だけ小学校に勤務したことがありますが、地域や保護者のボランティアの方々に児童へ向けて本を読んでもらうのとは別に、自らも児童の前で絵本などを読んでいました。最初は「ただ読むだけだから・・」とあまり練習もしませんでしたが、やり始めるとやはりうまく読めずに、途中でつっかえてしまいます。すると児童はせっかくその物語の世界に入りかけたのに、私のせいで台無しにしてしまうことが数回ありました。
〇「これではいけない」とそれ以後は、必ず練習をしました。その中で作者の意図を考え、読むスピードや強弱を調節して行うと、児童は以前にもまして真剣に聴いてくれました。本から子どもは我々大人が想像する以上のイメージを受け取り、それが人格の一部の土台になっていくことを実感していました。
〇久しぶりであり今日もうまくできるか不安ですが、約6分間の読み聞かせなので、何とか頑張りたいと思います。あらすじだけ紹介します。
〇主人公のレッドは本来は青いクレヨンです。しかし赤のラベルをまとっているために、いろいろな困難に出会います。レッドの他に、ブルー、パープル、イエロー、グレーやシルバー等24色のクレヨンの仲間、家族そして文房具たちが登場します。レッドは赤いイチゴを描こうとします。でも何個書いても上手にできません。友達や家族はどうしたらレッドが上手くできるのか、知恵を出し合ったり励ましたりします。そこへある日、新しい友達が 海を描いて欲しいと頼みます。レッドは「自分は赤だからできないよ」と言いますが。描き始めると「なんと、なんと」というお話です。
〇前任校の学校図書館指導員さんに、中学生でもふさわしい絵本を教えてほしいとお願いし、この絵本に出会いました。2学期に本校の学校図書館指導員さんに相談したら、本校の蔵書にはないということで、他校から取り寄せてもらいました。
〇4月から本校の生徒たちを見ていて、「今の土中の生徒達には、この本から何かを感じてほしい!」とまた読むことを決めたのですが、久しぶりに何度か練習しているうちに「絵本だから・・中学生はあきてしまうかな」とチラッと思いました。しかしその深い内容は、多様性やインクルーシブ等、現代社会にぴったりの内容であると思いなおしました。大人にも心に響く絵本と思います。機会があればぜひ手に取ってみてください。
〇冒頭に次のように話しました。「みなさん、新年おめでとうございます。昨日までの少し長い冬季休業はいかかでしたか?寒さは仕方ないとしても穏やかなお正月でしたが、3年生はそれどころではないと思います。でも一年の始まりにいろいろな決意や願い事をしただろうと思います。今日から3学期ですが、そのはじめに、あまり面白くもない私の話よりも、君たちに【読み聞かせ】をしようと思い、学校図書館指導員さんに2学期の終業式の日にお願いし、この絵本を取り寄せてくれました。冬休みに少し練習はしましたが、聴きとりにくいかもしれませんが、我慢して聴いてください。」
〇読み終わった後、著者のマイケル・ホール(アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス在住)のあとがきである「なぜ私がこの絵本をつくったか」を読みました。
・大抵私は、絵本を創り始めてかない時間がたたないと、その本が何を意味するのかを考えたりしません。面白い形や言葉を並べ、遊びながら、自然にそれらが何かを表現するのを発見しようとするのです。「レッド」は、クレヨンのラベルの色と実際の色が違っていたら思い持もつかないことがあれこれ起きるだろう、と思って書き始めました。でも「あまり赤くないね」「もっと努力しなきゃ」といったクレヨンたちのセリフを書いていくうちに、私の中から過去に投げかけられた声が聞こえ始め、「これは自分自身の物語でもある」と気づいたのです。というのは、私には読字障害があるからです。
・赤いラベルを貼られた「レッド」は、どれだけ上手く赤いものを描けるかということで、自分の能力を決めていました。周りの人たちは、助けようとしてできる限りのことをしました。でも誰もラベルの向こう側を見ることができません。そのせいで、みんなの言動は状況を悪くするだけでした。これは、私たちが互いに傷つけあってしまうのは、意地悪な気持ちからではなく、単に無知によるものだとということを表しています。
・この本が、人を外見で判断することや、誰でも長所と弱点があるということ、自分自身に正直であることがどれほど重要かなどについて、話し合うきっかけになってくれればと思います。読者には、子どもに間違ったラベルが貼られているかもしれないこと、子どもを失敗ではなく成功によってだけ判断しようとすることや、自分の居場所を見つけることの大いなる喜びについて、考えを巡らせていただければと願っています。
〇読み終わって少し話をしました。「レッドの仲間もそうだったように、みなさんのクラスもいろいろな考えの人がいますね。世間の常識を大切に考える人、自分の体験を重視する人、人の良いところを見る人、逆に人のあら捜しばかりする人。またそれを言える人もいれば言えないで黙っている人もいます。1つのクラスでさえそれだけ多様な人がいますので、社会に出たらそれこそもっと多様で複雑な人間関係があります。またそれは先生方や両親、兄弟、祖父母なども同じです。みんなそれぞれ自分の見方や考え方をもっています。」
〇「レッドは新しい友達から促されて、本当の自分を知ることができましたが、みなさんも進級や進学で新しい友達ができることもあると思います。その新しい人間関係が今までとまったく違う自分を発見するチャンスになることも多いですね。特に3年生は4月からバラバラに自分の選んだ学校へ進みます。そこでの新しい出会いを楽しみにしてもいいと思います。1・2年生も同じ学校にいても今まであまり話をしなかった人と友達になってみるのも自分の幅を広げることになります。」
〇「レッドが海をかいて『うん!かんたんだったよ』と言っていることから、『自分にもできるんだ!』という自信がうかがえます。最初は気乗りがしなかったこともやってみると意外に「面白かったりもっとやってみたいと思ったり」する経験があると思います。またここでレッドがスッと海をかけたのは、それまで赤いものをかこうとしてすべて青色になってしまっても、いろいろな人に助けられながらも素直にチャレンジしてきた経験(これは常識的には「失敗」ともいえなくもありませんが・・)が、あったからこそだと思います。人生には『無駄なことはない』という作者のメッセージとも受け取れるのではないでしょうか。」
〇「私が一番考えたのは、あとから友達の一人が、『レッドが青なんて、よく考えてみれば、わかったはずだよ。』と発言しているところです。
2学期終わりの全校道徳で、石田ゆうすけさんが「多様性理解 異なる人と付き合うための3ヶ条」を
1 自分をすてる
2 相手の立場 想像
3 リスペクト
として教えてくれた中でもありましたが、偏ったものの見方やその場の雰囲気に流されて自分でよく考えずに行動してしまうことが、人を傷つけてしまうこともあります。その友達のように、「よく考えてみれば・・」となっていないか?まずは「自分はどう思うのか」「自分ならどうしたいのか」を優先しているか?を新年にもう一度考えてもらいたいです。」
〇「最後に今の話のように、『思い違いや思い込み』についても、私の経験から考えても、他人から自分への『思い違いや思い込み』よりも、自分が自分へしている『思い違いや思い込み』の方が強くて厄介です。『自分には到底できない』『どうせやってみるだけ無駄』ではなく、『今の自分にできることは何か』を探してみてください。しかし3年生はもうすでに受験に向けて十分に努力していますので、これ以上『頑張れ』とは言いません。ただ自分の限界は自分しかわかりませんので、もしまだ少し余裕があるのならば、受験の当日まで頑張ってみてください。」としめくくりました。
須藤昌英
【レッドが青であることをみんなで認める最後の場面】
1月6日(火)挨拶と雑煮と第3学期の展望について
〇校長として新年のあいさつは大切な仕事の一つです。生徒や職員はもちろん保護者、地域の方々、出入りする業者の方々・・など、「新年おめでとうございます」「昨年はお世話になりました」「本年もよろしくお願いいたします」と感謝と関係継続の気持ちを表しています。
〇一番かしこまった言い方は、「謹んで新春のお慶びを申し上げます」
です。これは文面では使うこともありますが、口頭でのあいさつは、賀詞交歓会等の公式の場のみです。年賀状での賀詞の「謹賀新年」と同じ意味合いで、「謹む」という言葉が相手への敬意を表しています。
〇挨拶(あいさつ)は元来仏教の言葉です。『広辞苑』を調べると、
一番に仏教語として「禅家で、問答を交わして相手の悟りの深浅を試みること」と解説されています。次に「うけこたえ。応答。返事」や「人に会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作」があります。また「儀式・会合などで、祝意や謝意、親愛の気持、あるいは告示などを述べること」で「開会の挨拶」などいう場合です。
〇『禅学大辞典』では、一つ一つの文字の意味が書かれています。挨拶の「挨」は近づく・押す・迫るの意であり、「拶」は迫る・問い詰めるの意です。ここから「挨拶」は相手に迫り、応答を引き出すことを意味しており、我々が使っている挨拶とは全く趣が変わります。
〇昔から禅宗のお寺では、師と弟子の間で、悟りの深浅を試すための鋭い問いや応答を繰り返してきました。つまりもともと「挨拶」は、単なる礼儀ではなく、相手の真実に迫る行為でありました。学区にも柏市で唯一の臨済宗のお寺の少林寺があり、四百年以上の歴史があります。昨年の修学旅行で3年生が京都天竜寺で座禅体験をしましたが、少林寺でも定期的に座禅会を行っています。
〇いろいろな本を読むと、鎌倉時代以降の武家社会では、初対面での言葉遣いや立ち居振る舞いなどが「挨拶」の中に含まれていたと感じます。さらに江戸時代になると世の中が泰平になり、挨拶も儀礼化・日常化し、相手を試すという意味合いから、礼節としての表現になってきました。それが今でも重要とされる円滑な人間関係の潤滑油としての挨拶へ転換してきました。
〇こうみると挨拶の意味も時代によって変わっていますが、挨拶は一瞬でその場の空気を整える言葉として用いられ、こちらの挨拶で相手の様子が分かるということもあります。やはり「きちんとした挨拶できる人」というのは、その人の人となりが現れると思います。
【増尾山少林寺ホームページより】
〇冬季休業中の学習会に参加していた2年の女子生徒数人に、「お正月はお餅を食べましたか?」と尋ねたところ、「お餅は大好きです」と「お餅は苦手で食べません」の2つに分かれました。お正月の餅と言えば定番の「お雑煮」があります。
〇調べると、「雑煮は餅を主な具とし、醤油や味噌などでだしを味付けたつゆをはった日本料理。正月に多く食べられ、地域や家庭によって違いがある」とあります。また「雑煮の良さは、新年の豊作や家内安全を願う伝統的な意味、地域や家庭ごとに異なる多様な味と具材の魅力、そして餅と具材による栄養バランスの良さ(食物繊維、ビタミン・ミネラル)にあります。神様から力を授かる【神人共食】の文化が根付いた縁起の良い料理」とも解説されています。
〇お雑煮の歴史は古く、室町時代にはすでに武家や公家の間で正月の祝い料理として振る舞われていたそうです。京都では丸餅を使った味噌仕立て、江戸では角餅を使ったすまし汁仕立てなど、地域ごとの特色もこの頃から見られました。
〇私は昔から、「お雑煮という言葉になぜ【雑】の字が入っているのか?」と不思議に思っていました。すぐ連想するのは、里芋や大根、人参、そして神様に供えた餅などさまざまな具材を煮合わせることで、「煮雑(にまぜ)」が語源とされていることです。
〇「雑」という字は、「一つの木に沢山の種類の鳥が止まった状態」を表す象形文字からきています。学校も「多様性に富んだ生徒たちが各個性を持ちながら、自主的に学ぶ場でありたい」と考えていますので、お正月のお雑煮にかけて、「土中を今年はどんな味付けにしようか?」と校長室で思案しています。8日の給食にも雑煮がでます。
〇よく我々教員の中では、今週からの3学期の3カ月間をたとえて、「行(い)く一月、逃(に)げる二月、去(さ)る三月」と言います。つまり3学期は気持ち的に多忙で、「あっという間に」4月の新年度を迎えるという実感があります。
〇今週の9日から私立高等学校の入試が早速始まります。これは都道府県によって日程がほぼ決まっており、茨城県から始まり、千葉県、東京都、埼玉県と続きます。私立高等学校はその学校独自の入試を行いますので、大別すると「一般入試」「推薦入試(単願・併願)」ですが、その他日程も「A日程」「B日程」などと、入試の機会をAとBに分けることで受ける回数が増えしている学校もあります。また私立高等学校は公立高等学校と違い、発表している「募集定員」よりも多くの「合格者」を出します。理由は学校を経営するという面があり、もしその後に入試のある公立高等学校へ多くの生徒が流れてしまうと、募集定員を下回る可能性があり、それを避けるためです。
〇千葉県公立高等学校は、1月13日~2月2日の「志願者情報の登録及び入学検査料の納付」、2月3日~5日の「出願書類等の提出」、2月10日~12日の「志願(希望)変更」、2月17日・18日の「学力検査等」、3月3日の「選抜結果発表」と続きます。ただし私立高等学校と違うのは、先ほど書いたように「1回しか受けられない」「募集定員数通りしか合格者を出さない」ことです。その為1回に限り、まず出願確定した後にネットや翌朝の新聞に掲載される「志願倍率」を見て、最初に志望した高等学校への願書を引き下げ、新たな高等学校へ出願することができます。ただしこれは無暗に行うと返って生徒本人に心の動揺が残ることもありますので、慎重に行わなければなりません。
〇特に上記の3つ「変更」「学検」「発表」とも基本的には、生徒自身が志望校に行くことになりますので、担任からは必ず事前に行き方を調べたり、実際に足を運ぶように指導したりしています。ただ2月ですので、過去には入試日に雪が降り、交通手段がストップしたり開始時間が遅れたりしたこともありました。最悪の状態も想定し、どうやって入試会場までいくかは複数の案をもっていた方が良いと思います。現在3年生は体調管理と試験準備の両方に気を使っていますので、学校としては無事に終わるようにサポートしていきます。
〇2月末には生徒会主催の「3年生を送る会」、3月12日の「第79回卒業証書授与式」があり、実施方法の最終の詰めの段階です。
〇最後に、この3学期は4月からの令和8年度の教育計画を決定する時期でもあります。今年度の成果と反省をもとにして、創立80周年目がよい一年間となるように計画を練り上げていきます。
須藤昌英
1月5日(月)新年おめでとうございます
〇新年明けましておめでとうとございます。本年もよろしくお願いいたします。1日はあの能登半島地震からちょうど二年でした。元旦の震災でもあり、お亡くなりになった方も大勢いらっしゃいました。お身内を亡くされた方もいらっしゃいます。なかなか復興が計画通りには進まず、未だに不自由な暮らしの方も多いと聞きます。お見舞いを申し上げます。
〇前任校では2年前の2月、学区にあった県立柏高等学校の生徒会と中学校の生徒会が連携し、北柏駅と2つスーパーマーケットで「災害支援募金」を行い、数万円を被災地に送ることができました。当時の柏高校の生徒会長が前任校の卒業生ということもあり、計画も実施もすべて中高生がスムーズに行いました。若者の行動力には感心されられました。
〇令和八年は午年(うまどし)で、しかも今回は、60年に一度しか巡ってこない「丙午(ひのえうま)」 です。60年に一度巡ってくるのは、2つの数字に理由があります。まず十干(じっかん)とは、古代中国から伝わる「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類の文字で、陰陽五行説に基づき時間(年・月・日・時)や方角、物事の性質を表す記号(符号)です。
〇その一方で同じく中国由来の暦のシステムである十二支(じゅうにし)があり、「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類の動物を指し、こちらは日本でも親しまれています。だれでも例えば「自分は子(ねずみ)年だ」のように認識しています。
〇この十干(じっかん)の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」がそれぞれ10年と12年の周期が組み合わさり、10と12の最小公倍数が60であることから、60年サイクルとなっています。これは小学生でも「10の倍数が10、20、30、40、50、60・・・、12の倍数が12、24、36、48、60・・・であり、最初に共通な数が60です」と説明すれば算数レベルですので理解できます。
〇調べると、「丙午(ひのえうま)」の年は、火のエネルギーと馬の躍動感から、情熱的で行動力があり、新しい挑戦や変化が訪れやすい、活気あふれる年とされます。ただ過去(60年前の昭和41年)には、この年には「気性が激しく夫の寿命を縮める」という迷信?がひろがり、出生率が大幅に低下したこともありました。
〇昨日の朝、学区にある広幡八幡宮に参拝しました。創建は、平安前期の第59代宇多天皇の御代「下総国第一鎮守宇多天皇勅願所」として鎮座されたと伝えられています。後、鎌倉時代の建久年間四年(1193年)後鳥羽天皇の御代に、柏市近郊一帯の総鎮守(守護神)として再び社殿が創建されました。
〇さらに徳川時代に至ると、慶安三年(1649年)には、三代将軍家光公より領地十石を献上され、宝暦七年(1758年)には、伯州刺吏藤原正珍より、石鳥居一基を寄進されました。これは柏市内では、布施弁天、塚崎の神明宮、広幡八幡宮の一寺二社に寄進されました。
〇前任校の学区には、布施弁財天(紅龍山東海寺)があり、私の在任中の3年間、その跡継ぎのご子息も生徒であったことから、よく参拝していました。学校から鬼門(北東)の方向にあり、私は学校の守護神として守ってもらっていました。同じくグーグルマップで見ると、土中の鬼門(北東)の方向には、ちょうど広幡八幡宮があり、今年の参拝でも「今年も土中を守護してください」とお祈りしました。
〇元日は自宅近くの手賀沼からご来光を仰ぎました。ご来光を見るたびに、亡くなった父の言葉を思い出します。幼い頃は「太陽があるから人間は呼吸もできるし、心臓が動いて血が全身に流れているんだよ」と言われても実感がありませんでした。ただこの年齢になるとその意味がわかります。太陽と全ての命がつながりあって地球上の生物は存在し、目には見えませんがそれを想像することはできます。
〇よく使う「おかげさまで・・」の言葉の由来もここにあります。日光は見えますがその影響力は広大かつ深遠で、その一つとして植物の光合成によって大気が循環し、それにより動物は生きていられます。「目に見えない周囲の支えがあって人間は好きなことができる」ということを、元日という節目には謙虚になってそのことに感謝しつつ、今年一年の目標に思いを巡らせました。
〇好きなことができるのに関して、中国の論語(孔子と弟子たちとの問答を集録した書)を思い起こします。『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』で、読み方は「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」です。意味は、「先生は言われた。物事をよく知っているという人は、そのことを好きな人にはかなわない。またそれがいくら好きであっても、それを楽しんでいる人にはかなわない、と」。
〇学校は様々な教科や活動があり、私もそうでしたがその全てが好きだという生徒はいません。ある面では仕方なく勉強していますが、もしその中に一つでも自分の好きなものがあれば、その人は幸運だと言えます。好きですから無理して努めなくでも必要な知識や技術は身につきますし、やればやるほどそのことを自ら探究できます。
〇ただ好きなだけでなく、それを楽しむことができれば、さらにその学びの姿勢は自然と継続されます。日本でも「好きこそものの上手なれ」は有名なことわざです。子どもであれ大人であれ、どんなことでも上手な人は生き生きとしています。
〇3月の野球の世界大会に出場を表明しているメジャーリーガーの大谷翔平選手も、持って生まれた才能に加え、「野球が好きでたまらない」という気持ちから、生活のすべてを野球のためにつなげ、人の見えないところでとてつもない努力をしているのです。
〇高校受験という目の前の壁に全力で向き合っている3年生には、このお正月はお祝いどころではなかったかもしれません。私も47年前の高校受験の際は、「縁起担ぎ」であえて年越しの受験勉強をしたのを今でも覚えています。大みそかの夜10時ころから除夜の鐘を聴きながら元旦の午前2時ころまで、年をまたいで取り組みました。
〇鮮明なのは除夜の鐘を聴きながら、苦手だった国語の文学史の暗記を声に出したり書いたりしていたことです。おかげで今でも例えば「夏目漱石:三四郎、こころ、吾輩は猫である」とか「島崎藤村:若菜集、夜明け前、破壊」・・・などと、そらで口から出てきます。
〇確かに受験勉強は苦しく、「はやく終わってほしい!」という気持ちは痛いほどわかります。ただ知識だけでなく、「継続力」「自己管理能力」といった精神的な成長や「教養・読解力」などの将来役立つスキルも身につきます。そしてそのスキルは一生の財産となります。
〇新年にあたり土中のすべての生徒たちが、「この好きなことがあるから嫌なことも乗り越えられる」という秘かな自信をもって、今年一年を過ごしてほしいと願っています。
須藤昌英
【早朝の広幡八幡宮】
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