日誌

校長室より(令和2年度)

生きてるだけで100点満点

ネットで見つけた記事です。ドキッとしました。学校は変わらければいけないと思います。








【今の教育システム】

先生「フェアな選抜のため、みんな同一のテストを受けてもらう。」

【試験】木に登ってください

生徒は、イヌ、サカナ、アザラシ、ゾウ、ペンギン、サル、トリ。

やるまでもなく、サルが高い評価をえるだろう。

これはバカげた話に見えるかも知れないけど、これが今の教育システム。

あらかじめ回答が用意された問題を、いくつ正しく書けるかだけで人が評価されたりする。

学校の勉強をがんばる事を否定しないけど、生きるために必要な力や、人として大切なコトは他にも山ほどある。

「すべての人は天才だ。

でも、サカナが木に登る能力だけで評価されるなら、サカナは残りの人生を、自分はバカだと信じて過ごす。」

この話のバカさぐらい、自分を他の人と比べる事には意味がない。

「私は私だから(僕は僕だから)」を口グセにしよう。

結局あなたに1番影響を与えるのは、あなたの耳が聞くあなた自身の言葉と、あなたの思考なのだから。

たとえ誰かが、あなたを他の人と比べたとしても、あなた自身だけはあなたを他の人と比べないであげて欲しい。

人は誰も他の人と比べられる事を嫌がったりするけど、自分を他の人と1番比べてるのはあなた自身だから。

勉強が苦手だとか、運動が苦手だとか、容姿だけで、自分のすべてを否定しないであげて欲しい。

あなたはあなただから。

生きてるだけで100点満点だから。

今日は2つの小学校で、200人以上の子にお話をさせてもらった。

この話をしたら、小学生の子が涙を流した。

よっぽど、勉強とか運動とか容姿とかで、他の子と比べられてきたのかもしれない。

思わず、僕もつられてしまった。

人に背中を向けて話したのは、350回のうち今日が初めてだ。

せめて、せめてあなた自身だけは、あなたを他の人と比べないであげて欲しい。

あなたはあなただから。

生きてるだけで100点満点だから。

「雪かき」や「どぶさらい」のような仕事

繰り返し言っているように、ほんとうにたいせつな仕事は「雪かき」や「どぶさらい」のようなものである。別に感謝もされないし、誰かに誇るものでもない。「やらないとまずいよな」と思う人が自分の家の前から始める。それだけのことである。

神戸女学院大学 教授 内田 樹 

おこだでませんように





ぼくは いつも おこられる。
いえでも がっこうでも‥‥。

きのうも おこられたし、
きょうも おこられてる。
きっと あしたも おこられるやろ‥‥。

ぼくは どないしたら おこられへんのやろ。
ぼくは どないしたら ほめてもらえるのやろ。
ぼくは 「わるいこ」なんやろか‥‥。

くすのき しげのり 作 石井聖岳 絵 より


あとがき 

「おこだでませんように」
そう書かれた小さな短冊を見た時、私は涙がでそうになりました。短冊を書いた男の子は、いつも怒られているのでしょう。この子が楽しいと思ってしたことや、いいと思ってしたことも、やりすぎてしまったり、その場にそぐわなかったり、あるいは大人の都合に合わないからと、結果として怒られることになってしまうのかもしれません。
 でもこの子は、だれよりもよくわかっているのです。自分は怒られてばかりいるということを。そして思っているのです。自分が怒られるようなことをしなければ、そこにはきっとお母さんの笑顔があり、ほめてくれる先生や、仲間に入れてくれる友達がいるのだと。
 そんな思いを持ちながら、それをお母さんや友達に言うのではなく、七夕さまの短冊に、一文字一文字懸命に書いた「おこだでませんように」。この子にとって、それは、まさに天に向けての祈りの言葉なのです。
 子どもたち一人ひとりに、その時々でゆれ動く心があります。そしてどの子の心の中にも、このお話の「ぼく」のような思いがあるのです。どうか私たち大人こそが、とらわれのない素直なまなざしをもち、子どもたちの心の中にある祈りのような思いに気づくことができますように。     
                          くすのき しげのり 

入力よりも出力を重視

3年生との校長面接が始まっています。3年生一人ひとりと話ができるのはとても楽しいです。さて面接の最後に、「校長先生に、何か質問や話したいことはないですか」と聞いています。その中で、「苦手な教科がどうしても覚えられないのですが何か良い方法はないですか」と質問する生徒がいました。特効薬のようなものはないですし、コツコツ勉強するしかないのですが、脳科学的にはこんなアドバイスができるのかなというトピックを紹介します。

脳は妙に勉強法にこだわる「入力」よりも「出力」を重視!
最も効果的な勉強法とは?

 勉強は、教科書を復習するより、問題を解く方が効果的だ―――――そうほのめかす論文が発表されました。米バデュー大学のカービック博士らの研究です。
 より専門的に説明すれば「入力を繰り返すよりも、出力を繰り返す方が、脳回路への定着がよい」ということになります。カービック博士らはよく練られた実験デザインを活用して、この事実を発見しました。実験内容は次のとおりです。
 ワシントン大学の学生を多数集めて、スワヒリ語40個を暗記する試験を行いました。adahama=名誉、farasi=馬、sumu=毒…といった具合に単語のペアを5秒ずつ提示して次々に覚えてもらいます。しかし名門大学の学生とはいえ、40語を1回で覚えることはほぼ不可能です。そこで何度も繰り返して覚えてもらいます。この時、学生たちを四つのグループに分けて、別々の方法で暗記してもらいました。
 一つ目のグループには40個を通しで学習させ、その後に40個すべてについて確認テストをします。この学習とテストの組み合わせを、完璧に覚えるまで何度も繰り返します。
 二つ目のグループは、確認テストで思い出せなかった単語だけを再び学習させます。ただし確認テストでは毎回40個すべてを試験します。そしてテストで満点が取れるまで学習と試験を繰り返します。
 三つ目のグループはこの逆のパターンです。テストで覚えていない単語があったら、初めから40個すべてを学習してもらいます。そして先ほど覚えていなかった単語だけを確認テストします。不正解の単語がゼロになるまで学習と試験を繰り返します。
 最後のグループは、学校や塾でよく使われる方法です。確認テストで思い出せなかった単語だけを学習して、再確認テストでも先ほど覚えていなかったものだけを試験します。そして再試験すべき単語がなくなるまで学習と試験を繰り返します。
 面白いことに、この4つのグループには習得の速さには差はありませんでした。実際、5、6回も学習と試験を繰り返すと、全員が40個すべてを覚えることができました。
 そこでカービック博士らは、一週間後に再テストを行うことにしました。さて成績はどうだったでしょうか。グループ1と2は約80点と好成績であったのに対し、グループ3と4はともに35点しか取れませんでした。
 話が込み入っているので、丁寧にデータを再考していきましょう。点数の良かったグループ1と2に共通するプロセスは、確認テストで40個すべてをテストしながら覚えたという点です。一方グループ3を見てみると、学習は毎回40個について行っていますが、確認テストつまり思い出す練習は、苦手な単語に対してのみ行いました。
 これで随分と見通しがよくなったでしょう。私たちの脳は、情報を何度も入れ込む(学習する)よりも、その情報を何度も使ってみる(想起する)ことで、長期間安定して情報を保存することができるのです。これを拡大して解釈すれば、「参考書を繰り返し丁寧に読むより、問題集を繰り返しやる方が、効果的な学習が期待できる」となります。
 入力よりも出力を重視――――脳は総設計されているようです。


脳には妙なクセがある 池谷裕二 著 扶桑社新書 より抜粋

「誰の仕事でもない仕事」

「仕事」には「私の仕事」と「あなたの仕事」のほかに「誰の仕事でもない仕事」というものがある。そして、「誰の仕事でもない仕事は私の仕事である」という考え方をする人のことを「働くモチベーションがある人」と呼ぶのである。
 道ばたに空き缶が落ちている。誰が捨てたかしらないけれど、これを拾って、自前のゴミ袋に入れて、「缶・びんのゴミの日」に出すのは「この空き缶を見つけた私の仕事である」というふうに自然に考えることのできる人間のことを「働くモチベーションのある人」と呼ぶ。別に私は道徳訓話をしているのではない。私が知る限り、「仕事のできる人」というのは、例外なく全員「そういう人」だからである。ビジネスの現場において、「私の仕事」と「あなたの仕事」の隙間に「誰の仕事でもない仕事」が発生する。これは「誰の仕事でもない」わけであるから、もちろん私がそれをニグレクトしても、誰からも責任を問われることはない。しかし、現にそこに「誰かがやらないと片付かない仕事」が発生した。誰もそれを片付けなければ、それは片付かない。そのまましだいに増殖し、周囲を浸食し、やがてシステム全体を脅かすような災厄の芽となる。災厄は「芽のうちに摘んでおく」方が巨大化してから対処するよりずっと手間がかからない。共同体における相互支援というのは要するに「おせっかい」ということである。最初に「災厄の芽」をみつけてしまった人間がそれを片付ける。誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。

内田樹の研究室(ブログ) より抜粋

※内田 樹は、日本のフランス文学者、武道家、翻訳家、神戸女学院大学名誉教授