日誌

校長室より(令和2年度)

「誰の仕事でもない仕事」

「仕事」には「私の仕事」と「あなたの仕事」のほかに「誰の仕事でもない仕事」というものがある。そして、「誰の仕事でもない仕事は私の仕事である」という考え方をする人のことを「働くモチベーションがある人」と呼ぶのである。
 道ばたに空き缶が落ちている。誰が捨てたかしらないけれど、これを拾って、自前のゴミ袋に入れて、「缶・びんのゴミの日」に出すのは「この空き缶を見つけた私の仕事である」というふうに自然に考えることのできる人間のことを「働くモチベーションのある人」と呼ぶ。別に私は道徳訓話をしているのではない。私が知る限り、「仕事のできる人」というのは、例外なく全員「そういう人」だからである。ビジネスの現場において、「私の仕事」と「あなたの仕事」の隙間に「誰の仕事でもない仕事」が発生する。これは「誰の仕事でもない」わけであるから、もちろん私がそれをニグレクトしても、誰からも責任を問われることはない。しかし、現にそこに「誰かがやらないと片付かない仕事」が発生した。誰もそれを片付けなければ、それは片付かない。そのまましだいに増殖し、周囲を浸食し、やがてシステム全体を脅かすような災厄の芽となる。災厄は「芽のうちに摘んでおく」方が巨大化してから対処するよりずっと手間がかからない。共同体における相互支援というのは要するに「おせっかい」ということである。最初に「災厄の芽」をみつけてしまった人間がそれを片付ける。誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。

内田樹の研究室(ブログ) より抜粋

※内田 樹は、日本のフランス文学者、武道家、翻訳家、神戸女学院大学名誉教授