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「学びの機会」を奪っていませんか?

 11月の最終日となりました。昨日は久しぶりの明るい陽射しに、子供たちの気持ちも弾みましした。やはり天気が良い日の外遊びは子供たちにとって格別です。
 最近読み終えた本に「『目的試行』で学びが変わる」という本があります。副題には「千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦」。今まで続いてきた学校の取組を見直し、注目されている校長先生を取り上げた本です。「なるほど、こんな考えもあるんだ」と、うなずけるものもたくさんありました。その本の一部を紹介します。
 公園の砂場で幼稚園児の女の子と男の子が遊んでいるとします。近くのベンチに は、それぞれのお母さんが座って様子を見守っています。女の子は自宅から持ってきたおもちゃのシャベルとバケツを持っています。男の子がが女の子に向かって「シャベルとバケツを貸して」と言いました。しかし女の子は「嫌だ」と拒否します。その様子を見て女の子のお母さんは「そんなこと言わずに貸してあげなさいよ」とたしなめました。女の子は渋々ながらシャベルとバケツを男の子に貸します。男の子は無言でそれを受け取り、遊び始めました。すると男の子のお母さんは「『ありがとう』をちゃんと言いなさい」と諭します。
 どこにでもある、ほのぼのとした一場面ではないでしょうか。「自分が親の立場なら同じように言うだろうな」と感じる人は多いでしょう。しかし実は、この場面の前段には、親が思いもしないストーリーがあるのです。
 実は女の子は、以前にも男の子にシャベルとバケツを貸してあげたことがありました。男の子はそれを使って遊ぶことに夢中で、とうとう公園を出るまで、シャベルとバケツを返してくれなかったのです。先ほどの場面で女の子が「嫌だ」と拒否したのはなかなか返してくれなかったことを考えていたからでした。改めて、この場面に親が介入しなかったらどうなっていたかを想像してみましょう。男の子が女の子に「シャベルとバケツを貸して」と言います。すると女の子は「嫌だ」と拒否します。「どうして?」と尋ねる男の子に、女の子は「だって、貸したら返してくれないから」と答えます。男の子はそれを聞いて葛藤するでしょう。そして、遊ぶのに夢中でシャベルとバケツを返さなかった自分の行動が、相手にとって「嫌な行為」だったと知るのです。その上で男の子は「今度はちゃんと返すから、貸してよ」と、再び交渉するかもしれません。子供たちはこうして、社会というものを学んでいくのです。
 子供たちの間に生じた小さなトラブルの種を見つけると、親はつい良かれと思って介入してしまう。しかしそれは、子供の学びの機会を奪っている可能性がある。「トラブルから考える」という機会を奪い、自律の術を失わせてしまうのだ。そんなことが日常にあふれていると工藤校長は語る。

 これを職員にも紹介し、学級や学年の中の子供たちを見直し、自らの指導を振り返るきっかけに、と話しました。学校と家庭では子供たちへの接し方は違いますが、「学ぶ機会」はあるはずです。「トラブルにならないように」と予防することは必要ですが、そこから考えると言うことも大切だと考えます。子供を見守りながら、大人が判断していくことの大切さについて一緒に考えて行きましょう。