創立79年目 学び成長し続ける富勢中
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校長雑感ブログ
3月15日(水)努力努力(ゆめゆめ)
〇ここまで60年近く生きていて、初めて知ることもまだまだあります。先日もあるyoutube 動画を観ていて、「努力努力」と書いて「ゆめゆめ」と読むことを知り、久しぶりに「目から鱗が落ちる」とはこういうことかと感じました。
〇これまでも古い言い回しとして、「ゆめゆめ怠ることなかれ(決して怠ってはいけない)」などと、後ろに禁止の言葉をつなげて、「決して~するな」の意味で使われているのは知っていました。ただまさか「ゆめゆめ」を「努力努力」と書くとは思いませんでした。
〇「努力」とは、目の前のことを心を込めて行うことですが、この言葉から私の受ける印象は、どちらかというと親や先生から「努力しなさい」と言われてきたこともあり、とても窮屈で強制されるイメージです。昨日の「厳しくするか甘やかすか」の中では、外的コントロール(ほかから押し付けられた)に近いような気がします。同様の意味で私などは「精進」という言葉の方が「自ら(内的コントロール)」のイメージがもてるので好んで使います。こちらはもともとは仏教に由来していますが、日本語には仏教から影響を受けた言葉が多く、例えば「挨拶」「玄関」「経営」など普段から生活の中で使用されています。
〇まさに学校は生徒たちが「努力(精進)するための場」であり、失敗をしてもその原因を明らかにしながら、次の成長へつなげていくところですので、生徒にはチャレンジする気持ちをもってもらいたいと常々思っています。
〇「努力」と聞くと、まずアメリカの発明家(蓄音機や白熱電球など)の「トーマス・エジソン」の言葉が有名です。昔伝記を読みましたが、彼は大変な努力家で、新聞を売りながら自分でコツコツと貯金し、自分の実験室を作ったそうです。そのエジソンが「努力」について、「天才は1パーセントのひらめきと99パーセントの努力である」という言葉を残しています。
〇また相対性理論でノーベル賞を受賞した理論物理学者の「アルベルト・アインシュタイン」にも多くの格言がありますが、その中に「天才とは努力する凡才のことである」というものがあります。天才のように思われがちなアインシュタインですが、実際は努力によって多くのアイデアや真理を見出した人でした。
〇実は冒頭のyoutubeは、テレビなどのメディアにも過去に出演したことがありしかもアーティストでもあるお坊さんが、自分のお寺から毎朝発信していることを知って興味をもち、たまたま観たときに話をされていた内容です。平安時代初期の僧だった空海(真言宗の開祖:別名弘法大師)は、当時の日本におけるケタはずれの天才であり、書の達人、土木技術のエキスパートなどの複数の実績があります。空海が若い頃に遣唐使として中国に渡り密教について学び、帰国する際に、中国人の師匠から、「早く日本に帰って密教を伝えなさい・・・努力努力(ゆめ ゆめ)つとめよ」と言われたそうです。その後日本中で活躍されたことは有名であり、学区にある布施弁天東海寺にもその伝説があります。
〇「努力する」という考え方は、日本人の精神性に深く浸透しているもの、今の生徒には「努力しなさい」というよりも「自分の好きなことを究めなさい」と言った方がよいと感じます。好きなことはやっていれば楽しいし、楽しいから「夢中」になれるし、好きだからそれに熱中できて「努力」が継続できるからです。それが本来の「ゆめゆめ」の真意だと感じました。
須藤昌英
3月14日(火)厳しくするか?甘やかすか?
〇先日、富勢中ではありませんがある知り合いの保護者からお子さんに関する相談を受けました。「家庭内で中学生ともなると、親に言われことにはすぐに反発します。自分の部屋の片づけや家事の手伝いをすることなども注意するだけでなく、できるだけ本人の意思を尊重しようといろいろ手を変え品を変えやってみるのですが、なかなかうまくいきません。どうしたらよいでしょうか?」
〇おそらくその方の「うまくいきません」の本意は、「うまくコントロールできません」だと聞いたときに思いました。さらにコントロールするために、日頃から躾(しつけ)が大切で、その躾の対極が甘やかしなので、「甘やかしをすることなく、躾としての子どもの自主性を引き出す加減が難しい」という相談だった気がします。私もその気持ちはよく理解できます。「我が家でもそういうことがあったな」と昔を思い出しました。ただ同時に「躾によって中学生をコントロールすることは本当に出来るのでしょうか?」とも疑問に思いました。
〇躾(規律のコントロール)に関しては、20年前くらいに読んでいた本(アメリカのトマス・ゴードン博士著の「自立心を育てるしつけ:小学館」)が参考になるので、引用します。
「コントロールも実は分ける必要がある。一つは外的コントロールで、『ほかから押し付けられた』ものである。もう一つは内的コントロールで、自ら自分に課すものだ。他人がコントロールしてしつけるか、自分がコントロール(自己統制)して規律をもつ(自己規律)かの違いである。 (略) 自己規律のある青少年は必ず、かなりの自由を与えられている。なぜなのだろうか。それは彼らが自分で選び決定する機会をずっと与えられてきたからだ。大人に邪魔になる行動を子どもがコントロールして制限することを学ぶ、そうなるのは、大人が子どもに対して、同じ配慮をした場合だけだ。子どもが自己規律によってルールに従う、そうなるのは、自分にかかわるルールを決めるとき、子どもも一緒に参加する機会が与えられた場合である。子どもを一方的にしつけようとしても、規律を守る子どもになるわけでない」
〇また「コントロールせずに、子どもが行動を変えていくため」という章には、「子どもの行動を受容できず、大人が何を感じているか。そのことを非難がましくないメッセージで、子どもに話しかける、これが『わたしメッセージ』だ。」とあります。例えば『(あなたが)テレビの音をそんなに大きくするのをやめなさい』と注意するところを、『テレビの音がそんなにうるさいと、(わたしは)家族と話が続けられないわ』と変えて言ってみます。前者は子どもを批判する目的で、その行動をしている主語は「あなた(子ども)」ですが、後者はその行動で困っている「わたし(親)」を主語にして、非難(善悪の判断、価値判断、強制)するわけではなく、気持ちをストレートに伝えています。
〇さらに引用すると、「わたしメッセージを使うと、子どもは他人のことを考えずにしていた自分の行動を、変えたくなりやすい。子どもは自分の行動を抑えつけられたり非難されたりしない。そんなとき子どもは、自分の行動によって誰かが問題を抱えていると聞くと、より積極的に手助けし、自分の行動を修正しようとするものだ」「ふつうの会話はあなたメッセージに満ちている。これに気づくと、多くの大人はまずショックを受ける。自分は心にあることを、正直に話していたと思っているからだ。『私がいつも臨んでいたのは、自分の子どもに罪深いと感じさせることだった』」
〇私も担任だったとき、クラスの生徒を注意する際に、「生徒自身が間違っていることを深く反省させたい」と心の奥で望んでいたことを思い出しました。でもそれでは、当の本人は「何だか先生は怒っているみたいだけど、まあ言わせておけばいいか」程度しか感じていなかったことだと今は思います。冒頭の相談に対しても、そのような昔の私の失敗談をお話ししました。答えは、厳しくするのでも甘やかすのでもなく、こちらの気持ちを包み隠さず話すことかもしれません。そして子どもの自主性を信じていくには、こちらに心の余裕が必要だと感じます。
須藤昌英
3月13日(月)卒業式を振り返って
〇先週金曜日の第76回卒業式は、保護者の皆様にご来校いただき、滞りなく行うことができました。ありがとうございました。暖かったので式が終わり、校庭で楽しそうに写真を撮っている様子を見て、微笑ましく感じました。学校行事で最大かつ最重要な卒業式を終え、その日の夕方はホッとしましたが、もう一度週末に一人で振り返ってみると、いろいろな気持ちがわいてきました。
〇まずこの一年間を通して、卒業生が最上級生として一生懸命取り組んできた姿を間近で見てきましたし、全校のリーダーとして、在校生の手本となるように、様々な活動で努力し顕著な実績を残してきたことがとても印象に残っています。卒業生は、新型コロナウィルス感染症のパンデミック(世界的流行)による緊急事態宣言下で、入学前の2カ月間、自宅での待機を余儀なくされ、入学式も午前と午後に分けるなど、大きな制約の中で行われました。さらに誰もが経験したことがなかったとはいえ、コロナ感染防止に関することが手探りで様々に行われ、今思うと世の中全体が「混乱状態」であったと思います。そのような中で、卒業生は中学校生活を始めざるをえませんでした。またその後も自宅学習やオンライン学習を行ったり、学校行事や部活動等も大きな影響を受けました。この状況は、成長段階にある卒業生の心理にも窮屈さや閉塞感などの影を落としたと想像しています。人生経験のある大人であれば、当時の状況を論理的に理解しようとすればできたかもしれませんが、思春期の生徒たちはそういうわけにはいかなかったと思います。「何を信じればいいのか、どれが本当のことなのか?」と逡巡したに違いありません。
〇卒業生が生まれた十五年前の二00七年・二00八年には、昨年亡くなった安倍元首相が任期途中で突然辞任したり、アメリカが発端となった世界金融危機(リーマンショック)が日本にも大きな影響を及ぼしたりしました。その後も地球的規模で様々な問題が発生し、現在も世界のあちこちで対立や紛争が勃発し、地震や津波などの天変地異が絶え間なく起きています。グローバル化の進展や技術革新の加速によって、私たちは、社会、経済、環境など様々な分野において、前例のない変化に直面しています。昨年ロシアが隣国のウクライナへ侵攻したことも、遠い国の出来事ではなく、世界における日本の役割の見直しが求められたり、国内の物価が高騰したりするなど、私たちの生活に直接の影響があります。
〇しかしこのような状況だからこそ、卒業生は今まで「当たり前」であったすべてのことを一から見直したり、「これは何のためにやるのか」を意識するようになったりと、アフターコロナの時代で生きていくための資質や能力を身につけたと思います。実際に卒業生をみていると、できるのが当たり前ではなく、できることに喜びと感謝の心を持ち、さらに周囲の人に明るく接している様子が多く見られました。さきほどのように、心理的には大変なことも多かったはずですが、その分頼もしさを増していると私は見ています。
〇卒業証書授与では、一人ひとりに「よく頑張りました」「立派になりましたね」「体に気をつけて」「活躍を期待します」「高校生活を楽しんで」などと声をかけ、手渡しできました。受け取る表情は様々でしたが、心中は晴れやかだったと思います。また校長式辞の中で、「主体性をもつとはどういうことか」をメインテーマとして、話をさせてもらいました。今後の卒業生のさらなる成長を祈ります。
須藤昌英
3月10日(金)令和4年度第76回卒業証書授与式
3月9日(木)卒業式前日準備
〇本日の卒業式に向けて、会場となる体育館と卒業生の各教室を、在校生が分担して清掃したり、椅子を並べたり、装飾したりしてくれました。明日在校生は、自宅学習になります。
須藤昌英
3月9日(木)卒業式予行練習と3年生最後の給食
〇昨日の午前中、保護者席となるスペースに在校生(1・2年生)に座ってもらい、卒業式予行練習を行いました。今年は特に、証書授与の場面で、ステージに向かって左の壁に「クラス別の卒業生名簿」、右の壁に「卒業生の正面からの表情」をそれぞれプロジェクターで映写します。卒業生にはそれをあえて事前に伝えていませんでしたので、少し緊張感をもって真剣に取り組んでいました。
〇当日保護者の皆様には、正面のステージ上に立つお子様、左の「生徒名簿」、右の「胸上の表情」を交互に見ていただきたいと思います。
〇1、2年生も一昨日の3年生を送る会の時とは違って、フォーマルな式の雰囲気を感じ、厳粛な顔つきで卒業生の一挙手一投足を見つめていました。本日の午後に、在校生を中心に体育館の会場準備を行います。
〇3年生は中学校最後の給食でした。通常の高等学校や大学等には食堂があることはありますが、給食施設はありませんので、もしかしたら「人生最後の給食」になる可能性も高いです。私からは「もしまた給食を食べたければ、将来教員になってね」と何人かの生徒には話しました。
〇鹿野栄養士の話では、「海老フライは1600本揚げましたが、1回にフライヤーで45本弱しか上げられないので、調理員さんは朝から大変でした」と聞きました。海老フライも1本10㎝を超えてしかも太さもあったので、私などは3本を美味しくいただきましたが、午後に少し胸やけを覚えたくらいです。でも中には一人で5~6本食べた生徒もいました。みんな満足そうな顔をして食べていました。
須藤昌英
3月8日(水)富勢地区あいさつウィークと3年生を送る会
〇昨日から明日までの3日間、「富勢地区あいさつウィーク」として朝の挨拶運動を正門にて実施(7:40~8:05)しています。朝の通勤時間帯ですので、富勢小のお子さんをはじめ多くの車や自転車が行き来しています。「頑張れ富勢中」ののぼり旗を見て、「何ごとか?」と見ていく方も大勢います。生徒会役員のみなさんが、腕章を巻いて、明るい声で「おはようございます!」と呼び掛けています。
〇富勢中学校区4校合同(富勢中、富勢小、富勢東小、富勢西小)で行いますので、登校中の児童生徒を見かけたら、挨拶やお声がけをお願いいたします。先日書きました学校への不審者侵入防止も地域の見守りによって抑止力になります。実際に定期的にパトロールやあいさつ等の声掛け運動をしている町内会には、犯罪をさせない・しにくい環境ができており、不審者もそれを察知して避けることが知られています。やはり人の目が一番の防犯対策だと思います。
〇10日は中学校、17日は小学校の卒業式です。卒業生も在校生も残り少ない登校となります。保護者の方を含め、地域の方々に見守られ、これまで無事に登校できましたことに感謝いたします。ありがとうございました。児童生徒も感謝の気持ちをこめて挨拶をしますので、どうぞご協力の程よろしくお願いいたします。
〇昨日の午後、改修された体育館で、「こけら落とし」もかねて、3年生を送る会を生徒会主催で行いました。全校で集まるのは、昨年11月の柏市民文化会館で行った合唱コンクール以来4カ月ぶりです。理由などなく「学校っていいな!」と感じた2時間でした。
プログラム
1 3年生入場
2 生徒会からのあいさつ
3 生徒会発表1(思い出ムービー:先生方から)
4 1学年発表
5 生徒会発表2(部活動からのメッセージ)
6 2学年発表
7 記念品贈呈(印鑑)
8 3学年発表(ベートンベン第九:ドイツ語)
9 生徒会長の話
10 校長先生の話
11 終わりの言葉
12 3年生退場
〇校長の話の中で私からはいくつかの話をしました。「今日の会のテーマは感謝ですが、感謝というのは人間にとって最もハイレベルな精神活動で、お世話になった方に喜んでもらいたい、楽しんでもらいたいと行動に移すことが尊いです」「3年生はこの数カ月、自分の進路を決めるというチャレンジをしてきましたので、その経験が今日の佇まいに表れていて成長した姿を見せてくれています」「3年生を送る会を別名を予餞会(よせんかい)といいます。卒業式を前にあらかじめ下級生が3年生をお祝いするという意味ですが、今日までを3年生と呼びましたが、この会が終わった明日からは卒業生と呼ぶことになります」「富勢中は素晴らしい学校でそれをつくっている君たちは素敵だと思いました」「明日の卒業式予行練習には在校生は保護者席に座ります。来年、再来年は自分たちの番だとイメージしながら参加してください」
須藤昌英
3月7日(火)花粉の飛散と3年生を送る会の準備
〇この時期になると、浮かない表情の生徒をよく見かけます。その原因は、年々増えてきている子どもの花粉症だと感じます。コロナのマスク常用で最近はあまり目立たなくなりましたが、飛散時期には花粉対象のマスクをしたりメガネでガードしていたりする生徒を見るのも珍しくなくなりました。外に出て体を動かすのがおっくうになったり、室内にいても学習や諸活動に集中できなかったりすることが、本人が一番つらいだろうと思います。
〇スギ花粉飛散のピークは、東京では3月上旬から下旬で、特に今年は大量飛散が見込まれるところが多いため、ピークの時期も長くなる可能性があるとのことです。スギ花粉のピークが終わる頃になると、次のヒノキ花粉のピークが始まるところが多くなります。東京では4月上旬から下旬にかけてヒノキ花粉の飛散のピークを迎えるらしいです。私の住む我孫子もまだ小さいですが杉林が点在しており、車のボンネットに花粉が積もって黄色く見えるほどです。家族などはそれを見るだけで「ゾッとする」と言っています。
〇せっかくの春の陽気も楽しむどころか、暖かい日ほど花粉症の人にとっては、むずむず、くしゅくしゅ、じゅるじゅる、涙ぽろぽろという状況であった方も多いようです。少し調べましたら、簡単な花粉症対策として、外出から戻ったら顔を洗う方法があるそうです。目の周りや鼻の周りには花粉がついていて、それを洗い流すと吸入する花粉の量が減るのでけっこう楽になるそうです。私は幸いまだ花粉症ではありませんが、顔を洗うとすっきりと頭がさえるので、一日に何度か水で洗うことがありますが、先日、つらそうな顔をしている男子生徒に教えてあげました。ただ女子生徒はなかなかそういうわけにはいかないと思いますが・・・。
〇昨日の放課後に、本日の「3年生を送る会(3送会)」の会場設置とリハーサルを生徒会役員が中心となって行いました。心のこもったあたたかい会になることでしょう。
須藤昌英
3月6日(月)学校への侵入を防ぐ
〇先週の水曜日、埼玉県戸田市の中学校の教室に侵入し、教員を切り付けたとして高校生の少年が逮捕された事件がありました。学校はちょうど定期試験の最中で、幸い生徒にけがはないようでしたが、高校生に対応した男性教員が生徒らを避難させた直後に複数回刃物で切りつけられていたとのことで、怪我をされた教員のはやい回復を祈るばかりです。
〇警察によりますと、少年は調べに対し「誰でもいいから人を殺したいと思った」と供述しているということです。また少年は先月、近隣の公園などで猫の死骸が相次いで見つかった事件についても関与をほのめかしているということで、関連について調べています。
〇学校には多くの方々が、様々な用事で訪れます。しかし、その中には非常に希ですが、正当な理由がなく校地や校舎に立ち入ろうとする不審者がいます。対策の一つとして、校長室には防犯カメラの画像がありますが、生徒の通る通路など数か所の限られた場所のみで、またもちろん常に画像を見ているわけにはいきませんので、それをもとに緊急対応できることは困難な状況です。再度対策の検討が必要です。
〇千葉大学の藤川教授は、先日の千葉日報で今回の事件の分析を次のように語っています。参考になるので、引用します。
「2001年の大阪教育大学付属池田小の児童殺傷事件以降、文部科学省は学校の安全対策を進めてきた。池田小の事件を繰り返さないことが学校現場の目標だった。しかし今回の事件で、少年は3階教室まで入り込んだ。学校の入口は通常、生徒が使う昇降口と職員と来校者用の玄関があるが、どちらを使っても目立つ。どこからどうやって入り、なぜ3階までいけたのか。検証し対策が必要。一方、教員が怪我をしたことは残念だが、生徒を守れたことは大きい。(略)危機管理は何かを起きたときに被害を最小限に防ぐことが重要。試験を止めても生徒を守るという判断や教員同士の連携ができていた。」
〇藤川教授が指摘するように、生徒を犯罪被害から守るため、必要な体制等を整備し、不審者かどうかを確実にチェックする必要があります。また凶器などを持ち暴力行為を働いた場合や働く恐れがある場合には、警察へ通報も含めて迅速に対応しなければなりません。具体的には、まず不審者かどうかを見分けるポイントとして、受付を通り来校者用の名札等をしているか、受付を無視したり、不審な言動をしていないかがあります。また不審者と思われる人を見たら、声をかけて用件をたずねて用件が答えられるかまたそれが正当なものか。保護者と名乗るなら、生徒の学年・組・氏名が答えられるか。教職員に用事がある場合は、氏名、学年・教科等の担当が答えられるか。さらに通常の順路を外れていたり、不自然な場所に立ち入っていないか。凶器などの不審な物を持っていないか。不自然な行動や暴力的な態度はみられないか。
〇正当な理由のない者には、丁寧に校地・校舎内及び周辺からの退去を求めます。素直に応じた場合でも、再び侵入する恐れがないかを見届ける必要があります。私も過去に勤務した学校で、そのような経験があります。さらに退去しない場合、再び侵入しそうになった場合には、速やかに、持ち物や暴力的な言動の有無を確かめるなど次のチェックに移ります。退去を求めても応じない場合には、生徒に危害を加える恐れがないかどうか速やかに判断する必要があります。
〇ハード面(防犯カメラや人の配置など)は限界があり、万全な体制は難しいです。しかしソフト面(校門を閉める、校舎内を巡回するなど)では、まだできることはあります。安全な学校に向けて、教職員と努力していきます。
須藤昌英
(校長室の防犯カメラ映像)
3月3日(金)桃の節句と最後のレク(3学年)
〇今日はひな祭りですが、この時期に学区の富勢小、富勢東小、富勢西小にお邪魔すると、それぞれ玄関に七段飾りがあり、その華麗さに魅了されしばらく見入ってしまいます。ひな祭りの別名は、「桃の節句」です。確かに我が家のひな飾りには、もちろん造花ですが桃の花があります。ただ残念ながら本校には桃の木はありません、その代わりに各色の梅の花が満開です。
〇少し調べますと、桃の花が飾られるのは、中国においては、桃の木が邪気をはらったり、子孫繁栄をもたらしたり、その実が不老長寿をもたらす仙木と考えられていたからということです。また昔は日本でも子どもが生まれると人形をつくって保管し、3~4歳ごろになってから川へ流すという時代もあったようですが、時を経て人形がだんだんと豪華になっていくにつれ、流さずに飾って毎回仕舞うようになったそうです。
〇日本には5つの節句(これを「五節句」)があり、季節の変わり目でその邪気を払い、無病息災を願う伝統的な年間行事です。 五節句は、1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日、(1月7日を除いて同じ奇数が重なる日)です。 1月1日の元旦は別格とされ、1月7日が節句に取り入れられています。
〇日本でも明治時代には、生後1年未満の子どもの死亡率は10~20%だったというデータがあるそうで、そうなるともっと以前は子どもが3歳まで生きられる確率はかなり低かったと推測されます。そのため本来の厄払いの行事が、いつしか子どもの健康と成長を祈る行事になったのも自然な流れなのだと思います。
(我が家のひな飾り)
(富勢中の梅の木)
〇本日は3年生の給食はないので、昨日のうちに「金目鯛の白焼き・ちらし寿司」のメニューで、全校生徒全員の健やかな成長をお祝いしました。特に菜の花のすまし汁のナルトには「寿」の文字が入っていました。
〇3年生は昨日の1・2校時に、学年レクを校庭(ドッジボール)・体育館(長縄跳び)で行いました。今のクラスと2年前の1年時のクラス(同窓会)の両方で楽しんでいました。運動を久しぶりにする生徒も多く、怪我をしないか心配してみていました。実際に過去に勤務した学校で、この時期に怪我をして卒業式に松葉杖で出席した生徒もいました。
〇本日は公立高等学校入学者選抜の発表があります。朝から希望どおりの結果が出るように祈っています。
須藤昌英