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校長雑感ブログ

9月26日(木)来週は「第78回体育祭ウィーク」

 

〇上記のように、10月4日(金)の体育祭に向けて、来週の月曜日からは体育祭練習や準備が始まります。水筒やタオル、ハチマキ、場合によっては汗をかきますので着替えなどの用意をお願いします。

〇秋空の下での体育祭になればいい・・と期待しています。少なくとも私が教員になってからの38年間は、中学校の体育祭を10月に開催した記憶はありませんので、おそらく富勢中でも久しぶりの秋の体育祭だと思います。

〇今後も気温などの気象条件を考えますと、昨年までの9月開催は、厳しいと思います。ただあまり遅すぎますと、合唱コンクールや3年生の進路指導にも影響が出てきますので、10月の初旬がベストか?と予想しています。

〇仮プログラムが出来ていますが、状況によっては変更する場合もありますので、正式なプログラムは来週に配付します。給食後に閉会式を行う予定です。

〇先日もお知らせしましたが、週末の開催ですと、部活動の大会や地域クラブの活動と重なる可能性があり、該当生徒が参加できなくなる場合もありますので、平日開催にしています。ご迷惑をおかけしますが、ご理解の上多くの保護者や地域の方々に参観していただければ幸いです。

須藤昌英

【一昨年の様子】

 

 

9月25日(水)2学期中間テスト

〇「お知らせ」欄に出題範囲表を提示している通り、本日と明日は中間テストです。出題範囲は、前回の1学期期末テスト(6月)以降から昨日までの授業内容が中心です。

〇朝正門を通る際にも、教科書・ワーク・ノートなどを手に持って登校している生徒が目立ちました。「今日の中で得意な教科は?」と声をかけると、「全部です」「〇〇だけです」と答える生徒もいれば、「・・・」と困った表情で通りすぎる生徒もいました。誰でも不安はあるでしょう。「とにかく頑張れ!」と後押ししました。

〇本日は給食有り、明日は給食無しです。テスト期間中は、生徒は制服を着用しています。普段よりもキリっとした姿に見えます。何かと暑さ対策をする日々は無くなりますが、その分気温の低下で体調不良の生徒もチラホラ出てきました。テスト中も職員は、生徒の健康状態を見守っていきます。

〇以前にも説明しましたが、学校での評価の方法は、昔の相対評価(属している集団の中で何番目くらいかで測る:集団に準拠した評価)ではなく、絶対評価(自ら学んだ内容がどこまで到達したかを測る:目標に準拠した評価)です。一言でいえば、「他人の成績は無関係で、自分がどこまで習得できたか」を客観的に知り、それを次の学びにいかしていくことであり、その意味を知っていることが重要です。

〇絶対評価は、22年前の学習指導要領の全面実施とともに導入されました。今でもクラスや学校の中での成績の競い合いもあることはありますが、それが生徒の意欲を引き出すことであれば手段として否定はしませんが、あくまでも目的ではありません。過度の競争意識は、学ぶことの意味からすると好ましいとは思いません。

〇我々教員は、「指導と評価の一体化」というキーワードを常に意識しています。評価はあくまで次の指導につなげるためのものであって、教員が指導した内容を生徒がどれだけ理解しているか、つまり教えっぱなしではなく、生徒の理解度を把握して、次の授業に工夫を加えることも行います。

〇学校で行われるあらゆるテストはそうした考えで行われており、国の全国学力・学習状況調査も同様です。つまりテストは、ある時点での生徒の学力を瞬間風速的に測り(それを固定的に判断しない)、現状からどのようにその生徒の確かな学力(将来にわたりメッキのように剥がれ落ちない学びの資質)を伸ばしていくかを考えるためのものす。

〇保護者の一部には、「そう言ったって現実には通知表を反映した調査書が高校入試に使われている」と思っている方もいます。しかし上級学校に進学するのも、それでその生徒の人生が決まるというより、進学後さらに生徒を伸ばすためのものであることを忘れていけません。「生徒一人ひとりの可能性は無限だ」というのが、私の38年間の教員経験の結論です。

〇自ら学習する契機として、定期テストを活用するという考え方こそ重要で、中学校や高等学校・大学を卒業し、社会に出てからも学び続ける姿勢を身に付けるために、一つの経験となってほしいです。

須藤昌英

9月24日(火)選挙管理委員会と生徒会本部役員選挙

〇9月2回目の三連休が明け、一気に秋の空気に入れ替わりました。今週は定期テスト、来週は体育祭が予定されており、生徒たちには爽やかな中で学習やスポーツに精一杯取り組んでほしいと思います。

〇20日(金)に新生徒会役員を決めるための立会演説会と投票選挙がありました。午後の蒸し暑い体育館で、立候補者の真剣な話に、全校生徒も耳を傾けていました。

〇選挙というとその候補者にスポットが当たりますが、その裏で選挙管理委員会の存在を忘れてはいけません。一般に学校の選挙管理委員会とは、選挙が公正に行われるよう教職員や生徒会組織などからも独立した機関として設置されます。今回は3年生の松原和奏さんが委員長として、事前に選挙公報を発行するなどして公正な選挙が行われました。

〇例年ですと、柏市選挙管理委員会から選挙で使用する本物の「記載台と投票箱」を借りてきて投票を行っていましたが、今年は各自の端末(タブレット)からのアクセスし、グーグルフォームで投票しました。今後いつかは国政選挙も同様に、オンライン投票になると言われていますので、その予行練習という意味も生徒達にはあります。

〇話は変わりますが、私が小学校4年時(今から51年前)の担任の先生が柏市議会議員を務めていらっしゃいます(3期9年目)。一年前の市議会議員選挙では惜しくも次点でしたが、今回一人の候補が辞職されたのを受けて、繰り上げ当選になりました。この恩師の議員は元教員という経験をいかし、市議会でも教育に関する質問が多く、加えて日頃から学校現場の立場から市の各当局への働きかけをしてくださっています。

〇このような手続きを法律に従って行うのが、千葉県や柏市の選挙管理委員会事務局です。今般の選挙管理委員会事務局の一番の課題は、「投票率の向上」です。大人でも自分の権利である投票権を軽く考えたり無駄にしたりする人がいかに多いかが課題であることは、少し残念な気がします。これでは生徒たちに民主主義の意義や大切さを語ることはできないでしょう。我々大人が襟を正して各選挙に臨むことだと思います。

須藤昌英

【柏市選挙管理委員会事務局のHPより】

9月20日(金)「もふもふ、まったり、きゅんきゅん、さくっと」

〇文化庁が昨年度の国語に関する世論調査の結果を公表しました。日常生活で使われる新しい意味や使い方が辞書に記載され始めた言葉を調査すると、年代別にその特徴が浮きぼりになります。

〇例えば「もふもふ」という言葉を多用するのは30歳代以下で8割を越えます。私などはほとんど自分では使わないので、若者はその言葉に何か癒しを求めているのかもしれないと想像します。

〇問題なのはその表現を聞いたとき、他人が使うのが気になるのか気にならないかだと思います。「まったり」は40歳代以下では7割越えの人が使うそうですが、私は不快まではいきませんが少し違和感(だらだらするの意なのか?)を覚えたり、「きゅんきゅん」などは言いたいことは理解できたりしますが、ちょっと擬態語過ぎて、「ときめく」や「期待する」などの従来の言葉の方がしっくりくる気がしてしまいます。

〇東洋大の三宅和子名誉教授は新聞の解説で、「新しい表現の普及には、交流サイト(SNS)といった、主に若者中心のインターネット文化が影響している。本来は切れ味や歯ごたえを表す『さくっと』のように、感覚的・情動的な短い表現が好まれる特徴があり、若者の感覚的コミュニケーションが中高年までに広がっていることが分かる。ある程度の意味が伝わればいいという曖昧さも特色で、対立軸を明確にせず何となく共感できれば良しとする社会の風潮にもつながっているのではないか。」

〇さすがに専門家の指摘は的を得ています。ただその一方で、今NHKの大河ドラマが紫式部を描く「光る君へ」である影響で、源氏物語や枕草子などの古文が若者にも見直されています。伝統的な日本語は、読んだり聞いたりした瞬間にその情景が思い浮かぶように、音の奇麗さやつながりを大切にしています。

〇その分、現代人の我々には読みにくいのですが、たまには「いとをかし(とても趣があるの意味)」や「やんごとなし(並々ではないの意味)などの奥ゆかしい表現に触れるのも、楽しいかもしれません。

須藤昌英

9月19日(木)無気力な寝太郎が使命感を抱いて世界へ挑戦し続ける

〇この夏に読んだ数冊の本の中で、「ユニクロ(杉本貴司著:日本経済新聞出版社:令和6年4月発行)」が印象に残っています。世界的に有名な衣料メイカーのユニクロは、柳井正氏(現在75歳)が昭和59年に仲間と創立し、現在は我々の身近な生活にも慣れ親しんでいる企業です。

〇ユニクロの目指す理念は、「ライフウェア(老若男女も国も人種も問わずに、誰もが着ることができて、環境や社会にも配慮した服)」をつくることであり、現代的な課題にも挑戦している感じがします。私もこれまでその気軽さからユニクロのいくつかの服を購入しており、上記の理念を目指していることもこの本を読んで少し理解できました。

〇私が注目したのは、創業者の柳井氏の若い頃のエピソードです。柳井氏は山口県宇部市で生まれ、父親が経営していた洋品店の跡継ぎ息子でした。父親は昔ながらの親分気質で気性が荒く、柳井氏は「何でもいいから一番になれ」と常に言われ続けていました。柳井氏は父親からの期待とも抑圧ともいえる重圧の中で、高校時代には好きなサッカー部も父親の意向で退部させられ、逃げ道を求めるように受験勉強に打ち込みました。

〇4人のきょうだい(柳井氏以外は姉1人と妹2人)で、3人の姉妹に対して父親は優しく、厳しく接したのは柳井氏だけでした。妹さんの一人は当時を振り返って、「私は男に生まれなくてよかったなと思いました」と述べています。当然、柳井氏と父親の間には溝ができ、ほとんど会話もなかったようです。

〇そこで進学した東京の大学では、当時は日米安保闘争などの学生運動が盛んで、ほとんど講義もなかったそうで、学生運動にも興味のなかった柳井氏は、下宿の部屋に閉じこもって過ごしました。下宿の大家さんからつけられたあだ名が「寝太郎」でした。好きなジャズを聴きながら、ただおもいつくままに本を読み、4年の日々を浪費しました。

〇その後の柳井氏の人生の転機や目覚ましい躍進のことについては、本を読んでみてください。一言でいえば、何度も転びながら這い上がってきた日々であることがわかります。若き日の青年柳井氏の葛藤を本人への取材を含めながら、著者の杉本氏は、新聞社の編集委員としての鋭い視点で、この本を書いています。

〇2年前に母校の早稲田大学で後輩の学生に向かって講演した柳井氏の言葉の一部を引用させてもらいます。

「私は人が生きていくうえで最も大切なことは、使命感を持つことだと思います。そのためにはまず、自分は何者なのか、そのことを深く考える必要があると思います。自分にとって何が最も大切なことなのか。絶対に譲ることができないものはなんなのか、そこを突き詰めて自らの強みを発見し、生かす。自分にしかできない、自分の人生を思いっきり生きてほしい。明確な意識があるのとないとでは、同じ人生を送っても成果は百倍、千倍あるいは一万倍も違うのではないかと思います。」

〇今、3年生と校長面接を行っていますが、思春期は不安と葛藤で心の中はいっぱいであることが伝わってきます。でもこの柳井氏のように、学生時代に何も成し遂げられずに苦しみながら過ごしたとしても、誰もがその将来に関してはそれぞれの無限の可能性をもっているのですから、彼らを応援し続けていきます。

【追記】

〇柳井氏は若い頃、教師になりたいと希望している時期があったようです。しかしそれを断念した理由が、生まれ持っての「どもり症」であったことも隠さずにあからさまにしています。会話している時にはまったく問題がないのに、原稿などを読み上げようとすると不思議にすぐに言葉に詰まってしまうようです。その為今でも、講演の依頼は極力断っているそうです。柳井氏がどんな教師になったかを見てみたかった気もしますが、それよりもそのハンディキャップを乗り越えて、代表取締役会長として活躍していることに勇気を覚えます。

須藤昌英