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友だちとはどういう人のことか

    なにをするにも誰かさんといっしょにやるのが好きなタイプの人は友だちができやすい。友だちができにくいという人は、基本的に一人でやるタイプの人です。友だちを作りたいと思うことそのことについても一人でやるのです。ひとりで考えるのですね。いっしょにやりたいタイプの人は、友だちを作るにもだれかといっしょにやるわけです。つまり作る前から友だちがいるというわけです。誰かといっしょにやっていると、気づいたら友だちになっていたなんてこと、よくあることです。友だちの自然発生です。友だちとは自然発生です。できないから作るといった代物ではありません。できてしまうようなものだと言ったほうがよいかもしれません。なぜなら友だちというものは、いるから楽しいし、いるから豊かだ、いるから寂しくないといった側面もありますが、同時にいるから苦労する、いるから頭にくる、いるからいらいらする、などということもあるのです。そんな奴らは友だちじゃないといっても友だちなのです。何しろ自然発生するものですから。友だちができない、友達がほしいと悩む人は、友だちというもののいい面だけを求めすぎている傾向があります。自分が好むような友だちが欲しいと無理な注文をしているキライがあります。そううまくはゆきません。苦労もいらいらも覚悟の上で誰かといっしょにしたいということが少しはっきりすると、友だちは自然発生します。そして苦労します。


「じょうぶな頭とかしこい体になるために」 五味太郎 著 より抜粋


 生徒たちには「多様性を認めよう」と伝えています。Diversityです。「人はそもそも仲良くすることが難しい」だから「自分と違う考えを認められるように努力してほしい、多様性を認められるようになってほしい」という意図です。また最上位のルールとして「命と人権を大切にすること。差別をしてはいけないこと」を意識してほしいと伝えています。相手を嫌だなと思う心、差別をする心を完全に消し去ることはできません。大人だってできないでしょう。むしろ、そう感じたり、思うことは誰にも止められないし、思うことは自由なのです。憲法19条で保障されている「思想信条の自由」のうちの「内心の自由」です。心の中で、何を考え何を信じるかは誰にも干渉されません。「嫌いだ」「むかつく」と思うことは仕方ない。でもそれを理由に差別したり、いじめたりするのはダメです。意識をすれば差別をしないことは誰でもできるはずです。意識をすればいじめはなくせるのです。無理に仲良くする必要はないのです。相手に対する思いやりを持つのと同じくらい、自分自身も大切にしてほしいのです。お互いに尊重しあうこと、つまり多様性を認められるようになってほしいと願っています。